君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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第2章 光消えた世界
020 “今”はここにある


……太陽がとても元気なようで…何よりです。

 

「あー…うー…ん……」

 

私、深見ヒカリは生徒会室であまりの暑さに…とろけていた。

 

もう7月だから仕方ないのかもしれない…そう…仕方ない…

 

「ヒカリさん…!しっかり…」

 

 

ああ…天乃原さんの声がだんだん遠く……

 

 

私が久しぶりにゴスロリを纏ったあの日から、数週間の時が経っていた。

ちなみにあの後、私達はエムドナルドバーガーに行った。

 

天乃原さんの強い押しによって決まったんだけど、まぁ…ファストフード店は安くていいよね…。

 

 

そんな時…ふと私の第6感が雄叫びをあげた。

 

「……!!アイスが来る!!」

 

 

「え?」

 

突然の私の叫びにぽかんとする天乃原さん。

 

ちなみに青葉クンも隣にいるのだが、とっくの昔に動かなくなっている。

 

その時部室…いや、生徒会室の扉が勢いよく開けられた。

 

扉の奥に現れた人物の銀髪がまるで風鈴のように私達に納涼感をもたらす。

 

 

「アイス買ってきたっすよ!!」

 

「よくやった!」

 

「ありがと…舞原クン」

 

「あ…あー…アイス…!!」

 

舞原ジュリアンがコンビニのビニール袋を持って立っていた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「……生き返る…」

 

「おいしい」

 

「うまい」

 

「……ふぅ…やっと一息っす」

 

 

アイスのおかげで元気を取り戻すことができた…

 

私は部屋の中を見回す。

 

今ここには四人の人間がいた。

 

私達は天台坂高校ヴァンガードファイト部…もといチームシックザール。

 

いつも放課後は勝手に生徒会室を部室に使って活動している。

 

まず私の隣にいる、シャーベットの空のカッブを首筋に当てて涼んでいるのが“青葉ユウト”クン…私と同じ高校一年生で、私がヴァンガードを始める…ううん、再開するきっかけになってくれた昔馴染み。

 

今の使用クランはかげろう…ドラゴニック・ウォーターフォウルのデッキを好んで使ってるみたい。

 

…ちなみに身長は170㎝くらいかな…あ…天然パーマです。

 

 

次に“舞原ジュリアン”クン…今はソフトクリームのコーンを食べてる。

 

特徴的な長い銀髪と碧色の瞳の持ち主で一応ハーフなのかな……詳しくはまだ聞けてないんだよね……私が今“ここ”にいるのは彼が連れてきてくれたおかげと言っていいのかも。

 

使用クランは様々…でもたぶんリンクジョーカーが好きなんじゃないかなって思う。

身長は178…180より少し低いイメージ…今まで言う機会が無かったけど高校一年生で私達の同級生だ。

 

 

最後に“天乃原チアキ”さん。この高校の生徒会長で高校三年生…ボトルアイスを食べ終えて、自分のデッキを調整中のようだ。

 

誕生日は5月2日で18歳なんだけどその身長は私の158より小さい149㎝……本人に面と向かっては言えないが、かなり可愛いのではないでしょうか。

 

ポニーテールが特徴……使用クランは……私の知っているところだとロイヤルパラディン……宝石騎士のデッキを使っていて、今調整しているのも宝石騎士のデッキだった。

 

 

ちなみに私は“深見ヒカリ”…普通の高校一年生…たまに発言が痛いことになるかもしれないけど…笑ってスルーしてくれると嬉しいな。

 

今食べてるのはチョコモナカ。

 

大好きなクランはシャドウパラディン。

 

えっと……あ、誕生日が…

 

「…7月11日って確かヒカリの誕生日だよな」

 

元気を取り戻した青葉クンが言う。

 

「そうなの!?」

 

「“竜剣双闘”の発売日じゃないっすか!!」

 

舞原クンが言った“竜剣双闘”とは今度発売するヴァンガードのブースターパックのことだ。

 

本来はもっと早く発売するはずだったんだけど、色々あって今の時期になってしまったらしい。

 

今月の末には二種のエクストラブースター、来月はブースター“煉獄演舞”…さらに次の月には“ネオンメサイア”というブースターが発売…それに伴いトライアルデッキも出るとのことだ。

 

「…でも私“竜剣双闘”はいらないかな」

 

「そうなんすか?」

 

「…むしろ少しでも多くシャドウパラディンのエクストラブースター“宵闇の鎮魂歌”のためにお金をとっておいた方がいい気がする……シングル買いのためにも」

 

風が吹いて、私の黒髪が揺れる。

 

「俺もいらないかな………かげろうの強化は“煉獄演舞”だっけ?」

 

「そうっすね…まぁ“ネオンメサイア”の収録クランはまだ分かって無いっすけど」

 

「あ…私は“ネオネクタール”が気になってるから買うわよ」

 

そうか…天乃原さんはネオネクタールも使うのか…

 

