鵺兄妹魔法学園奇譚   作:あるかなふぉーす

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神の警告(注意事項)の通り、かなりの亀投稿となります。

付き合って頂けるとうれしいです。

それでも序章という名のプロローグ参ります。

※表記ミスで、陵くんと巫仙さんの出席番号を訂正しました。

 陵  出席番号18番→27番

 巫仙 出席番号42番→39番

※追記5/4

 ルビの訂正 しろぬえ→はくや


序章

 

 

「起きろ~!」

 

 

快適な俺の安眠を妨げたのは、そんな一声だった。

 

もう、一体全体どこのどいつ様だよ!

 

俺を日々の疲れから解放してくれる唯一の心の拠り所、オアシス――俺の睡眠を邪魔する輩は!

 

 

「早く起きろ~!遅刻しちゃうよ~!」

 

 

知ったことか。

 

俺は寝ると決めたら最後まで寝るんだ!

 

初志貫徹の精神、これ超大事。

 

 

「早く起きてくれないと物理的行使だぞ~!」

 

 

えっ。物理的行使?

 

何それ怖いんですけど。

 

しかし、この俺としてもこんな所でハイ起きます、と折れるわけにもいかない。

 

ここは最後の最後まで足掻いてやる!

 

俺は現実と夢の世界を彷徨う意識の中で懸命の一言を発した。

 

 

「あと一光年…」

 

 

「光年は時間の単位じゃなくて距離の単位だよ!?」

 

 

なッ!

 

なんて的確な突っ込み!

 

ぐぬぬ…輩、やりおるな。

 

すると、輩が離れていく気配を感じた。

 

ふっ、やっと寝かせる気になったか。

 

と、思いきや、そいつはすぐに戻ってきた。

 

途端!

 

俺のすぐ近くの耳元で

 

ガァンッ!

 

不快な金属の轟音が炸裂した。

 

しかもそれは一回限りなどと生易しいものではない。

 

 

ガァンッ!グワァンッ!グワラキィンッ!

 

 

って、うるっせえな!

 

物理的行使とはこのことだったのか!

 

確かに鼓膜を直接嬲ってくるような騒音だ!

 

駄目だ…いくら頑張って夢の国に行こうとしても、轟音が現実に引き戻してしまうッ!

 

ちくしょう…俺のささやかな安眠が、心の拠り所がぁ…

 

得体の知れぬ金属音に浸食されていくぅ…

 

もうだめだ!こんな状況じゃ眠れやしない!

 

そう諦観し、「最悪の目覚めだ…」などと思いつつ、夢現の寝ぼけ眼で俺――白鵺陵(はくやみささぎ)は目を覚ました。

 

…あれ?なんか俺の胴体の上に何かが乗ってるぞ?いや跨がってんのか?

 

次第に意識は覚醒していき、俺はようやく、その『何か』の全貌を捉えることができた。

 

そして、その姿を垣間見たとき、俺は――

 

 

「天使を見た――」

 

 

「はひ?」

 

 

思わず口から漏れてしまったが、仕方あるまい。事実なのだ。なんの比喩も誇張も形容も

 

例えも比況も直喩も暗喩もシミリもメタファーもなく、今、目の前にいるのだ。天使が――

 

その左手にフライパンを掲げ、右手にお玉を携え、セーラー服という名の天衣を纏った――

 

我が妹(天使)がいた。

 

そして、「はひ?」とか言って首を傾げてる我が妹、超かわいい。

 

 

「おにーちゃん、やっと起きた~早く着替えて学校いこ!今日は入学式だよ!」

 

 

前言撤回。

 

人生最高の目覚めだ。

 

 

1

 

神城市は基本的に人口が多く、住宅街やマンションに富む町だが、

 

俺たちの家はそれらから少し外れた田舎の一軒家だ。

 

登校中は静閑な田舎道を通ることができるので、ノスタルジックな気分を味わうことができる。

 

敷地面積はそこらの住宅街の家々の数倍近くはあり、そこで妹と二人暮らしをしている。

 

そんな我が家の玄関にて――

 

 

「おにーちゃん、急いで!遅刻しちゃう!」

 

 

「ま、待ってくれ」

 

 

我が妹である、黒鵺寵(くろぬえめぐむ)が「早く早く」急かす中、

 

