G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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接近

……!!

 

一同絶句。「レイス」の「血の力」による特殊な感応現象を通じて聞かされた目標アラガミーインビジブルの真意、最終目的に閉口するほかない。香港支部という一支部の一部地域に局所的に発生した事案から一気に香港支部全体の存亡に関わる厄ネタに変貌した事態を前にしては当然と言える。

 

 

だが現場に居合わせたGE三人の中で一人だけ冷静にーいや動揺は確実にあったものの瞬時に心根を立て直した人間が居た。

 

「へぇへぇ…暗いところが好きな陰気なヒッキーのくせになかなか大それた野望持ってんじゃん?見直したわ」

 

腕を組んでふんふんと頷きつつ赤毛の少女はいつもの軽口を叩く。アナンだ。その普段と変わりない軽口が負担の大きい「血の力」の特殊な感応現象を使用と同時、透神の異様な精神状態、まさしく野望、野心と言って差し支えない目的などを立て続けに感応現象を通じて垣間見、疲弊した「レイス」の心根を立て直させる。

 

「…この支部だけの話じゃない」

 

「だよね⭐︎」

 

「バァン」とでも言いたげにアナンは人差し指で「レイス」を射抜く動作をし、いつもの冷静さを取り戻した頼れる相棒を歓迎するようにわずかにクスリと笑う。

 

「もしこの香港支部全体が一アラガミに乗っ取られたりでもしたら流石に隠しきれない。世界中の全支部にこの情報はすぐ行き渡る」

 

「したらフェンリル型なしだよね〜。大失態どころの話じゃない。メンツ丸潰れ。世界の各支部規模で恐慌、暴動が起きかねんよコレ。…はぁ、…実態がどうであれ、曲がりなりにも居場所を無くしたフェンリル市民が最後の希望として頼れる場所とこの香港支部は認識されてるし…。人口キャパ一位の世界一の優良支部という肩書きを持った支部の崩壊がどんな影響をあたえるか…」

 

目の前にした圧倒的現実を前に想定される最悪の事態を軽く確認し合い、すぐに「レイス」、アナン二人の行動指針は決まる。とてもシンプルな結論に達した。

 

ー(ぶっ)潰す。

 

「死人に口なし」だ。増してや革命など到底不可能。このアラガミの反逆も、反乱もその事実を一切表に出さないまま闇に葬るのだ。殲滅するのだ。一匹残らず。今ここで。

 

「…!」

 

その彼女らのあまりにも早い切り替えの一方でただ一人、混乱した頭を未だ立て直すことのできていない「J」が彼女らに「なんでそんな冷静なんだよ、切り替え早すぎだろ」と場違いな苦言を呈そうとした時、そんな彼の焦燥に追い討ちをかけるような事態が発生する。

 

「っ…!?」

 

一帯に響き渡る重厚な「バツン」という破壊音、破裂音のような音が響き渡り、彼らの現在地、工場施設内天井に設置されたいくつもの巨大な照明が不安定に暗転入滅を繰り返す。その入滅に合わせ、ゲル状の卵内の「奴ら」が刺激されたのかうぞうぞと蠢く姿が確認できる。

 

「……あ!?んだコレ!」

 

その異変を前にして「J」は駆け出し、音の発生方向ー先程三人で駆け抜けたばかりの元来た水脈内連絡通路前に達した瞬間、その異変の原因を察知する。先程変電所の起動によって電力を確保され、点灯した連絡通路天井に十メートルほどの間隔で設置された照明。それがー

 

バツン…バツン…!バツン…!!

 

バツン…!!!

