君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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019 少女にとっての奈落

言葉では表現しきれない…光溢れる…だけれどもどこか暗さを感じる世界。

 

 

「ここは…」

 

ヒカリは直感的に気付く。

 

 

「私の…夢の中だ…」

 

 

ヒカリはしばらく歩き続けた。

 

 

(どこまでも広くて…どこまでも狭い)

 

 

その空間には何も存在しておらず、ヒカリは自分がどれだけ歩いたのか分からなかった。

 

 

 

「…あれ…私…」

 

 

 

そこでヒカリはあることに気がついた。

 

 

「服が変わってる…夢だから?」

 

 

ヒカリの服はヒカリが眠りにつく前まで着ていたゴスロリではなく、ここ最近着用していた黒のノースリーブ等に変わっていた。

 

 

「どこまで続いてるんだろ…」

 

 

ヒカリは再び歩き出す。しばらく進むと遠くの方に黒い影が見えた。

 

 

「あ……!」

 

 

 

その影が体育座りをしているのが見えた。

 

 

 

「…私だ……」

 

 

 

 

それは…いつか夢で見たゴスロリの少女…深見ヒカリ自身だった。

 

 

 

 

『…ヒカリ…ここはお前にとっての“奈落”だ』

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

空は黒い雲に覆われていた。

 

 

 

 

「…連携ライド…黒竜の騎士 ヴォーティマー!(9000→10000)スキル発動…フォーチューン・ベルを退却…スペリオルコール!!ルーンバウ(4000)!…黄金の力守りし竜よ、今こそ蘇り我が前に現れ出でよ!!断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン!!(10000)」

 

 

ジュリアンがライドするグレード1のワイバーンガード・バリィ(6000)の前にグレード3のクロムジェイラーが姿を見せる。

 

「……」

 

グレード2…黒龍の騎士 ヴォーティマーの連携ライドスキルによってラシンは場を展開していた。

 

 

「さらにブラックメイン・ウィッチ(6000)をコール」

 

 

ジュリアンの手札にはグレード1とグレード0が無かった…つまり今のままではアタックをガードできない。

 

「このターンで負けることはないっすけどね…」

 

ジュリアンは自嘲気味に呟く。

 

「行くぞ…ブラックメイン・ウィッチでアタック!(6000)」

 

「ノーガード…ダメージチェック…バイレンスホーン・ドラゴン…トリガー無しっす」

 

(もう相手には僕の山札は見抜かれてるんすかね…次のダメージも…全部…)

 

ジュリアンはラシンの迷いの無いアタックを受けてそう感じた。

 

「黒竜の騎士 ヴォーティマーでアタック!(10000)」

 

「ノーガード…っす」

 

「ドライブ…“フレイム・オブ・ビクトリー”…クリティカルだ…効果は全てリアガードの断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴンに………」

 

「…ダメージチェック…ドラゴニック・オーバーロードっす…」

 

 

「ルーンバウのブースト…断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴンの…ゴッドスラッシュだ…(19000 クリティカル2)」

 

「ノーガードっ!!ダメージは…1枚目…リザードソルジャー ゴラハ…クリティカルトリガーっす、効果はVへ…二枚目は…リザードソルジャー コンロー…トリガー無しっす…」

 

ラシンのダメージが1点…それに対しジュリアンにはすでに4点ものダメージが与えられていた。

 

 

 

「ターンエンドだ…俺をこの力ごとぶっ倒す…そう言ってたな?」

 

 

「…そうっすよ、笑うっすか?」

 

 

「まさか…ただ“力”というがお前はこの俺の力をどういう物だと考えている?」

 

 

突然の質問だったがそれはジュリアンが先程まで考えていたことだった。

 

 

 

「…それは…透視能力みたいな…?」

 

 

「違うな…普通に透視なら俺はお前の手札さえも見えているだろう…それに…間違えることも無い」

 

ジュリアンはラシンとヒカリのファイトで起きたことを思い出す。

 

 

