鵺兄妹魔法学園奇譚   作:あるかなふぉーす

13 / 14
随分と遅れてすいません。

忙しかったです、いろいろと。

ご容赦を。


第拾壱話 無神経ナ警鐘 -Thoughtless Code Orange-

1

 

丁々発止たる拳と脚の乱れ打ち。

 

緋狩澤がストレート、ジャブ、エルボーを使い分けて繰り出すに併せ、首を傾けたり、腕の側面を叩いて軌道を逸らしたり、

 

スウェーバックでそれらを回避する。

 

間断なく放たれる一種の美的な連続性を帯びた攻撃に、少し気を抜いたら一瞬で呑み込まれてしまいそうだった。

 

 

「随分と反応が速いの……ねっ」

 

 

「お褒めに与り光栄な次第だっ」

 

 

達人めいた手捌きの間で交わされる会話も、自らの余裕っぷりの示威や相手の気を逸らす為でもある。

 

肉と肉のぶつかる音、種々雑多の攻撃技の応酬がある程度繰り広げられると、

 

緋狩澤は、このままでは埒があかないとでも思ったか、即座に蹴り技に切り換えてきた。

 

まずは、しなる鞭のような可殺性を秘めていそうな右脚によるハイキック。

 

その脚は俺の側頭部を正確に狙っている。

 

俺はそれを後方にステップを踏みつつ回避。

 

目の前をブゥン!と寒気のするような効果音を響かせ蹴りが擦過。

 

その光景にさすがの俺も冷や汗。

 

しかし、まだそれだけでは終わらない。

 

身体の反転した状態から蹴りの終えた右脚を地に着けると、そのまま軸足を左脚から右脚に切り換え、

 

今度は踵部を使って死神の鎌(デスサイズ)のような後ろ回し蹴り。

 

今度は後ろに下がろうにも、おそらく事前に軸足の位置をより前に踏み込ませていたのだろう、先読みされてはバック回避も無駄なだけだ。

 

俺は素早く屈むことでその攻撃を躱す。

 

頭上を物々しい風切り音が通過した。

 

おいおい、ゾクッとさせてくれるじゃねえか。

 

 

「あら、やるじゃない。ならこれはっ」

 

 

上から目線の物言いの後、緋狩澤は体勢を落とすと、屈んで移動を制限されている俺に後ろ回し蹴りからさらに繋げたローキックを見舞った。

 

これは回避不可能だ。

 

悟った俺は無理に避けようとせず、その攻撃を甘んじて受ける。

 

ボクシングのように挙げた腕で頭を狙ってくる蹴りをガード。

 

付随する威力を受け止めようとせずに、敢えて吹っ飛ばされることで衝撃を逃がす。

 

空中にポーンと投げ出されると直ぐに床に打ち付けられる。

 

勿論俺は受け身と言うものを心得ているので、床上で一回転すると右手を打ち付け、即時起き上がる。

 

ついでに距離も稼げて一石二鳥だ。

 

観戦席からは「おー!」と俺を吹っ飛ばしたと本気で思っている一部生徒による感嘆の声が聞こえた。

 

いやいや流石に蹴り単体で、重心を落としている相手をあそこまで運ぶにゃ相当ガチムチの武術家が必要だろう。

 

俺はさらなる追撃を目論見、接近してくる緋狩澤を見据え、素早く分析を済ませる。

 

奴の技は見るからに蹴り主体。何故なら拳技との技術量(テクニック)の差が歴然としているからだ。

 

それに攻撃と攻撃の間にほとんど間隙がなく、連続技と言っても良いほどである。

 

一度、術中に嵌まれば、さっきみたいに距離を取ろうとしない限り、そこから終焉無き技の乱舞である。

 

だが、取りすぎてもダメだ、わざわざ物理で殴る戦いに持ち込んだのに自ら魔法戦に持ち込んではおじゃんである。

 

