「『かつて来たりし者たち』とは約七万年前に地球を支配していた者たちだ」
食事を終えた一同は寝室を出てアニムスの設置してある大部屋に移動した。優子はキャスターに座り、南田と遥はモニターの前に立つ。啓介は鉄扉の横の壁に背を預けて立っている。警戒のためか、出入り口の近くにいるようだ。
南田がキーボードを操作すると、モニターに何らかの施設内を縦横無尽に駆ける全裸の男女を映しだした。彼らは黄金に輝く球体を手に入れる。
「彼らがアダムとイヴ。 我々人類の祖先だな」
遥は食い入るように映像を見つめる。僅か四十秒ほどの映像だが、CGや合成には見えなかった。もっとも、現代の発達したCG技術ならば、これだけの映像を作り上げる事ができるのかもしれないが。
「『かつて来たりし者たち』は超常的な技術を持っていた。 彼らは奴隷として人類を作り出し、その意思を自由に操るために『POE』、エデンの果実を用いた。 『かつて来たりし者たち』が作り出した秘宝は
次にモニターに映し出されたのは、どこかのビルのロビーであろうか。エレベーターから降りてきた外国人の青年に向かって殺到する警備員だ。
「これは去年の暮れに撮影された映像だ。 アブスターゴに潜入したアサシン、デズモンド・マイルズがエデンの果実を使用する様子を監視カメラが捉えていた」
デズモンドが黄金に輝く球体を掲げると、そこから強烈な光が発せられ、警備員たちは彼に触れる事もできずに倒れていく。
その光景に遥は言葉を失う。今までにも信じられないような光景はいくらでも見て来た。目の前で大切な人が殺される瞬間だけでなく、ミレニアムタワーが爆破された時にはその場に居合わせている。奇想天外な物で言えば、大阪城の内部に黄金の大阪城が存在しているのも目撃している。
しかし、今見ている映像はこれまで経験したどれよりも群を抜いていた。科学技術以上の何かの存在が、はっきりと映し出されているのだ。
「……あなたたちは、これを探しているんですか?」
「ひっひっひっ、少し違う。 我々が探しているのはエデンの果実ではなく、別の秘宝だ」
「別の?」
首を傾げる遥を楽しそうに南田は見る。
「秘宝を破壊するための秘宝。……
「草薙剣?」
「日本に伝わる三種の神器の一つだ。スサノオが倒したヤマタノオロチの尾から出てきたとされている。現代では熱田神宮のご神体となっているが、それは偽物だ。草薙剣は日本の統治者に利用されてきた。歴代の所持者の中で判明しているのは邪馬台国の卑弥呼、飛鳥時代の聖徳太子、平安京の安倍晴明と言ったところだな」
「有名な人たちですね」
「ああ、日本に限らず、世界中に秘宝の力を利用して統治していた者はたくさんいる。 ジョージ・ワシントン。 アドルフ・ヒトラー。 ナポレオン・ボナパルト。 ジャンヌ・ダルク。 J・F・ケネディ。 マハトマ・ガンディー。 彼らの中には秘宝を所持していたがために、テンプル騎士団やアサシン教団に暗殺された者もいる」
次々と出てくる歴史上の人物の名前。これではまるで、秘宝がなければ人類の統治は成されない、と言われているようだ。
「アサシン教団は代々、秘宝を封印するために存在していた。 アルタイルもエツィオも秘宝の封印に生涯を捧げたのだ。 それは日本でも変わらない。 日本にアサシン教団の支部が設置されたのは西暦千五百年を過ぎてからだ。 中国のアサシン、ユン・シャオが日本に訪れ、秘宝を保護している一族と出会い、アサシン教団に勧誘した。 アメリカの原住民と同じく、アサシン教団やテンプル騎士団と関わり合いのなかった彼らは、むしろ彼らと比べて純粋な秘宝の守り手であっただろう」
南田がモニターに映し出したのは、アメリカの先住民であるモホーク族の生活だ。木で組まれた家で生活するインディアンである。
「ちょ、ちょっと待ってください! この映像は、いつ撮影されたんですか?」
ビデオカメラなど存在しなかった時代に、このような映像を残せる技術などあるわけがない。現在でもアメリカでこのような生活をしている人たちがいるのだろうか。南田はニヤリと笑う。
「ひっひっひっ、そこで出てくるのが――」
南田は機械化されたベッドを指さす。
「この、アニムスだ」
一体このベッドで何ができるのだろうか、遥は首を傾げた。
「秘宝の所在と使用方法を知るために、テンプル騎士団はアサシンのDNAに残された先祖の記憶を辿るための道具を作り出した。 このアニムスはまさにそれ。 先祖の記憶を覗き見るための装置なのだ」
