G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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「…」

口の中が粘つく。この地が慣れない気候というのもあるだろうが何よりもこの異質な状況が少年―ノエルの不安と緊張を煽る。

香港マフィア組織―黒泉(ヘイセン)大陸側輸送ドッグにて―

周囲数百メートル物々しい真っ黒な壁で覆い、資材搬入作業を迅速にこなすためだけの味気ない照明、巨大な換気装置がごうごうと唸る薄暗いドッグ内の空気は重い。そんな場所に一際小柄な少年がたった一人ポツンと筋肉隆々の男たちが横行する中に居るのだ。不安にもなりたくなる。

「心配するナ。少年」

そんな彼に自己紹介以降全く口を利いてくれなかったヘイセンの輸送ドッグを取り仕切る現場主任、同時ノエルの通訳役を買って出ていた隣の男が口を開く。

「…は」

ノエルは緊張のあまりまだ自分の声が上ずっていることを大いに自覚しながらそう呟く。そんな彼に然したる反応を示さずただ男は淡々とこう応える。

「老師がキメたコトだ。ならワレワレは君らに協力するノミ」

元々事務的な男なのだろう。さっきまで数人の組織の構成員とノエルの護衛兼、資材管理の「ハイド」の幾人かのメンバーに対して作業に対しての必要最低限の言葉しか発していなかった彼が初めてノエルに雑談と呼べる言葉を発した。口調はあくまでビジネスライクだが僅かに感情をこめて。

「…ホンネを言えばココもフェンリルの関係者に立ち入らせたくなかったのダガ…『少しでもお前たちの働きを彼らに見てもらえ』との老師のお達しダ」

「…『ほかの搬入ドッグでも滞りなく資材搬入はスムーズに、厳格に行われるから心配するな』、という事ですか?」

「ソウダ。老師を通して契約、盟約がきっちり発生している以上、ワレワレはそれを一方的に破棄することはしない。そして―」

男はツカツカと歩き出す。同時、まるで敵の襲撃、もしくは災害が発生した時にでも流される警報音の如きけたたましいサイレンが周囲に鳴り響き、男、そしてノエルの顔を「注意喚起」を表す黄色いランプがまだらに彼らの顔を照らし出す。

この「黄色」は両者の関係を如実に顕している。「青」では決してない。しかし「赤」でもない。あくまでフィフティフィフティである。そう。利害が一致している限りは―

「―…キミらがここに何を持ち込もうとワレワレは関知、干渉しナイ」

そう言って振り返った男の背後で水しぶきを上げながらまるで十字架の如く張り出した潜水艦の船橋が顔を出す。














集結

「ハイド」の三人は戦慄していた。

 

「こ、これは…!」

 

「…!!」

 

「…」

 

「生臭い・泥臭い・塩臭い・磯臭い!おおよそすべての『臭い』を網羅しているのはずなのに何でこんな『味』があんの!?この上海ガニ!!おかしいって!!!」

 

赤毛の少女―アナンがエメラルドの瞳を爛々と輝かせ、何とも濃いコメントを残しながら両手で持った異質な物体にバクついていた。

 

「…美味しい」

 

美食家、偏食家の彼女の適合神機とは違い、料理は上手いのに本人は特に「食べる」ということに特別な興味を持っていない死神の少女―「レイス」ですら驚きを隠せずそう呟き、黙々と食を進める。

 

「…モグモグ」

 

リグに至っては上手く言葉が浮かばないのかひたすら無心でカニを解体していた。

 

 

 

フェンリル香港支部夕刻、貧民街と上流層を隔てる中層繁華街地区―

 

ここは香港支部で最も人口の多い区画。である。貴族やフェンリル役員等のいる最上層区画に入るには許可が必要であるが、この中層区画は全階層区民に広く解放されており、人口の大半を占める中流、下流層の人間が集う場所であるからだ。おまけに時刻は夕飯刻であり、屋台、露店などが無数に立ち並ぶ中をひっきりなしに多様な人種が行き交うため、まさに「人種の坩堝」と呼ぶにふさわしい多数の文化、食文化、言語が入り混じる騒がしい喧噪に包まれる。

 

…??!……!!!…!??