 

遠方から徐々に、こちらに向けて順々に消えていっているのがこの音の正体であった。

 

彼ら三人に近づけば近づくほど当然、その音は大きくなっていく。まるで「J」の心拍数の増加、鼓動の高まりを暗示するように。

 

暗闇が迫っている。ゆっくりとしかし確実に。歩いてくるように。

 

その迫る暗闇の正体は言うまでも無く固有種アラガミのみが有するEMPパルス、その影響範囲内だ。それが影響下に入った照明から順に機能阻害を発生させられ強制的に消灯、最終的にこの影響範囲内が「J」が光源確保の為に先程立ち入った変電所区域まで達すれば電力発生の本元のモーターを止められてここら辺一帯は再び光を失い、暗闇に包まれるのだろう。

 

三人にとってもはや言葉に出すまでもない。これは「奴が戻ってきた」ーそう結論づけるに十二分に値する事態である。

 

ー……!!!

 

この事態が「J」のさらなる混乱を煽る。彼の中で様々な憶測、悲観がぐるぐると渦巻き、パンク状態に陥る。神機を握る手に更なる力が加わり汗ばむ。それが同時に全身にも広がっていく。混乱、焦燥時に体を包み込む特有の粘り気の強い不快な類の汗だ。

 

ーリグ…!!ナル、さん…!?

 

「敵が未だ健在」、「仕留め損ねたのか」という感情よりも先に彼は二人の身を案じた。透神が生きている=即ち間違いなく二人は無事では済んでいないことは想像に難くない。あの二人が自分の任務を放棄して無傷で逃げ延び、この忌々しいアラガミがここに戻ることを易々と許すとはとても考えづらいからだ。

 

奇襲が失敗し、退けられたか最悪二人とも殺されたかと考えるのが普通である。

 

実際のところは神機兵大破、操縦者のナルが重傷、意識不明とはいえ一命を取り留める。リグが軽症、尚も戦闘継続可能といったところだがこの時点で二人の安否確認は済んでいないので「J」のこの思考渋滞はごく自然と言える。

 

ー…やられた!?死ん…、だ!?二人とも!?

 

ーいや落ち着け、逃げたかもしれない、きっとそうだ、大丈夫だ、そう簡単にあの二人が…。

 

ーいや、でも、もしかして…。

 

ー…。

 

自分の唯一の居場所ー香港支部が根本からの存亡の危機に立たされたことがついさっき判明した上に、立て続けに見知った仲間をまた喪ってしまった可能性があることを示唆する現状。加えてそれを案じよう、確かめようにもまずは前方、自分の身に迫る忌々しい仇敵、天敵に対処しなければならない上に、トドメに背後にはそれが産んだ新しい脅威が今にも目覚めようとしているーと、きた。コレでは「冷静でいろ」と言われる方が無理があるのかもしれない。

 

それなのにー

 

ーなんで!?この子達なんでこんな冷静でいられんだ!?仲間が死んだかもしれないんだぞ!?

 

彼を襲った立て続けに山積されたあまりに過酷な事実、現実を前にしてもそれに対する課題、問題に向かいあわなければならない。そうしないと死ぬ。自分も仲間もこの支部さえも。それは解っている。大いに解っている。が、なかなか体と心が追従してこないのだ。

 

ーどうせこの支部はこの二人にとって居場所でも何でもないと言うことなのか。自分の仲間のことでさえ所詮は他人事なのか。

 

そんな風に袋小路の心のやりどころを彼は他の二人に求めた。半ば理不尽とも言える二人への非難すら混じる感情だ。良くも悪くもこの支部とこの国、そして組織に思い入れが強く、仲間想いで熱くなりやすい彼らしい感情でもある。

 

それでも度を超えて、彼女ら二人は氷のように冷静に彼には見えた。いっそ酷薄なぐらいに。

 

そんな彼の感情の動きをー少女ら二人は気づいてもいた。

 

「『J』君?」

 

「…!!何?」

 

「レイス」が「J」に語りかける。彼が自分たちに向けている感情を全て理解した上であったことを「J」に確信させる柔らかな口調、表情だった。整えられた眉を少し内側に曲げ、基本普段は無表情で凛とした彼女が珍しく少し弱気な微笑みを讃えていた。

 

ーん〜〜…任した。「レイス」。

 

アナンは口に拳を添えて小さく唸りつつ、内心そう決めて黙った。こういう役はアナンは「レイス」に譲るべきだと考える。アナンの計算で作られた「適切」な表情よりも自然に自分の抱えた感情を吐露できるーいや、表現出来るようになった「レイス」の方が「J」の心根を立て直す力がより強く、また早いと考えた。

 

ーごめんね。私たちは「こう」なの。でもあなたと一緒だよ。二人のことが心配だし、不安だし、怖いし、心細い。…でもね?

