G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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同族 2

 

 

 

 

 

 

 

―ここに来るたびいつも気分が滅入る。

 

 

「J」はいつもそう思う。

 

香港支部外部居住区最貧民街―通称「幽霊」(ユリン)。

 

「外部居住区」と言うものは通常、ある程度住民たちの活気や喧噪などの騒がしさが感じられる場所だ。例えば極東支部外部居住区―エノハの親友であるGEの藤木 コウタが住んでいた区域などは常に装甲壁を突破してきたアラガミによって真っ先に危機に晒されていた。

木っ端の様な安全の中で「アラガミに襲われる→破壊→再建」―スクラップアンドビルドを繰り返し、そこで生き残り、耐え抜いた住民達は良くも悪くも心身ともにタフになる。

確かに治安、衛生状態は良いとは言えないがそれを改善しようとする「意欲」、お互いに協力して生き抜こうという「意志」を感じさせる活気、反発力、賑やかさを持っている。

かつて極東支部で元第一部隊隊長であり、エノハの師匠筋の人間でもあるGE―雨宮リンドウも外部居住区で育ったコウタに関してこんなニュアンスの事をエノハに言っていた。「このご時世、生まれでありながら何とも真っすぐ育ったヤツだ。最高の友達だぞ。…大事にしろ」と。

たとえ貧しくとも、生まれた環境が過酷であろうとも真っすぐに伸びる苗はある。

 

しかし―

 

この場所―香港の外部居住区「ユリン」においてそれはない。

 

奇妙な程静かなのだ。ここ「ユリン」は。

 

なぜならここに居住しているのは主につい先日まで外の世界をさ迷い歩いていた難民、そして他の支部を追い出された人間達である。

 

それだけではない。彼らはある意味「選ばれて」この地に居る。

 

彼らの身元は総じて「家族」、「親戚」、「地域」、「共同体」など人間のコミュニティなどに一切属してこなかった―謂わば殆んどが天涯孤独の人間たちなのである。これが前述のコウタの例と全く異なる点だ。他者との関わり、人間関係などが一切希薄になった人間。

 

それ即ち…「後腐れがない」ということだ。

 

彼らが人知れず消えても誰も気づかない。解らない。気にしない。そういう連中を「敢えて選んで」向かい入れているのだ。この香港支部を司る連中―つまり張 劉朱は。

 

彼らは「奴」のエサとしては相応しい。

 

「自分がなぜここに来ることになったのか―?」など彼らは知る由もない。ただ「アラガミ蔓延る外の世界に比べたら一応装甲壁内で住めるし最低限の配給もある」という事実。この事実だけで彼らにとって十分なのだ。疑問を差し挟む必要はない。

ただ「生きていける」という安堵。喋らず、騒がず、耳をふさぎ、疑問も疑念も持たずただこの地に住み、そして―いつの間にか「ヤツ」に喰われて消える。自分がただ他人を肥え、太らせる為の肥やしであることに気付けないまま。

 

この町の「真実」を知る人間にとっては「在って無い様な町」。

それがこの町の名―幽霊(ユリン)の由来だ。

 

「ぎりっ…」

 

「J」は忌々しそうに奥歯を噛みしめ、生気の宿らない目をしたここの住民を一瞥して通過していく。

 

「捨て置けばいい存在。無視すればいい存在じゃないか」と彼は内心言い聞かせる。しかしそれをすれば―

 

―俺は「あいつら」と…ここを仕切っている連中、そして…

 

 

…俺の「家族」と一緒じゃないか。…なぁ!?

 

 

「…!!」

 

湧き上がる怒りと共にカッと少年「J」は細い瞳を見開き、両拳を強く握る。同時―

 

ぎゅるっ!!

 

彼の右手に握られた愛機「アロンダイト」が生物的な湿った音を立てて変形―より捕食機能、殺傷能力を増大化させたチャージスピアの特殊形態―「チャージ」の名の由来でもある「展開状態」に移行し背後の上空を振り返る。そこには―

 

 

―…ああ。何かホッとする。

 

敵とは言えお前みたいな「生きた目」をしたヤツが向かってくると俺は自分がどうにか生きてるんだって感じられるから。

 

俺たちは同族(なかま)だな。くそチビ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―な!?