俺は未だにもたついていた。

 

 

「妹よ。新生活に浮き足立つのは分かるが、慢心するでない。大抵碌なものじゃあないさ」

 

 

「何言ってるのさ、おにーちゃん!いつまでも引きこもってたらいつまで経っても大きくなれないよ!」

 

 

「俺の成長期は二年前に止まった…」

 

 

実質、そうだ。

 

今僕は16歳だが、その二年前、14歳をすぎた頃から俺の成長はぴたりと止まっていた。

 

 

「すべすべ二の三の言ってないで早くいくよ!」

 

 

「あえて微妙にボケてきた!?そしてそれを言うなら『つべこべ』と『四の五の』だ!」

 

 

「ほら、突っ込める元気があるんだから、早くしてよ!」

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)、俺は今、とある重病を発病した…」

 

 

尚も言い訳をする俺。

 

見苦しいことこの上ない。

 

 

「あ、そう!重病なら十秒もありゃ治るよね」

 

 

「地味に上手いこというな!そんな病気があってたまるか!」

 

 

妹め。そんなギャグセンスいつの間に習得したんだ?お兄ち

ゃん、知らないよ?

 

 

「とにかく急病なんだ。もう少し待ってくれ…」

 

 

「じゃあ、九秒で治るんだね!少し早くなって良かったよ!」

 

 

「予想通りの突っ込みきたぁ!」

 

 

我が妹ながら、その突っ込みの敏捷性、威力は賞賛に値するものがある。

 

俺の注文に的確に突っ込みで返す。素晴らしいコール&レスポンスだ!

 

 

「おにーちゃん、今は漫才やってる暇はないんだよ!もう、なんの病気なの?!」

 

 

「五月病」

 

 

「そう、じゃあ行くよ」

 

 

妹は俺の手をぐわしと握ると、俺の抵抗なんてなんのそので無理矢理、

 

玄関口までずりずりと引っ張っていく。

 

なんて無慈悲な妹なんだ!お兄ちゃんはそんな妹に育てた覚えはありません!

 

 

「今は四月だよ。それに五月病ってのは新しい環境に適応できないで起こる症状

 

 なんだから、新しい環境に触れる前から言わないの」

 

 

うっ…正論だ。

 

まさか我が妹がここまで賢いとは…って失礼だな。

 

 

「それは…あれだ。もう起こるって予測できてんだよ!俺、このまま学校に行ってたら確実に

 

 五月病引き起こすって読めてんだよ!確率的にシックスナインなんだよ!」

 

 

確率99.9999パーセント。

 

某第八の使徒が本部に直撃するのと同じぐらい確率高いんだぜ。

 

 

「いやもう、これは予知だね!お兄ちゃん、予知能力者だね!」

 

 

我ながら、小学生か!って思うぐらいみっともない言い訳だが、

 

仕方ない。学校行きたくないもん。

 

俺はこと言い訳において、世界中の誰にも負けない自信がある。

 

…いや、自慢できることじゃあないんだけれど。

 

すると、 

 

 

「へえ…予知。予知といったね?」

 

 

妹がいつしか笑んでいた。

 

何故だろう。物凄く邪悪なオーラを感じる。

 

 

「じゃあ、おにーちゃん!おにーちゃんが予知能力者なら、今から寵がやること、分かるよね?」

 

 

妹は満面の笑みでそう問いかけた。

 

 

「おいおい、我が妹よ(ディアマイシスター)。何を言って――」

 

 

正直、何を言っているのか理解できなかったので聞き返そうとしたら――

 

言葉が途切れてしまった。

 

途中で言葉を発せなくなる事態が起こったのだ。

 

何があったのかと思い、すぐさま気づいた。

 

視界を埋め尽くすほどに、妹の顔が接近していた。

 

そして、

 

口が塞がれていた――

 

唇で、我が妹の唇で――

 

 

「………」

 

 

「さあ、つべこべ言ってないで行こ!」

 

 

「………」

 

 

妹はさっきと変わらぬ満面の笑みでそう呼びかけた。

 

俺はそこに、僅かに不敵さを見た気がした。

 

不適っていうより小悪魔的か?

