G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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…!?

これは…失礼しました。同時連載なんてするもんじゃないな…。

アマガミの方見てくれている方本当に申し訳ありません…。


同族 3

 

 

 

 

「…」

 

パァン…

 

高温を放つ空薬莢がリグの視界に数発、蒸気の様な湿った白い煙の帯を巻き上げながら宙を舞った。現在解放状態により、鋭く研ぎ澄まされた彼の時間感覚ではその光景はさながらスローモーションに映る。しかし、彼の眼前には巨大な般若の面の如き盾が高速で迫っていた。その速度は今の彼の時間感覚を以てしても即時の対策、対応を求めてくる。

 

―流石にかてぇな。

 

直前―リグがアサルト銃身によって放った弾丸数発をあっさりと強固な外壁で受け流し、着弾箇所に僅かに燻る煙を放ちながらお構いなしに般若の面の如き盾を携えたGE―「J」はリグに向かって強引に突っ込んでいく。

 

アラガミが相手なら通常、GEは神機の剣形態、銃形態に適宜切り替えて攻撃する必要がある。が、生身の人間相手であれば必要ない。これほどの重量の物質をGEの膂力で力任せに振り回せば人間相手であれば十二分な殺傷力を持つ鈍器に早変わり。GEの強化された体であっても直撃させれば簡単に粉砕できる。

「J」は気づいている。彼の基本攻撃形態―槍刀身形態でリグの連射可能のアサルト銃身相手に回避主体で立ち回るよりも高い防御力、制圧範囲の広い盾形態に物を言わせ、攻防一体を兼ねたまま強引に叩き潰す方が合理的だと。

 

―ケンカ慣れしてやがるな…。

 

リグは目の前に叩きつけられた「J」の盾の一撃により砕かれた地面を目前にバックステップしながら躱しつつ、新しい弾頭を装填。巻き上がる粉塵を前に瞬きすることもなく冷静に対応する。が―

 

ブオッ!!

 

「ぐっ?がっ…!」

 

一瞬リグの視界を覆った粉塵を切り裂き、今度は刀身―槍形態のアロンダイトの先端がリグを目掛けて最短距離で突っ切ってくる。反射的にリグは神機の柄を差し込み先端を逸らすが、肩口を槍の先端で軽く抉られ、苦悶の表情を浮かべた。

 

「…惜しい!」

 

ニヤリと「J」は苦々しそうなリグの表情を見据えて口の端を歪める。確かに盾形態で立ちまわるのが安全だ。が、何も槍形態の利点、長大なリーチを全て捨てる必要はない。

 

「…ちいっ!!」

 

「鬱陶しいドヤ顔しやがって」と言いたげにリグはさらに間合いを離そうとバックステップをするが当然「J」はそれを許さない。近距離、超近距離に関しては圧倒的に自分が有利と知っているからだ。攻防のバランスに関しては近距離主体の「J」の方が銃形態のみのリグに比べると圧倒的有利。

複数戦闘前提のアラガミ戦闘において一定距離を保ちつつ攻撃することで本領を発揮する銃形態。そもそも対人戦を想定されていない神機において人間相手に小競り合いになってしまった以上、リグは姿を消して遠距離からの狙撃で何もさせずに仕留めるのが「最善だった」のだが―

 

―得意げに俺に姿を晒して現れた時点でお前の負けは決まってたんだよ。チビ。そら。どした?

 

「J」を振り切れず、苛立たし気なリグに肉迫しながら「J」は間合い内に入ったリグを目掛け槍を連続で突き出す。「J」は自分の有利を疑っていなかった。しかし―

 

「…。ふん」

 

「…!?」

 

自分の繰り出した槍の先端が目標のリグに近づくにつれ、つい先ほどまで何とも苛立たしげだったリグの表情が見る見るうちに無表情、そして僅かに笑みをこぼした瞬間にようやく自分の優位に僅かに疑念を「J」が持った。しかしその時にはすでに遅かった。

ずぶずぶと生物的な湿った音を側面から響かせ、リグの愛機―ケルベロスの本領が発揮される。

 

キシャアぁあッ!!

 

―この俺をただの…第一世代銃型神機使いだと思うなよ?