「じゃあ…というか…何が言いたいんすか?」

 

 

少しの間、ラシンが悩むような表情を見せる。

 

 

「見えるというかな…“聞こえる”んだ…」

 

 

 

「…?」

 

 

「ユニット達が一人一人、自分がどこにいるのか教えてくれる…オラクルのデッキじゃ半分くらいの声しか聞こえないが、ゴールドパラディンの…自分のデッキならその全ての声を聞くことができる」

 

 

「まさか…そんな非科学的な…」

 

そう呟くジュリアン。

 

「“力”なんて言ってる時点で完全にオカルトな話じゃないかな?」

「それは…」

 

ジュリアンはコハクの言葉に何も言えなくなった。

 

 

「そして…俺は対戦相手のデッキの声も聞くことができる」

 

「ラシンの“力”の正体はファイターとユニット達との“つながり”の深さを見ることができる…という物なんだよね」

 

「まぁ普段はファイトに利用させてもらってるがな」

 

「……“つながり”」

 

 

ラシンはヒカリとのファイトを思い出すように言う。

 

「あの深見ヒカリって人はすごかった…俺の力でもデッキトップの1、2枚程度しか“聞く”ことは出来なかった上に一度完全に嘘の情報を掴まされた…」

 

 

「ラシンが立ち入れない位にその“つながり”が強かった…愛が深かったってことだね」

 

 

「…それで…何なんすか…」

 

 

ジュリアンが苛立つ。

 

 

「何が言いたいんすか!」

 

 

ラシンはゆっくりと口を開く。

 

「………お前のデッキは…その声が全て聞こえる……そんなお前が…俺を倒す?…………自分のデッキとその程度の“つながり”しか持てない奴に俺は負けることはない!…そういうことだ!!」

 

 

「そんな…理屈がっ!」

 

 

ジュリアンはユニットをスタンドさせカードを引く。

 

 

「通ってたまるかぁぁっ!!」

 

 

そして、脳裏に浮かんだ“黒輪を背負う剣士”の姿を吹き飛ばすように叫ぶ。

 

「ライド!!バーニングホーン・ドラゴン!!(9000)」

 

続けて叫ぶ。叫び続ける。

 

「コールっ!!ドラゴンダンサーアラベラ!!(9000)スキルを発動!CB1でバーニングホーンにパワー+5000っす!!」

 

「バーニングホーン・ドラゴンでペリノアにアタックっ!!!(14000)」

 

 

「ノーガードだ」

 

 

「ドライブチェックっす!!…リザードソルジャー ゴラハ!!ゲット!クリティカルトリガーっす!クリティカルはVに!パワーはアラベラっす!」

 

「…ダメージチェック…1枚目は光輪の盾 マルク…もう1枚は…月影の白兎 ペリノアだ」

 

 

 

(トリガーは出なかった…どうする…このままVに…いや、4点にして、次のターンでリミットブレイクを出されたら…耐えきれない……)

 

 

 

「…ここは!レッドパルスのブースト!アラベラでリアガードのクロムジェイラーにアタックっす!!」

 

ラシンがクロムジェイラー・ドラゴンを退却させ、ターンが終了する。

 

ジュリアンのダメージは4…ラシンは3点であった。

 

 

「残念だが…ファイナルターン…だ」

 

「…っ!!」

 

 

「スタンドとドロー…伝説の竜よ!出でて古の力を奮え!!ライド!スペクトラル・デューク・ドラゴン!!(10000→11000)」

 

 

(…スペクトラル・デュークっすか…でもリミットブレイクはまだ発動しな…)

 

 

「ブラックメイン・ウィッチの後ろにマスター・オブ・ペイン(8000)をコール…スキル発動…CB1で山札の上の1枚をダメージゾーンに置く」

 

ラシンのダメージゾーンに軍旗の騎士 ロディーヌが置かれる。

 

「…これで4点っすか…」

 

「エンドフェイズ開始時にダメージゾーンのカードを1枚山札に戻すことになった…そしてブラックメインウィッチと位置を交代する……さらにスペクトラル・デュークの後ろにフレイム・オブ・ビクトリー(4000)をコール」