 

恐ろしい恐ろしい。

 

ゾクッとするね。

 

俺は黙って妹に付き従い、我が家を後にした。

 

我が妹は、我ながらクレイジーだ。

 

 

2

 

登校中の風景は前述の通り、極めて静閑で静謐だった。

 

左を見ても、右を見ても、果てのない田園風景で、日本にはまだこんな所も残ってるんだ

 

な、としみじみ思ってしまう。

 

前方には、これから向かう都会の風景が小さく見えている。

 

とはいえ、もうしばらくはこの和やかな田園風景を背景に、我が妹と歓談できるのだからうれしい限りだ。

 

今朝は妹と恥ずかしい一悶着があったが、今はほのぼのと会話している。

 

 

「というか、我が妹よ(ディアマイシスター)。今朝は相手がお兄ちゃんで良かったが、

 

 あんな誰かれ構わず、ちゅーしてたら、お前いつか勘違いされるぞ?」

 

 

俺が注意を促すと、妹はアハハ、と笑って、

 

 

「なーに、言ってんの。私は今後一切おにーちゃん以外の男とキスしたりしないから」

 

 

「そうか…それは良かった――ってそれも色々と問題だぞ!?」

 

 

「え、何?何かおかしいところでもあった?」

 

 

「ありまくりだ!我が妹よ(ディアマイシスター)!」

 

 

妹よ、お前はなんて鈍感な女なんだ!

 

意識して言ってるならまだしも、天然でなら相当、危険領域だぞ!

 

戻ってこれなくなっちゃうぞ!

 

 

「ふぅーん…じゃあ、言い直すね。今後一切おにーちゃん以外の男と接吻したりしないから」

 

 

「いや、そこじゃねーよ!そこ直してどうする!」

 

 

「ベーゼしたりしないから」

 

 

「フランス語にしても駄目だ!ていうか、なんかどんどんエロくなってる!?」

 

 

「ついでにエロをエロスにすると尚更だね」

 

 

「別に直さんでいい!お前は兄妹仲に何を求めようとしているんだ!」

 

 

やばい!妹の思考がエロスに侵食されていってる!

 

汚染領域、突入します!

 

このままだと我が妹がヒトではなくなってしまう!

 

これはなんとしても引き戻すのが兄としての役目!

 

妹よ!待ってろ、今お兄ちゃんが助けにいく!

 

 

「ところでフランス語ってすごいね。ベーゼ然りエロス然り、フランス語にするだけでこのエロス」

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)。突っ込む要素が多すぎて本来なら

 

 スルーするところだが、お前の間違いを正すために三点言わせてもらう!

 

 まず、エロスを多用するな!後、普通の単語が仏訳してエロくなったんならまだしも、

 

 元々エロい単語が仏訳してもエロいんだったら、それはエロくなったとはいえない!

 

 最後に、エロスはギリシャ語だぁ!」

 

 

はぁ、はぁ。

 

ひとしきり言い終わると、俺は肩で息をしていた。

 

まさかここまで一言も噛まずに言えるとは…

 

お兄ちゃん、アナウンサーになれるんじゃね?

 

 

「おにーちゃん…言い切ったね」

 

 

…しまった!いつの間にか妹のペースに乗せられていた!

 

落ち着け、俺。

 

そうだ。深呼吸で落ち着くんだ。

 

ひっひっふー。ひっひっふー。

 

ってこれはラマーズ法だ!

 

いかんいかん。

 

こんなもので精神が揺らいでどうする!

 

俺は愛し妹をエロスの魔の手から救い出すと決意したんだ!

 

簡単に諦めてたまるか!

 

 

「いいか。もうエロとかエロスとかどうでもいいんだ」

 

 

「と、言いながらも、エロエロ言ってるおにーちゃん」

 

 

「黙ってろ!」

 

 

そうだ。いいぞ、俺。

 

こうやって常に会話のイニシアチヴを握っていれば、妹の会話のペースに乗せられることは

 

まずない。

 

 

「あのな、我が妹よ(ディアマイシスター)。おにーちゃんが言ってるのは『おにーちゃん以外の男』っていう下りだ」

 

 

「ベーゼじゃなくて?」

 

 

「ベーゼから一旦離れろ!」

 

 

…ハッ!また妹のペースに乗せられていた!

