G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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共闘

「…」

 

―似た者同士仲良くしなさいよアンタたち…。

 

可憐な死神の少女―「レイス」は内心そう思いつつ二人のやり取りを腕を組みつつ見守っていた。

 

リグと「J」―「水と油」というよりもお互い性格、性質共に似通い過ぎているせいで徹底的にウマが合わない両者は一応「ハイド」が香港マフィアの「黒泉」と停戦協定を結んだ後の現在も―

 

「…!…!!」

 

「…!?…!」

 

無言でにらみ合い、いがみ合い、反目しあっている。しかし一方で―

 

「…」

 

「J」のイラつきは時々まるでリグの存在すら忘れてしまったかのように別の所に向けられる瞬間がある。いや。イラつきというよりもやや切ない表情をして「彼女達」をちらちらと盗み見ていた。

 

―…くそ。…何でこのくそチビの仲間にはこんな……メチャクチャ可愛い子が多いんだ!!許せねぇ!!メイリンちゃ…いや、アナンちゃんだっけか…。

 

「J」は今、心底リグが羨ましかった。

 

「…ん?あは~~~♪」

 

アナンは「J」からの視線に気づき、「あはは。騙して御免アルね~♡」と言いたげな彼女らしい何とも反省の無い表情を浮かべつつ、小さくひらひらと手を振る。

 

そして―

 

「…ん?」

 

銀髪の死神の少女―「レイス」が「J」からの視線に気づき、少し首を傾げる様に目を丸めると…

 

―う、うひゃ~!カ、カワイイな~~~!!「レイス」ちゃんって!!

 

リグとのいがみ合い、そして現実問題先程確実にアナンには騙され、カモにされたにも拘らずそれをすっかり忘れて「J」は内心ハイテンションになっている。そんなコロコロと忙しい「J」の反応を楽しんでいるアナンとは対照的に「レイス」は―

 

―…?変なヒト。

 

…余りにもあんまりな心象を「J」に持っていた。

 

「『J』…。フラフラするな。…先生の前だよ」

 

「…は、はい!…すんません。琳姐(リンジェ)」

 

いがみあったり、一転はしゃいだりと忙しい「J」を現在、ターコイズブルーの下地に艶やかな花柄の紋様の走るチャイナドレスに身を包み、スリットから悩ましい程の美しい脚線美をのぞかせた端正な東洋系の顔立ちを併せ持つ美女―花琳が浮ついている「J」を厳しい口調で窘める。

しかし―

 

―まぁ…気持ちもわからなくないがな。「J」。

 

ふっ、と年長者らしい理解ある笑みを浮かべて今の「J」をファリンは眺めていた。

 

彼女達が所属するヘイセンという組織は基本、女性幹部の花琳を除けば完全な男所帯である。ファリンも相当の美人ではあるがまだ齢17歳の「J」にとって25歳の彼女は年の離れた姉、もしくは「女上司」といった様な印象が強い。お互いに信頼関係は強いものの一定の距離がある。

さらに彼は立場上存在を隠匿されなければならない「野良GE」であるため、あまり表に出るわけもいかない立場である。

 

…まぁ要するに…可哀そうなことだが17歳という年頃なのに彼の人生現在、あまりに女っ気がないのだ。

 

元々異性に対してはシャイで真面目な性格(やや女性恐怖症よりの女性崇拝といったところ)というのもあって現在、「レイス」、アナンという同年代の、そしてかなり美少女の部類に入る二人を前に彼はこの状況だ。

 

―…。うん。やっぱアンタら似てるわ…。

 

「レイス」と違って彼のおおよその事情を大体理解しているアナンは内心うんうん頷きながら不思議な程似通い過ぎているリグ、「J」両名の姿を交互に眺める。これは更なる火種でも投下して掻き回し、この状況を満喫したいところではあるが...