 

 

背後より「J」を奇襲しようとた少年―リグは驚きでその「J」の言う「生きた目」を目一杯見開いた。

完全に虚を突いたはずだった。一旦姿をくらまし、ステルスフィールドを展開。愛機ケルベロスのスナイパー形態のスコープにて遠距離より「J」の姿を確認、気配を消したまま遮蔽物を利用し徐々に接近。念のために一定距離を明けて観察してみると―何とも気が抜けた。

 

―何だ…?アイツ隙だらけじゃね?…舐めやがって。

 

何故かは知らないが通りを歩く獲物―「J」がどこか思い悩むような苦悶の表情をしつつ、明らかに集中力を欠いたような隙だらけの状態。その上念には念を入れて彼の死角、背後の上空から襲い不意を突く形も取った。ここまで手順を踏んだ。

 

にもかかわらず今、確実に捕捉された。

 

背後より奇襲→頭部への打撃→昏倒させ捕縛の作戦は敢え無く失敗。これなら大人しく遠距離よりスナイプした方が得策であったかと内心リグは後悔するがもう遅い。

 

―…やっべっ…!!躱せねぇぞこれ…!!

 

アラガミではなく、GEとは言え人間を撃つことに内心どこか躊躇いがあった自分の甘さをリグは呪う。事実その甘さを文字通り「突いた」目の前の打ち上げてくる強烈な「J」のチャージスピアの突き―それは完全にリグを捉え、彼の胴体を貫く軌道であった。

 

が―

 

確かにリグは甘かった。しかし逆を言えば彼には最悪接近戦になっても「J」を出し抜ける自信があったからこそ敢えて回りくどい手法をとったとも言える。

 

パチン…

 

何せ彼には…「あの」奥の手がある。

 

―…解放。

 

リグ―血の力「孤高」発動。捕食行動を伴うことなく自らの体を任意のタイミングで解放状態にできる能力である。

 

結果ほんの直前まで確実に躱せないスピード、距離に在った渾身の「J」のチャージスピアの突きの高速の先端が今のリグにはまるでスローモーションかの様に映る。

その超感覚に追随する彼の肉体もまた出遅れることなく、易々とスピアの先端に素手で触れることが可能なほど研ぎ澄まされていた。

 

―…。

 

触れた左掌がじゅっと焼けるような感覚を味わう。じきに掌全体が捕食され、深手を負うのにほんのゼロコンマ数秒のタイムラグしかない愚かな行為である。が、今のリグにとってゼロコンマ数秒は少々長すぎる。

 

―な…ぐっ!?

 

ほんの一瞬僅かながらすかされた様な手ごたえの無さを感じたかと思うと次の瞬間に「J」の体は右頬への猛烈な衝撃と共に宙を舞っていた。

 

左手掌底で槍の先端を逸らし、その姿勢のまま体を軸に一回転。遠心力を目いっぱい込めた裏拳で「J」をリグは空中に撥ね上げたのである。きりもみ状に長身の「J」の体はまるで人形の如くはじけ飛ぶ。

 

―…!???

 

視界がグルグルと回り、上も下も解らない状態が数秒続いたのち、固いものが「J」の体全体にぶつかってきた。それが地面であることに気付くのに数秒要するほどのダメージの中、「J」はぼやけた視界に映る脆く自分を見下ろす金色のオーラを纏う少年を見上げた。

 

「…」

 

先程までと全く雰囲気、そして「生物」としてのランクが違う。

 

―間違いねぇ…。コイツ…一体どんな原理かは知らねぇがっ…バースト化してやがる…!!!捕食もなしに!?

 

「ぐがっ!!」

 

目の前の理解不能の光景に脳が揺らされたことによって神経伝達系の混乱、混線状態によって中々言う事を聞いてくれない下半身。それを捨て、上半身だけの雑な突きを「J」は苦し紛れに繰り出す。

 

「…フン」

 

が、当然現在解放状態のリグにそんな苦し紛れの攻撃が当たるはずがない。直前「J」の放った渾身の刺突さえいなされたのだ。体勢も整わず、パニック状態での攻撃では捉えられるはずもない。

 

「う…げっ」

 

逆にその雑な突きによる反動か、先程顎に喰らったリグの裏拳のダメージがぶり返す様に「J」の脳髄を揺らし、まるで磁石みたいに地面と「J」の体が引き合う。要するに今の彼はまともに立っている事さえ出来ないほどダメージは深い、ということだ。

 

「ぐ…くっそ…」

 

