G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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「J」

「もう」ここしかない。「もう」俺にはここしかない。

 

俺の生きる場所は。俺の生きる世界は。俺の生きる国は。

 

今更元の場所になんてもう戻れない。いや、戻るつもりなんかない。…「あんな」場所には。

 

開戦を前に彼の脳内で駆け巡る血流は今までの彼ー「J」の人生を、記憶を呼び起こした。まるで走馬灯のように。

 

 

「J」はー

 

彼は中華民国国内に建造された北京、上海、そして香港の主要三支部のうち一つであり、その中でも中国の筆頭支部でもあるフェンリル北京支部内部居住区にて生を受けた。内部居住区ーそれはアラガミの脅威からはある程度隔離された中央区、詰まるところそこそこの特権階級が住まう地区出身者ー通常のフェンリル市民の生活水準と比べて高い衣、食、住環境、そして学校教育すらも補償される上流華族の一家に生まれる。

 

しかし、彼はその一族の中で明らかに浮いていた。親戚、そして実の両親にすらその存在を疎んじられていたはみ出し者だった。

 

生来その真っ直ぐ、ある意味愚直すぎる喧嘩っ早い性格に加え、幼さゆえの未熟さ、無鉄砲さも相まって幼少期より彼は周りとの軋轢、衝突が絶えない生活を送る。

一言で上流階級といってもその中でも様々な派閥、思想、ピンキリの格付けが存在する。こと人口の多い多民族国家、共同体であれば尚更のことだ。様々な文化、風習、家庭環境で育った子供が一堂に介して同じ教育を受けるという前時代では当たり前だったシステムー「学校」、そして「学生」というこの時代では珍しい共同体の中で「J」は育った。

 

このような共同体では「J」のような特異な存在は皮肉にも悪い意味で目立つ。見た目、性格ともに一見粗暴で粗雑な彼故に事あるごとに揉め事、暴力行為、教師に対する反抗を繰り返す。彼はすぐにはみ出し者の烙印を押された。しかし同時に彼は単に意味もなく、そして悪意を持って反抗をただ繰り返した訳ではない。

 

ーおかしいだろ。これ。

 

これが彼の行動理念であった。

 

前述したように一言で貴族といってもその内情は様々だ。新進気鋭の叩き上げ貴族もいれば、格式高い古くからの華族、反面名ばかりの没落貴族や時流に乗って一世代で巨万の富を築いた俗に言う成金貴族も存在する。

そんな各々の家庭で育った子供が一堂に会すのだ。当然のこと思想の違い、意識、価値観、親の教育理念、差別意識等々も様々でそれを全て平等に扱う事など不可能と言っても差し支えない。むしろ教師や講師はそれを念頭に入れた上で学生に対して露骨な差をつける。子供本人というよりもその背後にあるものを基準にして扱いの「優先順位」を設けるのだ。

これに異を唱えたのが「J」であった。彼のいわば「後ろ盾」の一族はこの基準でいう「中流」に属する位であったがそれ故に多くのものが見える。明らかに自分側に非があったとしてもその相手が自分より下級に位置する位であれば自分の方の意見が通り、逆に相手側に完全な非があったとしても相手が自分より上級の位に位置する相手であればこちらの正当性を主張しても一切通らなかった。

 

生まれつきの家系、血筋、コネ、財力、権力をもとにしたヒエラルキーの下の縦社会。

 

こんな事を幼少期に繰り返せば普通自然下には尊大、上には媚びへつらう立派な中間管理職が出来上がる。しかし彼の生来の生真面目さ、愚直さがこれを拒否した。理不尽な上には食ってかかり、下の意見の方が正当性が高いと彼なりに判断した場合、それを受け入れる度量も持っていた。

確かにこんな彼の生来の生真面目さ、真っ直ぐさは人として美点である。しかし、彼の場合、訴える手段が真っ直ぐな反抗、暴力とまた直情すぎたのだ。その性格に加え、彼は生来体も丈夫で大きく、無理のきく体質。おまけに頑固で折れない精神力と来ている。謂わば上の連中ー生まれながらの基準、階級、立場的優位を盾にするタイプの連中にとって彼はとにかくしぶとく、うざったい目障りな存在であったのである。結果さらに彼は疎んじられる。教師だけでなく、上流階層の生徒、その保護者、自分の家族、親戚全てから疎んじられていた。

 

そんな四面楚歌の中で唯一彼の味方となる人物がいた。

 

 

彼とは三つ歳の離れた実の兄だ。

 

 

ー…また喧嘩したの?懲りないね?ダメだよもっと上手くやらなきゃ。

 

ー…うっせ〜よ。兄貴。俺は兄貴と違ってそんな要領よく出来ねぇんだよ。

 

ーははは。う〜ん。…「J○○○」?もし君と僕が混ざって一人の人間として生まれてきていたら最強、完璧だったかもね?

