放課後のチャイムが鳴り響く。
今日も無事に一日を終えたと帰路に付く準備をする。
葉山は三浦と出掛けるようなので、態々こちらにまで声を掛けに来ることは無いだろう。
しかしそれでも一人で帰路に付けることは少ない。
俺に声を掛ける物好きは、このクラスにはもう一人いるからだ。
「行くよ」
声を掛けて来たのは川崎沙希だった。
川崎沙希と一緒に帰路に着くようになったのも、葉山家との事故がきっかけだ。
俺が車道に飛び出したのが端的に言ってしまえば川崎が原因だからだ。
といっても信号待ちする川崎に突っ込みそうになる車が見えた俺が、慌てて警告しよとしたその瞬間に葉山家の車と接触事故を起こした訳だ。
なお川崎は俺の警告が無くとも突っ込んでくる車には気付いていたようで問題無く避難していたそうだ。
つまり間抜けが一人いたわけだ。
そんな間抜けは放っておけば良いものだが、元から世話焼きな性格なのだろう。
高校二年生になった今もこうして交流がある。
「いや、俺今日は家がアレだから…」
「はぁ、またそんなこといってんの。なんなら小町に電話で確認してもいいんだけど」
事故から約一年以上たった今もこの関係が続いているのには、妹の小町と川崎の弟が同級生だったので俺の得意の断り文句が通じないのも一つの要因だろう。
「…わかったよ。で、どこに行くの」
「けーちゃんの迎えだよ。夕飯の材料は大志と小町が買ってくるから私達は迎えだけで良い」
けーちゃんとは川崎の妹だ。幼稚園児なため送り迎えが必要だ。
そもそも何故俺がこんなことをしなくちゃいけないのか。これには恐ろしくも重なりに重なった偶然のせいだ。
まず事故で顔見知りとなった川崎が同じ高校に通っていた。
弟の大志と一緒に川崎が見舞いに来た際に小町が偶然その場におり、そこで小町と大志が同じ塾だということが判明。
さらに後日菓子折りをもって来た川崎両親と対面した際に内の両親と知り合いだと判明。
その他色々な要因が重なり家族同士の交流(強制)が始まった。
俺と川崎の両親は共に共働きでなかなかに忙しい立場だ。そのため小さい子の面倒を長女に任せることが多かった川崎両親にうちの両親が俺を使ってと持ち掛けたのだ。
本来なら断るところだが、晩飯を川崎家で週の半分は食べることになる身としては嫌々ながら引き受けることになった。
「わかった。じゃ、行くか」
「うん」
2人揃って教室を出る。
下駄箱まで特に会話も無く歩みを進める。俺はこんなだし、川崎も口が達者なほうではない。
2人の間に沈黙が降りる。だが気まずいと言うことも無い。川崎といる時間は気が楽だ。距離感とういうかそういった物が丁度良いからだろう。
もしかしらあっちがこっちに興味無いだけかもしれないですけどね。フヒッ
「じゃあ、俺自転車取って来るから」
「はぁ?別に一緒に行けばいいじゃん。時間が変わる訳じゃないんだから」
何いってんのコイツと川崎の目が訴えていた。
言い返す言葉も無く渋々ながら駐輪場に2人で足を向けた。
俺なりに気を使ったつもりだったのだが不要だったようだ。
川崎はこいうった気を回されるのも。回すのも嫌う。短い付き合いだが解って来た川崎の性格の一つだ。
不器用なやつだ。まぁ、俺が言えたことじゃ無いんですがね。
「…行くか」
そう言って差し出した手を不思議そうに川崎は見つめる。
「何?」
「…カバン持ってやるよ。籠に入れて行った方が楽だろう」
「そう…じゃあ頼むよ」
川崎の荷物を籠に入れ、川崎妹が待つ幼稚園に足を向けた。
川崎の妹が預けられている幼稚園は当然ながら川崎の帰路の途中にある。
幼稚園なんてお受験を意識していない限り、預ける側の便が良い場所に預けるものだろう。詳しく知らねーけど
しかし実際に帰路の途中にある幼稚園に預けているのだから、あながち的外れな推論という訳でも無いだろう。
道中、特にこれといった会話も無い時間が過ぎる。