 

カッと瞳を見開き、本来第一世代銃型神機使いには在り得ない捕食形態を解放したリグの姿に「J」は―

 

「……はぁっ!?」

 

「そんなのアリか」と言いたげに不満そうに二又の眉を歪めた。

 

―ほんっとっ……!!何なんだよおめぇらは!?…ちっくしょ!~~止まらねぇ!

 

内心そう毒づくが既に迷いなく渾身の刺突で振り切り、伸び切った槍の先端を引くことが「J」には出来そうにない。その先端にずるりと絡みつくようにリグの神機の捕食形態の顎が喰いつき、がっちりと固定。

 

―神機はくれてやる。だがお前の神機もよこせ。

 

リグはそう思いつつ、してやったりの表情で笑い、思いっきり神機を横に薙ぐ。先ほどのリグの新しい弾頭のリロード動作はその実完全に「ブラフ」。あくまで「中間距離を保って銃形態で攻撃してくる」と「J」に思わせる布石であった。「J」は思いもしなかったろう。接近戦がまさかリグにとって望むところであったことなど。

 

「っらっ…!!」

 

ガキン!!

 

突き出し、伸びきった片手で神機を握っていた「J」は易々と神機を手放してしまう。

 

カラカラと機械的な音を立てて両者の神機はまるでブーメランの如く絡み合い、地面の上で火花を上げて回転しながら明後日の方向へ飛んで行く。

 

「…!!」

 

「…」

 

しかし、二つの神機を敢え無く見送る他ない「J」と元々神機を手放すつもりだったリグ。両者の意図の差が次の局面に大きな違いを与える。

 

―やべっ!反応…

 

「がっ!!」

 

「J」が心根を「ストリートファイト」に「切り替える」前にリグの右掌底が「J」の顔面を捉える。近接徒手空拳はリグの得意分野だ。軍人であるナルフにより伝授された接近戦、白兵戦技術は四人のハイド・チルドレンで一番である。

 

「ふっ!!」

 

顎の跳ね上がった「J」にすかさずリグは中段、鳩尾にボディブローを見舞い、悶絶して腹を両手で抱えた結果、再び眼前に落ちてきた「J」の顔面を左手で鷲掴みにし―

 

「はぁっ!!」

 

地面に後頭部を叩きつけた。「J」の後頭部で地面が割れ、クレーターが出来るほどの衝撃だ。解放状態のGEですら脳震盪を引き起こす程の衝撃に混濁、歪みっぱなしの「J」の視界に尚もリグの打ち下ろしの拳が間髪入れず二度、三度突き刺さる。

 

リグの拳は体格の割には重い。油断と弛緩さえなければ白兵戦で大抵の相手に後れを取らない。

 

そう。「大抵」は。

 

―…!?

 

ぞっ

 

完全に攻勢に回った中でもリグの中で怖気に似た不安感が走り、手を止める。彼の勘が告げている。「ヤバい」「離れろ」、と。

その勘は正しかった。「J」の上半身が立て続けにリグに打たれ、完全に機能不全、死に体でありながらまるで彼の下半身だけが別の生き物の様に機械的に動作し、リグの脇腹を目掛け蹴りを繰り出してきたからだ。その一撃を辛うじて腕を合間に入れてガードするも―

 

―…重っ!!

 

ダメージは最小限にしたものの軽量級のリグは衝撃で吹き飛ぶ。ここは両者の歴然な体格差のアドバンテージが出る。まぁ元よりリグはこの一撃が在ろうと無かろうと「J」から距離を離すつもりではあった。それほどの凶兆が今の「J」から感じ取れたからだ。

 

―コイツ…雰囲気が変わりやがった!!

 

喧嘩またはスポーツ等で攻勢に回ると強いが一転、思わぬ反撃を喰らって一度守勢に回るとそのままズルズルと相手にペースを握られ、そのまま反撃できずに心を折られる奴がいる。心身共に打たれ弱く、勝負事には意外にも平和主義な奴より向かないタイプだ。

 

が、逆に敵に殴られ、打たれ、追い詰められることによって真価、本領を発揮するスロースターターも居る。殴られて秘められた凶暴性や戦闘本能が発揮されるタイプだ。こういうタイプは怖い。ダメージを受けた後に本領を発揮するので軒並み打たれ強く、勝負時にピークを持っていける。「J」は完全にそのタイプ。とことん喧嘩に向いた性格なのである。