 

そんなふうに言って柔らかく自分に笑いかける病床の兄の姿を思い出す。とりわけ実家では日当たりの良い部屋をあてがわれていたものの、その部屋を満足に出る機会も与えられない病弱な兄の側が唯一当時の「J」にとって安らげる場所であった。

 

良くも悪くもこの兄弟は全くもって正反対の性格、資質、性質を持っていた。身体的に恵まれているものの直情的で考えるより先に手が出る弟「J」に対し、生来体が弱く、幼少期から車椅子がないと生活すらままならない様な虚弱な体質だが思慮深く、いつも冷静で頭の良い兄という対照的な二人。そんな彼らに対する両親の態度もまた対照的だった。体は弱いものの「J」が読めば3分で頭が沸騰して投げ出すような分厚い参考書、文献、電子書籍を病床でジャンル問わず片っぱしから読み漁っていた兄は病床の中でもネットを駆使し、得た知識、知恵を通してその道の研究者や知識人、業界人との情報端末によるリモートでのやりとりを通して独自のコミュニティを築き、新興事業を立ち上げる。その手腕は両親にも期待され、将来を嘱望されていた。

 

純粋に「J」はそんな兄を尊敬していた。自慢の兄だった。同時、羨ましいし妬ましくもあった。理路整然と器用に自分の伝えたいことを周りとの軋轢や衝突を最低限にした上で、しかし最終的には自分の意見、意思はきっちりと伝え、反映させ、周囲に伝播させる。「J」には絶対に出来ないことを小さな、弱い体で平然と兄はやってのけた。「小柄な青年の部屋」としては広いが、「世界」としては余りにも狭いこの部屋で彼は遥かに「J」より広い世界を生きていた。

 

兄と違い、自分はこの足でどこにでも、誰のもとにでも直接行ける、歩いていける。なのにいざ人と向かい合えば口下手で不器用で粗暴な自分が顔を出す。周りの反応、評価は「ただでかいだけ」「力が強いだけ」「うるさいだけ」。コレでは本当に兄と自分が一人の人間として生まれてきたならば自分にはこの丈夫な体以外に残せるものは、差し出せるものなんてあるんだろうか、なんて時々考えてしまった。

 

出来うるならば兄と替わってやりたい。取り替えてやりたい。

 

そんな劣等感を抱えた日々だった。

 

 

しかしある時、「J」の実家にとある二つの通知が届く。

 

 

そのうち一つは「J」の神機適合検査の結果、彼にゴッドイーター第二世代の適性が判明したという通知。

 

…そしてもう一つは。

 

彼の兄の抱えた脳病が再発、重篤な段階に入ったことを示す検査結果。

 

この時、この兄弟の人生は完全に反転する。この時程「J」は自分と兄が本当に一つになって生まれてきた方が良かったと本気で思った。同時に本当に自分なんか生まれてこなければよかったとすら思った。どんなにさげずまれても、否定されても、傷つけられても泣くことが無かった彼が声を上げて泣いたのは後にも先にもこの時だけだった。

 

兄の脳病は彼が長年必死で培った知識、知恵、記憶、そして育まれたコミュニティすら風化させていく。

そんな彼を両親はあっさり見限り、今度は猫撫で声でGEの適性を見出された「J」に擦り寄るようになった。一族の恥、厄介者に生来宿っていた思いがけない適性の判明と、それが生みだす自分達の優遇措置の強化、一家、一族の地位向上の契機、好機を前にした両親の反応は何とも分かりやすかった。

 

一方で積み重ねた知識、記憶、知恵、コミュニティを脳病によって全てを奪われ、挙句命すらも奪われようとしている兄の中に残されていた「もの」はさらに「J」を絶望させることになった。

 

生来病弱で全く言うことを聞かない、思い通りにならない兄の体に唯一残された優秀な頭脳。それが他でもない唯一のアイデンティティであった彼はそこに縋るしかなかったのだ。懸命にそこに必死で詰め込んだ知識、記憶、知恵とそれによって培った精一杯のコミュニティー…それさえも綺麗さっぱり脳病はあっさり奪い去って行き、結果それは自らの弟「J」に対して隠し続けた、しかし根深く兄の中にあったものを顕在化させてしまう。それは奇しくも「J」が兄に対して抱いていたものと同じ「羨望と嫉妬」ーつまり劣等感であった。ただし「J」が兄に抱いていたものより遥かにねじ曲がった、もはや怨嗟と言っても過言ではないレベルの強い嫌悪感さえともなう唾棄すべき感情であった。

 

それはあまりにも「J」にとって過酷すぎる真実であった。

 

実はこの世で唯一「J」を認め、尊重してくれていると思っていた兄は実は心底自分のことを嫌い、妬んでいたことを知る。そして周りから疎まれ、弾かれている「J」の姿を見て彼を表向き唯一の味方、理解者として支え、慰めることで自己を保っていたことも知る。

 

 

…本当はな?昔から思ってたんだよ。

 

お前なんて生まれなければ良かったんだって。

 

なんで?

 

なんでオツムの足りないお前なんかが僕の欲しがっているものを全て持ってるんだ?