(…本当にこのターンで…決める気なんすね…)

 

 

「闇ではなく…悪を切り裂く漆黒の竜!コール!断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン!!(10000)」

 

 

ゴールドパラディンに属する2体のアビスドラゴンが肩を並べる。

 

 

「クロムジェイラーでリアガードのアラベラにアタック!(10000)」

 

「ノーガード…退却っす…」

 

「ブラックメイン・ウィッチのブースト…マスター・オブ・ペインがアタック!(14000)」

 

「ノーガード…ダメージはエターナルブリンガー・ドラゴン…トリガー無しっすね…」

 

 

ついにジュリアンに5点目のダメージが入る。

 

これで完全に後が無くなってしまった。

 

 

「フレイム・オブ・ビクトリーのブースト…スペクトラル・デューク・ドラゴン…アタック!!(15000)」

 

 

「リザードソルジャー ゴラハとエターナルブリンガー・ドラゴンで2枚貫通ガード!」

 

 

「…ツインドライブ…フォーチューン・ベル…ゲット!スタンドトリガーだ…クロムジェイラーは再び立ち上がる…スペクトラル・デュークにパワー+5000」

 

 

(…このままじゃ……)

 

「…もう1枚は…光輪の盾 マルク…トリガー無しだ」

 

(………)

 

「スペクトラル・デュークのリミットブレイク…CB2…ブラックメイン・ウィッチ…マスター・オブ・ペイン…フレイム・オブ・ビクトリー…黄金の竜にその身を捧げろ!!」

 

ラシンが宣言した3体のユニットを退却させる。

 

 

 

「もう一度あの空へ…ゴルド・チャージング・フェザー!!」

 

 

 

ラシンのスペクトラル・デューク・ドラゴンがツインドライブを捨てた状態でスタンドする。

 

「こんな…」

 

「ルーンバウのブースト…断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴンがアタック!!(14000)」

 

「…バーニングホーン・ドラゴン、ドラゴンダンサー アラベラでガード!!」

 

(わざわざリアから攻撃してきた…ってことは…)

 

ジュリアンは手札の2枚の“オーバーロード”を強く握る。

「スペクトラル・デューク・ドラゴン…アタックだ!(16000)」

 

 

「…ノーガードっす」

 

 

「ドライブチェック…ルーンバウ…ゲット!スタンドトリガー…効果は全てクロムジェイラー…再び立ち上がれ…断罪の竜!」

 

 

これでジュリアンに6点目のダメージが与えられる。

 

 

 

「…ダメージチェック…これは…」

 

 

 

 

「…ここで出てきてくれるくらいには信頼されてんだろうさ……丸見えだったが」

 

 

山札から表れたのはドラゴンダンサー テレーズ…ヒールトリガーだった。

 

ヒールトリガーによってダメージゾーンのドラゴニック・オーバーロードがその場を離れる。

 

 

 

「…信頼……」

 

 

 

「だが…これで終わりだ!断罪竜 クロムジェイラー・ドラゴン……これが終末を呼ぶ鎖…アビサル・クロムジェイル!!(15000)」

 

 

クロムジェイラーの攻撃はバーニングホーンの息の音を確実に止めに来ていた。

なすすべもなくダメージを受けるジュリアン。

 

 

 

「ノーガード…ダメージチェック……」

 

 

ジュリアンのダメージゾーンにドラゴニック・オーバーロード“The Яe-birth”が落ちる。

 

 

 

「…今度こそ…僕の負け……っすね」

 

 

 

結局…ジュリアンはグレード3になる前に敗北してしまった。

 

うなだれるジュリアン、その声には覇気が無かった。

 

 

 

「……一回負けた位であきらめるのか」

 

「…うるさい…ただ少し…考えなきゃならないことができたのかも…しれないっすね」

 

 

「……だが…お前が考えている間に俺は最強のファイターだと証明し終えてしまうだろう」

 