模擬魔戦とはなんだったのか。

 

さて、恐ろしきはずっと緋狩澤のターン!だが、

 

今みたいにわざと距離を離して攻撃のリズムをずらせば、勝機は十二分どころか二十分程度にはある。

 

 

「あら、いいの?そんなに距離とって」

 

 

緋狩澤の声が俺の思考を遮った。

 

 

「何故だ?」

 

 

俺も返す。

 

 

「相手が魔法を使うとは思わないの?」

 

 

「使わせる前に潰す」

 

 

おぞましき言葉の応酬である。

 

俺の言葉を聞くや、緋狩澤は獰猛に口の端を歪めた。

 

 

「あら貴方、知らないのね…井蛙大海を知らず、覚えておきなさい」

 

 

「素直に井の中の蛙大海を知らず、とは言えないのか捻くれガール」

 

 

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 

「すでに目の前の女性にぶっ飛ばされてるんですが、それは」

 

 

軽口を叩き合いつつ、水面下で熾烈なタイミングと間合いの読み合いが始まっている。

 

俺はいつでも緋狩澤に一発叩き込める状態だ。緋狩澤もまた、同じ。

 

ならば勝敗を決するのは――

 

 

――そのスピード!

 

 

緋狩澤が動いた。

 

そう感づいたときには彼女の手は既に、小型の自動拳銃めいたジェスチャーをしており、

 

即ちそれは緋狩澤の魔法発動を意味する。

 

大丈夫だ。

 

緋狩澤の実力が如何程かは知れないが、Aランク魔法使いでも魔法の発動には1秒近く要する。

 

SランクとAランクの間にどれ程の実力差があるかは分からんが、1秒もあれば彼女の懐に潜りこみ、

 

発動をキャンセルさせる程度の打撃を与えることは可能だ。

 

そう頭が判断するよりも先に、俺の身体は既に緋狩澤向け、弾丸のように飛び出していた。

 

そして漸く気づいた。

 

彼女が、既に魔法を発動していることに――!

 

彼女の腕にちろちろと熾のような小さな火種が這い、やがてそれは大きな火焔へと――。

 

それは片腕のみならず彼女の両腕を侵食し、それはあたかも炎の強化外装とも言えた。

 

火焔の、腕。

 

かの北欧神話のムスペルヘイムを棲みかとする灼熱の巨人が居たとするなら恐らくこんな感じだったんだろう、

 

という光景。

 

彼女を覆う火焔の鎧は肘の辺りまで達し、一目では軽装の格闘戦士のようにも見えた。

 

そして、彼女は厳かにその魔法の御名を紡ぐ。

 

 

「『焔魔の双腕(ゲクライデット・フランメ)』!」

                         

 

それは詠唱やイメージなんて物が介在できるとは思えない程の刹那的時間。

 

紛れもなく、一瞬。

 

ドイツ語のよって発せられた魔法名――身に纏う火焔(ゲクライデット・フランメ)

 

その名のごとく術者の腕に絡み付き、周囲の酸素を奪いつつ這うように燃焼していく。

 

一瞬でだ。

 

早すぎる――!

 

俺は緋狩澤の懐に這入っているということは、俺も緋狩澤の可傷圏内(インレンジ)にいるということ。

 

緋狩澤は右の(かいな)を振り絞り、客星のような光の尾を引き、悪魔の鉄槌を降り下ろした。

 

俺は猛ダッシュの無理な体勢から左足一本で横っ飛びした。

 

衝撃を片足のみで吸収したため、猛烈に痛みが走る。

 

緋狩澤の火焔の拳が左頬を擦過する。冷や汗ものだ。

 

俺は床の上で一回転し、即、起き上がる。

 

 

「あぶなかった――というか、今の何だよ、詠唱早すぎんだろ」

 

 

「逆ギレも甚だしいわね。略式詠唱よ、ご存知でない?」

 

 

――あぁ、失念していた。

 

