G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

75 / 85











最後の蛙

 

 

 

 

「さて…『J』?」

 

「ん」

 

「この中で奴と接触し、交戦したことのある相手は君だけだ。まずは奴との交戦を通して君が体験したことをどんな些細な事でもいい。俺たちに話してくれ」

 

「…失望させるようで悪いけどさ。『交戦』って言えるほどまともに戦えてねぇ。一太刀浴びせるどころか毎回逃げるのが精いっぱいだった」

 

「…でも君は奴と何度も接触しながら生き残り、その経験を通してその鋭敏な『感覚』を手に入れるまでに至った。誇りこそすれ恥じることはないと思うけどね?」

 

「…止めてくれ。そんないいもんじゃない」

 

「…」

 

「俺は…立場上死ぬわけにはいかなかった。だからまだここに居る。それだけの話さ」

 

「…『J』君?」

 

沈痛そうな表情の彼を気遣うように「レイス」は声をかける。すると「大丈夫だよ」と言いたげに僅かに「J」は手で彼女を制し、話をこうつづけた。

 

「自分がこの組織で唯一アイツに手傷、もしくは致命傷を与えられる人間なのは重々承知だよ。…でもそのおかげでうちの組織のメンバーを俺は何十人も見殺しにした。その代わりにようやく手に入れられたのが今から俺が提供する情報とアンタらが言うこの『感覚』さ。『奴の放つ僅かな殺気、方向、距離感を感覚的に把握して致命傷だけは避けて回避し逃げ延びる』…言語化も上手くできない曖昧なもんだよ。過度の期待はしないでくれ」

 

 

 

奴の生態を語る前にまずは奴の巣食う地下水脈に言及しなければならない。

 

以前に述べたとおり、香港支部の地下に走る地下水脈は有事の際、この支部の要人、または要人の資産を支部外に運び出すために作られた血脈である。人間だけでなく大小さまざまな資産、食料などの物資を運び出すために車両、場所によっては鉄道が設置され、電車が通れるほどのスペースが確保されている。また核シェルターの如くある程度の時間そこで人間が滞在、生活を行えるように簡易の工業施設や集会の為の広場、宿泊施設、発電機器、飲み水の確保のための海水ろ過機、直接外海へ出るための水路も用意されている。有事の際、本当に使えたかどうかは別として蜘蛛の巣の如き張り巡らされた通路に様々な設備、施設が建設され、放置されている。

 

 

「俺のこの『感覚』、…そして奴の機動力、水脈の通路の平均スペースからして奴の大きさは小型から中型アラガミ程度の大きさ、かな…、ただ攻撃力の高さと食欲からして小型ではないと俺は予想してる」

 

「確かに。厳密な近縁種は解らないが恐らく大きさは中型種程度で間違いない」

 

「ただ…外に居るアラガミとは全く習性が違う」

 

「とは?」

 

「…用心深い。足音も吐息も、…臭いすらもしない。GEに追跡されているアラガミの気持ちがよく解るぜ。そして…何といっても執念深い。用心深いが逆にやる時は徹底的にやる。自分の情報を入手した奴を執拗に狙う傾向がある。かと思えば逆に『顔見知り』の俺には慎重だ。あちら側もこちら側も無理できないのを知ってるんだろうな」

 

 

そう言い切った後、はぁ、と遣る瀬無さそうにため息をつき「J」はこう続けた。

 

「なんて~のか…『示威行為の為の伝達役』にされてるみたいでムカツクよ」

 

「現状の自分」を皮肉るように薄く「J」は笑い、腕を組む。そんな彼を見て「レイス」がぽつりとこう呟いた。

 

「なんかホント…」

 

「?」

 

「人間臭いね。っていうかGEくさい」

 

「…な」

 

上海支部の連中が一人残らず喰われたところを見るに「J」の推測はおおよそ間違ってはいないだろう。「ハイド」、そして「サクラ」は頷きつつ手元の端末の資料をスワイプし卓上大型端末で立体化させる。それは奴が主に潜伏しているであろう地下水脈の立体映像であった。

 

「これが…君たち『黒泉』が多大な犠牲を払って収集したデータで構成した地下水脈の見取り図か」

 

「…」

 

その立体映像の下部周辺区域はまるでスプーンでくり抜いた様にぽっかりと円形の空白が出来ている。ここがつまり―

 

「…ここがデッドゾーン。完全な空白地域。どんな地理、地形。どんな設備、施設があるのかも全く以て不明。つまりこの空白地域こそが奴のテリトリー。言い換えるなら…」

 

「…特殊偏食場パルス―EMPパルスの影響範囲内…同時奴にとって防衛ライン。侵せば容赦なく殺しに来る」

 

「サクラ」が指先で示した地点の意味を代弁した「レイス」に向き直りこくんと「サクラ」は頷く。

 