 

健康で大きくて丈夫な体。歩いて、走って、どこにも行けて、何にだってなれる。

 

なのに疎まれ、さげずまれ、殴られて疎外される…。

 

僕なら、ボクならもっと上手くやれるのに。

 

…替われよ。

 

替われよ!ボクの代わりにお前が死んでくれよ!

 

 

もはや満足に食事もできず、管に繋がれて日に日に痩せ細っていく兄にどこにこんな力が残っていたのかと思うぐらいの面罵の数々を面と向かって「J」に向かって兄は口走るようになった。そんな兄を罵り、両親は「J」を庇った。今まで一度も「J」の味方などしたことなどなかった癖に。

 

今までの人生で周りの人間からこんな風には何度も言われてきた。見下げられ、さげずまれ、罵られてきた。「お前はすぐ手がでる」、「お前は頭が悪い」、「だから痛い目にあうんだ」、と。

 

いつしか慣れていた。ただし、ただ受け入れはぜず無視もせず、そのでかい図体と感情に任せて相手を殴りつけ、黙らせていた。そして報復として陰湿な反撃を心身共に受けてボロボロにされる。でも体は一時折れようと終始心は折れない頑固で丈夫な「J」はまたそれを繰り返す。ただ愚直に。だから聞き慣れたはずなのに、もう飽き飽きするぐらいに。

 

でもその時だけは。他でもない兄に言われた時だけ彼は何もできなかった。何も言えなかった。

 

だってそう思っていたのだから。その通りだと思ったからだ。もし自分の体を兄が持って生まれていたのならきっと本当に完璧だったのだ。全てが丸く収まっていたのだ。こんな狭い部屋じゃなくもっと兄は広い世界に出て、いろんな人に直接出会ってその人達とうまくやったに違い無い。うまくやれたに違い無い。

 

自分の心も、記憶も、性格も、意思も全て不要分子なのだ。必要なのはこの強く大きな体と頭のいい兄の人格、意思だけでいい。

 

ーなのに。

 

なんで俺は存在している?ただこの体に俺という人間の意識が宿っただけで全てが無茶苦茶だ。台無しだ。

 

なんでこんなクソみたいな親に俺みたいなクソみたいな奴が庇われなければならないんだ?

 

正しいんだよ!俺みたいなクソみたいな奴にクソみたいな言葉を投げかける兄…何も違わねぇだろが!正しいだろうがよ!?合ってるだろうがよ!?間違ってねんだよ!

 

…クソ。

 

 

 

 

「クソ…」

 

彼の兄は。

 

最期の時まで報われないそんな怨嗟の言葉を残して死んだ。「J」、家族、己の境遇、自分の体、病魔、自分に降りかかったこの世の不条理そのもの全てを余す事なく憎みながら苦しんで果てた。

 

苦痛と無念の表情を浮かべたまま果てた兄を見送った時、思い出した。まだ彼に優しかった頃の兄の姿。兄の部屋の窓際で車椅子に揺られ、外の世界を眺めていた兄がこちらに振り返り、いつもの様にまた同じ言葉を彼に語りかける姿を。

 

ーもし君と僕が混ざって一人の人間として生まれてきていたら最強、完璧だったかもね?

 

 

ー…ダメだよ。兄貴。

 

クソが2つ混ざっても。

 

…クソはクソのままだよ。

 

 

 

 

 

 

 

兄が死んだのち、彼は正式にGEとして北京支部に配属、実家にGEとして与えられた契約金を遺産として残し、一家を捨てた。

 

 

 

そしてGEになった後でも彼の性格は変わらなかった。いや、より悪化したと言えるか。

確かに彼の生来の気性は戦闘行為、GEとして生き残る上で必要な攻撃性を備えていたし、身体的にも優れていた彼の体は他にやる事もなかった彼の異常なほどの研鑽の日々に応えるようにより強固に、丈夫に発達した。しかし、その粗暴で直情的、そして無鉄砲さはGEになるまでに起きた経緯により悪化しており、もはや自殺志願者では無いかと疑われるほどの無茶、いや無謀とすら感じられる戦いぶりは相変わらず直属の上司や同僚の悩みの種となった。

 

間違いなく「J」は自暴自棄になっていた。

 

そもそも適性を見い出され、所属したGEの社会も彼の今まで生きてきた社会と大差なかった。生まれや所属によってGEの中でも不公平な上下社会、扱いの差は日常茶飯事。皮肉にもここでも捨てたはずの一族、一家の階級が彼を苦しめる。ここでもそこそこの中流として扱われる彼の立場はGEという職業の上でより浮き彫りになる不都合、理不尽の姿を垣間見せる。

 

例えGEの適性を見出されたとしてもその人間の生まれが下層居住区出身、貧民というだけで優先的により過酷な戦地に送られ、出撃回数も増え、逆に高い階級、貴族の生まれによってそのコネを利用し、一部の危険な任務、出撃を拒否。もしくは出撃したとしても安全圏に退避、待機し続けて任務成功という軍功だけ攫う等、下手をすれば敵前逃亡、任務放棄として裁判沙汰になりうる行為も問題にならない、または揉み消せる人間もいる。