 

危ない危ない。

 

危ない妹だな…

 

そして、『危ない妹』という単語に一瞬でもエロスを感じてしまったお兄ちゃんを赦せ。

 

 

「いいか?『おにーちゃん以外の男』だぞ?裏を返せば、今後お兄ちゃんとしかキスしない気か?」

 

 

「うーん、でもまだ女の子がいるじゃん」

 

 

我が妹がとんでもない爆弾発言をした。

 

 

「信じない!我が最愛の妹(マイラブリーシスター)がレズだなんて、お兄ちゃん信じない!」

 

 

「ん~じゃあ、百合?」

 

 

「どっちもおんなじ意味だよ!」

 

 

俺はがっくりとうなだれた。

 

すまん、我が妹よ(ディアマイシスター)。お兄ちゃんはお前を救えなかった…

 

非力なお兄ちゃんを赦しておくれ。

 

そんな茶番を繰り広げているうちに風景には商店やビルが点々と映り始め、

 

都会に近づいてきたのだ、と分かる。

 

ここら辺りに入ると、俺らと同じブレザーの制服姿の生徒たちがちらほら見受けられる。

 

恐らくは、というより確実に彼らも俺らと同じ高校だ。

 

 

「お~おんなじ制服の人たちが増えてきたね、おにーちゃん」

 

 

「ああ、これからあいつらと馴れ合わなきゃと思うと胃がキリキリと痛む」

 

 

「もう、そんな暗いこと言わないの。せっかくの学園生活だから楽しまなきゃ」

 

 

「はあ、我が妹は気楽でいいなぁ」

 

 

俺が肩を落としながらも渋々歩いていると、俺らと同じ制服の奴らも多く目立ってきた。

 

 

すると、その光景を見てか、妹が唐突にこんなことを言ってきた。

 

 

「いや~こう見てると、皆が皆、同じで変わらない服着て、まるで収容所みたいだね」

 

 

「お前こそ気分が沈むこと言ってんじゃねーよ!」

 

 

お前、自分で暗いこと言うな、と言っておきながら自分で言うって何なの?

 

何だ、あれか!?

 

他人にはワードに縛りをかけておいて、自分はそいつにそのワードを言いまくって言葉責め

 

にするって新手のプレイか?

 

いいぞいいぞ。

 

お兄ちゃん、そういうの大好物だからドンと来い!

 

自作の変態チックなプレイを妹に強要する俺だった(正し言葉にしてないのでセーフ)。

 

 

「ああ、こう見てると私たちもただの囚人なんだね――」

 

 

「なーに哲学者気取ってんだよ、我が妹よ(ディアマイシスター)

 

 

とはいえ、我が妹がそんなことを考えられるくらいには賢くなったことに兄としての感動

 

もあり、『大人になったなあ』と感慨深く思うのだった。

 

 

「――教育機関の」

 

 

「お前はまず全国の教育委員会並びにPTAの皆様に謝罪しろ!」

 

 

俺の感動を返せ、この野郎。

 

 

「ところでおにーちゃん」

 

 

「話題を無理矢理転換するな」

 

 

本当に自由奔放な奴だな。

 

まあ、そんな所が可愛いんだが。

 

 

「PTAって何の略なの?」

 

 

おぉ、我が妹ながらなかなかまともな質問じゃないな。

 

ならその問いかけに答えるのも兄の役目だろう。

 

 

「ちなみな私が小さい頃は『ぴーちゃん』って可愛がってたんだけどね」

 

 

「PTAは決してお前のペットじゃねーよ!」

 

 

何だよ『ぴーちゃん』って。

 

可愛いな、おい。

 

 

「ったく…えーと、PTAってのは確かparent-teacher…あー、なんだっけ」

 

 

あれれ?本当になんだっけ?

 

おっかしーなあ、二年前ぐらいには覚えてたんだけどなあ。

 

あっるぇ~?

 

俺ってそんな記憶力悪かったっけ?

 

やばいやばい、このままだと我が妹に兄としての示しがつかない。

 

これしきのこと…分かっていないと兄の…兄の示威がッ!

 

兄の自慰がッ!って聞こえて申し訳ない。

 

 

『おにーちゃん、そんなことも知らないんだね…寵、幻滅…』

 

 

「ジィィィィィザァァァァスッ!」

 

 

「お、おにーちゃん、どうしたの突然!怖いよ!」

 

 

ハッ!