インビジブルは固有種、つまり特殊偏食場―「EMPパルス」を持っている。無人誘導探査ロボ、ドローン機器などの探索機械はこの能力によって用を成さなくなる。奴のテリトリー内に入った瞬間それなのだから本元の奴の住処の地理、地形、監視カメラ、暗視スコープ、熱関知機などによる行動パターンの把握などが出来ない。

つまりEMPパルスが発生した範囲内で動き、地理、構造、敵情報を収集して持ち帰るには直接生身の人間が行くしかないのだ。それもGEでもない普通の人間が、である。奴のパルス内に入ってしまえば電子機器、端末が一切働かない。無線連絡による情報交換も不可能。よってできるのは紙とペンによる原始的な筆記。それを以て少しずつ探索範囲を広げる他ないのである。人命という犠牲を払いながら徐々に、徐々に。

 

ヘイセンの切り札の「J」が直接赴き、奴に殺されてしまえば全く意味がない。実際に水脈内に降りた組織の構成員に犠牲者が次々と発生する中で我慢の限界に達した「J」が特攻して奴と接触、生死にかかわる深手を負って殺されかけたこともある。そんな彼を林と花琳が諫め、叱責し自分の立場を改めて理解させ、彼は自重し現在に至る。

 

 

そもそもこの地下水脈を建造した際の設計資料が存在している筈だが元々要人が自分たちの都合の為に秘密裏に建造したものである。そんなものをおいそれと外部に漏らす訳もないし、例えそれが流出したとしても当初の計画を逸脱した違法工事が行われている可能性もある。逆に立案、計画は書面上に存在しても着手していない、または頓挫している、工事が遅れているなどの理由で資料に在っても現実には存在していない場所がある可能性もある。ただでさえアラガミ出現期の混乱した世情の中で計画通りに厳格に物事が進行するとは思えない。

 

要するに例え出てきたとしても情報として信憑性が悉く低いのである。加えてこの支部を仕切る人間が「あの男」だ。一応は同胞であるはずのフェンリル上海支部の行動をあそこまで限定させ、確実に全滅する原因の一端を担った男が香港支部の根幹ともいえる極秘事項を表向きとはいえ反フェンリル組織であるマフィアに差し出すわけがない。

 

先端技術機器を封じられ、そして中央支部に見捨てられたこの組織が行ったのは紙とペン、そして人柱前提の何とも原始的な人海戦術であった。

 

貴様らと話すことなど何もない―

 

ここの住民を、そして私の部下を何人見殺しにしてきたか解っているのか?―

 

事ここにきて「サクラ」と初めて出会ったときのファリンの発した言葉―その怒りの根源を垣間見るような気がした。

 

 

この香港支部の様々な特殊性があのアラガミの特殊性と絡み合い、結果この種をここまでのさばらせてしまった原因である。

 

 

 

「…『井の中の蛙大海を知らず』…」

 

「…え?」

 

「俺の故郷の古いことわざでね。『世間知らずが外の世界に出て広い世界を知り、初めて自分の小ささを思い知る』っていう意味の諺さ」

 

「…」

 

「でもこのアラガミは…インビジブルは違う。大海を知る『蛙』は敢えて井戸の中に籠ることで自分の完全なる安全と安住を確保した。際限なく水脈が湧き出る安全なこの井戸の中にな」

 

そう言って「サクラ」は手元の大型端末をスワイプし、立体映像を「地下水脈の見取り図」から、「フェンリル香港支部全景」に切り替え、映し出す。

 

 

さながらここは奴にとって…巨大で広大な「井戸」。

 

 

 

「サクラ」は徐に香港支部の周囲をぐるりと囲むアラガミ装甲壁を指先でなぞる。

 

 

「『アラガミ装甲壁』…アラガミという天敵に抗するために人間が作り出した自分たちを守る壁。はっきり言って今世紀最大の発明。人類の遺産だ。でも逆に言えばアラガミにとってその壁とは、その中とはいったい何なのか、いや、『何になり得る』のか考えたこともなかったな…このアラガミに人間臭さを覚えるまでは」

 

「…お兄?」

 

「考えてみろ。外のアラガミ同士の相互捕食、過酷な生存競争の渦中から逃れられ、ヒトという比較的安全で無力な餌をこの中では確保し続けられる―それが『アラガミにとってのアラガミ装甲壁』にもなりうるんだ。外海に蔓延る海千山千の猛者どもから人間と壁は自分を守ってくれる。装甲壁は定期的に更新され、人間にとっての敵だけではなく奴にとっての敵も拒否し続ける。そんな場所に居ることを、居座ることを半ば黙認されたとしたならばこれほどアラガミにとって都合のいい、住みよい場所はない」

 

 

究極の「寄生」―いや、ある意味「共生」関係でもある。

 

 

 

安全な井戸の中、無限に湧く水脈の中。

 

 

 

 

 

…其処で何を考える?

 

 

 

 

 

「最後の蛙」は何を考える?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。