勿論、知っていたさ、あくまで知識として。

 

詠唱にはその(ランク)によっておおよそ3つに大分される。

 

まず、通常詠唱。

 

次に、略式詠唱。

 

そして、無詠唱。

 

上から弱い順だ。

 

通常詠唱ってのはよくある奴だ。車座がやっていた奴。

 

魔法使いならまず全員できる。できないと魔法使いじゃない。

 

次の略式詠唱からは、使える人口が極端に減少する。

 

魔法使いが200人居て1、2人居るか居ないか。

 

最後の無詠唱。これはもう世界に両手で数えられる程度しかいない。

 

ほとんど都市伝説扱いのSSランク魔法使い(国家のお抱え魔法使い)が皆、使えるというらしいが…

 

そんな訳で略式詠唱ってのはとにかく凄い。

 

所詮一生徒と思って略式詠唱の可能性を念頭に置いていなかったのは失策だった。

 

よくよく考えてみれば、緋狩澤光はこの12回生の主席だし、元はドイツ軍の佐官だったのだから不可能な話ではない。

 

そこでふと疑問が浮かんだのだが、『焔魔の双腕(ゲクライデット・フランメ)』で略式詠唱を使用したのなら

 

何故『災厄の風槍(ゲイル・オブ・カラミティ)』や『開花する炎華冠(クラスター・アマリリス)』の時には通常詠唱だったのだろう。

 

まさかドイツ語か英語かの違いだったりして。

 

自分でも、ねぇな、と思いつつ、俺は即座戦いの方へ意識を戻した。

 

焔の怪人と化した緋狩澤は一足一足、勿体ぶるように接近してくる。

 

もしこれに戦術的意図がなく、単に相手にできるだけ長く恐怖に戦慄する時間を与えようという算段のものならば、

 

彼女は掛け値なしのサディストだ。こわい。

 

さて、見事に魔法のキャンセルに失敗してしまった俺だが、我らがFクラスを勝利に導くためには、

 

やはりここで逆転の一手、それはもはや盤を引っくり返すレベルの何かしらを講じなければならない。

 

それも余り目立たない手段で。

 

なんちゅう縛りプレイだ、泣くぞ。

 

俺と緋狩澤の間の距離が5メートル程まで縮まった途端。

 

ダッ!

 

と赤色を見せられた闘牛のような突進で緋狩澤が肉薄してきた。

 

緩急を付け、わざとタイミングをズラした巧妙な攻撃である。

 

しかし――!

 

そちらから突っ込んでくれるのなら好都合。

 

交戦距離1メートル以下。

 

緋狩澤は、煌めく赤き燐光の帯を引いて、その右拳を降り下ろした。

 

俺の左下顎に当て脳震盪を狙ったのだろう、その攻撃は。

 

残念ながら読み通りだ。

 

俺は迫り来る炎の魔拳を紙一重で、首を降って回避すると、俺は右掌を前に翳し、

 

 

「王鶴流格闘術――掌打・壱ノ式『炫毘古』!」

 

 

緋狩澤の攻撃してきた方の肩、即ち右肩の骨と骨の間隙を縫い、神経にダメージを浸透させるように

 

掌打を撃ち込んだ。

 

 

「うぐっ!」

 

 

苦悶の声を上げ、咄嗟に緋狩澤は左腕で自らの右腕を庇った。

 

そう、咄嗟にだ。

 

余りに無意識で、識閾下の行動だった為に彼女は、俺の術中に嵌ったと気づくのが遅れた。

 

右肩より下を一時的にスタン状態にされ、その右肩すら左腕で庇ってしまった。

 

つまり、今の彼女に上半身を防御する術はない。

 

だがそれも僅か数秒程度のことであり、その数秒が経過すれば彼女は十二分に戦闘を継続できる。

 

しかし、緋狩澤。

 

俺の前でその数秒は命取りになるぜ……?