 

かつて「J」の所属した学校というコミュニティの中では流石に死ぬことはそう無いが、GEの世界は混じりっけなしの戦場である。死が身近にあるのだ。そういう意味ではさらに過酷である。ここもまた「J」の中にある「正しいもの」が虐げられ、時に死ぬ。そして「おかしいもの」が優遇され生き残る、また生き残りやすい理不尽の塊のような世界だった。

 

違いがあるとすれば「生来の適性」という特異なレギュレーションのあるGE、そして学校教育というシステムがほんの一部の特権階級のみに与えられる時代ゆえに「J」が今まで出会えなかったより下流に位置する人間がいるということか。謂わばワンウェイピープル。彼らはより不都合な立場に置かれ、有事の際は優先的、理不尽に死んでいく。GEだけでない。出撃先の外部居住区でもそんな姿を見続けた。それでも彼らの中には己の現状、生まれつきの社会的地位を覆すため、家族のため、他さまざまな理由で進んで前線(まえ)に出る連中もいる。

 

ー…おかしいだろ。

 

コレ。

 

「J」は無意識の中、自暴自棄になりながらも彼らのさらに前に立った。最早自分の命すらも興味の対象にならず、刹那的な人生を送っていても彼の生まれながらの「芯」はブレることなく息づき、彼の行動理念の根幹にあり続けた。(それゆえに実は案外、下の人間には慕われていたのだがここに至るまでの経緯で完全に人間不信に陥っていた彼にそれに気づく余地がなかった)

 

彼は戦い続けた。ただ愚直に。

 

ただそんな無茶が長く続くわけがない。例えどんな実力を持とうと、そして奸計、策略、コネを駆使し、要領よく立ち回っても時に死ぬのがこの仕事でもある。時には手強い化け物もいる。人間の世界の理不尽を鼻で笑い飛ばすような圧倒的理不尽の産物ーアラガミ。その中でもとりわけ厄介な奴らが。

 

この地方に滅多に姿を現すことがなかった大型アラガミーボルグ・カムラン数体の奇襲を受け、名ばかりの貴族階級の連中で固めた後方支援部隊が背後を突かれ全滅。いつもの様に前線を担当していた「J」の部隊が挟撃の的となる最悪の事態が発生。前方の脅威は排除したものの、疲弊した「J」の部隊を背後から追撃するアラガミ達に対して囮と殿を双方一人買って出た「J」は激しい単独交戦の中で腕輪が破損。結果通信とGPS機能を失って生死、現在位置すらも本部側から把握されない事態となり、これ以上の損耗を恐れた支部によって捜索隊、救助隊、そして神機回収部隊の派遣さえも見送られる。

 

端的にいうと生死不明のまま戦死扱い。彼は完全に見捨てられた。

 

しかし、当の本人は悲観していなかった。予測できたことであったし、そもそも自分の命に彼は最早興味はなかったからだ。ボルグ・カムランの群れを統率していたらしい亜種の金色のボルグ・カムラン堕天種の再三の猛攻を振り切り、落ち延びた旧市街廃墟の中で残骸に背を預け動けなくなった「J」は死を覚悟し、ボロボロの体を薄汚れた外套で包みながら瞳を閉じた。

 

ー…最後まで。

 

クソ見てぇな人生だったな…。

 

 

そう内心呟いてからどれぐらいの時間が経ったであろうか。

 

 

 

「…まさか所属支部の方向に戻らず、ひたすら何もない廃墟市街の方向へ逃げていたとはな…まぁそのおかげであの堕天種の待ち構えているあろう支部の方向へ戻らなかったことで生き残ることができたと言えよう…悪運だけは強いようだ」

 

「…呼吸、脈拍共に正常です。…今のところは。それよりも厄介なのは最後の偏食因子の投与、摂取から時間が経過しすぎていることです。あわよくば命は助かっても果たして『人間』で居られるかどうか…」

 

 

1組の男女の声。一人は年配であろうしわがれた男の声、もう一つはまだ若い女の声だった。

 

「勝手に殺すなよ…誰だテメェら……」

 

まだ事切れない、いっそ忌々しいほど丈夫でしぶとい自分の体に対する悪態も込めた口調で「J」はそう呟く。「助かった」等という安堵の感情など全く浮かばない。心底うざったかった。だが…

 

「ぁん…!?え?あ、あ…?……!?」

 

目を開いた「J」の口調が変わる。彼は眼前の「光景」に言葉が浮かばなかった。

 

「…?」

 

研ぎ澄まされた刃の如く整えられた顔を持つ見たこともない程美しい女が彼の顔を怪訝そうに覗き込むその光景に。

 

「あ、あああの貴女は?そ。その…(カクン)」

 

「…。気を、失いましたね…その…情報を疑うわけではないのですがこの男…少々プロファイリングにある人物像と異なりませんか…?」

 

明らかに人間性を保った口調を残しつつもまるで二重人格みたいにコロコロ態度が変容し、最後にはいきなり気を失うという奇妙すぎる「J」の姿の変遷に普段から氷のように冷静な女も流石に戸惑い気味であった。がー