 

「その時はあんたを倒せばすむ話っす…楽勝っすよ」

 

 

「……なら…俺は…その王座で待つとしよう」

 

 

「せいぜい僕以外の人間に負けないことっすね」

 

 

「……ああ」

 

 

ラシン達三人がその場を後にする。

 

 

ジュリアンはその後ろ姿をただ見つめるばかりであった。

 

 

ジュリアンがカードをケースにしまう。

 

ちょうどぽつぽつと雨が降り始めた。

 

 

 

「僕は…強く……でも…」

 

少しずつ激しくなる雨の中、デッキを守るように近くの木の下でうずくまるジュリアンが呟く。

 

 

「……ユニット…好きなユニットか…」

 

 

ジュリアンはどうしても自身の好きな“そのユニット”で勝利を掴むイメージができなかった。

 

 

 

「………」

 

 

 

黒輪の騎士…彼はまだストレージボックスの中で眠っている。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

どこまでも広がる幻想的な空間。

 

その中央でヒカリと漆黒の少女は背中合わせに座っている。

 

「……久し振りだね」

 

 

『…………』

 

 

ヒカリが少女に話しかける。

 

「えっと…あなたはいつからここに居るのかな?やっぱり2年前くらい?」

 

『…………』

 

背中合わせに座っているためヒカリから少女の表情は窺えなかった。

 

 

「あなたってすごいよね…ヴァンガードも強かったし、学校でいくら罵られても平然と言い返したり…」

 

『…………』

 

 

その少女は2年前のヒカリと同じ見た目をしていた。

 

 

 

学校に嫌気が差し、ヴァンガードにのめり込んでいた頃の姿。

 

 

 

ヒカリは2年前のことを思い出す。

 

 

 

 

入学初日、ここはどこの世紀末だと言いたくなるような廊下。

 

 

数分に一回は誰かが殴られている教室。

 

 

授業にならない…以前に授業をしてくれる先生が校長ただ一人という現実。

 

 

いつの間にか仲間の輪からだけでなく実際にいなかったことにされている女子。

 

 

横行するいじめ…しかもそのほとんどに誰かしら先生が加わっていた。

 

 

 

 

ときにヒカリ自身が心ない言葉を浴びせられることもあった。

 

 

 

ときにいじめから救った人間によって騙されることもあった。

 

 

 

「人間の根本は善人だ…何て信じてたんだけどね」

 

 

『…………』

 

 

「お父さんもお母さんもいなかったから何かあっても変な心配させることは無かったとは言え…同級生や上級生…果てに先生…あの人達と“戦い”続けたあなたは…強いよ」

 

『…………』

 

「でも…そうだよね」

 

 

 

ヒカリが後ろから少女を抱き締める。

 

 

その少女はずっと泣いていた。

 

この場所で。

 

独りで。

 

 

「あなたも…私なんだもん…辛くないなんて…そんな訳ないよね…」

 

 

 

『……』

 

 

 

「私はあなたという影に隠れて過ごしていた……あそこで罵られているのは私じゃないんだって…そう自分に言い聞かせていた」

 

 

 

『…………』

 

 

 

そうしてヒカリは学校の中でヴァンガードをしているときと同じように少し“違う”人間を演じるようになっていった。

 

 

「ヴァンガードを始めてから……“あなた”って人間を演じて…学校でも隠れ蓑にして……あげくの果てにこんなの私じゃないって言って、あなたをここに閉じ込めた」

 

 

 

「私の姿をした“私”を…認められなかった」

 

 

 

『……』

 

「ずっと…勝手に頼ってたのに」

 

『……』

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……許す』

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

少女はこちらを向く…もちろんヒカリは彼女を抱き締めたままだが。

 

 

その少女は赤く腫れた目をしていたが、笑顔だった。

 

 

 

 

 

『ここに来たということは、お前はもう大丈夫だ…そうだろう?』

 

 

 

 

「大丈夫…って?」

 

 