 

俺としたことが失態。

 

つい、声に出してしまった。

 

あぁ、我が最愛の妹(マイラヴリーシスター)を怖がらせてしまった…

 

ほらほら怖くないよ~いつものお兄ちゃんだよ~

 

 

「ほ、ほら。えーと、"A"だろ?"A"」

 

 

今は、威厳保持のため"A"が何の略なのか思いつく限り挙げなければ…

 

 

「A…A…アンビュランス?」

 

 

「それは救急車」

 

 

「アデランス?」

 

 

「それはカツラ」

 

 

「アニサキス」

 

 

「それは寄生虫」

 

 

「ア、アンビリーバボー?」

 

 

「奇跡体験!?それに至っては頭文字は"U"なうえに、もはや疑問形になってる!?」

 

 

「い、いや、分かるぞ!分かるからな!」

 

 

うーんと、A…A…A.T.フィールド?

 

A.T.フィールド、全開!

 

 

「association、ですわ」

 

 

「そうだ、それそれ。parent-teacher associationだ。

 

 ってお前――」

 

 

出口を見失い、迷走していた俺に答えを、救世主のごとく導いたその声の主は――

 

 

「――巫仙か、もう着いてたのか」

 

 

「あらあら彼女のお出迎えがご不満でして?

 

 というか、お呼びになったのはあなたでしょうに、陵さん」

 

 

慇懃無礼なお嬢様言葉の語り口調、俺の彼女である、夜鳥巫仙(よるどりふせん)だ。

 

 

「ああ、俺の方から待ち合わせしよう、って言ったんだったな。悪い」

 

 

謝罪を入れておくと、巫仙は上品にフフフ、と笑った。

 

 

「何をおっしゃいますの、陵さん。陵さんからのお誘いとあらば、この巫仙、行かない手は無いでしょうに」

 

 

どうだか。

 

全く、本当に慇懃無礼な奴だ。

 

どこからが本心で、どこからが社交辞令なのかが分からない。

 

底の知れない奴だ。

 

それでも、俺の彼女を6年もやっているんだから頭が上がらない。

 

まあ、そこらも全部含めて俺の可愛い彼女なんだがな。

 

 

「おっ、巫仙さん!グッドモーニングです!」

 

 

と、我が妹は英語でご挨拶。

 

 

「グーテンモルゲン」

 

 

一応、俺も流れには乗ってドイツ語で挨拶。

 

 

「Habari za asubuhi?」

 

 

そして、巫仙は――

 

 

「って、何語!?」

 

 

「スワヒリ語ですわ」

 

 

「スワヒリ語!?何でそんな日常会話で絶対使わないような言語知ってるの!?

 

 というか、スワヒリ語って言語は知ってるけど、どんな国で使われてるか意外と知られていない!」

 

 

「ケニア、タンザニア、ウガンダ、その他諸々ですわ」

 

 

「詳しい!詳しすぎる!流石我らが巫仙さん!」

 

 

本当、彼女の(無駄な)知識量はさしもの俺で舌を巻いてしまうどころか、巻きすぎて横紋筋とか味蕾が崩壊するレベルだ。

 

 

「ところで陵さん、昨夜はゆっくりと永眠がとれまして?」

 

 

「さらりと死んだことにするな!じゃあ今ここにいる俺は何なんだ!」

 

 

「怨霊?」

 

 

「せめて幽霊にしてくれ!恨み持ったまま死んだとか嫌だからな!」

 

 

「あら、陵さん。あなた幽霊でしたの」

 

 

「お前から振った話だろうが!」

 

 

はぁ…

 

まさか、コイツと話しただけでここまで疲れるとは…

 

いや、先の妹との掛け合いもあるが、この夜鳥巫仙とは会話をするだけで余りあるスタミナを全て奪われてしまう。

 

こと舌戦において巫仙に比肩する者はいないんじゃないか?

 

 

「ところで、今朝はお楽しみだったそうじゃないですか?羨ましいですわ」

 

 

「止めてくれ。その言い方だと、俺がついさっき妹を近親相姦してきたみたいに聞こえる」

 

 

ところで俺、物凄く妹と結婚したいんですが、どうしたらいいでしょうか?