「…おまえを倒すのにもう神機もいらねぇな」

 

地面に突っ伏しながらも尚も交戦意欲を失わずに立ち上がろうとする「J」に引導を渡すためリグは敢えて神機を足元に置き、パキパキ拳と首を鳴らしながらつかつかと「J」に向かって余裕の所作をしつつ歩いてくる。完全に「J」の心を折りにかかっていた。

 

「なめ、ん…ぐっ!」

 

解放状態によって身体能力まで跳ね上がったリグは瞬時に「J」に肉迫、まるでサッカーボールを蹴り上げるがごとく「J」の頭を右足で跳ね上げ、強引に彼を立たせる。

 

「……!?ぎっ!!!」

 

血走った目で悔しそうに歯ぎしりしながら「J」はそれでも連動しない下半身を捨てた雑な刺突を繰り出す。しかし―

 

パシッ

 

「…!???」

 

リグは「片手間」と言いたげに全く表情を変えぬまま「J」の刺突を今度は両手で軽く受け止めた。

 

ジジジッ…

 

当然リグの両掌は捕食、浸食され煙が上がる。しかし彼は全く意に介さない。解放状態のリグの再生能力が完全に「J」の神機による捕食速度を上回っているのだ。

 

「……!!ぐっ!!」

 

その事実を前に「J」が驚愕の表情を浮かべる前に彼のこめかみに強烈な衝撃が走る。

「J」の愛機、アロンダイトの「柄」があろうことか彼の右側頭部を捉える。リグが「J」の神機を掴み、強引に自らの打撃武器にしたのである。スピード、超感覚、回復力だけでなくパワーでさえ圧倒的に上回っていることを理解させるためだ。

 

―…つあっ…。

 

側頭部に打撃を受けた「J」の頭の中で「ピシリ」と何かが砕けるような音がし、意識が遠のく。完全に無防備になった「J」を前に最後にリグは彼の愛機の柄を―

 

ドッ!

 

「ぶっ!!」

 

彼のみぞおちに突き刺し、10メートルも吹っ飛ばして無人の家屋の壁に突っ込ませた。壁に背中から叩きつけられた「J」はうめき声をあげながら壁沿いに力なくずるずるとずり落ち、座ったような姿勢のまま動かなくなった。

 

「おいちち…」

 

最後に浸食、捕食された両掌を倒れた「J」に見せつけるようにリグは晒す。それはある意味唯一「J」がリグに負わせた手傷ともいえた。が、残念ながらそれすらも―

 

「残念…これも元通りだ」

 

瞬時にリグの掌は回復、再生。「J」の抵抗が全くの無駄であったことを誇示し彼の戦意を完全に根本から断つことを目的としたパフォーマンスであった。

 

「…解ったか?力の差ってやつを。蠍野郎」

 

「…へっ」

 

べっと口から血だまりを吐いて「J」は座ったまま視線を上げ、リグを細い目で睨んだ。最早誰もが「まともに交戦は出来ない」と断じるダメージ、消耗は感じられるが妙に目だけは輝いていた。そこから未だ完全に戦意を失ったわけではないらしいことが解る。

 

「…まだやる気かよ。わざわざ意識を刈り取らず懇切丁寧に力の差見せつけてやってんのによ…お前本当に本当の馬鹿か?」

 

「…チビ。お前のその能力一体何なんだ…?そんなの聞いた事も見たこともねぇ」

 

リグの問いかけを無視し、妙に楽しそうに「J」は口内に溢れた血によってびゃあびゃあと湿った笑いを浮かべてリグを見る。

 

「…知るか。ってか…そもそもそんなことどうでもいい。肝心なのはこの現状だ。俺は解放状態。お前は非解放状態。…お前も曲りなりにGEなら解放状態と非解放状態時のGEの力の差ぐらいわかってんだろ?」

 

「…」

 

「解ったんならそのままでじっとしてろ。…別に俺はお前殺す気ねぇし」

 

「…甘いんだな」

 

「ああ。自分より弱い奴にはな」

 

そう言ってリグは踵を返した。しかし―

 

カリッ…

 

背後から妙な異音が響いたのをリグの研ぎ澄まされた解放状態の聴力が察知した。

 

「……!?」

 

―…!?

