「ベル君、キミねぇ、返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ……」
「すみません……アルさんも、すみませんでした……」
「どーすっかな……」
「うう……」
俺とエイナさんの言葉に、ベルは項垂れた。
俺達三人はギルド本部のロビーに設けられた小さな一室にいる。俺とベルが隣に座り、エイナさんはテーブルを挟んで向かい合って座っている。
ベルは前のめりに倒れた後に、速攻で体を洗うように言われて、今はさっぱりしている。
「それで、アル君とアイズ・ヴァレンシュタイン氏がなんだって?」
エイナさんはニヤニヤした表情で訊いてくる。
そういえば、この人は以前に俺とアイズが一緒にいたところを見られていたか。決してやましいことはないのだが、このニヤニヤ笑いを見ていると言いたくない。
「えっと………あの……」
ベルは言いにくそうに俺を見てくる。俺は溜息をついてベルに言う。
「さっきのは周りに人がいたから石を投げたに過ぎないよ。それにエイナさんは知ってるから」
「そうそう、あの時はびっくりしたわ。ギルドの受付してたら、アル君とヴァレンシュタイン氏が二人だけで話してたんだから」
二人だけ、というところを妙に強調させて、エイナさんは話す。
俺はその時のことを思い出す。
確かあの時は、アイズがモンスターの大群を一人で屠ってたところに俺は居合わせたんだ。まさに一騎当千。綺麗な金髪をなびかせて、剣を振るう姿は凄く綺麗だった。
モンスターがいなくなった後に、気が緩んだのだろう。アイズは溜息をついて、剣をしまった後に一体のモンスターに襲われた。モンスターの腕がアイズに当たる瞬間に、俺が小太刀でその腕を撥ねて、斬殺したのだ。
そして、助けられたアイズは俺にお礼をしたいと言い出して、【ロキ・ファミリア】の行きつけの酒場に連れられたのだ。何がなんだか分からなかったが、仲間を助けた俺に【ロキ・ファミリア】の面々は快く接してくれた。ま、まぁロキは拗ねた表情してたけど。あとベートはガルル、って威嚇してたような。
翌日にギルド本部に行ったら、ちょうどアイズがいた、というわけだ。それでアイズと話していたところをエイナさんに見られていたのだ。
「なぁんか、仲良さげだったよね、アル君?」
ニヤニヤと笑って話しかけてくる。そんなに仲良さげに接していただろうか? いやしてないよな。だって知り合って一日しか経ってなかったし。
「その時はそこまで仲良くないですよ」
「そこまで? じゃあ、今は?」
失言だった、と俺は思った。ベルも気になるのか俺の方へ顔を向けている。
溜息をついて正直に言う。
「現在、アイズとはなんも……今日久しぶりに会ったぐらいだし」
「とか言いながら、どうせ逢い引きしてるくせに」
「エイナさん、そろそろ俺キレていいですか?」
俺は頬を引き攣らせてエイナさんに問いかける。ベルは俺が怒った時のことを知っているからか、若干距離をとっている。
「そういえば、アル君がキレたところ見たことないかも知れないなぁ」
じゃあ、そのキレたところを見せてあげましょうか? エイナさん?
内心そう思っているが、俺はエイナさんに頭が上がらない。初心者の時にアレコレ指導してもらってたからだ。
「はぁ……もういいデス」
やっぱり頭が上がらない、と俺は諦めて項垂れた。そんな俺にエイナさんは、ヴァレンシュタイン氏のどこに惚れたとかなんか言ってくる。
「ほら、吐きなさい」
この人どんだけSなんだよ。凄い笑顔だし。そこら辺の男なら普通に堕ちるんじゃないの?