「先祖の……記憶」
「ああ、さらに辿り、人類誕生の秘密と『かつて来たりし者たち』の存在を確認する事ができるのだよ」
興奮した様子で南田は語り続ける。
「わたしが開発したインナーファイターシリーズもこの技術の一つだ。 アニムスには一つ、致命的な欠点がある。 それは流入現象――先祖の記憶が被験者の人格に影響を与えてしまう現象――による被験者の人格の崩壊だ」
「人格の崩壊……それじゃあおじさんは!?」
桐生を救うための装置に、そのような危険な欠点があるとなれば、遥には到底承服などできない。
「まぁ、焦るな。 彼を救うための話はこれからだ。 アニムスが開発された当時、テンプル騎士団と協力関係にあったある男がその技術を持ち出した。 そしてそれをわたしの所へ持ち込んだ」
次にモニターに表示されたのは、歴代のインナーファイターシリーズの設計図だ。
「私はアニムスの欠点を潰すため、プレイヤーの直近の戦闘の記憶のみを利用する事にした。それによってメンタルへのフィードバックは限りなく零に近くする事ができた。――まぁ、そういう経験のないプレイヤーには恐竜と戦う事になる者がいたが――そのために、プレイヤーを選ぶゲームになってしまっていた。 しかし、それもIF8で解決できたが、それは今は関係ないな」
南田は顎に手を当て、自身の作品の反省点を考えていたが、思考を元に戻す。
「インナーファイターシリーズの特徴には、フィジカルへのフィードバックの大きさがある。 それは君も経験しているのではないかね?」
遥は頷く、確かにIF8をプレイすると身体能力が上がっていたのだ。
「アニムスとインナーファイターを組み合わせたこの装置こそが、桐生一馬の自意識を刺激し、肉体を活性化させるために不可欠なものなのだ!」
南田は拳を振り上げ、声高に宣言するが、他の者たちとテンションが合わないようだ。啓介はその場で微動だにしておらず、優子は無視してキーボードを叩いている。どうやら桐生の診察記録をパソコンに起こしているようだ。
「えっと、つまり、おじさんが意識を取り戻すためにご先祖様の記憶を辿るって事ですよね」
「うむ」
南田は周囲の反応を気にせず、自信満々に頷く。
「それって最近の記憶じゃ駄目なんですか? その方が流入現象の影響も少ないんじゃないでしょうか?」
「……ふむ、その通りだ。 彼の意識を取り戻すためならば、その方が確実だろう」
「それなら!」
「いや、それはできない」
口を挟んだのはただ傍観している様子だった啓介だ。
「どうしてですか?」
「俺たちには時間がない。 ここもいつテンプル騎士団に発見されるかわからない。 桐生の意識の覚醒のためだけに時間をかける事はできない」
「勝手な事言わないでください! 私は別に、おじさんを助けてくれるのが、あなたたちじゃなくても構わないんです! ……テンプル騎士団でも……!」
遥の叫びを聞き、優子は沈痛な表情を見せた。彼女が桐生を大切に思う気持ちが心に響き、そうしてやりたい思いもある。しかし、アサシン教団に時間がないのも事実。教団の目的のためには、確実だが時間のかかる回り道よりも、少々の危険はあるが、時間のかからない近道を選ばなければならない。ケースバイケースだが、病院からアジトまで移動した方法とはわけが違う。
「テンプル騎士団に草薙剣を狙う理由はない。 秘宝を壊す秘宝など、奴らにとって存在自体が許されない物だ。 奴らなら秘宝の発見よりも、永遠に見つからぬよう桐生を殺害する方を優先するだろう」
睨み合う遥と啓介。しかし、啓介の瞳に相変わらず感情の色はない。
「……澤村さん、秘宝の行方を追うためには、被験者自身の意識が必要不可欠なの。 秘宝発見のきっかけとなるシークエンスを発見し、被験者がそのシークエンスとシンクロ――同期していくことによって、その先の記憶に辿り着ける。 それだけでも、どれだけ時間がかかるのかわからないわ。 私たちは決して桐生さんを無闇にアニムスに接続するんじゃない。 彼のバイタルは私がチェックし、危険がある場合は必ず止めるわ」
遥は苦しそうに己の胸に手を当てる。泣いてもどうにもならない事はわかっている。今は涙を零す時ではない。
「……説明を、続けてもらえますか?」
「ああ、もちろんだ」
南田がにこやかに答えた。