 

ぐりん…

 

彼の頭はリグに地面に叩きつけられた状態からほぼ動いていないにも関わらず、リグをじろりと睨む眼球は完全に意志が宿り、生きていた。その彼の意志に呼応するように下半身―両足だけまるで糸で吊り上げられたみたいに挙動不審に躍り上がり、引き絞られたゴムの様に捩られる。まるでブレイクダンスでも踊るかのような奇妙な上体から―

 

びよん

 

長身の彼の体が宙に舞い上がる。吹っ飛ばされて着地した直後のリグの頭上へと。

 

「な…はぁっ!?」

 

そんな「J」の機動を前にリグは今度こそ演技ではなく、本当に苛立たしそうに顔を歪めた。

 

とりわけ武術、体術に関しては指導者のナルフが几帳面で熱心な指導を彼に施してくれたと同時、リグ自身も自らの体格のハンデを自覚しているせいか意外にも基本に忠実な面がある。だからこそリグはその「J」の生まれ持った体格、身体能力に任せた何とも出鱈目な機動を目の前に不快感を隠せなかった。

 

―…とこっとんムカつく野郎だ!!

 

そんな彼にお構いなく「J」はそのまま強烈な浴びせ蹴りをリグに見舞う。

 

ゴッ!!

 

威力は確かに強烈だが、少々大技が過ぎる。易々とリグはその攻撃を躱し、地面にめり込んだ「J」の浴びせ蹴りの猛烈な威力を無感動に見送る。

 

―…誰がもらうか蠍野郎。脳味噌まで蠍に「先祖返り」してんじゃあねぇの…かっ!?

 

大技を出し切った直後―隙だらけで着地し、硬直状態の「J」の側面から打ち上げの右拳をリグは見舞う。再び「J」の顎を跳ね上げるために。だが―

 

バチンっ!!

 

「ッ…??」

 

顎が跳ね上がったのはリグの方であった。右頬に突き刺さった鋭い衝撃。その上明確な反撃チャンスに完全に攻撃に意識を割り振り、勢いのついていたリグの体は上乗せのダメージを受けた。完全な死角からのカウンター。しかしおかしい。当の「J」の体勢は未だ大技をはなった後の硬直から抜け出せていないはずなのに。

 

「…!!」

 

―な、に、が…。…っ!?

 

彼の跳ね上がった視界の先に編み込まれた長い髪の先端が映った。

 

それは「J」の後ろ髪。長さ一メートル以上に延ばされた辨髪の先端であった。それがムチ、いや、まさに「蠍の尾」の如くしなやかに動いてリグの顔面を張り飛ばしたのである。

威力は徒手空拳に比べたら遥かに劣るのではあるが、全くの死角からのカウンター攻撃の上、「蠍野郎」と「J」を内心リグが馬鹿にした直後に見舞われたまさしく蠍の如き不意の攻撃という複合要素が混ざり、リグに思いの外重い身体、精神ダメージを与えている。

 

「ぐっ……ごっ!?」

 

よろよろと無防備にふらつくリグの下腹部を今度こそ完全に体勢を立て直した「J」の強烈な左足の蹴りが捉え、小柄なリグの体は空中に巻きあげられた。

 

「あっはぁ!!」

 

「とうとう貰っちまったな~~?」と「J」は何ともご機嫌そうに血まみれの顔で破願し、リグを見上げた。が―

 

カンカン…カラン

 

そんな彼の足元でそんな金属音が響く。打ち上げたリグに血みどろの顔のまま歪んだ好戦的な笑みを浮かべつつ、更なる追い打ちをかけようとした「J」は一瞬にして真顔に戻り、音のした方向に視線を向けた。

 

―あ…にぃっ!?

 

そこには小さな円柱形の物体―栓を既に抜かれている閃光弾―スタングレネードがまるで止まりかけの独楽の様に力なく地面の上で回転する動きを止め、炸裂の時を待っていた。先程不意の一撃にふらつきながらもリグは今できる最善の手を打っていたのだ。

 

「ちっ!!」

 

カァン!!