 

「いや…まさしくこの男だな。花琳…まずは輸血をしておけ。絶対に死なせてはならんぞ」

 

対する男の反応、口調は従者の女とは異なり確信に満ちていた。この男だ。この男なのだとひたすら繰り返す様な。

 

「…は。仰せのままに。…林先生」

 

女ーファリンは長く整えられた睫毛を晒しながら目を伏せる。今度は「この方の言う事に間違いは無い」と言いたげな確信にこもった口調であった。

 

 

 

それから二週間後ー

 

 

「…?」

 

ー…?…ンだ?ココ…。

 

奇しくも「J」が目覚めた場所は最早なんの未練も懐郷の念も湧かなくなった実家ーそこでかつて入り浸っていた兄の部屋に似た日あたりのいい病室だった。違うのはそこでいつも病床の兄のそばに居た自分が今回は逆に病床に伏せているということ。そしてもう一つはー

 

「目が覚めたかね…?」

 

兄と同じように車椅子に乗った奇妙な凶相の男が同じ様にかつてとは逆位置で彼を見ていたということぐらいだ。

かつて一番自分が安らげる時間、場所に似たその光景を前に懐かしさを覚え、あの日々と同じような心持ちで端的に「…腹減った」と「J』は軽口で返す。すると愉快そうに凶相の男はクックと笑いー

 

「名前は?」

 

そう聞いてきた。しかしー

 

「ねぇ」

 

「J」はそう答えた。「お前らと話すことなんかねぇ」の意味と「俺の名前なんか聞いても意味ねぇ」の意味の両方をかけた今度は当時の彼らしい投げやりな言葉だ。間違いなく初対面の相手に発すると雰囲気を悪くする最低点レベルの返答のはず。だがー

 

「…!ほぉ……そうかそうか!名前はないか!こりゃ良い!!はっはっは!!傑作だ」

 

何がおかしいのか異常なほど目を丸めつつ凶相の男は豪快に笑った。廊下で待機していた付き人ーファリンが何事かと血相を変えて病室に駆け込む程だ。そんな彼女にもまるで子供が母親に今日あった愉快な事を夕食の場で話すような無邪気な口調で男は声をかける。

 

「聞け!ファリンよ。この男名前が無いらしい。名前が無いらしいぞ!?ふふ!くっふふふふふ!!」

 

そう言って尚も笑い続けるこの男の真意をこの時は「J」が推し量る術はない。ただ付き人の「ファリン」と呼ばれた美しい女はいち早く主ー林の言葉、表情に含まれた真意を悟ったらしく「左様ですか…」と薄く笑って呟き、少し複雑な表情をして子供のように今だ笑いこける男を少し憂いを含んだ表情で眺めたのち、横目で少し「J」を見た。

 

「…」

 

「…?」

 

女性が苦手で特に美人に弱い「J」ですらその憂いの表情を前にして何もできず、彼女が瞳を逸らし、その場を後にするまで特に掛ける言葉が見当たらなかった。が、去り際の彼女の横顔に明らかに自分に対する羨望、嫉妬の様な感情が混ざっているのを感じ取れた。

これが主である男の思いがけない表情、今まで見た事もない子供のような姿をほぼ初対面であっさり引き出した「J」に対する彼女なりのヤキモチであった事を「J」が知るのは随分後のことである。今回の一連のやり取りが自分が容易に立ち入れない程の共感を男が「J」に対して覚えていた事が悔しかったのだということを。

 

そんな彼女が去った後、男は「J」に向き直り、少し思案ー否、「何か」を思い出すように口をつぐんだ。

「さて…『あの時』はどうだったかな?」とでも言いたげな、懐かしそうな表情を浮かべた後こう呟いた。

 

 

 

「そうか。なら仕方ねぇ。でも名前が無いと不便だな。俺がつけてやるよ。そうだなぁ…」

 

 

 

「…こんなぞんざいな口調だったか?」と、「J」が怪訝に思う程の口調の変化だった。まるで他の誰かがこの男に乗り移ったみたいな奇妙な感覚。そんな「J」の戸惑いを気付きつつも意に介する事なく男ー林は続ける。

 

後から考えてみるとこの男ー林が「J」の本名をこの時、知らないはずがなかった。何事も事前に入念な情報収集と処理を行い、それを元に用意周到に事を運ぶこの男が「J」のことを調べていないはずがない。それはGEという特殊な役職につき、偏食因子定期摂取等の常人とは異なる特異なレギュレーションや生態サイクルをもつ彼を曲がりなりにも10日以上、保護、治療、そもそも「人間として維持した」という時点で容易に窺い知れる。それでも彼は当時の「J」に無駄とも思えるそんな質問を投げかけ、それに対する「J」の反応を心から楽しんでいた。

 

そして彼をこう名付ける。

 

「…そうだな。お前は今日から『J』、だ…。『J』と名乗れ」

 

「…『J』」

 

「どうだ?不服か?」

 