「さて、先程の話に、先祖の記憶とのシンクロには被験者の自意識が必要だと聞いたね。 今回、君に来てもらったのは、より安全に彼の自意識の覚醒を促すためだ」
「安全に……」
「そう。 まず、君にアニムスと接続してもらい、彼の先祖と出会うシークエンスを見つけ出してもらう。 そこで彼をアニムスと接続させ、君の意識が憑依した人物と交流する事によって意識の回復を試みるわけだ」
「え? ちょっと待ってください。 私とおじさんのご先祖様は、知り合いなんですか?」
血がつながっていないのにも関わらず、普通の親子以上の関係を築いている二人の先祖が知り合いである。絆とは、なんと因果なものであろうか。
「その通り。 君たちだけでなく、そこにいる鷹村くんの先祖も関わりがある。 君がいなければ鷹村くんのデータを使うつもりだったが、彼の先祖もアサシンだ。 戦闘続きで、極度の興奮状態にあるデータでは彼に悪影響が出るかもしれなかった。 彼にとって、君がこの場にいる事は、とても重要な事なのだよ」
「それで私も連れて来たんですね」
「ええ、啓介くん一人で桐生さんに加えて澤村さんまで拉致する事は大きな危険が伴ったわ。 でも、あなたが大人しくついて来てくれて、本当に助かったの。 ……もちろん、こんな手段を使わずに連れて来られたら、それが一番だったのだけれど」
優子の表情は複雑そうだ。
「正面から話を通そうとしたら、アブスターゴ社から隠れる事が難しくなってしまうからですね……」
「その通りよ」
「あれ? でも、だとしたらどうして鷹村さんはあの格好で行動していたんですか?」
その質問に答えたのは、啓介だった。
「テンプル騎士団と東城会に、アサシン教団の仕業だと知らしめる必要があった。 一つは時間稼ぎのためだ。 数か月前まで俺たちは大阪に支部を置いていた。 テンプル騎士団はまず関西方面を中心に探すだろう。 二つ目は、東城会と近江連合がつい最近まで抗争状態にあった事だ。 それによって一般人にも大きな被害が出た。 今回の一件が近江連合の仕業であると、勝手に推測された場合、東西は再び戦争状態に陥る事になるだろう。 それを防ぐためだ」
説明とはいえ、遥は啓介がこれだけ長く話すのを初めて聞いた。
「ああ、そうだ。 それに関して、わたしたちが所持する秘宝を見せてやらんとな」
南田が言うと、啓介がネックレスを外しながら近寄ってきた。それを遥の眼前に掲げる。それは幾何学模様の入った正方形であった。中央に、同じく正方形の穴が開いている。漢字の「回」と同じ形状だ。
「これは?」
「日本に伝わる秘宝の一つ。三種の神器、
「はぁ……便利なのか不便なのか……」
困惑する遥に向けて、南田はいつの間にか手にしていたデジタルカメラで写真を撮る。
「ほれ、見てみろ」
デジカメを差し出され、遥はモニターを覗き込む。そこには、困惑している様子の遥とキャスターに座って微笑む優子が写っている。彼女たちの間に写るはずの啓介の姿は見えず、彼の姿で隠れるはずの鉄扉がはっきりと映っていた。
驚く遥の様子に、優子はくすりと笑った。
「さて、説明はこれぐらいかしら。 何か質問はある?」
「あ、はい。 一つだけ」
「何かしら?」
「テンプル騎士団は秘宝の破壊を望まない……だから、おじさんの命を狙う可能性がある事はわかったんですけど、アサシン教団はどうなんですか? 秘宝の守り人であるあなたたちが、どうして秘宝を破壊するための秘宝を探しているんですか?」
ひっひっひっ、と南田が笑う。答えたのは、真剣な面持ちの優子だ。
「一年前までなら私たちも秘宝の破壊なんて考えなかったわ。 でも、状況は変わった。 『かつて来たりし者たち』であるジュノーと、秘宝を利用してアカシック衛星網を確立したテンプル騎士団の支配から解放されるためには、破魔弓を使ってエデンの果実を破壊するしかないの。 アサシン教団としての目的は変わらないわ。 市民の自由を守る事こそが、わたしたちの信条なの。 そのためには、秘宝の破壊すら厭わない」
優子の瞳には狂気的な色が浮かんでいた。それを直視した遥は僅かに怯む。本当に彼らに桐生を任せてもいいのだろうか。しかし、彼らの様子を見るに、確かに桐生を助けるつもりはあるようだ。正直なところ、遥にとって世界の行く末などどうでもいい。彼女の望みはただ一つ。桐生が回復し、また沖縄で家族と暮らす事なのだ。
