自由大熊猫UNKNOWN ただしキグルミ 本編完結   作:ケツアゴ

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二十三話

「……流石に無限龍が本気で投げてくるトマトを避け続けるのは無理があります。他のにして下さいませんか?」

 

「だったら、今度パンダデパートでショーやるけど、無償で出てくれない? シトリンの格好で」

 

 待つ事数分後、ソーナは唇を噛み締めながらも差し出された書類にサインする。匙はその肩に手を置いて慰めようとするが、ふと見えた横顔に固まってしまった。

 

(修羅だ。修羅が居る……)

 

 ちなみにトマトはソーナが迷っている内にオーフィスが全部食べてしまったので何方にしろこの特訓は行えない。踏んだり蹴ったりである。

 

「それで、次はどんな特訓を?」

 

「えっとね、鬼ごっこなんかどうかな? ……大熊猫の軍勢(パンダニオンヘタイロイ)っ!!」

 

 周囲を光が包み、世界は塗り替えられる。そこは既に険しい山の奥地ではなく、天馬が飛び交い花が咲き乱れハートが浮かぶ御伽の国と化していた。

 

「すごいですね、会長!」

 

「見て見て! 人魚が居るわっ!」

 

「わぁっ! 可愛い象さん!」

 

 たちまち匙を除くソーナ眷属は夢中になり、寄ってきた動物達の背に乗って騒ぎ出す。それを見たソーナの瞳が鋭く輝いた。

 

「貴女達、何をしているのです? その様な事をしている場合ではないでしょう?」

 

 ソーナは冷たい声を出しながらツカツカと眷属達に歩み寄り、大きめの石を持ち上げた。

 

「やはり居ましたね……ダンゴムシが。サジ! 大きめのバケツを捜しなさい。全て捕まえますよ!」

 

 ソーナは瞳を輝かしながらダンゴムシを拾い集め、何時の間にか他のメンバーも手伝いだした。

 

「会長っ!? アンタ一体どうし詰まったんだっ!?」

 

「こらこら、主をあんた呼ばわりとは感心しないなぁ、サージンは。礼儀がなってないよ」

 

「テメェにだけは言われたくねぇよっ! てか、誰がサージンだぁっ!」

 

「そんなサージンには罰ゲーム!」

 

 匙は背後から何かが地面を揺らしながら近付いてくるのを感じ恐る恐る振り返る。其処にはティラノザウルスの頭の上でアグラをかき、山盛りのカレーパンをハムハムと食べているオーフィスの姿があった。

 

「……ジャムパンの恨み。ティラちゃん、ごー」

 

『グォォォォォォォォッ!!』

 

「何の事だぁぁぁっ!?」

 

 全く覚えのない恨みで襲われた匙は涙目になりながら必死に逃げる。ティラノサウルスの目の前にはオーフィスが釣竿で札束がぶら下げられており、それが動くたびにティラノサウルスのスピードが上がっていた。

 

「何でそんなんで速くなるんだよっ!?」

 

「まねーいず、ぱわー」

 

「答えになってねぇよっ!?」

 

「サジ、こっちです!」

 

 ソーナの声に顔を向ければ其処にはスコップを持った仲間達が必死に地面を掘っていく。そのスピードは凄まじく、瞬く間に掘り出した土の山が出来上がった。

 

「サジ! この落とし穴にティラノザウルスを誘導しなさい!」

 

「分っかりました!」

 

 やはり会長は少しおかしくなったけど自分を見捨てるような人じゃなかった。それが嬉しかった匙は穴に向かってダッシュしてティラノザウルスを誘い込む。そして、穴の直前でジャンプした。

 

「ふぅ、やっと掘り終わった、わっ!?」

 

「んげっ!?」

 

 そして、勢いよく穴から飛び出てきた花戒の頭に柔らかい物が当たり、匙は顔を青くしながら落下していく。そしてティラノサウルスも匙を下にして落下していった。

 

 

「……な、なんとか助かった」

 

 だがしかし、運が味方したのか匙を下敷きにする所だったティラノサウルスは本当にギリギリの所で引っ掛かって潰されずに済んでおり、あと少しでも衝撃があれば落ちて来そうだがなんとか飛んで脱出する事も出来そうだ。