 

―おっと…ダメダメ…今は「仕事」に集中しないとね~。

 

軽く首を振ったアナンのエメラルドの双眸に再び冷静な光が灯る。

 

 

 

「同じテーブルの上で同じものを食し、飲む。…さぁここから始めようかね。『サクラ』君?」

 

「…頂きます」

 

 

現在―この香港支部内の各地に点在しているヘイセンの隠れアジトの一室、彼らがかなり重要な来賓を秘密裏に向かい入れる際に用意された豪奢な迎賓室の中央テーブル―文字通りの「交渉のテーブル」についた「サクラ」、傍らには「レイス」。その二人の向かいにはヘイセンの代表である車椅子の男―林、そしてそれの付き人として傍らにファリンが立った。

 

―…。

 

その光景を前にアナンは表情を引き締める。

 

同じテーブルの上でファリンの淹れてくれたお茶を何の躊躇いもなく「サクラ」は口に運ぶ。それを嬉しそうに眺めていた林もまた口内を僅かに湿らす程度に口に含み、こう呟いた。

 

「さて...君らの目的は『あのアラガミの討伐』とのことだが…まずそれで君らが得るものは具体的にはなにかね…?」

 

元々フェンリルに表向きには属していないマフィア組織、それと非公式とはいえフェンリルに属する部隊の「ハイド」という完全に相容れない立場同士が協力しあう以上、当然お互いの利害を確認し合う必要があった。

 

「…シンプルです。大別すれば二つ。先程ファリン嬢に申し上げた様に我々の身内が行っている恥を我々自身で注がせて欲しいこと。これは間違いなく我々の本音であることを信じていただきたい」

 

「ふむ…」

 

「そして…我々がフェンリルに属するGEである以上、これは譲れないところなんですが…」

 

「…ヤツのコアの確保か。まぁ君がGEである以上当然の事だな」

 

「はい」

 

恐らくはそこが最も利害の衝突が避けられない所であろう。この組織が「J」というGEを抱えている―それすなわち、彼がアラガミに唯一対抗出来る用心棒であると同時、彼ら自身でアラガミ素材を調達しつつ彼の神機の運用に必要な最低限のアラガミ素材の確保が不可欠である。

 

それだけではない。そもそもアラガミ素材自体が限られた「専門分野の人間」でしか収集、回収できない有用性を持つ代物なだけに裏ルートで流せば組織の資金源、若しくは取引材料としても運用できるということでもある。

 

この時代、アラガミ素材というものは時にどんな貴重品、芸術品、宝石よりも勝るお宝でもあるのだ。おまけに―

 

「奴は…インビジブルは『固有種』。奴のコアの回収はアラガミ防護壁の更新の必要性をもたないとは言え世界でたった一つの希少なサンプルだからな。病的な程のアラガミ素材の収集癖を持つフェンリルにとってはここは譲れないところであろうて!」

 

ぜいぜいと喉を鳴らし、ご機嫌そうに林は目を細める。対照的に「サクラ」は目を見開く他なかった。彼の発した言葉に驚きを隠せなかったからだ。

 

「…!驚きました。まさか老師…『固有種』の事までお知りとは」

 

現時点ではこの「固有種」、または「感応種」等の新種アラガミの情報はフェンリル内部にて非常に厳しい情報制限、情報統制がなされている。情報漏洩などすれば間違いなく一支部レベルで致命的な恐慌が引き起こされかねないレベルの厄ネタであるからだ。

 

「情報収集、確保は私達のような稼業では時代問わず基本であり、最優先事項だよ」

 

林は事も無げに瞳を伏せながらもう一口茶に口をつける。

 

彼らマフィア組織と言えど支部を仕切るフェンリルと比べたら人材、資金、資材等所詮限られたものだ。ことアラガミに至っては対抗手段が限られ過ぎている。しかし情報は別だ。武力を持たずとも弱者が強者と渡り合う、若しくはそもそもの交戦を避けるうえでも重要なファクターである。

 