「……わかりました。 おじさんを助けるためなら、協力します」
「ありがとう。 今日はもう遅いから、作業は明日から始めるわ。 明日に備えて、ゆっくり休んで」
狂気的な色はなりを潜め、優子は優しげに微笑んだ。遥は彼女から目を逸らし、頷く。
※ ※ ※
「初めまして、堂島大吾さん。 私はこういう者です」
土下座する二人の東城会構成員を無視し、集う幹部たちの視線を意に介さず、青年はにこやかに挨拶すると大吾に名刺を差し出した。大吾は座ったままそれを受け取り、名刺を見る。「アブスターゴ 日本支社 企画開発部 仲本純一」と記されていた。
「……それで、大企業の社員さんがどうして四代目の情報を?」
青年は三十代半ばの爽やかな短髪で、目鼻立ちが濃く、眼鏡をかけている。外見だけ見れば平凡なサラリーマンと大差ないが、東城会の面々を前にしてこの肝の据わりようは、とても常人だと思えない。
「失礼。 我々の持つ情報は桐生一馬さんの行方に関してのものではありません」
その言葉に、真島が殺気を込めた視線を向ける。冴島は兄弟分である彼が暴走しないよう、いつでも動けるように身構えていた。
「では、何を?」
「はい、我々は桐生一馬さんを拉致した組織に、心当たりがあります」
「何やと!? 桐生ちゃんさらったんはどこの誰や!」
真島がいきり立つ。しかし、仲本と名乗る青年は少しも表情を崩さずに大吾から眼を離さない。
「おそらく犯人は『アサシン教団』と呼ばれる秘密組織です」
「アサシン……?」
「ふざけた事ぬかしてんじゃねぇぞ、コラァ!」
幹部たちがざわつく。怒号が飛び、不埒者を排除せんと立ち上がる。
「監視カメラの映像はご覧になりましたか?」
大吾は、「鉄砲玉は映っていなかった」と証言した構成員を見た。
「ま、間違いなく映っていませんでした! 防犯カメラの調子が悪かったようで――」
「今すぐ映像を持って来い」
「は、はい!」
男は慌てて室内を飛び出て行った。
「で、あなた方はどう今回の事件をお知りになったのですか? まだ世間どころか、警察にも知られていないはずですが」
「はい、疑問に思うのも当然の事だと思います。 ある筋の情報によって我々はアサシン教団が桐生一馬さんを狙っている事を知り、急遽、彼の保護に動いていたのです」
「では、私たちに連絡をいただければよかったのでは?」
「失礼ながら、アサシンを相手に何人集めようと、相手にならないでしょう」
仲本の態度は慇懃無礼で、挑発的だ。その態度と同じく、何か問題が起こっても対処できるだけの準備をしているのだろうか。
「それは、我々に喧嘩を売ってるんですか?」
「いいえ、紛れもない事実です。 さらに、人数が多ければ多いほど、アサシンの侵入を容易にするでしょう。 加えて言えば、あなた方の連絡先を調べ、あなた方の準備が整うのを待つ時間もありませんでした。 実際、我々が到着した時には既に桐生一馬さんの姿は消え、組員さんは眠っていらっしゃいました」
「てめぇ……!」
土下座していた男が憤怒の表情で立ち上がろうとするが、それをいつの間にか近寄っていた冴島が制した。
「あんた、少し極道なめすぎやないか?」
仲本の発言に腸が煮えくり返っているのは冴島も同じだ。一般人なら腰を抜かすほどの覇気だが、仲本はやはりにこやかに受け流す。
「いいえ、そのようなつもりはありません。 ただ、我々が桐生さんを救出するためには、あなた方の協力を得るのが不可欠だと考えているからです」
「ほう、あんたの言い方やと、桐生の救出はあんたらが主導していくつもりに聞こえるなぁ」
「失礼、口が過ぎました。 我々にとっても桐生さんの救出は最重要案件です。 アサシン教団の情報を持つアブスターゴと、関東に三万の構成員を持つ東城会。 この両者の協力が事件の早期解決に役立つ、と考えています」
「ちょい待てや。 桐生ちゃん探すために人数が欲しいってんなら、素直に警察に話通した方がええやろ」
真島が口を挟む。
「確かに。 我々は既に日本全国に網を張っています。 防犯カメラ、クレジットカード、診療記録。 どれかで桐生さんか澤村さんの姿を捉えられた場合、居場所の特定は容易いでしょう。 しかし、関東の神室町と関西の蒼天堀。 この二か所には、大きな穴が開いています」
人差し指と中指の二本を立て、真島に示す。