 

吹っ飛ばしたリグよりも「J」はそちらを優先。力の限りスタングレネードをヒールキックで背後に向けて蹴飛ばす。「J」にとって「とある」方向の視界を奪われる訳にはいかなかったからだ。

 

その「とある」方向とは吹き飛ばされた二人の神機の方向である。

 

彼の背後でスタングレネードが炸裂。背を向けていた為、視力を完全に奪われることはなかったが眩い閃光による視界不良の上、一度リグから目を切ってしまったせいで「J」はリグを見失ってしまう。

 

―ちっ。…。チビは!?神機は!?

 

スタングレネードの強烈な光が収束した後、脅威の優先度順に「J」は周囲を伺う。リグが仕掛けてくる気配はない。そして―

 

―…。「あれ」も変わりなしか。

 

彼にとって次点の懸案事項だった双方の神機はどちらも回収されることなく仲良く転がったままであった。双方主から引き離されたため、リグの神機の捕食形態、「J」の神機の展開状態は解除されており、現在双方ただの「モノ」として地面に鎮座している。

 

「…へっ。やってくれるぜあのチビ」

 

「J」は目線のみで周囲を警戒しつつ、次のリグの一手を待つのかそれともこちらから仕掛けるのか冷静に思案し始める。度重なる打撃を喰らい、彼の身体的ダメージはハッキリ言って浅くはない。が、それを遥か上回る興奮、緊張によって分泌された脳内麻薬、アドレナリンによって彼はトランス状態。ベストパフォーマンスを問題なく出せる状態だ。恐らく対峙するリグも大差ないだろう。この戦闘が長期化するのは必至と言えた。

 

「ふぅっ」

 

しかし―「J」は一瞬気の抜けたような溜め息を虚空に漏らした後、内心こう呟いた。

 

 

―そろそろ。

 

 

飽いたなぁ…。

 

 

「…おい、チビよぉ?」

 

「J」はまるで旧知の間柄の人間に話しかけるように楽しそうに彼の背後を見据えた。

しかし、そこには無人のみすぼらしい廃墟の様な家屋、そして戦闘によって砕けた外壁、地面などの残骸、ゴミが転がっているだけだ。何もない。

 

「おい。聞いてんだろ?」

 

しかし「J」は確信めいた表情で尚も何も無いはずの空間に語りかける。「そこに居るんだろ?」とでも言いたげに。

 

「……ちっ」

 

そう。確かにリグはそこにいた。何もないはずの空間からずるりとリグは無言のままはい出る。

 

これで「二度目」だ。

 

完全に気配を消し、死角に居たにも拘らず簡単に捕捉される経験は。自分の気配を断つ技術に自信を持っている彼にとっては屈辱的な経験が立て続けに続いている。

 

―やっぱりな…コイツ。

 

そんな中でも思いの外リグは徐々に冷静にこの「J」というGE、そして彼の「近況」を鑑みてみる。するとすぐに合点がいった。「J」のあの「超感覚」と呼ぶべき探知力、察知力。その源泉を。

「姿の見えない相手」に対し、異常な程に感知能力が優れているこの「J」というGE―彼は恐らく「ハイド」の今回の討伐目標アラガミ―「インビジブル」と接触した経験があるのだろう。その過程でこの異常な察知力、感知能力を養ったと考えるのが自然。

 

―そして…少なくとも確実に何度か交戦していると考えるのが自然…だな。

 

討伐目標アラガミとの交戦経験があり、尚且つ生き残っているという事実。これを知れば「ハイド」の隊長―エノハは確実に彼を仲間に引き入れたいと思うだろう。だが―

 

―ふん。

 

在 り 得 ね ぇ。

 

どだい無理な話だ。少なくとも今のリグにとって「J」の存在は許容しがたい。あまりに彼らはお互いが似すぎている。故に最悪の相性なのだ。

 

「あの、さ」

 

「あん?」

 

「お前…死んでくんね?マジ目障りだから」

 

「奇遇だな。俺もそう思ってた。なら…そろそろケリつけっか…こっち来いよ」

 

「…」

 

「心配すんな。おめぇごときに汚い手使って勝っても意味ねぇ。自慢にならねぇよ。ホラ来いよ?チビ」

 

お互い俗に言う「お安い挑発」の応酬であるが逆に言えば「お高い挑発」などこの世にはない。安ければ安い程「挑発」というものは意味と効果を持つものである。

ほんの十数秒前、コンマ一秒を争う攻防を繰り広げていた両者がその挑発をきっかけにスローダウン。内心では激しい火花を散らしつつも両者は互いにゆっくりと歩み寄る。そして一定の距離を空けつつ横並びになった後、「J」は前方の双方の神機を指差してこう言った。