「…巷では『感応種』と呼ばれるこれまたキナ臭い新種も出ているそうじゃないか?『通常の神機が働かなくなる』とかなんとか…」

 

「…」

 

今まで組織でたった一人のアラガミの対抗手段であるGE―「J」を送り出すために相当慎重な組織運用を行っていたことが垣間見える。確かに感応種相手では通常のGEは現状丸腰も同然。そんな相手に無策で突っ込み、替えの効かない唯一の切り札を失うようなことは在ってはならない。闘争において「情報」は確かに重要であると同時、無意味な闘争を避ける意味でもまた重要なのである。

 

「…話が逸れたな。取り敢えず我らの共通の目的はあのアラガミの排除…そしてコアの回収だ―そこに関しては文句はない。ただ肝心の奴のコアはたった一つ。さて困ったな…」

 

「…コアさえこちらにお譲りいただけるのであればこちらから報酬としてそれ相応の資材、フェンリルクレジットを工面いたします。コアを我々が買い取る物と考えていただければ。…勿論貴方がたの協力に対する報酬は別でお支払いします。作戦費用も当然すべてこちら持ちで構いません。他にも要求があればある程度融通が。例えば…」

 

「例えば…?」

 

「…貴方方組織の構成員全員分の別支部への居住権などいかかでしょうか。希望支部があればご遠慮なく。何なら等級の高いサンクチュアリ支部もご紹介できますよ?」

 

「サクラ」は飴玉を晒す。その数々の破格の好条件は裏を返せばハイド側が「コアだけは絶対に譲れない」という強い意思表示でもあった。

 

「ほぉ。それは魅力的な申し出だ。…思った以上に君のバックには大物の人物が絡んでいるようだな。しかし…そんな人間が一支部を仕切る人間と真っ向から利害対立するとなると…さぞかし面倒ごとがあるのではないのかね?」

 

この林の言葉の裏には「ハイド」が事と状況次第ではあっさりヘイセンを裏切るのではないのか?という牽制を兼ねている。当然のヘイセン側の懸念事項だ。香港支部上層部のやり方に憤りを覚えているとはいえ「ハイド」は彼らを仕切るレア・クラウディウスの私設部隊。つまりれっきとしたフェンリル側の存在である。「上が倣えば下も倣う」。軍人の宿命だ。

 

「…確かに。それに関しては…信じていただく他ありませんね」

 

「ふふ…意地悪い質問だったかね…?」

 

「…」

 

「安心したまえ…私はフェンリルというよりも『君たち』をこの目で見て判断した上で君らの目の前に居る…。協力関係を結んだ以上、一方的にそれを破棄するような輩ではない事も大体解る」

 

「老師…」

 

「そもそも我々の組織を最初から潰すつもりであればこんな回りくどい事などしまい?アラガミではなく我々の様なただの人間の集団を潰すのにその道の専門家ではなく、君らの様な貴重なGEを派遣し、おまけに交渉等してくる時点で君らを仕切るお偉いさんの意図がある程度透けて見える。中々の変わり者のご様子だな。ふふ…」

 

「…お人が悪い」

 

 

 

 

「だが…コアに関してはやはり飲めぬ条件だな」

 

二人のやり取りに林の傍らで沈黙を守っていたファリンがずいと割り込み、卓上に美しくも鋭く誂えられた爪先をのせる。彼女は主の林とは違い、敵意と不信を隠さない鋭い視線で「サクラ」を睥睨した。しかし、その視線を受け流しつつ「サクラ」はこう返す。

 

「では…貴方がたがあのアラガミのコアを手に入れたとしてどうします?ここのフェンリル支部の支部長であるあの男―張 劉朱に渡すおつもりですか?」

 

「…」

 

ファリンは表情を変えなかった。しかし僅かに奥歯を噛みしめる様に黙り込む。図星だった。

察した「サクラ」はこう続けた。

 