 

やっぱり法律変えますか。

 

そのためには総理大臣にならないと。

 

 

「あら、そうでしたの?それは申し訳ございませんわ」

 

 

……!

 

おい、待て。

 

 

「いやな予感しかしないが、あえて聞くぞ巫仙。お前、その情報どこで仕入れた?」

 

 

そう訊くと、巫仙は胸ポケットからスマホを取り出してSMSの画面を見せてきた。

 

ちょうど今朝にあたる時刻の通知には、

 

 

『おにーちゃんとキスしちゃった///』

 

 

と何とも可愛いらしい文面が添えられていた。

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)!?」

 

 

妹よ、お前はいつの間にこんなメッセージを送信してたんだ。

 

それよりも気になってしまったのが、それ以前の会話。

 

 

『じゃじゃーん!おにーちゃんの寝顔(^ー^)(画像あり)』

 

 

『まあ、可愛いらしいこと』

 

 

『ねえねえ。おにーちゃんがズボンおろしてティッシュペーパー片手に、雑誌を必死に見てるんだけど…何してるんだろう?』

 

 

『あえて知らないでおく、というのも妹としての優しさですわ』

 

 

っておい!

 

なんだ?!この会話!

 

俺のプライバシー、マカロニみたいに筒抜けじやねえか!

 

特に最後のはかなり恥ずかしい奴だ!

 

って、まだ上もあるぞ。

 

他にどんなん乗せられてんだよ、と

 

思いながら画面をスクロールしようとすると、

 

バッ!

 

巫仙にスマホを奪われた。

 

 

「おい巫仙。なにすんだよ」

 

 

「そちらこそ、他人様のプライバシーに何ずけすけと入り込んでますの?」

 

 

「それに関してはお前らだけには言われたくない!」

 

 

プライバシーを侵害されたのはこっちだ。

 

 

「と・に・か・く、人のものは余り見るものじゃありませんわ」

 

 

そう言って、ツンとそっぽを向きながら、スマホを胸ポケットに再度仕舞った。

 

ところで、その、胸ポケットにスマホ仕舞うの止めてくれません?

 

何でかっていうと、ピッチピチの胸元にスマホを入れてるから形が際立ってエロいんですよ。

 

我が妹風に言うのならエロスなんですよ。

 

そんな理由で俺も顔を背けてると、

 

 

「それよりもおにーちゃん!もうすぐで入学式始まっちゃうよ?」

 

 

時計をちらりと盗み見た妹がそんなことを言った。

 

あ、本当だ。

 

現在時刻7時59分。

 

多く見積もって7時20分には家を出たつもりだが、彼女たちとの舌戦で相当時間を空費したらしい。

 

入学式は8時10分からだ。

 

ちなみに場所は第一体育館。

 

今からならまだ余裕をもっていけるが、集団生活の基本『五分前ルール』を遵守して、今のうちから準備して向かっておくのが吉だろう。

 

 

「そうだな、我が妹よ(ディアマイシスター)。迷子になるといけないからお兄ちゃんと手をつないで行こうではないか――」

 

 

「さあ、行きますわよ。寵さん」

 

 

「はぁーい、巫仙さん」

 

 

気づけば妹たちは既に校門を潜って随分と進んでおり、俺だけが取り残された状態だった。

 

そのうえ、あろうことか妹は巫仙のエスコートで手をつながれ、仲良しこよししている。

 

 

「解せぬ」

 

 

夜鳥巫仙――キーッ悔しい!踏んづけてやる!

 

 

「ほらほら陵さん、何しているんですの?行きますわよ」

 

 

「おにーちゃん、早く早く!」

 

 

「…はいよ」

 

 

素直に従うほかない俺。

 

どんだけ尻に敷かれてるの?