だからと言っても変な気まずさは感じない。しかし会話が無いのだから自然と考え事をしてしまうのも当然の流れだろう。
「こら、幼稚園を通り過ぎてる。しっかりしなよ」
だからこんな事になっても仕方ない。
首根っこ掴まれて静止せざるを得ない俺を、後ろから呆れたと川崎の目が告げていた。
「…悪かったな。
ここで待ってるから迎えに行ってやれよ」
「…先に帰るんじゃないよ」
「帰るわけねぇだろ。
一人で帰ったら飯食えないだろ」
今夜も川崎家で晩飯をご馳走になる予定だ。
このまま川崎に付き合えば何もせずとも夕飯にあり付けるのに、態々家に帰ってそこまで上手く無い飯を作るなんて無駄な事はしない。
「はぁ…あんたは…
まぁいいよ。じゃあ行って来るから」
「おう」
一言返しながら幼稚園に入って行く川崎を見送る。
すると笑みを浮かべ会釈をし、園の先生と話をしている川崎が目に入る。
誰だよあれ?…あぁ、川崎じゃん!…ッべー普段お目にかかる事が無い面に間の当たったから一瞬誰かわかんなかったわー
見るからに社交的なお姉さんって感じで危うく惚れちゃう所だったわー。俺じゃなきゃ危なかったぜ。
なんて本人に言えば確実に怒られる内容を考えていると川崎が妹をおんぶしながら戻って来た。
いつも通りの仏頂面で俺を見ている。さっき先生に見せた愛想少しで良いんでこっちに向けてくれませんかね。
まぁ、川崎は怒っている訳でも無いし、気にする必要は無い。それに俺はこんな川崎の方が好感が持てる。
「寝てるな…」
「うん、昨日は寝るのが遅くなったのもあるし今日は園でお散歩に行った見たい。
さっきまでは起きてたみたいなんだけど、待ち切れなくて寝ちゃったみたい」
そういって妹に視線を向けた川崎は柔らかく笑った。
シスコンめ…まぁ妹を愛でることに関してなら俺も負けちゃいないんですがね!
「変わるか?」
「いや、いいよ。
けーちゃん軽いし、家までなら平気だよ。たまにこうやって背負って帰ってたしね。ありがとう」
「…おう」
身内の前だと途端に良い女になるなこいつ。
なんて本人には絶対に言わない事を考えながら三人で帰路に付いた。
その後、何事も無く川崎家に到着した俺達を賑やかな足音が出迎える。
「「ただいま」」
「お帰りなさい!お兄ちゃんに沙希さん!それにけーちゃんもって…
ありゃりゃ眠ってるね。お兄ちゃん!静かにしないと!」
うるさいのはお前だとデコに軽く手刀を落とし、川崎家にお邪魔する。
川崎はそんな俺たちを気にした感じも無く奥の部屋に向かっていく。けーちゃんを寝かせにいったのだろう。
俺は後を追うこともなくリビングに足を進め。我が家のようにテレビ前のソファーに腰を落とした。
この関係も一年を超える。互いに遠慮などもう無くなっている。さすがに川崎家の両親がいる時は気にはするが、今は不在だ。
適当にチャンネルを回すとアニメの再放送があったのでそれをボーと見る。
「またアニメ見てる…」
制服にエプロンを付けた小町がソファー越しにこちらに声を掛けた。
「別にいいだろう。この時間なんてどこもニュースばっかでお前もそっち見たい訳じゃないだろう。
なら好きにさせてくれ」
「小町は今から夕御飯の準備があるからごみにーちゃんとは違って忙しいんですー
こんな兄のために好物を晩御飯にしてあげるなんて小町的にポイント高い!」
「はいはい、高い高い」
そんないつものやり取りをしていると言葉も無く川崎沙希がやって来た。
制服から普段着に着替えている。台所に向かわないのだから今日は小町に完全に任せるのだろう。
そのまま俺が腰掛けている隣に腰を落とした。
「ふふん、いいですなーいいですなー
小町、馬に蹴られたくないからご飯作ってくる!」
「なんとかしなよあれ、あんたの妹でしょう」
「小町は可愛いからあれで良いんだよ」
「…シスコン」
「うっせブラコン」
いつもの日常。けど他人がいて、今までとは違った日々。
けれども不思議と居心地は良かった。