「…。好きに呼べよオッサン」

 

自暴自棄になり、周りの人間全てを拒絶してきた彼はなぜがその初対面の凶相の男ー林の提案、そして今後の身の振り方をもあっさり淡々と、粛々と受け入れる。何故なのかは彼の中でも判然としない。本当に不思議な感覚だった。ただ一つだけ解ることはその車椅子の男の姿、そしてこれから見る事になるこの男の生き様にかつて懸命に生き急いだ兄の姿に重ねたのかもしれないと言うことだけだった。

 

 

「では改めて…。この香港支部へようこそ『J』。私は林。林 則徐だ。この香港支部で君らフェンリルに『マフィア』と呼ばれている組織…『裏の世界』を『表向き』一応預からせてもらっている者だ」

 

まるで演出でもするように林は病室のオープンウィンドウを開き、「J」を案内するように背を向けつつ横目で手をかざす。そこにはツンと香る潮風が流れ込んでくると同時、彼の新しい故郷となる香港支部の全景が広がっていた。

 

この日、「J」は家族と共に故郷も、そして自分の名前すらも捨て、このマフィア組織ー黒泉に属する事ととなった。

 

 

 

そして「J」がマフィア組織「黒泉」に所属し、ある程度の期間が経過したある日のことー

 

「あの…先生?ひとつ聞いていいですか?」

 

学生時代は皮肉や嫌味の時以外、一度も教師に敬語で話す事などなかった「J」であるが、林に対してはいつしか敬語でしか話せなくなっていた。

 

「何だ。改まって」

 

「いや、その…何で俺に『J』って名付けたんです、か…?」

 

「J」は初対面のあの時ーなぜ林が自分の事を「J」と名付けたのかを改めて聞いてみたくなった。確かに彼の捨てた本名、ファーストネームの頭文字は「J」であったのでその頭文字を取ったのは自然と言える。そもそも理由はそれだけの可能性も高いがなぜかその事を聞かずにはいられなかった。林は意外な質問に愉快そうに笑ってこう話しだした。

 

「…簡単な話だ『J』よ。お前の様な体がデカイだけの子供、半人前、落ちこぼれには『Jr(ジュニア)』がお似合いだろう?あの時の病床のみっともない、ただデカいだけの生まれたての赤ん坊のようなお前の姿にはお似合いだと思っただけだ」

 

「…ンん〜〜まぁ否定はしませんけど…ひでぇすよ。先生」

 

「そんなこったろうと思ったけど…やっぱ聞くんじゃなかったかな…」と言いたげに「J」は肩をすくめて渋い顔をする。

 

「まぁそうむくれるな…当然それだけではない。時に『J』よ…お前玩紙牌(トランプ)は知っているか?」

 

「…俺を馬鹿にしすぎてません?先生」

 

「ほっほ。それは失礼した。話を続けよう。なら『J』は玩紙牌(トランプ)では『ジャック』、『11』を示す札だと言うのは知っているな?」

 

「…はぁ」

 

「失礼したな」という割にはまだ馬鹿にし続けるんすね、とでも言いたげな皮肉のこもった口調で「J」は曖昧な返事を返す。自分で聞いておきながら聞く気がストップ安レベルで減退している「J」の態度ーしかしそれに大して反応せず林は薄い笑いを携えたままこう付け加える。ただ少し口調に先ほどまでの戯れやおふざけの類の感情が薄まった口調で。

 

「『J』は決して弱くは無いが強くもない…。より相手に強い手札を『誘わせる』…謂わば捨て駒とも言える手札。己より強い『Qクイーン』、そして『Kキング』という、より強い手札を生かすための布石という役目が強い手札だ」

 

「確かに…それで言うならこの組織じゃ『Q』は花琳姐、『K』は先生ですもんね。俺はその二つの盾になって死ぬ捨て駒…解っちゃいますよ」

 

「うむ。そして、最後に、だ」

 

「…?」

 

そこから続く林の言葉には一切の戯れは無かった。

 

「『J』…お前は『J』OKER。文字通りの『切り札』だ。それは時に『Q』、『K』すら切り捨ててでも優先されるものになり得る手札。役目が盤面によって無限に変わる可能性を秘めた無二の手札。それがお前だ『J』。最強の手札にもなり、逆に持ち過ぎれば、また使い方を誤れば時に自身を滅ぼす毒にもなりかねない。だからこそ…お前はお前自身を諦めてはならない。自棄になることなく見極めろ。己の役目を。例え望んでいなかろうと貴様が得た、授かったものに対する役目、責任を果たせ」

 

 

「…」

 

「お前は常に自分の境遇を呪っていたな。生まれ、環境、家族、そして自分すらも。しかしそんなものは関係無い。なぜならお前は自らの境遇を自らの意思、行動を以て流動的に変えることが出来る。その才覚と力を与えられた。その上、曲りなりにもそれを磨いてきたはずだ。それは決して変わらぬ事実。だからこそ誰もお前のかわりなどなれないし、なってはくれない」

 

 

 

ーだからこそ。

 

生き残れ。

 

例えお前が半人前だろうと、捨て駒であろうと、替えのきかない切り札であろうともそれはそもそも「生」あってこそのもの。

 

これは生物的な生死だけの話ではない。お前はお前自身を殺すな。お前という器にお前という意志が宿っているからこそお前は「J」なのだ。それを決して忘れるな。

 

よいな?