 

彼女だけならまだしも、おまけに妹にも。

 

頼りない兄で彼氏だった。

 

 

「おにーちゃん!」

 

 

「何だい?我が妹よ(ディアマイシスター)

 

 

妹が唐突に話しかけてきた。

 

 

「ついに私たちは()の校の校門を潜ったんだよ!」

 

 

「肛門を…潜った?ゾクッ」

 

 

擬態語を口で言うことのキモさを、自分で言って自分で理解した。

 

そして妹と巫仙の目がゴミくずを見る目に変わっていた。

 

 

「おにーちゃんの変態!なに言ってるの!」

 

 

「公共の面前でそんな破廉恥なワードを吐くなんて万死に値しますわ。というか、万死しました」

 

 

「既に一万回死んでいただと!?そして、お前ら酷くないか?!」

 

 

ちょっとおふざけをしただけなのに。

 

確実に兄と彼氏に対する態度ではない。

 

まあ、馬鹿な切り返しをしてしまった俺の方に非はあるんだが。

 

 

「全く…そうじゃなくてね、おにーちゃん。

 

 私たちが今入学しようとしている学校はとんでもないところなんだよ」

 

 

「あー分かってる分かってる。そこら辺は学校案内のパンフレットで死ぬほど読んだ」

 

 

幻想と理想と希望と願望と想像と創造と、後はリノリウムで出来ているようなところだからな。

 

 

「なら死ねばよろしいですのに」

 

 

「巫仙!?お前、思いっきり本音でてたぞ!」

 

 

「失礼。死んでました」

 

 

「時世の問題じゃない!」

 

 

なんてことを言うんだ。

 

この彼女は。

 

 

「お前ら表向きは仲良くしといて裏では黒魔術とか丑の刻参りとかしてたら俺、本当に泣くぞ!」

 

 

「どうぞ、ご自由に」

 

 

うぇーん(泣)

 

それにしても、なんて彼氏の扱いが酷い彼女だ。

 

今度、取扱説明書でも用意しとこうかな?

 

 

「いい?今から向かうのは尋常じゃない学校だよ。といっても尋常小学校じゃあないよ」

 

 

「当たり前だ!というか、『尋常』と『学校』か掠ってるからって安直に並べるな!」

 

 

「お黙りくださいまし」

 

 

「そして巫仙!何だよさっきから!俺の愛情足りてねえのか?!」

 

 

「べ、別にそんなのでは…」

 

 

頬を赤らめながら否定する巫仙さんマジかわいい。

 

 

「私たちが通うのは、クレイジーな学校。トチ狂った学校。頭の螺旋が数本飛んでる学校なんだから」

 

 

「それは言い過ぎだ!」

 

 

そしてクレイジーはお前だ。

 

このエロス妹。

 

 

「だからおにーちゃん。あとで、『怖いよ~』とか『帰りたいよ~』とか言って、寵に泣きつかないでよ」

 

 

「いや、そんなことしねえよ!過去においても、未来においても、したことはないし、するつもりもない!」

 

 

ったく、なんで俺が我が妹の前で無様にわんわん泣きつかないといかんのだ。

 

お兄ちゃんを何だと思っている。

 

権威失墜ものだ。

 

 

「あれ?でも今朝、五月病がどうとかで寵に――」

 

 

「あー!あんなところにクラス割りが掲示されてるぞー!今後必要になるから早く見に行かなとなー!」

 

 

俺は素早く話を切り替える。

 

もちろん示威の保全の為だ。

 

そして自慰の保全ではない。

 

死んでもそんなもの保全したくない。

 

しかし、俺が言ったこともあながち間違いではない。恐らく入学式の並びはクラス毎になるだろうし、

 

早めに誰が、どのクラスで、誰と一緒なのかは、早めに把握しておきたいものだろう。

 

一瞬でそう思い至り、俺はすたこらさっさとクラス割りの掲示に向けて駆けてった。

 

 

「まったくもぉ、おにーちゃんは子供なんだから。巫仙さん、私たちも見に行きましょう!」

 

 

「ええ、そうですわね」

 

 

我が妹と巫仙も俺の後を駆けていった。

 

 

3

 

「――神は存在しなかった」

 

 

掲示の前に愕然と立ち尽くす俺の顔からは血の気が引き、絶望に満ちた表情をしていた。

 

その理由はわざわざ言うまでもなく、掲示にそのまま記載されていた。

 

一部抜粋してお伝えしよう。

 

 

『Bクラス 出席番号12番 黒鵺寵』

 

『Fクラス 出席番号27番 白鵺陵』

 

『Fクラス 出席番号39番 夜鳥巫仙』

 

 

そう、神は死んだのだ。

 

 

「何故だッ!我が妹だけがBクラス…!?そんなバカな。そんなことあり得るはずがない!」

 

 