「…新しいアラガミのコアというのはある意味井戸の水脈を探し当てるようなものです。それがこの先本当に有用か有用でないかはそもそも運次第、もしくはそれ以降のオラクル細胞、神機開発部門の科学者、技術者たちの努力にかかってきます。時間とコスト、先進の設備を用意して尚それに見合った対価が出るかどうかもまた未知です。特に固有種のコアの場合、『アラガミ防壁の更新』という最優先事項がそもそも発生しない…失礼な言い方かもしれませんが貴方方にとって無用の長物である可能性は高いはずです。奴のコアをフェンリル香港支部との交渉材料にするにも果たして連中にとってどれ程の価値があるか…」

 

「サクラ」はファリンの意図を見抜いていた。差し詰め引き換え条件は…「コアを差し出す代わりに自分たちの組織、構成員の身の安全の保証、香港支部内の様々な営利、権益に関する優遇措置」と言ったところか。しかし―

 

「多分さ~それ『ネコババ』されるだけだよ~~?オバサン?」

 

「…!!」

 

「誰がオバサンだ」と言いたげにファリンは声の主、茶々を入れたアナンをキッと睨む。アナンは「うひ~こわい、こわい」と肩をすくめて目を逸らす。「コラ」と言いたげな「サクラ」の視線も一緒くたにして受け流して。

 

「その…俺が言えた義理ではありませんが…失礼」

 

「サクラ」はそう前置いてアナンの非礼を詫びつつこう続ける。

 

「だが彼女の言う通り確かに恐らく無駄です。現状役に立つかどうか解らないコアがそれ程彼らにとって魅力のあるものとは思えません。コアを取引材料に密約を交わした所で貴方方が彼らにとって知りすぎた邪魔な存在であることは変わりない。喉元過ぎれば約束を反故にすることに何の躊躇いもないでしょう。それは俺達より遥かにこの支部に長年居る貴方がたの方が彼らのやり方についてよく解っておられるのでは?」

 

「サクラ」は確信してそう言い切った。押し黙るファリンに代わって―

 

「…それに関しては私も同感だ『サクラ』君。それどころか自分たちが匿っていたあのアラガミを我々の様な『反フェンリル組織が匿っていた』ものとして公に粛清する口実を作る―と言った筋書きにするのが容易に想像がつくな」

 

林も頷きつつ同調する。

 

「成程…貴方達が『アラガミの存在をフェンリル本部に隠匿して潜伏したアラガミを放置。住民を襲わせ、彼等へ支給される配給品、資材をすべて横領、懐に入れていた』と…。自分たちがやっていたことを全部棚に上げて…」

 

「ほぉ…その通りだ。聡明な死神のお嬢さん?」

 

「…む。…」

 

基本的に口数の少なそうな「レイス」が囁くように、しかし強い不機嫌さを隠さない口調で思わず会話に割り込んできたことに気を良くしたように林は笑った。この少女が「見た目よりも冷めた性格ではない」ということを察して嬉しかったらしい。不機嫌そうに口をつぐんで目を逸らした「レイス」の表情を楽しそうに見届けた後、林はさらにこう続ける。

 

「コアも手に入れられ、面倒な連中の口封じも出来、一応の脅威ではあったあのアラガミも排除できる―まさに良いことづくめだ。まぁ…受け入れた難民を秘密裏に排除してくれる孝行ものの家畜は居なくなるが所詮『金蔓が一つ消えた』程度の認識だろう」

 

連中にとって妙に聞き分け良く、そして都合のいい生態を持つあのアラガミは捨て置いても良く、まかり間違って討伐されようとも実は特に問題は無かったりする。ただ自分達の手で討伐することでかかるリスク、コストを負うよりも捨て置いた方が都合がいい―というのが現状だ。

 