 

俺は緋狩澤に攻撃を仕掛けるため、僅かに重心を落とした。

 

緋狩澤も、その動きで俺が何をやらんとしているかは察せたようだ。

 

当身だ。つまりはタックルである。

 

そして、それに気が付いた緋狩澤が次に取るべきアクションは、

 

足による防御だ。

 

だが、俺はそれすらさせない。

 

彼女が足を動かすより早く、俺は緋狩澤の、まずは右足を踏みつけた。

 

 

「ぐっ……」

 

 

予想通りだな。やはりそちらから動かすつもりだったのだろう?

 

俺は踏み出した足に体重をかけ、緋狩澤の足を地に縛り付け、

 

更に踏みつけた方と反対の足を引き、身体を半回転。

 

 

「肉体へのダメージ効率を極めた王鶴流格闘術が術技、篤と見よ」

 

 

背面から強烈な当身を放つ。

 

 

「王鶴流格闘術――当身『鋼鐵靠(こうてつこう)』!」

 

 

ズドンと体内から重々しい音が響き、俺が踏んだ足を放すと、緋狩澤はたたらを踏んで後退し、

 

うめき声を上げた後、倒れた。

 

今の技は、鋼鐵靠(こうてつこう)

 

中国拳法八極拳の当身技、鉄山靠がモデルとなっており、鋼鐵靠は鋭く貫くダメージというよりは、

 

瞬間的に体内で爆発するダメージというのをイメージとしている。

 

原理はいわゆる企業秘密とさせていただくが、この鋼鐵靠は打撃ダメージの9割9分を余すことなく伝え、

 

尚且つ、足を踏むことによりダメージの減殺を封じた。

 

王鶴流の準奥義レベルの技をほぼ純粋ダメージとして喰らったのだ。

 

普通ならもう立ち上がれまい。

 

そう、普通なら。

 

一瞬、決着かに思われたこの勝負。

 

しかし、緋狩澤光という女はどうやら一筋縄では行きそうにない。

 

ピクリと、倒れた緋狩澤の身体が痙攣し、その直後、彼女は立ち上がっていた。

 

僅かに辛苦の様相が見え隠れしているが、明らかに俺の鋼鐵靠を喰らった直後のものとは思えない。

 

 

「おいおいおいおい、どういうことだ。さてはおめー、屍生人(ゾンビ)か?」

 

 

「失礼ね。人を勝手に妖魔にしないでくれるかしら」

 

 

俺に対する返答からも明確なダメージが見受けられない。

 

 

「恥を承知で聞こう、一体どんなトリックを使ったんだ?」

 

 

「硬化魔法よ」

 

 

「硬化魔法?」

 

 

硬化魔法というと、物質を構成する分子同士の連結体に作用し、結合力を高める魔法か?

 

 

「そうよ」

 

「そんなのでどうしたっていうのか?」

 

 

「貴方、クラッシャブルゾーンってご存知かしら?」

 

 

――!!

 

 

「あら、分かったようね。なかなか聡いわ」

 

 

あぁ、なるほど。そういうことか。

 

流石だよ、緋狩澤。あの土壇場でそんなことを思いつくなんてな。

 

クラッシャブルゾーンとは、主に自動車などに使われているもので、

 

外部構造をわざと潰れやすく作っておくことにより、衝突などのダメージ発生の際に、

 

外部構造で衝撃エネルギーを吸収し、内部の構造体に分散するというもの。

 

つまりはこうだ。

 

あの時、緋狩澤は自らの身に纏う魔法学園の制服を硬化し、敢えて俺に潰させることによって

 

自分へのダメージ直撃を回避したのだ。

 

こいつは一本取られたかもな、やはり博識さってのはいつの時代でも大事なものだね。

 

 

「さぁ、早く戦いを続けましょう。Fクラスの割にはよく戦ったわ。

 

その栄誉を賞し、この私が引導を渡してあげる」

 

 