 

「…あの二人は大丈夫。だから落ち着いて。力を貸して。あなたが必要」

 

端的に、同時しっかりと「J」を見据えて「レイス」はこう告げた。本当に普段から言葉少なめな彼女らしいセリフだがそれに多くの情報、感情、そして隠し様のない強い信頼を込めたものーそしてそれはリグ、ナルフに対してのみではない。間違いなく眼前にいる「J」に対しても向けたものである。

 

ーやはりこの手のタイプには「レイス」は効果覿面だねぇ〜〜♪

 

アナンは「こういうトコ敵わねぇな〜」と言いたげにニンマリと笑う。

 

「…ごめん。落ち着いたよ……ふぅ…」

 

「J」は一息つき、申しわけなさそうに、恥ずかしそうに二股眉毛を内側に曲げつつ笑った。

 

心身ともに強いはず、少なくともそう思って来た女の子が唐突に、無意識、無自覚に向けてくる弱く、儚い表情に男として奮い立たないわけにはいかないー根っからの昔気質の「J」のような少年には確かに効果覿面である。

 

そして彼女らの話を裏付けるように、後押しするようにー

 

 

『…三人とも、いい報告とは言えないが…リグ、ナル達から「連絡」が来たよ』

 

「っ…!…ぉ兄」

 

その声がインカムから三人の端末に同時に届いた途端、目の前の「レイス」の表情、そして声色が年相応に縋るような幼さを見せたことに「J」は一抹の寂しさを覚えた、が、今の自分の表情も対して変わりはないだろうとその声に彼も聞き入る。

 

解析、分析のためほんの一、二分外していただけだがやけに久しぶりに感じられる「サクラ」の報告は「二人が無事かどうかはまだ正式に確認されていない」と前置いた上のリグ、ナルの二人から「知らされた」情報である。

 

それは、間違いなく新たな脅威、懸念点ともなり得る情報であった。

 

が、三人はそれ以上何も聞かず、不平も不満も口から出なかった。そもそも時間がなかったのは確かだ。が、それ以上にその情報はリグとナルが陽動だけでなくこれ以上なく奮戦して奪取したー容易にそのことが鑑みれた報告である。そして同時きっと二人は生きていると言う共有認識が既に三人の中で出来上がっていた。

 

しっかりとバトンは受け取った。なら迷うことなどない。後は自分の目の前、背後を見据えるのみだ。

 

状況は最悪。まさに前門の虎、後門の狼といったところ。おまけに時間制限までもある。しかしその状況を整わない、ぐらついた精神状態で晒されるのとしっかり地に足ついた、磐石の精神状態で迎え撃つのとではまさに天と地の差、雲泥の差である。

 

『…もうすぐパルス影響範囲内に入る。通信はここまでだ。三人とも…頼んだぞ』

 

 

 

「…うん、じゃあ…『またね』。お兄」

 

 

その「レイス」の通信が切れるほんの直前、一際大きい「バツン」という轟音とともに地下水脈、変電、工業施設周囲一帯は再び漆黒の闇に包まれ、一方で地上待機中の「サクラ」の手元のモニターに映る「レイス」、アナン、そして「J」の三人のバイタルを始めとする表示データが一律「No signal」に切り替わる。

 

「……」

 

無言のまま、用を成さなくなった手元の端末、映像機器、加えてノイズを発するだけとなった通信用イヤホンを外し、カタリと机におく。

 

 


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