 

お国変われば言語はもちろん感情表現、声量、語気も変わる。訪れた来訪者、他民族にとってはまるで怒っているかの如く、矢継ぎ早にやかましく捲し立てているように聞こえる大声で話す彼らであるが彼等にとってそれが日常。むしろこの国では訪れた自分達こそが異物、異質なのだと思い知る。

 

これこそが「旅」と言うものだ。

 

まぁ例えそれがわかっていても「慣れる慣れない」、「受け入れる、受けいられない」には個人的差異がどうしても生じる。

 

正直「ハイド」の面子は当初、見た目も人種も習慣も異なるこの場所である意味自分達が悪目立ちしてしまうのでは無いか、という懸念を持っていた。しかし其れが幸か不幸か完全に杞憂であったと彼らは思い知る。

 

善くも悪くもこの国の人間の許容力は高い。前時代から他の地域を追われた、また逆に夢を追い求めた者達が進んで各々の文化、知識、野心を持ってこの地に集い発展させた結果、世界でも類を見ないレベルの近代化を遂げたこの香港という地の2070年代の姿―この香港支部の中心で「ハイド」の面子は前時代と同等、もしくはそれ以上のこの地の勢いと熱気に包まれるこの支部に少々気圧され、食傷気味であった。

 

そんな彼らを先導し「J」が案内したのは無数に並ぶ露店の一つであった。夕食は居住施設ではなく外でとろうという話になったらしい。しかし当のその場所が―

 

…!!!!!…!?…!???……!!!

 

…「ここ」では。何とも落ち着かない。

 

購入した料理を簡易に設けられた粗末な卓上にところ狭しと並べ、次々とガチャガチャと忙しなく口に運ぶこの支部の先住者、居住者達に周囲を囲まれ、落ち着かない様子で「…こんなところでメシ食うの?」と言いたげな「ハイド」のメンバーをまぁまぁと説き伏せて「J」は彼らをここに案内した。いや、案内したかった。

 

「受け入れられないものがある」のは仕方ない。でも、同時「受け入れてほしいもの」が彼にはある。紛れもなくここは彼の国、彼の支部、そして彼の居場所なのだから。

 

そして現在―

 

「ん~~~♪ウマ~~い!」

 

ご馳走にご満悦な「ハイド」三人の表情を前に内心ほっとしつつ、「J」ははにかむようにして微笑み、口を開いた。

 

「…ウマいだろ?…この香港支部はさ?知っての通り陸地のみをアラガミ装甲壁で囲むんじゃなく九龍半島と香港本島を挟んだ海峡―ビクトリア湾を中心として外海にアラガミ装甲壁を構築してる。それで出来た『内海』に巨大な生け簀を作って海産物を繁殖、養殖してるんだ。この蟹もその一つさ」

 

「…」

 

―…へぇ。

 

嬉しそうに語る「J」を頬杖を突きつつ眺めながら「レイス」はどこか今までと違って知的に見えた彼に少し意外そうに目を丸めつつこう思う。

 

―失礼かもだけどひょっとして案外育ちいいのかな?『J』君って…。

 

そんな「レイス」の心象のままに「J」は落ち着いた語り口調で話を続ける。

 

「まぁ…近親交雑による繁殖不全を防ぐために流石に遺伝子組み換えは行っているけど…それでもフェンリルの配給品の人工肉やたんぱく質と違って独特の『味』があるだろ?」

 

卓上に積まれた小振りながらも鋏の先までパンパンに身が詰まっているであろう赤黒い上海ガニを一匹手に取り、「J」は得意げに微笑んだ。そんな彼に「レイス」もこくんと頷く。

 

「うん、そうだね…なんていうのか…『雑味』って言えばいいのかな?ある意味無駄な好みの分かれる癖のある味、風味なんだけど…そこが逆にクセになる」

 

「ん~♪解ってるね。『レイス』ちゃん!」

 

「…。もう一匹貰うね?」

 

一転して「J」の少し幼い笑顔に彼女も応えて僅かに「レイス」も微笑み、四人は食事を再開する。

 

 

数十分後―

 

日が落ち、辺りが完全に暗くなった後も独特のオリエンタルな街灯、いかめしい漢字で表記された七色の無数の看板に照らされ、周囲がカラフルに色付く頃には四人の目の前の卓上に置かれた上海ガニは殻だけを残すのみになった。

 

「食った~♪もう入んない」

 