「特に神室町では、以前の宗像警視監の事件が後を引き、警察も手を出しづらい。 さらに、神室町の防犯カメラは何者かによって管理され、アブスターゴの力をもってしても映像を入手する手段がありませんでした」
その人物に心あたりがある大吾、真島、冴島は得心がいった。神室町を網羅する監視カメラを手中に収めているのは、情報屋「サイの花屋」だ。ジングォン派の攻撃を受けた経験から強化したセキュリティを破れず、警官を利用した人海戦術も行えない。
「なるほど。 どうも、アブスターゴというのは真っ当な企業とは言い難いようですね」
大吾が呟く。
「組織が大きくなれば敵も増える。 正当な取引が通じない相手にはそれなりの手段を使う。 あなた方なら、よくわかると思いますが」
「……アサシン教団というのが、どのような組織か知らないが、あんたの話を聞いた限りでは四代目の救出のためにアブスターゴの力を借りる必要があるとは思えない。 うちの人間を使って探せばそれで済む話だ。 悪いが、今回の話は――」
バタン、と大きな音を立てて扉が開く。先ほど病院の防犯カメラの映像を取りに行った男が戻ってきたようだ。
「し、失礼します! 映像、持ってきました!」
騒々しい部下の行動に、大吾は不機嫌そうに舌打ちをすると、部屋の隅に設置された大型テレビに向けて顎をしゃくった。男は相変わらず落ち着きなくブルーレイディスクの再生を始める。
「防犯カメラの映像を見て頂ければ、アブスターゴの力が必要であると、理解していただけると思いますよ」
映像は東都大病院の個室フロアの廊下を映したものだ。桐生の個室の前に一人、エレベーターの前に一人、構成員の男が立っている。病院内にも関わらず、煙草を吸っている男が上昇するエレベーターに気づき、空き缶に煙草を捨てる。
エレベーターのドアが開き、男は少し驚いた様子を見せるが、すぐに何やら話し出す。おそらく、この階を利用する事は出来ない、と話しているのだろう。
突然、男の顎がかちあげられ、腹に打撃をくらったように背後の壁に打ち付けられる。
ここで映像を見ていた幹部衆は眉を潜めた。
男を攻撃した人物の姿が映っていないのだ。
桐生の個室前で警備していた男が拳銃を取り出し、エレベーターの方へ向ける。やはり、銃口の先には誰も映っていない。突然、照明が落ち、廊下を照らす灯りは夕日だけになった。よく見てみると、壁に取り付けられた照明のスイッチが点灯を示す緑から消灯を示す赤へと変わっている。誰かがエレベーターを操作したのだろうか、エレベーターのドアが閉まり、下降する。
護衛の男が発砲するが、姿の見えない襲撃者に銃ごと右腕をひねりあげられ床に叩きつけられる。出来の悪いパントマイムを見ているようだ。
桐生の個室のスライドドアが自然に開き、閉じる。すぐに意識を取り戻したのか、護衛の男は銃を拾い上げると、よろよろと桐生の個室へ向かった。
エレベーターのドアが開き、澤村遥が現れる。彼女はエレベーター前に倒れている男に近づくと、少しして弾かれるように桐生の個室の方へ顔を向けた。持っていた花かごを捨て、そちらに走り出す。
遥が到着する前に、個室のスライドドアごと男が倒れる。彼は遥を発見すると何やら声をかけているが、突然顎が跳ね上がり、意識を失ったようだ。遥が
遥がおそるおそる、と言った様子で桐生の個室へ入って行った。
しばらくすると、独りでに動く桐生を乗せた車椅子と彼の腕につながる点滴パックを持った遥が出てきた。
彼らがエレベーターに乗ったところで、映像が終わる。
「……何やこれ」
呆然とした様子で真島が呟く。
「おい、防犯カメラには何も映っとらんて、お前言うてへんかったか?」
立ち上がった真島に気圧され、映像を再生していた男は後退さった。
「は、はい! あまりにも……おかしい映像なんで、幹部の方々に報告するような事はないかと……」
「それを、お前が、判断すんなや! ボケがぁ!」
皮手袋を嵌められた真島の拳が振るわれ、頭部を思いっきり殴られた男はそのまま昏倒する。
「どうでしょう? 東城会の方々には是非、事の解決に我々と協力していただきたいのですが?」
目の前で躊躇なく暴力を振るわれる光景が繰り広げられたのにも関わらず、仲本の様子に変わりはない。
「……条件があります」
「なんでしょう?」
「桐生一馬と澤村遥。 アブスターゴがこの両名を発見した場合、必ずその身柄を我々に預けてもらいたい」
「約束しましょう」
渋い顔の大吾に対して、仲本は満面の笑みを浮かべた。