 

「サジっ! ……あっ!」

 

『会長っ! ……あっ!』

 

 そして心配して覗き込んだソーナは足を滑らせ、それを見て前に乗り出した他のメンバーも足を滑らせる。そのまま七人は今にも匙の上に落ちそうなティラノザウルスの上に落下し、匙は七人と一匹の下敷きになった。

 

「不幸だぁぁぁっ!!」

 

 何処かのウニ頭の様な叫びを上げる匙。だがしかし、彼はフラグ体質もハーレムの予定も微塵もない。ただ、不幸なだけである。

 

 

 

 

 

 

「ああ、ヒデェ目にあった……」

 

 あれから数時間後、ティラノサウルスに押しつぶされたり、機関銃片手に追いかけてくるミルたんから逃げたり、フェンリルの尻尾にしがみ付いて山を逆走したり、散々な目にあった匙は漸く一息つく事が出来た。女性陣は道場にある露天風呂にオーフィスと共に入っており、流石に覗いたら命がないので今はこうして大人しく休んでいる。

 

「……何だ、ありゃ?」

 

 そんな時である。曲がり角を曲がった匙の目の前にパンダのキグルミの頭部が映る。それは正しくアンノウンが被っている物だった。周囲に誰の気配もなく、匙は興味を惹かれてキグルミの頭部に近づいていった。

 

「っと、結構重いな。それに……モフモフだ」

 

 毛の感触は思わず時間を忘れて触り続けてしまいそうな触感。ふと興味がわいた匙はそのままキグルミの頭部を被ってしまった。

 

「うおっ!? ロクに前が見えねぇし、なんか息苦しいな。よくこんなん被ってられるぜ」

 

 匙は着け心地の悪さに悪態を付きながら外そうとする。だが、全く外れなかった。

 

「と、取れねぇ……。それになんか息苦しく……」

 

 

 

「あー! 何やってるのさっ!? それ僕のだよ!」

 

 背後からアンノウンの声が聞こえてくるも視界が悪いせいで姿をハッキリと捉えきれない。この間も内部の空気はだんだん薄くなり、匙の意識は薄くなっていった。

 

「た、頼む。外れねぇんだ」

 

「仕方ないなぁ。壊して外すからちゃんと弁償してよ? ヘイ!」

 

 アンノウンが手を叩くと同時にキグルミ達と黒子が出現し、あっという間に格闘技のリングが出来上がる。

 

「赤コーナー! 匙選手! 青コーナー! アンノウン選手! 試合開始です!!」

 

「行っくよー!!」

 

 試合開始のゴングと共にアンノウンは匙に強烈なタックルを浴びせリングの端へと吹き飛ばす。匙の体を受け止めたロープは数メートル伸びた後で一気に収縮し、匙は前方に投げ出され他。そして、そこには腕を振り上げたアンノウンが待ち構えていた。

 

「ラリアァァァァァット!!」

 

 ラリアット(投げ縄)の名の通り絡み付かせる様に振るわれたアンノウンの腕は匙の首を捉え、そのままリングの床へと叩きつける。この瞬間、匙が被ったキグルミは衝撃で壊れ、アンノウンは匙の両足を掴んだ。

 

「ジャイアントォォォオスゥゥゥゥゥウイィィィィィィングッ!!!」

 

 そのまま気絶した匙は空の彼方へと飛んでいく。空気の摩擦で服は燃え尽き、デートに出かける途中だったタンニーンにぶつかって泥に叩き落とし、険しい山々の間を通り、偶々飛んでいたクルゼレイ・アスモデウスに激突して深い谷の底に落とさせ、堕天使領の上を通過し、やがて冥界を一周して道場へと戻ってくる。

 

 

 

そして、何だか柔らかい物に激突した所で目を覚ました。匙は唇になにか柔らかいものが触れ、両手が柔らかい壁の様な物に触れている事に気付いて目を開ける。

 

「我、びっくり」

 

「サジ……?」

 