「申し訳ないが、断るね。今の俺に欲しいのは、クラスに捧げる勝利の栄光だ」

 

 

「貴方の決めることではない。生殺与奪は常に強者が決めるもの」

 

 

「おいおいこれ学校イベントだろ?命の遣り取りすんなよ」

 

 

そんな軽口を叩きつつも、鬼気めいたオーラを撒き散らす俺達、そして真の勝者を決める

 

最終激突が始まろうとしていた——

 

直後、

 

劈くようなアラートが響き渡った。

 

『緊急事態発令。緊急事態発令。第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)が発令されました。学園生徒は全員、直ちに下校を開始してください。繰り返します……』

 

何とも興醒めで、何とも意外な展開で、

 

俺らの戦いは終わりを迎えた。

 

2

 

『緊急事態発令。緊急事態発令——』

 

人工合成音声によるアナウンスは、まるで壊れたスピーカーのように

 

何度も、滔々と同じ台詞を繰り返していた。

 

しかし、緋狩澤光にとっては、それすらも日常生活に蔓延る雑音のように処理され、

 

脳の聴覚野の片隅に追いやられていた。

 

彼女の心を、より高い優先度で占めていることは他にもあった。

 

余りに呆気ない幕引きに、緋狩澤光の心中には憤りというべきか、遣る瀬ないというか、

 

昇華し切れないというか、そういった交々(こもごも)たる感情が波のように押し寄せていたのだ。

 

怒ればよいのか、それとも落胆すればよいのか、それすら分からなかった。

 

何故なら周到に練り上げられた計画の下、白鵺陵の打倒の為、Aクラスの威信の保全の為、

 

この模擬魔戦で圧倒的な差で勝利する必要があったのだ。

 

ところが、よりにもよって、想定外のイレギュラーによって試合は中断。

 

しかもそのタイミングというのが、光が陵の当身を諸に喰らった直後ときた。

 

何たる折の悪さ。不運(ハードラック)としか言いようの無かった。

 

これでは、あたかもこの緋狩澤光が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

いや、確かに一杯喰わされたことは素直に認めよう。

 

実際、あの当身の擁する撃力は凄まじいものだった。

 

内臓に毛が生えていたのなら一本残らず粟立っていたことだろう。

 

何のこれしき、この緋狩澤光はまだ戦えたッ!

 

だが、印象(インプレッション)は最悪だ。

 

言うなれば野球中継で、敵に点差を付けられていたチームが最終回裏でどんでん返しの逆転勝ちをしたにも関わらず、

 

敵チームの表回が終わった途端に中継が切れてしまったようなものだ。

 

これでは視聴者の多くが敵チームの勝ち越したものだと思うだろう。

 

では、最後に白鵺陵に渾身の当身を喰らい、地に足を付いてしまった緋狩澤光を、

 

他の生徒達は最終的には勝てたと思うだろうか?

 

Aクラスの、私に媚びを売っている生徒達は信じて疑わないだろう。

 

だが、他クラスはどうか?

 

以降も光を第一学年の頂点と認識してくれるだろうか?

 

……………………

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「緋狩澤光!聞こえているのか!?Aクラス、緋狩澤光!」

 

…………!

 

自分の名を呼ぶ声が、光の思考を中断させた。

 

慌てて、声のする方向に目を向けると、そこには妙麗の女教師が険しい顔で叫んでいた。

 

あれは、学年主任兼Fクラス担任の禍酒先生だ。

 

本来、学年主任とは、最も優秀なAクラスの担任が選ばれるものだ。

 

しかし、禍酒女史はFクラス担任にして学年主任をも務める異例の教師であった。

 

噂によれば、当初はAクラスの担任を任される予定であったが、自らその申し出を蹴ったとかなんとか。

 

にも関わらず、その才を見込まれ、学年主任を兼任している、とも。

 

いずれにせよ、底の知れない女性ではあった。

 

 