 

「…殴り合いじゃあお互い今一つ決め手がねぇのは散々解ったろ。ケリは神機でつけようや。この位置から二人同時にスタート。神機回収後は近距離でお互い出し惜しみなし…ってのはどうだ?」

 

「…」

 

「ん?ああ。これじゃ俺が有利すぎるかぁ?なら…ハンデでもやろうか?」

 

「…ふざけろ」

 

「じゃあ決まりだ。合図は…この石が落ちた瞬間な」

 

足のつま先で器用に掬い上げ、右手に取った掌大程の地面の破片を「J」は乱雑に真上へバスケットボールのジャンプボールの如く放り投げる。リグがまだ「合図」に関してハッキリと納得、同意していないにも関わらずだ。

しかし「J」には解っていた。合計ほんの数分足らずの彼らのこの闘争の中でお互いに抱いた印象、異常な程の同族嫌悪感の先に在る奇妙な「連帯感」―矛盾を百も承知で言い換えるなら「信頼」のようなものが二人の中で生まれていた。

 

だからこそ真っ当に、正面から同じ条件で叩き潰さないと最早お互い気が済まない。お互いの異常な程の対立心、対抗心が余計な策略を二人から排除している。両者の集中力は謀略、奸計よりもただ一点―宙を舞う石が落ちる瞬間に全精力を費やす。

 

 

長い。長い。

 

今の彼らの研ぎ澄まされた感覚では苛立たしい程長すぎる石の滞空時間であった。その中で両者の思惑、葛藤が走馬灯の如く迸る。

 

踏み出したい。

 

蹴りだしたい。

 

一歩でも早く。

 

この気に入らない相手を出し抜いて一気に愛機の下へ。

 

…良いんじゃないか?少々フライングしても。

 

…どうせ死ねば皆黙る。

 

なら…少々こすい手を使おうが勝てばいいのでは?死んだ後に文句を言う奴は居ないのだから。

 

踏み出せ。

 

行けよ。

 

「合図」など構うか。

 

石が落ちるまでなど待っていられるか。今すぐにでもぶち殺したい相手が目の前に居るんだぞ。

 

…。…。…。

 

駄目だ。

 

それだけは出来ない。それで例え勝ったとしてもそれは永久に負け犬になるも等しい行為。確かに誰も見ていないし、相手が死んで黙ればすべては闇の中。ズルかろうが卑怯だろうが誰も見ないし気にしない。「勝てばいい」―それも真理。

 

だが駄目だ。何故なら相手が見ている。例え死んで黙ろうともこの相手は自分の恥ずべき、唾棄すべき行為を死の直前に見届ける。

 

そして誰よりも―自分自身が納得、許容できない。確かに誰も見てない、誰も語らない。が、己の中に確実に残る「しこり」がこれから一生付きまとい、自分自身を苛むことになる。

 

だからこそコイツは、コイツだけは真正面から完全に負かさないと気が済まない。

 

 

 

コンッ…

 

 

ブォッ!!

 

直前に両者の心理に浮かんだ清濁混ざる葛藤など粉微塵に吹き飛ばすほどの軽快な風を纏い、両者全く同時に愛機に向かって駆け出す。解放状態によって異常な瞬発力、機動力を備えた二人は見る見るうちに各々の神機に肉迫。まるで浜辺で一つの旗を巡って争うビーチフラッグの様に両者は各々の愛機の柄に手を伸ばして飛び込み―

 

ほぼ同時に両者愛機を回収。接続。

 

 

ズザザザザザザザッ!!

 

左手を地面に付け、片足を軸にコンパスの様に地面に扇を描きながら横滑り、右手に愛機を携えて四足歩行の獣が対峙する様な姿勢で両者真っ向から向かい合う。

 

―……。

 

―……。

 

殺気に満ちた両者の瞳が交差した瞬間―両者出し惜しみなしの「奥の手」を顕現させる。

 

リグの「奥の手」とは至近距離でこそ最高の火力を発揮する。このゼロ距離接近戦の局面においてまさしく最適な彼の三つの銃身の内の一つ―

 

ガコン…

 

ショットガン銃身に変形。四つん這いの姿勢のまま砲身を「J」に向けた。堅牢な盾で防ごうがこれなら関係ない。至近距離でさえあれば盾機構ごとGEを粉砕できる強力な「徹甲散弾」を撃つことがこの銃身は可能だ。濃縮アラガミ弾を除けば間違いなくリグの出せる最高の手札である。

 

「……!!」

 

―んなっ…!!