「御馳走様」

 

「うん…マジで旨かったよ『J』」

 

「…そっか。よかった」

 

満足そうに四人は簡素な椅子の背もたれに背を預け、香港支部の夜空を見上げた。

周囲が明るすぎて見えない星に代わり、そこには低い轟音をたて、巨大なフェンリルの軍用輸送機が両翼に誂えられた赤いランプを左右交互に光らせつつ着陸態勢に入っている姿があった。

 

あれに乗っているのはこの支部の混沌に魅せられた富裕層であろうか。それとも…新しい下層地区居住者であろうか。

 

この地は今も世界中より移り住むものを迎い入れ続けている。

 

「『J』君…?」

 

「うん?」

 

「いい支部…だね。ここは」

 

空を見上げながら「レイス」はポツリとそう呟いた。その言葉を聞いた「J」の表情が苦々しい曇った笑顔になっていることを百も承知で。

 

 

闇が濃すぎて。

 

静か過ぎて。

 

何も見えない、何も聞こえない場所もあれば、逆に明るすぎ、騒がしすぎて何も見えない、聞こえない場所もある。

 

 

光と闇、清も濁も飲み込んでこの支部は繁栄を謳歌する。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

そんな彼らと離れ、青年―「サクラ」は一人人混みでごった返す通りを一つ離れた小路を歩いていた。凡そこの地に慣れていない人間が足を踏み入れてはいけないような暗い路地裏。が、その青年の恐れ、警戒も感じられない確固たる足取りはその闇に潜む連中に「不介入」「不可侵」の相手である―という暗黙の圧力を与えるに十分な佇まいであった。

 

そんな彼に―

 

 

「『サクラ』さん」

 

 

突如「闇」が声をかける。これまた凡そこの地に似つかわしくない節度ある可憐な声が青年を真っ暗な路地裏から呼び止める。

 

「…ナル、か?」

 

「はい」

 

「…首尾のほうは?」

 

「はい。問題ありません。ノエルの仲介のもと林老師が遣わしてくれた黒泉(ヘイセン)の構成員の方々と接触。交渉と並行して作業を進めています。彼らは非常に協力的であると同時優秀です。我々の思った以上に彼らは神機、そしてアラガミ資材に関しての扱い、知識に精通していますね。…正直驚きました」

 

「調達したアラガミ資材を闇ルートで捌いて資金源にしてきただろうし『情報こそが生命線』と林老師自身言っていたからな…」

 

「それでも末端構成員にも行き届いた情報共有、そしてそれを規律を基に厳格に管理統制されているのは驚きです。…我々の当初の予想以上にこの支部に深く根差しているようですね。彼らの組織は。これなら―

 

『あの子』の香港入りに関しても問題ないでしょう。」

 

「…」

 

「彼らの香港支部の各地、総数17の独自の資材搬入ルートから『あの子』の各部位パーツを小分けに支部内部に持ち込み、物資管理倉庫の一部を間借りして誂えた簡易の格納庫で再構成させます。今のところの進捗具合からして…三日程時間をいただくことにはなりますが」

 

「三日か…解った。引き続き進めてくれ。くれぐれも慎重に」

 

「かしこまりました」

 

 

 

基本的に「輸送」という行為に空路は向かない。航空機による輸送時間の高速化は大きな魅力にしても航空機が「空を飛ぶ」というシロモノである以上、一度に運べる物資の積載量に関して厳密なレギュレーションがある。おまけに燃料コストも高く、また「空港」という着陸、上陸地点が限られる輸送方法だけに第三者の目―前時代で言えば「税関」を通さざるをえず、国外に持ち出す、また持ち込む物品の管理審査もかなり厳しいときている。折角高い金をかけて持ち込んだ物品が没収、もしくは送還となってしまっては目も当てられない。

 

それは2070年代の現代、陸路、空路、海路の全輸送ルートにおいて非常にリスクの高い障害物―アラガミが跋扈しているこの時代でも変わらない。秘密裏にグレーゾーンの物品を国内に確実に、大量に持ち込みたいのであればやはり方法は陸路、海路の二つに限られる。

 

まして現在―「ハイド」が持ち込もうとしている「物品」があまりにも巨大、かつ秘密裏に、そして迅速に持ち込まなければならないいわくつきのシロモノであるのであれば尚更である。