「ええ……聞こえています」

 

 

「なら判るだろう?避難だ、即時に、いいな?」

 

 

「承知しております。ところで禍酒先生」

 

 

「どうした」

 

 

「此度の模擬魔戦は、どうなるのでしょうか……?」

 

 

光がおずおずと聞くと、禍酒教諭はその真意を図ったかのようにニヤリと口角を吊り上げた。

 

 

「驚いたな、緋狩澤。お前がFクラスなんかとの試合結果をそこまで気にするとは」

 

 

その言葉に、光は心中を読まれたようで冷たい汗を流した。

 

禍酒先生は続けて喋る。

 

 

「無論、ノーカンだ。私とて、あの試合の結果を予測判断するのは至難だ。昔日より伝えられる言葉にあるところの『勝負は最後まで分からない』という奴だな」

 

 

「そう、ですか」

 

 

光は無念に瞳を伏した。

 

 

「それよりも今は避難を優先しろ。魔戦なぞ、いつでも出来る。お前ほどの地位があれば、申請もすんなりだろう、違うか?」

 

 

「……はい」

 

 

光は、怜悧と禍酒教諭を見据えると、優雅に演習場を後にした。

 

数秒経過し、

 

 

「お前もさっさと帰れシスコン」

 

 

「あっはい」

 

 

後ろでは、そんな会話が聞こえていた。

 

 

3

 

 

さぁて、大変な事になったみたいだな。

 

そもそも、警戒態勢(コード)というのは魔法犯罪の増加に際して今から十年ほど前に定められた制度だ。

 

米国のデフコンの小規模バージョンだと思ってくれて構わない。

 

デフコンは対外国のものだが、警戒態勢(コード)はあくまで国内専用だ。

 

そして、米国のデフコンは五段階あるのに対し、日本の警戒態勢(コード)は三段階までしかない。

 

その三段階ってのが下から順に、

 

第III種、第Ⅱ種、第Ⅰ種で、

 

それぞれイエロー、オレンジ、レッドと色が付けられている。

 

それぞれ危険度的には、気をつけろ、ヤヴァイ、超ヤヴァイ。

 

今回の第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)というのは、ヤヴァイ。

 

発令から15分で市民の外出規制。全ての市外へ通じる交通網に検問が設置され、30分で全てストップ。慈悲はなし。

 

速やかに警察出動。軍隊が出動するのは第Ⅰ種(レッド)からだ。

 

そんな訳で、校門を出ると、俺らの帰宅路は一斉散開する学生や就業者でごった返していた。

 

この分じゃバスとか電車も、臨時のが出るだろうが、キツそうだな。やはり徒歩勢最強。

 

そんな中、大事な大事なおにーちゃんを放置し、そそくさと帰ろうとしている我が愛し妹(マイラヴリーシスター)(+巫仙さん)を発見。

 

即座に駆け寄る。

 

 

「おいおい我が妹よ(ディアマイシスター)。愛しの兄を置いてどこへ行こうと言うのだね?」

 

 

「えっすみません誰ですか」

 

 

「………………グス」

 

 

今のはグサッと来たァッ!

 

毎度毎度のこと、妹や巫仙から常人ならざる罵詈雑言を常人ならざる量浴びせられ、

 

終ぞ常人ならざる被虐体質を身に付けてしまったかと思われた俺であったが、

 

認識が甘かったッ!

 

これほどまでに心が傷ついたことはないぜ。

 

言葉のナイフだッ!銃弾だッ!