 

リグと対峙した「J」はリグの神機の先程見せられた捕食機構に続き、今回もあまりに予想外過ぎる形態変化に面を喰らい、目を見開いていた。まさかリグの銃型第一世代神機が捕食形態を除いてもアサルトからスナイパーライフル、そして今回のショットガンと三形態に変遷する事が可能である、など考えもつかないのでこの「J」の反応は当然と言える。

 

しかし―

 

「J」のその驚いた反応の理由はそれだけではなく、もう一つ理由があった。

 

彼の右腕に接続された神機―アロンダイトが主の混乱、困惑の中でも直前に主より命令、伝達された「変形指示」を愚直な程に履行し、その姿を現していた。正真正銘の彼の「奥の手」―それは槍か。それとも盾か。

 

 

 

…否。どちらも否。

 

 

 

 

「J」の「奥の手」は―

 

 

 

「銃形態」。

 

 

それも―

 

 

―ホントに…ホントにムカつく野郎だ!!!

 

リグ、そして「J」はお互い一言一句違いなく内心そう言い捨てる。

 

まさか。

 

まさか。

 

 

―…「奥の手」まで被っていやがったとは…!!

 

 

まるで自らの映し鏡の如く目の前の「J」からリグに突き付けられたものは奇しくも―

鈍い灰色に光る機械的ながらもどこか生物的な形状も混じる武骨な銃形態―

 

ショットガンであった。

 

双方同じ「奥の手」を持っているからこそ瞬時にお互い理解する。この銃身の近距離でのあまりに容赦のない圧倒的な火力を誰よりも二人は知っていた。大型アラガミにでさえ深手、小型アラガミなら一発で粉々に粉砕できるほどのシロモノである。

既に両者のトリガーに指はかかっている。照準もすでに合わされているうえにこの近距離ではお互い外しようがない。

 

状況は絶望的。

 

この二人はここでお互いを射抜き、敢え無く相討ち、共倒れ―その当然の帰結を双方理解しながらもお互いの激しい嫌悪感、対抗心によって芽生えた脳から届く単純な一つの神経伝達の電流が愚直に指先にこう命令する。

 

―撃て。

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リグと「J」。似た者同士のこの二人。

両者こう見えて歴戦のGEだ。純粋な適合率、身体能力、潜在能力はフェンリル全支部の中でも指折り。トップクラスにすら入れるポテンシャルを持つ。その上に両者神機解放状態。この状態の両者を片方でも止められる存在ですら世界には有数。増して同時に止められる存在など全世界の支部でも両手の数にも満たないだろう。が―


その十指にも満たない存在の内「一人」がこの香港支部には居た。





―…そこまで。




―…!?


―…!!




解放状態の研ぎ澄まされた感覚。「音速」ですら最早鈍い時間の中でリグ、そして「J」は確かにそう「聞いた」。

いや「聞いた」と言うのは語弊があるか。

両者の銃身の先端から逆流してきた電流の如き脳に迸る一つの「伝達情報」と言った方がいいかもしれない。その割り込んできた伝達情報がリグ、そして「J」の指先まで来ていた「撃て」という命令を強引に遮断。両者にとって「核ボタン」に等しい絶望的、破滅的な結果を引き起こす引き金を寸でのところで寸断した。

酷く冷静で淡白で単純な「伝達情報」。しかし同時強い「厳命」の体も併せ持つ、静かなノイズ。

この「発信元」にリグが「従う」のは当然と言える。だがそれに何ら従う必要の無い「J」でさえ今完全に動きを止めていた。

「…」

自らの銃身の先端から伝わる僅かな重み。同時にチリチリと目の前に生き物の肉が焦げるような嫌な臭いを放つ煙が彼の鼻を突く。その「火元」に恐る恐る視線だけ向けた時、「J」は戦慄する。

―……!!

