君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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032 双子の月(下)

「なぁ…覗こうぜ」

 

彼はそう言うと、壁の向こうの女湯を見つめた。

 

「何言ってるんすか…近藤さん…」

 

空の月は青白く輝き、執事の近藤の瞳もまた…きらきらと輝いている。

 

深見ヒカリ、神沢ラシンら9人は貸しきりの露天風呂を満喫していた。

 

そんな中、男湯ではバカな男が夢を見始めた。

 

「何言っている…はこっちのセリフだ、舞原」

 

「…………」

 

タオルで髪を纏めたジュリアンは何も答えない。

 

「逆に聞こう…何故覗かない?」

 

執事、近藤は日頃のストレスを解き放つように語り出す。

 

「…………」

 

「この壁の向こうには……今、夢が、満ちている」

 

「…………」

 

近藤は目を閉じ、妄想する。

 

 

「…とてもとても発育のいい女子小学生」

 

「…兄さん、あの人殴ってもいいよな……」

 

 

「スタイル抜群の銀髪美女…大人の色気むんむんだ」

 

「何発殴られたいんすか?」

 

 

少しずつ近藤に殺意を向ける者が増えていく。

 

 

「……ゼラフィーネさんって同級生かと思ってたんだが、違ってたんだな」

 

「ゼラは今20っす」

 

「いいね、歳上の奥さんをその歳で手に入れるなんて…世の中にはこんな大人になっても結婚どころか彼女もできない人間もいるからねぇ」

 

 

そう言ってコハクは近藤を指差す。

 

 

「こんな大人って俺はまだ28…というか何でお前そんなこと知って……えっと…あ…お嬢様は…まあいいや」

 

ーーー「まあいいやって何よ!!馬鹿野郎!!」

壁の向こうから魂の叫びが聞こえる。

 

 

彼は全く気にすることなく、壁に手をかけた。

 

夢を、現実にするため。

 

「そして!!とっておき…想像以上にナイスバディな黒髪の美少……どぐぼはぁっ!?」

 

 

近藤の頭に遠くから飛んできた“たわし”が命中する。

 

近藤は地に伏し、その後立ち上がることは無かった。

 

「うわ…すごいね…これは」

 

「…ダメージ6点っすね」

 

 

 

「報い…ですぞ」

 

 

物陰から三原さんが現れる。

 

「露天風呂ではマナーを守ってくだされ、お若いの」

 

 

三原さんの胸には、ヒカリを守る親衛隊としてのバッジが輝いていた。

 

 

 

「今の…三原さんがやったんすか…」

 

「今のはヒカリの親衛隊として…?」

 

 

「ふむ……何の話…ですかな?」

 

 

「……」

 

 

そして三原さんは妖しく微笑むのだった。

 

もう息をしない執事、近藤を見下ろしながら……

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「…………これで、俺の怪談は終わりだ」

 

 

薄暗い部屋の中で青葉クンは静かに息を吐く。

 

 

「…本当にさっきあった話してどうするのよ」

…天乃原さん

 

 

「自分、生きてますよ」

 

 

「………怪談話としては0点…だよ」

…私

 

 

「怪談というかただの殺人じゃないっすか」

…舞原クン

 

 

「自分、生きてますからね」

 

 

 

「これはむしろギャグでショウ?」

…ゼラフィーネさん

 

 

「私は面白かったと思う!!」

…マリちゃん

 

 

「マリ…寝てただろ」

…神沢クン

 

 

「えっと……よく頑張ったよ、DONMAI!」

…コハクさん

 

 

「生きてるからな!殺さないでくれ!!」

 

 

 

皆は思い思いの…率直な感想を述べる…。

「…仕方ないだろ…怪談話なんてしたことないんだ」

 

 

青葉クンは小さくそう呟いた。

 

 

露天風呂を楽しみ、豪華な夕食を堪能した私たちは、神沢クンたちと本当にすっかり仲良くなっていた。

 

「私たち…そろそろ部屋に戻るよー」

 

マリは部屋の時計を見るとそう言った。

 

「そうだな…」

 

「父さんが待ってるだろうしね」

 

金髪の三人組は立ち上がる。

 

「今日は楽しめたわ、次会うときはVFGP…かしらね」

 

天乃原さんの言葉に神沢クンが振り返る。

 

「ああ…楽しみにしている…」

 

 

そして三人は部屋を出ていってしまった。

 

 

「楽しみにしている…か」

 

「私たちは…挑戦者……かしらね?」

 

 

私はバッグから自分のデッキを取り出す。

 

早く…構築を決定しないと……な。

 

 

「そうだ…ジュリアン、かげろうの構築で知恵を貸して欲しいんだが」

 

「いいっすよ!…今のかげろう…といえば“煉獄皇竜 ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート”っすね……リアにヒットしなくてもスタンドするのは…」

 

「…そんなカード公開されてたか?」

 

 

「あっ………(ソースは櫂…だったっすね…)」

 

 

舞原クンが困ったような顔をする。

 

 

「あー……いいソースを使ってる……っすよ」

 

「?」

 

(伝わらない……恥ずいんすけど!!)