「討伐されたらされたでスケープゴートをでっち上げ、粛清した後―『我々フェンリル香港支部は今回のような一部の悪辣、非道な者達によって起こった悲劇を教訓とし、難民の受け入れに関してこれからはもっと慎重になる必要がある』っ!…とか、なんとか言っておけば180度の方針転換も楽デショ。元々食い扶持やら権益の関係で難民の受け入れに消極的だったココの住民も居るだろし。此にて『世界で最も難民を受け入れてくれるお優しい支部』―香港支部は誠に心苦しくも御閉店ってか~~?」

 

アナンもまた面白くなさそうに後頭部に両手を添えてぶらぶらと天井を見上げていた。まだ年端の行かない少女二人の言葉に暫し場は沈黙する。

 

「先生…それではあのアラガミを始末しようがしなかろうがどちらにせよ我々に先は…」

 

「ファリン。そして『J』。お前達も覚悟していた筈だ。時に我々のような人間は排除されなければならない。秩序と均衡を保つためにはな」

 

「…」

 

「ただ…お上に散々利用され、挙げ句罪を擦り付けられて死ぬのは気に入らぬな。到底許容出来ん」

 

 

林は飄々とした態度に僅かながらも初めて不快感と憤りを込めた口調でそう呟く。そして深い隈で縁取りされながらもぎらついた視線を「サクラ」に向ける。

 

 

 

「『サクラ』君…」

 

「は…」

 

「君たちの要求は呑もう。奴のコアに関しては好きにするがいい。当面の敵はあのアラガミだ。今は属する組織、利権、支部どうこう言っている場合ではないからな」

 

「老師…」

 

「ことあのアラガミの討伐という一点に関しては完全に我々の利害は一致している。我々とてただ殺されてやる気など毛頭ない。今までの同胞の犠牲、そしてここで何も知らず死んでいった住民の為にもな」

 

時代変わればマフィア、極道の持つ意味も変わる。しかしどうやらこの組織の長はそれらのような組織がかつて生まれた意味、根本的な本質を完全には見失ってはいないらしい。

 

彼らの言う「義」を。

 

「謝謝…老師」

 

 

 

 

「ファリン。そして『J』」

 

「は…」

 

「はい。先生!」

 

「彼らと協力し、あのアラガミの討伐に全力を尽くせ。ただし彼らの事を知るウチの構成員は予定通り最小限に。人選は任せる。そしてあのアラガミに関して開示できる情報は出来る限り共有しろ」

 

「はい」

 

「…はい」

 

迷いなく頷いたファリンに遅れて「J」はやや不満げに呟く。

 

「…ん。不服か?『J』」

 

「いえ…先生の命令だし従いますよ?でも…コイツと協力ってのが…」

 

彼にとって「カワイイ」―「レイス」、アナン、妙に憎めないキャラクターをした神機整備士ノエル、そして…どうやら交戦経験、戦闘能力において規格違いであろう「サクラ」に対しては「J」は特に不満はない。

 

だが…リグだけは。

 

「…俺も同感だね。こんなヤツと一緒に戦えるわけがねぇ。アラガミは始末してやるからこの趣味のわりぃ二又眉の蠍野郎は締め出してくんねぇかナ。オジサン」

 

主の命令の手前、強く言い切れない「J」の言葉を代弁するようにリグはそう言った。

 

「…それは出来ぬ相談だなリグ君。『J』は我らの中で唯一アラガミと前線で戦える人間だ。君等の戦いぶりを見届ける…いや、正直に言うと君らを身近で監視し、報告してくれるパイプ役の人間がこちらも欲しい。よって『J』が君らと同行することに関しては必須。譲れんよ」

 

少々礼儀の足りてないリグにも林は至極真っ当な返答をする。直後リグは後頭部にほぼ同時に「レイス」、そして「サクラ」の二人に小突かれ、「って~~っ」と言いながら頭を押さえた。それを小気味よさそうに眺めていた「J」もまた直後、ファリンに脛を思いっきり蹴られて悶絶する。…とことんよく似た二人である。そんな二人を前に―

 

「これは困ったな…命を預け合う間柄だというのに早々これでは…先が思いやられる」

 