 

…「「「J」」」よ。

 

 

 

 

 

 

ー現在。

 

 

 

 

「『そう来る』と思ってたぜ…。クソ野郎が」

 

青年ー「J」は少女二人を小脇に抱え、高速で駆け抜けた故に停止した際、摩擦熱で煙を上げるほどに踏みしめた地面を軸に臨戦姿勢に移る。

その視線の先にはまるで小規模の隕石が地上に落下したように円状にくり抜かれた地面が拡がっていた。

 

「ヤッベ…」

 

「…ありがと。『J』君。貴方がいなきゃもう死んでたわ。私達…」

 

少女二人は脂汗をかきながら「J」の両手から離れ、戸惑いが消えない所作を抱えたまま構える。散々今回の敵がブリーフィング等で見えない相手であることを意識づけてきたがここまで、なんの匂いも気配も音もなく襲って来ることを改めて実感すると流石に動揺は隠せない。

 

地下水脈、旧工場跡区域、周囲が再び暗闇に包まれた瞬間ー侵入者に接近するや否や固有種アラガミーインビジブルは脇目も振らず一直線に一行を奇襲。天井に張り付き、真っ逆さまに大口を開いて襲いかかった。その攻撃の目標は「J」以外。透神にとって全くもって未知の存在である今回の侵入者二人。「レイス」、アナンの二人であった。

見知った相手ー「J」と共に行動する全く未知数の相手。それも二人だ。透神にとって可能であれば自分の事を「本当の意味で」知られる前、行動の選択肢さえ与えずに真っ先に排除することが理想と考えた故の速攻の意図を「J」は見抜いていた。

 

僅かに感じられる言語化不可能の「気配」が彼の頭上を通り抜け、彼の背後ー真っ直ぐ彼女ら二人のみを目標に動いていることを察知した「J」は跳躍。戸惑う彼女ら二人を抱え、元の位置に戻った瞬間、前方の地面が空間ごと抉り取られたようにぽっかり穴を開けた。

 

 

彼は今、この場に自分が居る役目を果たした。まさしくその働きは切り札にふさわしいものだった。だが、局面は変わる。それによって彼は自身の役目を早々に切り替えた。次の局面において自分は勝負を決定づける切り札にはなり得ない事を悟る。

 

むしろその可能性を秘めているのは今救ったこの二人。「レイス」とアナンの二人だ。今彼らが最も優先すべきことは何かを考えた時、答えは出る。

 

下手をすればこの見えないアラガミ以上に厄介になりうる存在を早急に始末することーつまりこの香港支部の存亡に直結する厄ネターインビジブルの産んだ卵達の排除が最優先事項だ。これを処理できれば最悪彼等三人が全滅しても香港支部の乗っ取られ、崩壊、それに端を発した世界各支部の混乱と恐慌というドミノ倒しに一時的とは言えストップを掛けられる。

 

その為には現状、限られた戦力を惜しいが分担するしか無い。卵を破壊する役目とその間、透神を惹きつける役目が必要である。その役割分担はすでに三人の中で出来ていた。

 

「『レイス』〜」

 

「…うん」

 

「私らがコイツ引き受ける。その間にこの悪趣味なパーティの装飾焼きはらっちゃって」

 

「レイス」はアナンのその言葉に頷く。すでにアナンが奇襲によってヒヤリとした際、額に浮かべた脂汗とは異なる汗が彼女の額に浮いた血管の近くを伝っていく姿を垣間見たからだ。

 

アナンの血の力「断絶」発動。目標は当然目標アラガミーインビジブル。

 

幸いにも直前の奇襲を「J」によって回避された事により、自分の行動をある程度察知、知覚できる彼の自分にとっての脅威を再認識している透神の行動指針、攻撃目標の天秤は「J」側に傾いていた。おまけに直前の「レイス」の血の力によって聞かされたこのアラガミの精神構造、目的意識からして「卵の防衛」という行動傾向、指針は無きに等しいことが解っている。そこを血の力「断絶」の介入により「J」への攻撃衝動のみを増幅、ひたすら「J」だけを狙うように誘導する事も不可能ではない。

アナンと「J」2人がかりで透神を惹きつけ、その間に「レイス」がヴァリアントサイズで卵を殲滅するという役目を担う寸法だ。しかし、元々行動指針や精神構造、目的等が複雑多岐に分かれた謂わば「ノイズ」の激しいアラガミでもある為、アナンの負担、消耗は大きく、影響範囲に対しても相手が不可視故にとりわけ神経を使う。当然限界も早く来る。

 

ータフな血の力使用になるなぁ今回。はぁ…もう帰りたい。

 

と、アナンは内心愚痴っていた。それ程に能力発動によってフル回転している脳の鈍痛が今回殊更ひどい。

 