 

 

一人悶える舞原クンを尻目に天乃原さんはパンパンと手を叩き、私とゼラフィーネさんを手招きする。

 

 

「さ、女子は女子部屋に戻りましょうか?」

 

「いいですネ!……濃密な夜を…」

 

「過ごさないわよ……行きましょ、ヒカリさん」

 

「……うん」

 

 

私たち女子三人も自分達の部屋に戻る。

 

 

「ヒカリちゃん!私の新しいデッキとファイトしましょ!」

「う…うん」

「ダクイレの力を得た魔女ガストでリベンジ!」

 

それを聞いて天乃原さんは“ああ…”と言う風に頷いた。

 

「あれね、魔女でスペコさせたグレード0にシュティルでライドさせて、ガード制限と要求値の上昇を狙うっていう…」

 

「チアキちゃん!!バラさないで!」

 

「え…あ、ごめん」

 

 

デッキ…か。

 

 

「二人とも、ごめん……私、まだデッキ構築定まってないんだ……ごめん」

 

 

私は…駆け足でその場所を離れる。

 

 

「……デッキ構築を決めるなら、なおさらファイトした方がいいって…前にも言ったのに」

 

「そうよね……じゃあ…“もう少ししたら”追いかけましょ?」

 

「……“もう少ししたら”?」

 

「そ、“もう少ししたら”」

 

 

 

天乃原チアキはヒカリの駆けて行った方を見つめてそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「VFGP…か」

 

 

私はホテルのロビーにあったソファに座り込んで、考えていた。

 

 

 

“シャドウパラディン”…このクランはアニメにおける使用者“雀ヶ森レン”と共にヴァンガードでとても人気のあるクランだ。

 

 

だからこそ一時期は全く強化が無かったものの、その後にトライアルデッキが発売されたり、エクストラブースターが発売されることがあったのだろう。

 

 

そして双闘…ドロップゾーンのカードをコストに起動するこの能力が登場し、シャドウパラディンにも強力なユニット…“Abyss”が追加された。

 

問題はその相方だ。

 

双闘の登場により、ファイトのテンポはリミットブレイクやブレイクライドの全盛期よりも格段に速くなっている。

 

……試合時間は延びているけど…ね。

 

 

「…………」

 

 

正直、モルドレッドは……というより、ブレイクライドは既に時代遅れとされることが多い。

 

…実際に使っても、使用可能タイミングが遅いと感じることが多くなった。

 

「…大会なんだよね……」

 

 

“勝つ”ために必要なのは“双闘”なのかな……?

 

 

「ドラグルーラー……モルドレッド………」

 

 

私の口から言葉が溢れる。

 

 

 

 

 

「何をしているんだ?…こんなところで…」

 

 

 

 

すっかり呆けていた私に声をかけたのは…神沢ラシンだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

夜空と同じ色で輝く海を銀髪の少年は見つめている。

 

 

 

 

「何をしているんだい?銀髪くん」

 

「……スクルドのお兄さんっすか…」

 

 

金と銀の二人は顔を見合わせた。

 

 

「舞原ジュリアンっす」

 

「神沢コハクです」

 

 

二人はそう言って、広い広い海を見つめ直す。

 

「綺麗な海っすね…」

 

「彼女の姿は見えないようだけど…愛想…尽か…」

 

「されてないっす、部屋でヴァンガードしてるんじゃないっすかね」

 

 

「君はいいのかい?VFGPがあるんだよね?」

 

 

「…そうっすねえ……」

 

ジュリアンは浜の砂を海へ向かって撒いた。

 

彼の瞳は水平線の、その向こうを見つめている。

 

彼の頭の中では、つい数分前に青葉ユウトとのやり取りが再生されていた。

 

 

ーーウォーターフォウルは外せない!!ーー

 

ーー寝言は寝てから言うっすよ!!ーー

 