竜剣双闘…か…新システム“双闘”…ねぇ…

 

「…シングセイバー・ドラゴンは一枚欲しいかな…確か奈落竜様の前身だよね」

 

「そうっすね…じゃあ!シングが僕達からの誕生日プレゼントってことで!」

 

「…ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「……でジュリアンの“ノルン”探しはどうなったんだよ」

 

「あー……ノルン……っすか…」

 

「……ノルン?」

 

私の知らない言葉が飛び出してきた。

 

「……それは……何?」

 

舞原クンが私に顔を向ける。

 

「……二年前、ラグナレクCSって大会に出場していた三人の不思議なファイターのことっすよ…ネットでは三人とも女性だって言われていた……はずなんすけどね…」

 

(全員女装なんて可能性もでてきたんすよね…)

 

「はぁ……」

 

……三人の不思議な女性ファイター…か。

 

一体どんな人達なんだろう。

 

 

「なんか…自分の持ってた手がかりが信用できなくなっちゃったんすよ…」

 

「…そうなのか」

 

ある程度事情を知っているらしい青葉クンが舞原クンの言葉を聞く。

 

(…あのスクルド(自称)…何か“力”が聞いてたのと違う気がするんすよね…噂ではスクルドは相手のトリガーを封じるはず……でもあいつ…“神沢ラシン”の力は互いのデッキの中を見るというものだった…)

 

「ふぅ………どうしたものっすかね」

 

「実際に会ってファイトして確かめる…だろ?」

 

「実際に……会って……っすか」

 

(単純にあいつが嘘をついていたとして…でもそれにしては自分がスクルドって言ったときの断言っぷりは嘘とは……そもそも“女装してた”ってまで言ってたっすから、嘘にしては自分の負うダメージが大きい……)

 

「…………」

 

舞原クンは窓の外を見つめる。その碧色の瞳は遥か遠くに向けられていた。

 

最近の舞原クンはこうして外を見つめていることが多くなっていた。

 

「舞原クン……」

 

「ジュリアン……」

 

「…………よし」

 

すると今までの憂いを払うように舞原クンは立ち上がった。

「みなさんに提案があるっす!!」

 

「……何かしら?」

 

舞原クンが生徒会室のホワイトボードに文字を書き始める。

 

………?

 

変なこと始めようとしてるぞ…この人。

 

「ずばり!今月のテーマは『みんなで不思議な“力”を手に入れよう!!』っす!!」

 

「「「…は?」」」

 

三人の声が重なる。

 

「…で、何をしようっていうのよ?」

 

舞原クンがふっふっふっと笑う。

 

「よく聞いてくれたっすね…この間神沢ラシンがデッキとの“つながり”がどうのこうの言ってたんすよ…」

「……“つながり”…愛情…かしら」

 

舞原クンが自信満々に言う。

 

「そう!僕はずばり!その“つながり”…“愛情”こそが不思議な“力”の源だと考えたんすよ!!」

「……で?」

 

青葉クンが冷たく言う…確かにここまでの説明じゃ、今からやることの説明になってないよね……

 

「そこでさらに僕が考えたことがあるっす……ヒカリさん…ドラグルーラーのライド口上をどうぞ」

 

……口上って

 

「誰よりも世界を愛し者よ、奈落の闇さえ光と変え、今、戦場に舞い戻る!ライド!!撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!……これでいいのかな?」

 

「このようにヒカリさんなら速答できるっす」

 

…………

 

何故だろう褒められている気がしない。

 

むしろ馬鹿にされてる気がする…

 

「このライド口上を意識することでデッキとの愛も深まるんじゃないっすか!?」

 

「…って言っても私達…結構普段からライド口上使ってるわよ…?」

 

「足りない…足りないっす……もっと言うっす!」

 

舞原クンのテンションは上がりっぱなし…暑いのに元気だなぁ……

 

「じゃあどうしろってのよ」

 

舞原クンがしばらく考えた後、冷めた口調で言う。

 

「…ぶっちゃっけ…いつもより意識してファイトしましょうねーってことっす……」

「…ああ……何も考えて無かったのね…」

 

 

こうして私達はいつも通りファイトを始める。

 

 

ほとんど日課のように私は天乃原さんの前に座った。

 

 

「……そういえばヒカリさん…青葉君や私とファイトするところはよく見るけど…ジュリアンとはファイトしてるのかしら?」

 

「…実は最初にこの部屋でファイトした時からずっとしてないんですよね…避けられてるのかな…」

 

「…あのジュリアンがねぇ……まぁファイト始めましょうか?」

私は天乃原さんからデッキを受けとり、シャッフルする。

 

ファイトの準備が整った。私は手札に来てくれたカード達に感謝するとあの言葉を叫ぶ。

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ・the・ヴァンガード!」

私達の隣ではすでに舞原クン達がファイトを始めていた。

 