『お前と共にいてくれる仲間…戦ってくれる仲間がいる……違うか?』

 

 

「あ……」

 

 

思い浮かぶのは、変態ジャスティスの時…ヒカリの暴走に付き合ってくれた二人…一人は昔馴染み…でももう一人はまだ会って一月もたっていない人…なのに助けてくれた。

 

 

 

そしてあの朝…そんな“今”に導いてくれた銀髪で碧色の瞳の彼。

 

 

 

 

『人は良くも悪くも常に変わり続ける…それを成長という……お前にはもう私は必要ない……私がここでお前の“痛み”を背負う必要は無くなったんだな…』

 

 

そう言って少女はヒカリの腕を振りほどくと立ち上がった。

 

 

 

「痛み……」

 

『色んな意味でだ…重いし、痛いし、辛いし、恥ずかしいし、泣きたくなるし…泣いたし……でも、ある程度は一緒に背負ってくれる仲間がいるだろう?』

 

 

「う……うん…」

 

 

 

少女は少しずつヒカリから離れていく。

 

 

 

 

『私はもう行くよ…………ヒカリ』

 

「え……どこに…?」

 

 

『“私”はいわゆる“私の恥ずかしい青春”なんだ…どのみちいつかお前は私を忘れる…』

 

 

 

ヒカリは思わず少女の手をとる。

 

 

「…忘れないよ…私は…“私”を」

 

 

『それじゃあお前はずっと“痛い”人のままだ』

 

 

「そうもならない!!…仲間がいるから……だから大丈夫だよ」

 

 

 

『そうか…そうだったな……なら…』

 

 

 

少女はヒカリの手を両手で包む。

 

 

 

 

『たまにはゴスロリでも着て、私を思い出してくれ』

 

「……うん」

 

 

少女が優しく笑う。

 

 

 

少女の体の色が薄くなる。

 

 

 

 

『時間だ…私は円環の理に導かれ……』

 

 

「いや、目が覚めるだけだから」

 

 

 

少女の姿はほとんど見えなくなっていった。

 

 

 

『こんな風なボケツッコミを一人でやるんだ…』

 

 

「そんなことしたら完全に“痛い”娘だよ!さっきまでとは別の意味で!!」

 

ヒカリは叫ぶ。

 

『……礼を言うよ…私もこんな風に誰かと不毛な掛け合い…したかったんだ…“私”はずっと一人だったから…』

 

その空間には……もう少女はいなかった。

 

 

「………今までありがとう」

 

 

 

『…どういたしまして』

 

 

 

姿は消えてもその声は微かに聞こえた。

 

ヒカリはこの夢が終わっていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「『…またね』」

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてヒカリは…

 

 

 

いや

 

 

 

 

“私”は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒカリさん!」

 

「ヒカリ!」

 

「ヒカリ様!」

 

「「「ヒカリ様!!」」」

 

 

なんだこれは…私、もしかして何十年も寝てたとか?

 

 

「えーっと…おはようございます?」

 

「「「おはようございます!」」」

 

「……何言ってんだ……ヒカリ」

 

 

私の頭が少しずつはっきりしてくる。

 

 

そうか、疲れてその場で寝ちゃったんだっけ。

 

 

「春風さん…運んでくれてありがとう」

 

「あれ?何で私って分かったんですか?」

 

 

だって覚えてるから…

 

「私が寝ちゃう瞬間…春風さんがこっちに来るのが見えたから…ね」

 

 

私は店の柱時計を見る。

 

もうおやつの時間と言っても差し支え無かった。

 

 

やけにお腹が空いたなぁなんて思ったけど、やっぱり結構な時間を私は寝て過ごしていたらしい。

 

 

「みんなはご飯食べた?」

 

 

「ヒカリさんを置いて食べに行く訳無いじゃない」

 

 

「今日はリーダーの奢りだしな」

 

 

「へぇ…じゃあ私もお金出すよ…みんなを空腹にさせちゃったのは私が原因みたいだから」

 

 