目の前のチビの物ではない、やや大きな見慣れない手が惜しげもなく彼の愛機アロンダイトの銃身を掴み、拒絶反応によって浸食―つまり喰われて煙をあげていたからだ。

しかし、その光景は何故か今の「J」にとってまるで自分が喰われているような錯覚を覚える。自分の神機は確かにその手を喰らっている。それは間違いない。事実だ。
だが逆にその代わりに「他の大切な物」をこの手によって吸い上げられ、最後には自分自身さえもそのままこの神機を掴む手に吸い上げられ、のみこまれるような強い不安、怖気を覚えた「J」はこの戦いの中で初めて―

「……うぁっ!!」

「敵」から距離を空けた。過剰な程に間合いを広げて。さらに過剰な間合いにこれまた相応しく無い隙の無い迎撃姿勢を保ったまま、前方を注視する。

―…本当に。本当に何なんだよ?一体今日は…。

と、「J」は思う。この一時間にも満たない短い時間の間に立て続けに目の前で起きた数々の奇妙な体験、出会い―その集大成ともいえる存在が今目の前に佇んでいた。


「…」


右掌から未だ煙を燻らせ、無言のまま「J」を見据える青年―榎葉 山女が部下―リグの右腕を掴んでいた左手を離す。そしてほんの少しリグを咎めるような視線を向ける。

「...」

「ちっ...」

するとリグが何ともバツが悪そうに表情をしかめたのち、解放状態と臨戦態勢を解き、苛立たしそうに佇んだ。その二人のやり取りに「J」は理解する。

―…コイツが親玉だ。

コイツは…

ヤバイ。


彼の長年の喧嘩、戦闘経験の勘がこう告げている。曲がりなりにも自分と互角に立ち会った相手をあっさりと諫める器量、度量。解放状態、交戦状態のGE二人の間に乱入し同時に両者を止める「今は」只の人間である筈の乱入者ーエノハと自分の立ち位置を知る。その上で―

―どうする。やるか?でも二対一…。でもコイツ解放状態じゃねぇし…ひょっとしたら?それにチビの方も解いたし。…やれるか?

いや…在り得ねぇ。ここは退くしか…?

馬鹿野郎!!お前が退いたら黒泉の皆は!?


そんな「J」の思考、次の自分の行動選択の葛藤の最中―


「君が…『J』君でいいのかな?」


乱入者が口を開いた。常人では介入不能の修羅場を一瞬で鎮圧した手際のわりに何とも場違いな落ち着いた優男の声に「J」は「…あ?」と目を丸める。

「…コイツ…『ジェイ』って言うの?見た目の通り変な名前だな」

「リグ…君も余計なこと言わない」

「あてっ☆」

茶々入れたリグを軽く小突いて申し訳なさそうに「J」に微笑んだのち青年はこう続けた。


「君の上役…ダー…いや花琳姐。そして…

林老師(リン・ラオシ)と話はついた。つまり俺たちが戦う理由はもうない。だからどうか『矛』を収めてはくれないかな?『J』君」


「…!!林先生と…、会った、のか?お前…」


「林」―その名を聞いた瞬間一気に「J」の顔が年相応に毒気が抜け、同時解放状態が解かれる。その姿に苦笑しつつ青年はまた微笑んだ。

「J」の神機―アロンダイトに触れたエノハにはすでに解っていた。彼がどういう人間かを既に「神機から」聞いている。「吸い上げた」ばかり。右掌は拒絶反応で浸食されて在り得ないほど痛いのが玉に瑕だが、それなりに収穫はあった。


―…真っすぐな男なんだな。


これが解っただけでも十分であった。



「では…改めて先に自己紹介しておこうか。『J』君。彼はリグ。そして俺は…


『サクラ』だ。覚えておいてくれ」


その修羅場の直後には似つかわしくない、何とも柔和な笑みを浮かべた青年―「サクラ」を前にして「J」は苦虫を噛み潰したような微妙なカオをして眉をしかめる。奇しくも「J」が「サクラ」に感じた印象は初対面時のリグがかつて「サクラ」に抱いた感情とよく似ていた。


―あんまり…好きになれそうにねぇな。


それはいきなり現れた規格外の相手がどうやら「敵ではない」ことに対する消し切れない安堵を覚えている自分―それが妙に「J」には悔しかったからだ。





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