 

だかまぁ……

 

それもいい。

 

とうとうダイバージェンス1%の壁を超え、M世界線へと到達してしまった俺。

 

世界線の向こうでザッヘル=マゾッホ氏が手招きしてたよ。

 

茶番が過ぎたな。

 

話を戻そう。

 

 

「ところで巫仙、魔力の反応はあったか?」

 

 

説明するが、巫仙は巫女故に強力な霊媒体質である。

 

故に、霊力や呪力、法力や神通力などの異なる力に敏感なのだ。

 

この第Ⅱ種警戒態勢(コード・オレンジ)が魔法犯罪に起因するものならば、

 

どこかで魔力が消費されているということであり、

 

それに巫仙が反応していたとしても可笑しくない。

 

 

「えぇ……ビンビンに感じていますわ。丁度南西の方角から。

 

でもこの力は魔力というよりは、私たちに限りなく近い力ですわ」

 

 

「何……?それはつまり、同業者ということか?」

 

 

「ええ……少なくとも魔法使い(ウィザード)というよりは寧ろ我々に類するものですわね」

 

 

「クソが……やってくれたな」

 

 

世間一般で言われる所の古代魔法使い。

 

基本的に魔法使いと古代魔法使いは仲が良くない。

 

今から二十余年前、魔法の存在が認められたと共に、俺ら古代魔法使いの存在も明るみに出た。

 

魔法使いサイドの政府や学者連中は古代魔法使い達に近づき、

 

あれやこれやと術技やリソース、霊媒者の肉体や経絡の解析研究をさせろと申し出てきた。

 

前者はまだ呑み込めなくもないが、後者に至ってはただの人体実験。

 

奴らは俺らから搾れるだけ搾り取り、己の血肉にした後、 

 

用が済めば、鼻をかんだティッシュペーパーをゴミ箱に放り込むぐらいの気軽さで使い捨てるつもりだったのだ。

 

それに対し、俺ら古代魔法使い達の返答はNO。圧倒的拒絶。

 

そもそも俺らは秘匿主義。一族繁栄のために積み重ねた一子相伝の術技をわざわざ教えてやる必要がどこにあろうか。

 

それに対し、魔法技術をいやでも発展させたい政府連中が取った行動は、

 

攻撃。

 

今から21年前、霊術、法術、召喚術、陰陽術、巫術、降霊術。

 

数ある古代魔法の名家が襲撃される事件が発生した。

 

死者が大勢出た。

 

死にはしなかったものの、死人同然となって今も果てのない眠りについているものもいる。

 

主導したのは無論、政府のお上共。

 

正体不明のアウトローな集団という体を装い、

 

(当時、有用性で言えば、魔法よりも物理兵器の方が幾分か上回っていたので)

 

最新鋭の物理兵器、また実験的に導入された魔法使い達が雁首揃えて古代魔法使い達を襲った。

 

しかし、政府の思惑通りには行かなかった。

 

奴らは敵に回してしまったのだ、鵺の一族を。

 

高潔と、冷血と、団結の華麗なる鵺達を。

 

鵺、そう俺と妹と、広義で云えば巫仙が出奔した一族。

 

格が違った。

 

千年以上の歴史を持つ鵺の陰陽術の前に、物理兵器は勿論のこと、

 

たかが数年の歴史しかない、まとも研究すら為されていないまやかしの魔法など地ベタの蟻んこのような物だった。

 

皆殺し。

 

脚色なしの鏖殺。

 

政府主導の強行軍には一人の生還者すら出さなかった。

 

そして、この事変は闇に葬られた。

 

政府側としては、自らは関係ない、あくまでアウトローな兵団が行ったという体裁を貫き通さねばならなかったし、

 

古代魔法使い達も基本、秘匿主義なのでわざわざ表沙汰にする理由もなかった。

 

だが、この時、この事件をきっかけに生まれた魔法使いと古代魔法使い達との明確な軋轢は、

 

今も水面下を漂っているのだ。

 

つまりどういうことか。

 

魔法の総本山。十字教で言うところのヴァチカン。

 

魔法学園のお膝元、城下町とも言える神城市で、

 

古代魔法使いが民の安寧を揺るがすことを起こせば一体どうなるだろうか。

 

再び、あの事変の再来だ。

 