さらに。

 

「『奴の血液は強力な酸。近寄るな。距離を取れ』だっけ?リグもナルさんも無茶言ってくれるぜ…」

 

三人がUMPパルスの影響範囲内に入り、無線が使用不能になる直前に「サクラ」より聞かされた「リグとナルフからの情報」はこれである。ここで無線の利かないパルスの影響範囲内で交戦、現状連絡不能、安否すら不明の2人が何故この情報を「サクラ」に伝えることができたのかという疑問が生まれる。

その答えは彼ら2人が透神からの逃走を試みている際、透神にとって一見無意味に思えた水脈内のリグの神機の空撃ちによる銃声音と地下通路の壁面へのナルフ操る神機兵の神機刀身による剣戟の破壊音の組み合わせによるー

 

銃撃音をトン、剣戟の音をツーとして行う原始的な暗号、意思疎通、伝達手段の一つ…モールス信号であった。

 

いかにUMPパルスであろうと「音」ーつまり空気、または水を伝う「振動」までは阻害できない。パルスの影響範囲内から空気、そして海水という液体を通じて伝播し、影響範囲外に逃れたそれを地上の返還祭に浮かれる様々な爆音とノイズが入り混じる香港支部の中、正確に聴き分け解読したのは林が用意した腕利きのヘイセン物資輸送班の潜水艦乗員(サブマリナー)達である。

 

敵と直接対峙したリグ、ナルの二人がその時点で奪取していたこの厄介なアラガミのいくつかの新情報、その中で最も優先順位が高く、今後仲間が対峙する上での必須情報として限られた時間の中で二人はこれを選んだ。「奴の血液の酸が致命的な威力を持ち、接近攻撃の際浴びれば生身では即死、もしくは即戦闘不能レベル」であるという事を。

 

つまり「攻撃はできる限り遠距離攻撃で」。「接近攻撃は以ての外」と言っているも同然の情報の下、「ただし奴の注意は引き続けろ」ということ。おまけにそれをただでさえ見えない相手、目を塞がれた状態でやれ、というものだ。この矛盾だらけのオーダーに応えなければならない。

 

それを現状可能にするのはアナンの能力による間接的介入、そして何よりも「J」が培った特異な「感覚」を駆使した直接的戦闘行為だけである。いや戦闘というより完全な囮役だ。この役を担えるのは現状、見えないはずのモノを感じ取れる、文字通りの「矛盾」を携えた彼だけなのだ。

 

基本的に攻撃は出来ず、回避一択。近距離主体のショットガン銃身である「J」の反撃の目はほぼ無い。出来るのは時間稼ぎ。遅滞行為。まさしく捨て身、捨て駒。だがー

 

「さて…お姫様二人を守るとしますか」

 

そう呟いた「J」の表情に一切の悲嘆、落胆、不満の色はない。仲間達が一丸となって繋いだお膳たて。それに応えて現状において今自分がなすべき役割をこなすだけである。

 

そう。今はハートとダイヤのクイーン二つを守る「J」ージャックとして。

 

「…♪」

 

「J」は舞うように愛機ーアロンダイトを自らの体を支点に棒術の如く、しなやかに纏わりつかせ、右手にしっかりと握り直す。そして左手の甲側の指先でコインのように弄んだ白い薬剤を口に含む。

 

「へっ、相変わらずまっじぃな……!!」

 

そんな軽口の直後、「J」を包む金色のオーラが迸り、一気に周囲を照らし出す。強制解放剤服用による神機解放だ。

 

 

……!!

 

 

それによる「J」のさらなる存在の昇華に伴い、対峙する透神の「J」に対する攻撃衝動の増加、しかし同時、脅威に対する拭いがたい恐怖、それに伴う警戒、逃避本能すらもやや増加する。これが「J」と透神の今までの謂わば冷戦ーお互い睨み合い、真っ向から交戦をできるだけ避けるという結果に繋がっていた要因だ。

 

がー今回はそれを阻害するものがいる。

 

 

ーさぁ行きなよ。殺したいでしょ?

 

お 互 い に さ。

 

 

他でもない。アナンだ。

 

国交上極限まで緊張の高まった国同士を取り持つ仲裁役には絶対に就いて欲しく無いタイプだ。

 

 

状況、行動指針は固まった。ハッキリ言って現状は未だ最悪の状態からさして動いていない。ただ心理的、精神的な進捗、前進は数分前と雲泥の差だ。

 

 

ー…2人とも。

 

じゃあ。

 

「後で」、ね?

 

 

正直。

 

「無事」は祈ってやれない。それでも仲間に背中を向けなければならない時がある。ただし見捨てるのではない。預けるのだ。

 

そう言い聞かせて「レイス」は二人、そして見えない敵から背を向け、交戦気配を察知して蠢くこの香港支部を転覆、そして世界秩序の根幹を揺るがしかねない革命の卵、火種を消し伏せ、刈り取る為の死神の大鎌を振り上げる。

 

 

「行くよ…カリス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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