 気付けば匙はオーフィス押し倒し小さな胸を両手で更に押しつぶした状態で唇を奪っていた。そう、匙が落下したのは女子が入っている露天風呂。もう一度言おう。全裸の匙は女子が入っている露天風呂に落下し、幼女姿のオーフィスを押し倒した上にキスしながら胸を触っていたのだ。

 

「ち、違う! これは誤解だっ!!」

 

「サジ? 我、その名前、前にも聞いた気がする」

 

 だが、この状況では誰も信じてくれなかった。当の本人であるオーフォスは特に気にした様子はないが、ソーナ達が匙を見る目は変質者を見る目。そして、このタイミングでオーフィスは思い出してはいけない事を思い出した。

 

 

 

「思い出した。サジ、デキ婚したいって言っていた。ソーナ、デキ婚って何?」

 

 確かに匙は一誠にソーナと出来ちゃった結婚するのが夢だと語っていた。一言足りないのか、はたまた一言多かったのか、どちらにしろ匙の運命は此処で決まってしまっている。バスタオルで体を覆ったソーナの背後には膨大な量の水の魔力が出現している。それは今まで扱えていた量とは比較にならず、アンノウンの修行の成果が出たと言う事だろう。

 

「少し反省なさい」

 

 だが、匙は本来なら喜ぶべき出来事に喜べなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きますよ!」

 

「はい!」

 

「お二人共、少し休憩なさいませんか?」

 

 その頃、ユークリットとミリキャスはキャッチボールをしていた。ユークリットも黙っていれば普通に優秀な美形なので何時もの残念さはない。グレイフィアもその姿に安心したのか普通に飲み物を持ってきた。

 

「……所で気になっていたのですが、アンノウンとはどの様な出会いをしたのですか?」

 

 それは休憩中の何気ない会話の時にグレイフィアが訊ねた疑問。するとユークリットは懐かしそうに語りだした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユークリットはルシファーの末裔であるリゼヴィムに仕えながらも空虚な日々を過ごしていた。そんなある日、使用人が慌てて彼の部屋に入ってくる、その使用人の報告にユークリットは耳を疑った。

 

「喋るパンダ?」

 

「は、はい。何故か喋るパンダが遊びに来たって言って来まして、リゼヴィム様が興味を持ってお先に……」

 

「仕方ない……」

 

 流石に不審なパンダの下に主が向かたのなら自分も向かわない訳にはいかないと判断したユークリットは急いで向かう。早足で向かったおかげかちょうどリゼヴィムが玄関から出ようとしている所だった。

 

「おっ! ユークリットもパンダを見に来たのか。でひゃひゃひゃ」

 

「まあ、多少気になりまして」

 

 そのまま二人が玄関を開けると確かにパンダが立っていた。

 

 

「初めまして! リゼヴィム君にユークリット君」

 

そして二人の姿を見るなりパンダは足元のサッカーボールを強く蹴る。

 

 

 そして、二人の居る場所から大きく軌道を逸らしたサッカーボールは窓ガラスを突き破り、テロの誘いに来ていたシャルバ・ベルゼブブに激突して反対側の窓からシャルバが追っていく。その体に割れたガラスが降り注いだ。

 

 

「今のはほんの挨拶だよ」

 

「「誰に対してだっ!?」」

 

 

 

 

 

 

「っと、まぁ、こんな出会いでしたがリゼヴィム様は彼から聞かされる異世界の話に興味を持って何処かに消えましたし、私も姉さんの例の映像見て魔法少女を知れましたし、彼には感謝していますよ」

 

「どんな出会いですかっ!? ……まったく、そのような事では結婚できませんよ」

 

「あっ、文通相手にこの前求婚しました。”常に魔法少女のコスプレでお姉ちゃんと呼ばせて頂けるなら結婚して下さい”、とね。さて、あの手紙を見た彼女は何と言うでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変態だぁぁぁぁぁぁっ! でも、美形だし魔王の眷属か。オーディン様も同盟する気みたいだし……」

 

 その頃、とある戦乙女が人生の分岐点に差し掛かっていた。

 

 

 




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さて、百円ショップはどうするのか。次回の最終回をお待ちください!


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