「…申し訳ありません老師。リグにはきつく言い聞かせておきますので。『J』君もすまない」

 

「…。よかろう。こうなっては手段は一つだな。『J』…」

 

「~~っ!!は、はい!?」

 

ファリンに蹴られた脛を両手で抑えながら林の呼び掛けに彼は顔を上げる。そんな彼に投げかけられた言葉は―

 

 

「『J』。アラガミ討伐の準備が整うまでお前の部屋に彼らを住まわせ、香港支部、主に作戦区域内の『幽霊(ユリン)』は勿論のこと外部居住区、中層スラム地区、歓楽街を中心に彼らをご案内して差し上げろ。観光を装ってな」

 

「りょうか…ってえええええええええ!?せ、先生ええぇぇ!?マジですかぁ~!?」

 

「はぁあぁぁああ!?」

 

似た者同士の「J」とリグの二人は当然こうなった。しかし一方で―

 

「やたーっ!!香港支部観光なんてイカす特典付きとは林のオジサマ太っ腹ぁ♪」

 

アナンが諸手をあげて喜ぶ姿に―

 

「そ、そうかい?アナンちゃん…?」

 

一転嬉しそうに「J」は鼻の下を伸ばす。解りやすい。

 

「…あんまり騒がないでよ。あくまで任地の視察、地形把握も兼ねてるんだから…。…えっと『J』君…?気が乗らないとは思うんだけど…よろしくね」

 

「と、とんでもない!!ヨロシクっ!!レイスちゃんっ」

 

こういうとき人間の鼻の下は本当に。マジで。大袈裟な表現ではなく目視可能レベルにまで芸術的に伸びる。気付いていないのは本人だけなのが尚滑稽である。

 

「……?よろしく」

 

「よろしくされました!」と言いたげにニコニコご機嫌そうに笑う「J」を前に「レイス」は首を傾げる他ない。

 

「くふふ…」

 

―「レイス」の天然魔性っぷりはこの手のタイプに効果覿面だねぇ~。

 

 

そんなやり取りをしているいつの間にかご機嫌の「J」に向け、ファリンが冷水を浴びせる様な冷たい口調でこう言い放つ。

 

「『J』…敢えて言うけどこのコ達二人は私の所で預かるからね」

 

「え、え~~っ!?淋姐~そ、そりゃ無いっすよ」

 

「わお~オバサン案外優しいね!!」

 

「…次オバサンっていったら殺すよ小娘」

 

この一言に人知れず「サクラ」はビクつき、そして反省の表情を浮かべていた。しかしアナンは相も変わらずマイペース。

 

「了解です♪媽媽(マーマ)♪」

 

「…すいません。お世話になります」

 

そんなアナンにかわって済まなそうに「レイス」は頭を下げる。

 

「ふん…」

 

さっきまで彼女の主である「サクラ」を拷問し、暴行をくわえたファリンに対して強い不快感と怒気を隠さなかった少女―「レイス」が毒気が抜けたように年相応な表情、そして育ちの良さそうな弁えた態度の彼女にファリンは面白くなさそうに視線を逸らす。

 

しかし目をそらした先の彼女の目に映ったものは再びにらみ合い、いがみ合う二人のガキの姿であった。

 

「『サクラ』さん...俺こんな野郎の部屋で寝るくらいなら装甲車のなかで寝るわ」

 

「おう。好きにしろや。お前なんかが俺の部屋に入るなんて虫酸が走らぁ」

 

「...二人して装甲車大破させといて何言ってんだ。お蔭であれ廃車だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「言っとくけど…」

「あん?」

「俺の部屋の中にあるもん一つとして触れてみろ…壊してみろ…。…殺すぞ」

マフィア組織―ヘイセンがGEである「J」の為に秘密裏に用意している神機整備庫に必要資材を送るため徹夜となったノエルを除き、「ハイド」の男衆二人―リグと「サクラ」の二人は「J」が組織に宛がわれた私室の前に案内される。しかし、その扉を前にして尚も両者は互いにチリチリと殺気を向け合い、いがみ合っていた。