 

リグは反射的に振り返る。「J」は先程の満身創痍の時の体勢のまま俯いていた。

 

「…お前こそわかってねぇな?俺が『甘い』って言った意味を…!!」

 

「おっ前……!!」

 

「…やっぱ…まじぃわ『コレ』。誰か味でも付けてくんねぇかな…?」

 

 

ズオッ!!

 

 

座ったままの「J」の体から金色のオーラがほとばしる。今確実に「あの音」を起点にして「J」は神機解放状態になっている。

 

「……!!『強制解放剤』…!!??」

 

強制解放剤―GEをアラガミの捕食、受け渡し、もしくはジュリウス・ヴィスコンティの血の力「統制」、リグの「孤高」以外の方法で唯一解放状態にさせる方法である。回復剤などと同じく経口による服用によって効果を発揮する。が、非常に扱いが難しく、調合する素材、生成費用も非常に高価ときている。さらに過剰服用による副作用の危険もあり、一回の任務の際携行できる量、適性服用量、携行できるGEさらにの素養と厳正な審査、厳密なレギュレーションが敷かれている。おいそれとお目にかかれるものではない。

 

そんなヤバイ物がフェンリルに属していない組織に居る人間の手に在る事実にリグは驚きを隠せない。

 

 

「てっめぇ…なんてヤバイ薬剤(もん)持ってやがるんだ…!?」

 

「言う必要はねぇな。ここで死ぬお前には尚更、だろ」

 

「J」は解放状態の再生力、治癒力によって活気、活力を取り戻していく自分の体、そして愛機の感触を感じながらニヤリと歪んだ笑顔をリグに向ける。

 

「…!!」

 

アドバンテージは無くなったと言っていい。いや、それどころか解放状態とは言え一時的に神機を手放しているリグの方が現状不利か。それを瞬時にリグは理解し、後方に置いてきた愛機ケルベロスにちらりと視線を向けた瞬間―

 

「……ぐっ!?」

 

今度はリグの右頬に強烈な衝撃が加わり、吹っ飛ばされる。衝撃によってたわみ、歪んだ顔で必死に視線だけ衝撃が加えられた方向だけ見据えた。そこにはまるで「よそ見すんなコラ」と言いたげに微笑む「J」が左拳を振りぬいている姿があった。

 

―……やっ…ろぉ……!!!

 

リグの頭が噴き上がるほどの怒りに包まれる。なぜなら確実に神機で攻撃できるほどのリグの隙を見逃して敢えて神機を持たない左拳でリグを殴ったこと―それ自体がリグの甘さに対する皮肉を込めた「J」の「返礼」であることに気付いたからだ。さらにその彼を吹っ飛ばした先―それにも「おまけ」とでもいうべき皮肉が込められていた。

 

ズッザザザザッザッザ!!!

 

「…!?……!!!」

 

四つん這いの姿勢で地面を削り、リグが体勢を立て直した地点―そこには謀ったように彼が先程手放した彼の神機―ケルベロスがすっぽり手元に納まる位置に在った。

 

初遭遇時は「神機ありと神機無し」。そこから「神機あり同士」→「解放状態ありとなし」→「解放状態ただし神機無しと解放状態神機あり」と、有利不利が目まぐるしく変遷していった彼らの戦闘を初めて完全な公平(イーブン)にするための「J」の「返礼」「皮肉」。

 

「ちぃっ…!!」

 

「…♪」

 

この厚意を受取るのははっきり言ってリグにとって屈辱。だが受取らなければ確実に負ける。…死ぬ。

 

―上等だよ…!!

 

リグは血の滴る口で歯ぎしりしながら神機を拾い、接続する。同時好戦的な歪みのある笑顔を浮かべた。久しぶりに殺し甲斐のある相手を見つけて嬉しそうに。

 

―…来るな。

 

リグの纏うオーラが神機を握り、一層禍々しくなったのを確認したのち対峙する「J」もまたチャージスピアを「展開」。元々禍々しい神機アロンダイトの形状が解放状態のオーラを纏うことによってより一層攻撃性を増していることに疑いの余地はない程の形状変化を引き起こしている。

 

 

 

アナンはさっき彼らの事をこう言った―「バカはバカ同士行っといで」、と。

 

 

全く以て「言い得て妙」である。

 

 

「生きながらにして死んでいる者」たちが住んでいるこの外部居住区、幽霊(ユリン)にて―

 

 

似た者同士、同族二人の決戦の火蓋が今切られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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