「「「むしろ我々はヒカリ様の寝顔でお腹一杯ですが何か!?」」」

 

 

春風さんが親衛隊をまとめあげる。

 

「……あなたたちは黙ってなさい…、そうだお昼ご飯なら私が作りましょうか?」

 

 

「いや……それは嬉しいんですけども…ねぇ」

 

 

「さすがに悪いというか……」

 

 

天乃原さんと青葉クンが申し訳なさそうに言う。

 

 

「今日は私と天乃原さんでみんなに奢る日だから……その案は却下です……ってあれ?舞原クンは?」

 

 

私は周りを見渡すが、あの特徴的な銀髪は見当たらなかった…どうしたんだろ…?

 

 

「それがさっきから探してるんだけど見つからないのよ…」

 

「……どこいったんだろうな…」

 

 

 

 

「誰の話をしてるんすか?」

 

「それは…あのジュリアンよ……って…え!!」

 

 

そこにいたのは舞原ジュリアンその人だった。

 

 

……少し髪や服が濡れてるのが気になるけど…でも見つかって良かった。

 

「どうやら心配かけてしまったみたいっすね」

 

ともかく、これで全員揃った…なら、することはただ一つ。

 

「じゃあ……ご飯食べに行こう!」

 

「おー!」

 

「出発だな!」

 

 

舞原クンは私のことを不思議そうに見つめてくる。

 

 

「……何かヒカリさん…変わったっすか?」

 

 

「それは私も思ったわ」

 

「いい夢でも見たのか?」

 

 

本当…青葉クンはいつもいい勘をしている。

 

私は少女のことを思い浮かべた。

 

「……うん…そんな感じだよ」

 

「…そっか」

 

 

 

店を出て、私達は歩き出す。

 

少し前まで雨が降っていたようで、道のあちこちに水溜まりができている。

 

 

しばらく歩いていると、舞原クンが私に聞きたいことがあると言ってきた。

 

どこかその表情には鬼気迫るものがある。

 

「…あの……ヒカリさんにとってヴァンガードって…どんな存在っすか…」

 

「それは…」

 

それはまた難しそうな質問を……“私の先導者”じゃそのまんまだし…少し違うかな……あ…そうだ。

 

 

「……“私の恥ずかしい青春”…かな」

 

 

それはあの少女からの受け売りだった。

 

それを聞いた舞原クンは楽しそうに笑う。

 

「真面目に聞いた僕が馬鹿みたいじゃないっすか…でも…“私の恥ずかしい青春”っすか…そうかもしれないっすね…」

 

「でもそれはここまで……私は“恥ずかしい青春”を

誰かに自慢できる“誇り高き人生”にして見せる……このモルドレッドに誓って…ね」

ちょっと…いや……かなり言い過ぎたかもしれない。

 

でも、私はシャドウパラディンや今ここにいるみんなと会えたことを“恥ずかしい”なんて言いたくないんだ。

 

「…それはまたすごい……ヴァンガードを“誇り高き人生”に…っすか」

 

 

舞原クンがどこか遠くを見つめる。

 

彼が何を考えているのかは分からないけど…少しでもその助けになれたのなら私も嬉しい。

 

 

「……ところでヒカリさん…その格好でこの後大丈夫なの?」

 

 

天乃原さんが心配そうに聞いてくる。

 

私は変わらずゴスロリを着ていた。

 

確かにこの格好は電車とかだと…かなり目立つ。

 

「……目立っちゃうけど…みんなが一緒なら…平気だよ」

 

 

私が笑いかける。

 

「そうね♪」

 

「そうだな」

 

「…そうっすね」

 

 

 

…それにさっきから私の親衛隊が通行人を装ってうろついてる……不審者として捕まらなければいいのだけれど…

 

 

 

「……でも、心配してくれてありがとうございます」

 

 

「え?」

 

「ううん…何でもない……行こう!」

 

 

私は歩き出した。

 

 

 

 

そして空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

『…頑張れよ…ヒカリ』

 

 

どこかから“私”の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 


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