最悪なことに、魔法使い側は21年前よりも遥かに進歩した魔法技術と、

 

さらに古代魔法使いサイドを攻撃する為の決定的な錦の御旗を得ている。

 

何としても阻止せねばならないのだ、そのような事態は。

 

正直、魔法使い側と古代魔法使い側の軋轢なんざどうだっていい。

 

総ては、我が妹の安息の為。

 

それに、本家(あっち)に置いて来ちまった奴らもいるからな。

 

 

同業者(俺ら)が遣ったことの尻拭いは俺らでしてやるさ。

 

より正確な場所を教えろ。

 

直々に俺が摘んでやる。」

 

巫仙が意識を集中させた後、割り出した座標地点を告げるやいなや、

 

俺は不吉の暗雲立ち込める街を駆った。

 

 

4

 

 

巫仙に教えられた場所は、聞き覚えのある所であった。

 

日射馬(はるいま)神社。

 

いまいちマイナーな神社ではあるが、参拝者が全く居ないわけでもなし。

 

多少マイナーであっても、固有名を持つのであれば、

 

俺はここら周辺の大抵の寺社仏閣は把握している。

 

日射馬(はるいま)神社は意外にも市街にぽつりと取り残されたように佇む山の中に位置する。

 

幸い、魔法学園からはさして遠くは無かった。

 

ただ、市内にあるが故に、幾つかの大通りを通過せねばならず、

 

不幸なことに今は、交通網の全差し止めが迫っており、

 

車道と呼べる車道は車でごった返していた。

 

普通の渋滞程度であれば車と車の間をするりとすり抜け、横断することも不可能ではないが、

 

今回はレベルが違う。

 

車間距離はほぼ皆無に近い。

 

こりゃあ、どっかでぶつけたのぶつけてないのの小競り合いが起きるだろうな。

 

南無阿弥陀仏。

 

よし、ここは一丁やったるか。

 

 

「ふー……『転逆』」

 

 

同時に跳躍。七メートル程の距離を一度に、それも無助走で飛び、中央分離帯に着地。

 

さらに間髪入れず、再跳躍。

 

対面の歩道に着地した。

 

暫く進むと、またも大通りに引っ掛かったので同様に、

 

 

「『転逆』ッ!」

 

 

跳躍し、軽々と越えていく。

 

この『転逆』という技。まあ、技というよりは小ネタに近いが。

 

身体の筋肉を頸部からバネのごとく波状に運動させ、パワーを伝導させる。

 

当然、末端の脚に向かうほどパワーは増強され凄まじい跳躍エネルギーを生み出す。

 

そして、着地時にもコツがある。

 

それは着地衝撃をほとんど肉体で受け取らないことだ。

 

具体的には踵をほとんど地面に付けず、爪先のみで着地し、

 

着地衝撃すら再跳躍ないし走行に転用する。

 

正直、最初の頸部筋肉のバネ伝導さえ成功すれば後は流れでダッシュもジャンプも何でもござれだ。

 

この技を用いれば、最大跳躍10メートル、走行速度40km/hも不可能ではない。

 

つまるところ、ジ○ジョ七部のサンド○ン、と言えば理解できる人は理解してくれると思う。

 

出力を維持し、駆け抜けること10分弱。

 

俺は山も登りきり、頂上に到達していた。

 

そこに佇むは日射馬(はるいま)神社。

 

経年を感じさせる古めかしさと神々しい荘厳さが相まって神さびた光景を生み出す神住まう社がそこには有るはずだった。

 

有るはずだったのだが——

 

炎上。

 

立ち上る紅蓮の煌めき。

 

真紅の燐光を弾かせ、灰煙は青天に彷徨い、足許には黒灰。

 

神仏の骸。

 

日射馬(はるいま)神社は焼失していた。

 

 

 

ケタケタ……と、

 

何処よりか悪鬼の嘲笑が聞こえた気がした。




次回も未定。

気軽に書いていきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。