この学校のクラス分けは成績の順に行われる。

 

成績の良い順からA、B、C、D…と順に振られ、下はFまである。

 

つまりこの場合、俺と巫仙は成績最下層で妹は上層の部類に入るのだ。

 

この学校の入学試験は大まかに二つ――筆記と実技に分かれる。

 

そして、俺らは根本的なとある理由で実技が絶対的にダメダメなのだ。

 

筆記程度なら俺たちは猛勉強すれば満点なんて容易いことだか、流石に筆記満点でも実技がボロボロ、というかゼロ点だったら

 

まず合格通知は貰えない。

 

だけどそこは、これまたとある理由で特別に特例に異例の特別入学を認めて貰ったのだ。

 

まあ、特別入学といってもほとんど補欠入学に近いのだが。

 

 

「俺らは必然的に同じスタートラインからのはず。なのに何故我が妹だけがこれほど飛び出ているんだッ!

 

 どういうことだ、寵ッ!」

 

 

「私も分かんないよ~私だってFクラスに振られると思ってたんだもん」

 

 

「ああ、なんてことだ!まさかこんな所で妹とおさらばになるなんて!」

 

 

「大袈裟ですわ。今生の別れでもってあるまいに」

 

 

「何、馬鹿なことを言ってるんだ巫仙!

 

 俺たちにとって、例え同じ校舎内といえど別々の部屋で隔離されているなんて、そんなの耐えられるはずがない!」

 

 

「典型的なブラコンですわね。流石の寵さんも引いてらっしゃいますわよ」

 

 

「……キモい」

 

 

我が妹よ(ディアマイシスター)!?」

 

 

ああ…終わりだ。

 

我が最愛の妹(マイラヴリーシスター)に、キ…キモいって言われた…

 

俺にもう生きてる意味はない…

 

 

「ってお兄ちゃん!?ちゃっかりビニールテープを取り出さないで!そして首に巻かないで!」

 

 

我が妹が何か言ってる気がしたが、聞こえない聞こえない。

 

 

「見てくださいまし、陵さんのお顔を。まるで世界の最期と言わんばかりの表情ですわ」

 

 

あー聞こえない聞こえない。

 

 

「聞こえない振りをしてますわね…全くこれだから。仕方ないですわ、寵さん」

 

 

「え、えー。で、でも恥ずかしいなあ」

 

 

「朝っぱらから兄と接吻した方が何をおっしゃいますの」

 

 

「う、うー。仕方ないな、一回限りだよっ」

 

 

会話を一通り終わらせた妹は俺の方を上目遣いで見つめて、

 

 

「おにーちゃん。だーいすき♪」

 

 

満面の笑みを浮かべ、そう言った。

 

その瞬間、俺の脳内に電撃が迸った。

 

ああ、俺はなんてことを考えてたんだ!

 

こんな可愛い妹を置いて死ぬなんて言い出すなんて…

 

死ね!死ね!過去の俺死ね!

 

…ふぅ、過去の忌まわしき記憶は消し去った。

 

俺は現在(いま)を生きるのみ!

 

 

「俺は――生きるッ!」

 

 

「おにーちゃん!」

 

 

「我が妹よ!お兄ちゃんは生きるぞ!」

 

 

「うん!うん!頑張って!」

 

 

「単純なお方ですわね」

 

 

巫仙はやれやれ、と言わんばかりにため息をついた。

 

 

「さあ、我が妹よ(ディアマイシスター)!お前とは違うクラスで心苦しいが、お兄ちゃん、頑張るぞ!」

 

 

「よーし、寵も頑張っちゃうぞ~!」

 

 

「例え引き剥がされようとも、兄妹の絆は繋がっている!」

 

 

「うん!」

 

 

「そして『引き離す』ではなく、『引き剥がす』とわざわざ言うところも、もはやプロですわ」

 

 

俺と妹はいつになく張り切っていた。

 

 

「結局、寵さんも乗せられてますの。この妹にこの兄あり、と言った感じですわね」

 

 

巫仙は今日二度目となるため息をついた。

 

 




いかがでしたか。

妹が、クレイジーな性格だっていいじゃない!

それで、重々承知のほどとは思いますが、次回の投稿は未定です。

こんな拙作では御座いますが、どうぞお付き合いください。

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