 

 

彼らが持ち込む「物品」とは神機兵の部品。

 

つまりナルの愛機―『ブルーローズ』のパーツだ。今回から「彼女」が本格的に実戦投入される。

 

 

 

 

歴戦のGE達と言えど、生身のまま今回の討伐目標固有種アラガミ―インビジブルに安易に接近してしまった場合、不意を突かれ一方的に蹂躙された上海支部の連中と同じ結果になりかねない。何の情報、成果を得られないまま犠牲だけが出るサイクルをこれ以上繰り返す訳にも行かず、せめて撤退するにしても敵の詳しい攻撃力、生態、奴の体液等の生体サンプル、情報を生きて持ち帰る為に壁、囮になって正面から威力偵察を行い、GEのアラガミ討伐を補佐するタフな壁役が要る。

 

今回の作戦の目玉は本格的な神機兵とGEの共同運用だ。

 

巨大で頑丈な偏食因子で構成された神機兵の装甲ならば、生身の人間なら一発で致命的な損傷を負うアラガミの攻撃にも複数回耐えられる可能性は高い。おまけに貴重な適性持ちGEと異なり、神機兵が部位を壊されたり欠損してもパーツを換装する事で継続運用が可能、加えて乗員適性も間口が広いという神機兵の想定されている有用点、利点を確認、証明する上でまさしくうってつけの試金石というワケだ。

 

…かと言って現在は無人での神機兵の運用は実用段階に至っておらず、有人での運用である以上乗員―つまり人間の命が危険であることには変わりない。間違いなく神機兵のパイロット―つまりブルーローズの乗員であるナルフ・クラウディウスはこれ以上ない危険にさらされる。交戦記録に乏しい未知のアラガミ相手にまだまだ試用段階の兵器を実戦投入するのだから尚更だ。

 

「…」

 

「…。ナル?」

 

「サクラ」に一通りの報告を終えたにもかかわらず、彼女の気配が消えない事を訝しげに思い、彼は闇に向かってもう一度語りかける。すると―

 

「…あの子達がとても楽しそうで良かった」

 

暗闇からあまりに似つかわしくない思いやりに満ちた優しい声が響く。彼女は「ハイド」の三人と「J」とのやり取りを見ていたのだ。

 

「本来で有ればあの年代の子達は仲間とあんな風な時間を過ごす事こそが…自然、…なんでしょうね?『サクラ』さん」

 

「そうかもね」

 

「…守りますよ。無力だった私達大人が漸く力を手に入れた以上は」

 

最後に強い決心と覚悟を秘めた言葉を残して闇から彼女の気配が消える。

 

「…」

 

今回に関して前線に出ることが許されない「サクラ」はぐっと拳を握りしめ、未だ耳に残る慈愛に溢れた彼女の覚悟と決意を秘めた言葉を胸に香港中層地区の繁華街の中へ消えていった。

 

 

―俺は俺に出来ることをやるしかない。ただアイツらの無事を祈る前にやることがいくらでもあるはず。

 

 

 

 

彼がヘイセンの仮説居住区に戻ったとき、彼を門の前で迎い入れた「ハイド」の三人、そして「J」の同世代のGE達は既に観光ムードを切り替え、完全にGEとしてプロッフェッショナルな表情をしていた。

 

「さて皆…そろそろ仕事の時間だ。でもその前に…」

 

「…?」

 

「飲茶でもして少しほぐそうか。話し合いにある程度緊張感は大事だが…堅くなりすぎるよりもリラックスしている方が冷静で柔軟な意見が出やすい」

 

発破をかけなくとも既に頼もしい位の臨戦態勢に入っている彼らの横を満足そうに頷きつつ「サクラ」は通り過ぎる。

 

そんな彼の背中に無言のまま「ハイド」・チルドレンの三人、そして「J」が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ

「あのさ...ナル」

「はい。何でしょうか『サクラ』さん」

「…いや、その、さ。今更なんだけど」

「…?遠慮なく仰ってください」

「その…『大姐』って言葉使ったらヘイセンの女幹部さんに…殺されかけたんだけど…」

「へ?」

「なんか…日本語で言う『オバサン』的ニュアンスらしくて、さ…」

「…申し訳ありません。罰としてしばらく私のことは『大姐』と呼んでください…」

「…」



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