「落ちよ雷鳴!輝け閃光!全てを破壊し、蹂躙する邪悪なる雷!!クロスブレイクライド!!抹消者 ボーイングセイバードラゴン“Я”!!」

 

「……暑いのにテンション高いわね…」

 

「……ですね」

 

でもそこが…舞原クンのすごいところなのかもしれない、いつだって全力で生きてるって感じがする。

 

二年前…ラグナレクCSでも、あんな風にキラキラ輝いたファイターがいた気がする。

 

こうしてファイトを続けていればいつかその人達ともまた会える機会が来るだろう。

 

……まぁ……恥ずかしながら……顔は覚えてないんだけど…ね。

 

…モーションフィギュアシステム試作機の方に気をとられてたからなぁ……ユニットの顔しか覚えてないなんて………ファイターとして問題……だね。

 

 

「ヒカリさん…?」

 

「あ……ごめんなさい…ターンエンド」

 

「行くわよ!スタンド…ドロー!!そしてライド!仲間を導く宝石の輝き…満ちよ! 芽生えの宝石騎士(スプラウト・ジュエルナイト) カミーユ!!」

翠の輝きを持った騎士…その翠と同じ色をどこかで見た気がする……

 

「リミットブレイク!!私の元に集え!勇気を持つ者よ……立ち上がれ…私の分身!敢然の宝石騎士(フィアレス・ジュエルナイト) ジュリア!!」

 

翠色……翠色……翠色……

 

そうだ……ラグナレクCSの時……あそこにいた三人組の…金髪のロリータファッションの女の子…

 

「ヘロイーズのブースト!カミーユでヴァンガードのモルドレッドにアタック!!」

 

「……ノーガード」

 

私がファイトしてない女の子…そうだ…あの金髪の女の子のファイト中…

 

「ドライブチェック……2枚ともカミーユね…」

 

「えっとダメージは…タルトゥ…トリガー無しです」

 

 

神沢ラシンの瞳が“黄金”に輝いたように…あの金髪の女の子の瞳も“翠色”に輝いていた…!!

 

 

「もしかして…」

 

「どうしたの?ヒカリさん」

「ううん…何でもない」

 

もしかして…彼女が舞原クンの言ってたファイター…なのかな……

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

結局、私は舞原クンに金髪の女の子のことについては話さずに学校を後にした。

 

別に理由は無いのだけれど…タイミングを逃してしまった…といったところ。

 

「つながり…愛情…力……か」

 

不思議な力……そんな素敵な物が手に入ったら、もっと楽しいファイトができるのだろうか。

 

それとも……。

 

私は夕日に照らされた道を一人で歩く。

 

ショッピングモールで夕飯の買い物をして、帰りは喫茶ふろんてぃあにでもよって誕生日の“イチゴクリティカル”を予約しておくとしよう。

 

そんなことを考えていた。

 

「……もしかしてヒカリちゃん?」

 

「え…?」

 

ふいに声をかけられて驚いた私は振り向いてもっと驚くこととなった。

 

「あ…青葉お姉さん!!?」

 

「お久だね♪ヒカリちゃん!可愛さ増したね!」

 

そこにいたのは青葉クンのお姉さんだった。

 

「仕事帰り…?ずっと家に帰って無かったって聞いたけど…」

 

「まあ…ね、やっと今の仕事で休みがとれたから久しぶりに家に帰ったら…家がカードショップになってるんだもん…驚いたよ!」

 

「あはは…でも、それってお姉さんの影響じゃないんですか?」

 

「…確かにカズ兄にカードゲーム仕込んだのは私だけどさ…」

青葉お姉さんには小さい頃から遊んでもらっていた。

 

一緒にいた時間は青葉クンよりもお姉さんの方が長いかもしれない。

 

昔も今もお姉さんは何でもできる…というか何でも楽しむ人だった。

 

私もこの人から将棋やバク転、人間の急所、護身術…様々なことを教えてもらった。

 

当時の私は興味を持ってなかった“カードゲーム”も思えばこの人が遊んでいたのを目にしていたことが私にヴァンガードを始める気にさせたのかもしれない。

 

「カズ兄から聞いたよ!ヒカリちゃんヴァンガードやってるんだって?私とファイトしよ!!」

 

「えっと…今は夕飯の買い物の途中だから…」

 

「そっかー…よし!じゃあ私今日ヒカリちゃんの家に泊まる!!」

 

「えええええ…」

 

う、嬉しいけど…何の準備も無いし…

お姉さんはどこかに電話をかけている。

 

「もしもし?うん…で友達の家に泊まることにしたから!心配しないで!じゃあ!!」

『お…ま…待て!』

 

ピッ!

 

 

「よし!じゃあ夕飯の買い物?行こう!」

 

「…う……うん!」

 

 

 

 

これが私の今日……こんな日常…そして時々のドキドキによって私の毎日は充実していた。

 

 

 

だから私は気がつかなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

もうすぐ私の日常に訪れる“異変”に……

 

 

 

 

 


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