口喧嘩→即殺し合いに発展しそうな二人を前にし、曲がりなりにも拷問、そして交渉と気疲れしている「サクラ」も辟易していた。

「大丈夫だよ。リグには何もさせないから。…頼むから二人ともいい加減に矛を収めてくれないか?」

「「…」」

黙りはしたがお互い不満が残っている事が丸解りの両者を前に「サクラ」、腰に手を当てて少し説教モードに入る。

「…戦闘で命を預け合う以前にまず俺たちは普通に生活してコンディションを調えなくちゃならない。それを詰まらない意地の張り合いで損なうことはGEとしてプロッフェショナルに反することだろ?そこは先ず解るな?二人とも」

「「…」」

「リグ」

「?」

「あんまりこれ以上我儘が続くようならお前を作戦から外すことも考えなくちゃならない。お前は貴重な戦力だが今みたいな個人的な感情で輪を乱し、『レイス』とアナンの足を引っ張るようなら仕方ないな」

「…!」

ことリグという少年は一見排他的に見えるが根っこの所で集団への帰属意識は非常に強い。

「自分が貴重な戦力であるということを常に忘れないでくれリグ。お前の離脱はハッキリ言って彼女達にとってマイナスでしかない。彼女達も表向きああ言うが実際はお前を頼りにしてるんだ」

「…あいよ」

「ん…。で、『J』君?」

「…『J』でいいぜ。『サクラ』さん」

「そか。じゃあ…『J』?君が味方になってくれたことは純粋に嬉しい。なぜなら今日リグと戦ってみて分かったと思うけど…俺達『ハイド』は少々特殊な神機使いでね。一人一人得手不得手のハッキリしたかなり尖った性能の神機、能力を持ってる」

「…」

「J」は今日のリグとの交戦の記憶を辿る。数々の今まで彼が見てきたGEの常識を覆す異質な能力を目にした彼は「サクラ」の言葉にすぐ納得し「まぁな…」と言いたげに冷静に僅かに頷いた。

「本来なら俺がバランサーとして戦闘に参加するんだが俺の神機の不調の関係で戦線復帰が出来るかどうか微妙な段階でね。すぐにはとても前線に出られる状態じゃない。…君には俺達の監視役と同時に俺の代わりに攻守に於いて主力として戦ってもらうという難しい役目を引き受けてもらうことになる」

「…」

「『J』…。君はリグのさっきの『あのアラガミを倒すだけなら俺達だけで十分』という言葉にムキになって逆に『俺だけでも十分』とは反論しなかった…君は冷静な判断ができる人間だ。『自分が考えなしに突っ込んで意味なく殺されたら誰が困るのか』を解っているんだ。…違うかい?」

そう。だからこそ「J」は生き残っている。あのアラガミに遭遇して尚。同時自分一人での限界を知っている。…無理は出来ない。結果彼にとってくそ忌々しいあのアラガミは仕留めきれず、のさばらせている。この香港支部の地下、自分たちの足元で。

「はぁ…相わかった。チビ。とりあえず休戦だ」

「コイツと話すと疲れるわ。…正論過ぎて」と言いたげな表情で大きなため息をつき、「J」は根負けしたように自室の鍵を開ける。既に神機との「会話」で「J」という少年の根っこの真面目さ、真っすぐさを知っている「サクラ」は申し訳なさそうに笑ってその背を見る。