「………引かないって言うなら言いますけど」
「うんうん。引かないから、言って言って」
あ、これ引くパターンだよな。引かないからって言いつつ、聞いた瞬間に引くんだ。大抵の奴らはそういうことをする。まぁ、ベルは引かないと思うけどな。大抵の中に入ってないから。
俺は恥ずかしい気持ちを押し込めて、無感情にアイズに惚れたところを述べる。
「まず容姿からで、あの綺麗な金髪が凄くいいと思うんですよね。一度あいつのこと撫でたんですけどその時の触り心地は最高でした。顔は文句なしの美少女。無表情ですけど、ほんの少しの変化が凄く可愛いと思います。あとは首を傾げる時とか」
「ヴァレンシュタインさんを撫でたことあるんですか、アルさん!?」
凄い、とベルが感嘆の声を上げる。エイナさんは俺の平坦な声を聞いて、え? と目をパチパチと瞬かせている。
「次は性格ですかね。あいつって天然で口下手なんですよ。それでも仲間思いで、危険があったらすぐ助けに行くような感じがいいと思います。あとは、暇さえあればダンジョンに潜ろうとするところとジャガ丸くんの小豆クリームが好きだというところが共感できますね」
以上、と俺は締めくくった。長く喋るのはあまりしないから疲れた。
俺はエイナさんの方に目を向けると、エイナさんは数秒固まった後に、おぉと声を上げた。
「恥ずかしがって言ってくれると満点だったけど、素直に言ってくれたからまぁいいわね。そんなに惚れてるなら告白したらいいのに」
うんうん、とベルも頷く。確かに、今みたいに平坦に喋ればなんとかなりそうなものたが、平坦だと気持ちは伝わらないと思う。それに、
「俺に度胸があれば、もう既に告ってますよ」
苦笑いを浮かべて遠くを見る。エイナさんも理解したのか、あははと笑ってしまっている。
というより、エイナさん引かなかったな。俺が女の人だったら絶対ドン引きしてる。
「はぁ………疲れたんで、換金して帰ります。それに、職務と関係ないでしょう」
「あ、そうだった」
「そう言われれば、そうだったね」
俺がそう言うと、ベルも思い出したように呟いた。エイナさん、貴女はちゃんと仕事してください。
換金するのはミノタウロスなどから落ちる【魔石の欠片】だ。大きさによって換金される金額が変動する。アイズ達に会うまでに色々狩ってたから大きいやつもあれば小さいやつもある。それに、ミノタウロスから落ちた『魔石』は結構大きかったから、いい金額になるだろう。
一人だったら5階層以上行けるんだが、ベルもいるからあんまり行けないんだよな。
それから俺達はギルド本部内にある換金所に向かって、今日の収穫を受け取った。
「うーん……」
ベルが小さく唸った。ダンジョンに潜っていた時間が短かったから、それほど金が多くなかったのだろう。
ベルの手の中を見てみると、金色の丸いものが一枚と暗い金色の小さい丸いものが二枚だった。ってことは、一二〇〇ヴァリスくらいか。
俺の方を見てみれば、結構な数のモンスターを狩っていたことをプラスしてミノタウロスを狩ったので、一万一〇〇〇ヴァリスだ。
俺はベルの方へ体を向けて、金の半分を無理矢理持たせた。
「え? アルさん?」
「山分けだ。流石に武器の整備と食事、アイテムの補充はしておかないともたないからな」
「アルさん……! ありがとうございます!」
「はいはい、感謝し尽くしてくれ」
俺は笑ってポンポンとベルの頭を叩く。
こいつが立派になるまで支えたいね。こう、冒険者の先輩として助けたくなる。
「アル君」
「ん? なんですかエイナさん?」
帰り際に出口まで見送りに来たエイナさんに引き止められた。
エイナさんはニヤニヤした笑いを浮かべて俺に何かを渡してきた。
「はい、これ。ヴァレンシュタイン氏からよ」
「ハ?」
素っ頓狂な声を出してしまった。頭の中が混乱している。
そんな俺を他所に、エイナさんは話を進める。
「本当は一昨日預かってたんだけど。ほら、一昨日と昨日ってアル君来なかったでしょ? それで渡せなかったの」
渡されたものは四角い箱に入っていた。非常に嫌な予感がする。間違いなくここで開けちゃダメだ。
「ほら、開けないの?」
「僕も気になります」
エイナさんとベルがニヤニヤと笑ってくる。というか、なんでベルもそっち側なんだよ。
どうとでもなれ、と俺は思って箱を開けてみた。
「指輪?」
ベルが首を傾げた。まぁ、ただの指輪に見えなくもないが、これは装備用の指輪だ。装飾品の指輪じゃない。
ダイヤの形をした蒼い宝石がついた指輪を俺は眺めて呟いた。
「あいつ…………俺はいらないって言ったよな……」
俺がまだ単なる人になる前に、俺はアイズに敏捷が上がる指輪を上げた。その時に、俺にも何かを上げると申し出てきた。もちろん俺は断ったのだが……まさか、今日貰うことになるとは……
それに手紙まであるし。
『力が上がる指輪。ほとんどアルがくれたのと同じ質だから』
手紙まで簡潔だなオイ。だが、まぁ、力が上がるのは正直嬉しいところかな。有り難く付けさせてもらおう。
「あ、ちなみにヴァレンシュタイン氏は左手の薬指に付けてたよ?」
なに爆弾発言してんですかぁぁぁ!? 冗談だよね? 冗談って言ってくださいお願いします!
「冗談だけどね」
「わ、笑えない………」
もう疲れた。この人どんだけ俺を弄るの好きなんだ。ベルもベルで、そんな羨ましがった目で見ないでくれ。
俺は折角貰ったので、指輪を右手の中指に付けることにした。
そういえば、あいつ、太刀も見てたけど手も見てなかったか? ………悪いことした、かな。
「ベル君も、ヴァレンシュタイン氏みたいな強い人に憧れるのなら、もっと強くならないとね。そうしたら、振り向いてもらえるかもよ?」
エイナさんはベルにそう言う。ベルは言われたことを理解したと思ったら、エイナさんに笑顔でこう言った。
「ありがとうございます! エイナさん大好きー!」
「えうっ!?」
そう言った後に、ベルは走っていった。後ろを振り向いて見れば、エイナさんは顔を真っ赤にしていた。
……ベルって年上キラーかもな。
俺はそんな他愛ないことを考えながら、先に行くベルの後を追った。
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アルス君は意外に弄られやすい人ですww
それでは失礼します。