 

 

「やっぱり、僕の性に合わないんすよね」

 

「…何がだい?」

 

「……“お気に入りのユニット”で戦うこと…っす」

 

「ふうん…」

 

 

「……ハルシウムを使って、呪縛をせずにひたすら殴る………一応弱くは無いっすけど………大会で使えるデッキじゃないんすよね……そもそもリンクジョーカー自体が勝ちに行くデッキじゃないっすからね……」

 

どんどんとジュリアンの声が小さくなっていく。

 

 

「へぇ……ハルシウムってのが好きなんだ」

 

「……?」

 

 

コハクの言い回しに何かを感じたジュリアンは彼の方を見つめる。

「ああ…僕、もうヴァンガードやってないのさ」

 

「…あ……そうなんすか…残念っす」

ジュリアンが心から残念そうに言う……彼は様々なファイターと戦うことは何よりも大事なことだと考えていた。

 

「そう…ファイターだったのは……昔の話だよ」

 

コハクは夜空の月に向かって大きく手を伸ばす。

 

 

「綺麗な…満月……僕の瞳も…昔はあんな風に輝いていたのにな…」

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「俺はアルフレッドってカードが好きだ」

 

 

神沢クンはホテルのロビーで、私にそう言った。

 

その手には“解放者 モナークサンクチュアリ・アルフレッド”が握られている。

 

 

「私も…モルドレッドが好きだよ」

 

 

私はモルドレッドとドラグルーラーのカードを神沢クンに見せる。

 

ついでに、ユニット設定やユニットとの出会いを語ってしまった。

 

 

「………本当に大好きなんだな」

 

「うん」

 

「でも俺は…あんたみたいにアルフレッド自体が好きってだけじゃないんだ」

 

神沢クンが遠くを見つめる。

 

「…アルフレッドを使って…兄さんが勝利を掴む姿が好きだったんだ」

 

 

「……お兄さん…………」

 

 

私の脳裏に神沢クンの兄…コハクさんの不敵な微笑みが浮かんでくる。

 

「兄さんはファイトが強くて…俺は一度も勝てなかった」

 

「一度も?」

 

「万に一つもだ……自慢の兄さんだよ」

 

神沢クンは嬉しそうにそう言う。

 

 

「大好きなんだ」

 

 

「当然」

 

 

 

私には兄弟がいない…姉に当たる人といえば春風さんと青葉クンのお姉さんといったところだけど…

 

やっぱり…実際の兄弟とは違うもんね……

 

 

 

「ある大会の後…しばらくしてから、兄さんはヴァンガードを止めてしまった……兄さんの最後の大会は途中で中断され、優勝者もいなかった……兄さんなら…優勝できたはずだ」

 

 

「……」

 

 

「それでも、ネットを通して兄さんの強さは世間で認められた……ある“二人のファイター”と一緒に」

 

 

「…あ」

 

 

「俺は兄さんの強さを、最強のファイターだってことを証明したい……あの大会で兄さんと同格とされた“二人のファイター”を倒すことで…だ」

 

「“二人のファイター”…」

 

 

「兄さんより弱い俺が、兄さんと同格とされるファイターを倒す……必然的に兄さんが最強ということになるだろう」

 

 

「そっか……」

 

 

 

私はあの時、見たんだ……金色の髪を持った少女…いや“少年”の隣にいたのは“弟”と“妹”だった……

 

 

 

「君は………」

 

 

 

「ああ、俺は本物の“スクルド”ではない」

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「弟が“黄金の光”を持つように、僕もかつては“翠色の光”を持っていた」

 

夜空の月が海に映る……空と海…双子の月がジュリアン達の前で輝いている。

 

 

「……瞳の…“光”………力を持っていた…?」

 

 

「そう……相手のドローカードを操るって力をね…」

 

人はそれを究極のチート能力…というだろう。

 

 

「相手の構築が見える訳じゃ無いから、複雑な操作は出来ないけどね…出来ることと言ったら『トリガー出るな!』くらいだよ」

 

 

 

 

「神沢コハク………まさか……」

 

 

 

「名乗るのが遅れたね…“光”を失う前…最後に出た大会の後…僕はこう呼ばれるようになっていた…」

 

 

 

空の月が雲に隠れ、海の月も消えて無くなる。

 

 

 

 

 

 

「金髪の幼女…“スクルド”……ってね」

 

 

 

 

 

 

 

(……結局、女装ファイターなんすね……)

 

 

 


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