しかし―


「…」

扉を開けたと同時「J」はまた固まってしまい、「ハイド」の二人に背を向けたまま俯き加減で考え込むように無言になってしまった。

―…なんだよ。結局こうなんのかよ。そんなに俺達を部屋に入れたくね~のかコイツ。

と頭が冷えていたリグもややあきれ顔で「J」の背中を見やる。

「『J』…?」

「いや…その…これはもう嫌がらせとかそんなんじゃね~~んだけどさ?一応確認しとくぜ?ホントに…マジで部屋のもんにはあんま触らないでくれよ」

そんな「J」の言葉の通り、嫌味とかそういった類の感情は一切感じられない口調で前置くように彼は苦笑いで振り返りながら二人にこう言った。

「…?」

「…?」

怪訝な背後の二人が顔を見合わせる中、「J」は尚も微妙な苦笑いを二人に向けつつこう思う。

―…。冷静によくよく考えてみるととてもあの二人…「レイス」ちゃんとアナンちゃんを俺の部屋に入れることなんて出来ねぇわ…琳姐はきっと俺に気を遣ってくれてたんだな…。

「その…何も触らねぇと同時に色々とスルーしてくれるとありがたいっす…」

そう言って「J」は…自室の玄関の電灯のスイッチを押す。

同時―





『「J」…おかえりなさい!!』

『きょ、今日は遅かったじゃない…!ちょっちょっとゴハン待ってよっ!?全く…遅くなるなら連絡ぐらい…ブツブツ…』

『今日もお疲れ様…『J』。洗濯物出しといてね?あ。ちゃんと私のとは分けてよ?な~んて冗談!一緒でいいよ!あ。傷ついた?ねぇ傷ついた?』






「「………!!???」」

玄関の電灯をつけた瞬間、あたりに響き渡るその声は明らかにいかにもな「コテコテ」の台詞、そして独特のイントネーションを持った口調の…



…合成音声であった。




そして少し遅れて明るく照らし出された「J」の私室内を前に…「ハイド」の二人は愕然。


「「…!!」」


左右の白を基調とした壁を背にした白い棚一面にほぼ数センチ間隔に行儀よく配列され、定期的に配置も変えられているであろうことが解る新品同様に手入れされた数々の何とも肉感的、性的なスタイル、コスチュームに身を包んだ少女の人形。人形。…また人形。

間接照明による「ライティング」も完璧で異常な程全員顔映りが良く、その視線が一斉にこの部屋の主―「J」と共にここに来た二人の来訪者の二人に向けられた。
「彼女達」一体一体の角度、視線の方向は完全に帰ってきた主の居る玄関先に集中するように明らかに計算されている。(ただし一部は「演出」なのか気恥ずかしそうに目を逸らす様に配置されていた。この部屋の主の凝り性さをうかがわせる)


「うおお~~~っ!!Ξ(;゚Д゚)/」

「ハイド」の二人が玄関先で呆気にとられて立ち尽くす中、「J」は奇声を放ちつつ彼の辨髪が真横に浮く程のスピードで滑り込むように室内に入り、先程玄関の照明をつけたと同時連動して点いたと思われる巨大なスピーカー二つををサイドに誂えた端末に滑り込み、即電源を落とす。

…あのまま放っておけば次にどんな「出し物」がお披露目されることになったか気になる所だ。

「…さ。ま。入れよ…」

「J」は必死で気取って二人を招き入れる様に手で促す。「はっ!」と意識が戻ったように「サクラ」は我に返り、


→ 個性的な部屋だね。

 い、意外に男の部屋にしては片付いてるなぁ!

 …。

必死で気の利いた言葉を探す。が、声にならない。そんな彼の傍らで―


「…く、そ、畜生…!!なんてこった!!」


リグはがっくりと四つん這いになって敗北感に晒されたように俯いていた。その姿に「J」もまたがっくりと視線を落とし、「笑えよ。いくらでも笑えよ」と言いたげに全ての反応を受け入れる覚悟、準備をプルプルと震えながら整えていた。


しかし―リグは違う。
 



「ま、まさかこ、こんな、こんな奴を…こんな奴をぉっ!!―


〇気玉をフルパワーで受け止めて踏ん張っている某宇宙人の如く、喉から絞り出すような声色で…こう言った。






「『兄貴』と呼ばなければならないなんてっ!!!!!!」














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