G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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兄を殺したのは貴方も同然。そんな貴方を、私が使役して私の手で兄を殺せと?

誰のものでもない。私の兄を。私「だけ」の兄を。

貴方は私に巣食う「呪い」そのもの。…汚らわしい。


「呪刀」


…貴方に相応しい名前でしょう?







―そう。妾は「呪い」そのものだった。


…その通りだ。主(あるじ)よ。違いない。


妾は人間では無い。ただの兵器。喰らい殺す為だけに生まれた。それでも―


妾を捨てて置いていくそなた―主の後ろ姿に。

妾の眼の前で化物に変貌してしまったもう一人の主の光景に。

妾の眼の前で変わり果てた姿になった兄に自ら喰われ、取り込まれた姿を眼にして―

…何の感慨も覚えないとでも?


妾は確かに兵器だ。そなたらが作った。


確かに妾は人では無い。




…神機だ。




でも妾は生きている。そなたら二人と触れ合い、共に戦ってそなたらの記憶、想いに触れ―


「心」を貰った。



それ故に辛いのだ。悲しいのだ。苦しいのだ。


それでも妾は…「人」になりたかった。例え本当の己を見失っても、自らの役目を履き違えても。


もう心を持たないただの兵器に戻りたくはなかった。



誰かを愛し、愛され、その誰かの為に生きていく―そんなそなたらの様な存在に妾は―


なりたかったのだ。



剣姫 4

 

ジュートをかつて「神機」として使役していた双子の兄妹の兄がアラガミ化し、ヴィーナス変異体になった直後、回収された彼等双子の適用神機―「呪刀」を持って双子の妹が支部より姿を消した―

 

この時、彼女が犯した違反事項は

 

・許可なく支部外に出ようとする彼女を制止したフェンリル職員、整備士の殺傷。

・支部内部にて神機の私的使用とそれに伴う破壊行為。

・腕輪、そして神機に搭載された位置情報送信端末―GPSを許可なく機能停止。

 

その他多岐にわたる。間違いなく極刑は免れ得ない大罪である。

 

 

そこまでの凶行を犯してまで姿を消した彼女の目的は当初―アラガミ化した兄を自分の命に変えてでも自らの手でいち早く葬る為と思われていたが、事実は異なる。

 

彼女はアラガミ化した兄を自らの手で殺す気など毛頭なかった。そして同時に自分も死ぬ気はなかった。

 

最早「人」として兄と共に生きる道は絶たれた。ならば兄と共にアラガミと化して永遠に、共に一体化して生きる事を望んだ。

彼女は望んでアラガミ化したヴィーナス変異体―兄の元へ赴き、そして自らを喰らわせる。正真正銘身も心も愛する双子の兄と一体化したのである。

 

しかし―

 

その前に彼女にはする事があった。アラガミになる以上己が適合した神機はどうしても邪魔になるのだ。次の適合者、若しくは「全ての神機に適合できるアラガミ化したGE殺し専門の神機使い」でも現れればそれはそのままアラガミとして生きる彼女達の脅威になりかねない。

 

極論破壊してしまうのが一番である。

 

だが自らの神機に「呪刀」と名づけるほど己のあまりの過酷な運命のやり場の矛先を全て神機に向けてしまうほど捻じ曲がってしまった彼女はそれでは気が済まなかった。

 

―壊してなどやらない。楽になどさせてやらない。この神機は間違いなく私達を引き離す一因となったもの。許せるものか。これから先、誰にも扱われる事無く、だれにも見つからない場所で貴方は孤独に暮れながらゆっくりと朽ちていけ―

 

そんな彼女の獄炎の如き凄まじい怨嗟はまさしく「現在」の彼女の姿の変貌に相応しいものであった。

 

 

 

ずずずずずず…

 

 

 

ヴィーナス変異体―「反転」。

 

生きた生物の皮をそのまま全て裏返しにでもすればこれぐらいの醜い姿になるであろうか。

 

普段のヴィーナス種の青黒い体皮とは全く異なる赤黒い体組織を体中どろどろと漂わせ、まるで人間の首を力尽くで無理やりに捻る様な思わず耳を塞ぎたくなるような湿ったぱきぱきという異音を発しながら司令塔である中央部位を反転。事切れた兄の替わりに自らが居座る。しかし、兄の体を不要組織とすることなく、両手でまるでマリア像の様に抱きかかえながら忌々しい「敵」の姿を感情こもらぬ瞳で睥睨する。

 

「お前らに私達を引き離させてなどやるものか」、とでも言いたげに。

 

 

 

「敵」―「サクラ」、そしてかつての己のパートナーであり、己が身を焼き尽くすほどの怨嗟の想いを込め、自ら「呪い」の名を与え、捨てた神機―「呪刀」の精神体であるジュートの姿を。

 

「…」

 

「サクラ」に背後より抱きかかえられたまま無言のジュートの今の姿―かつての自分の映し鏡のような姿にこれ以上なくヴィーナス変異「反転」体―

 

「堕姫」は気分を害したようであった。

 

 

キャアアアアアアアッッッッ!!!!!!!

 

 

赤黒い体液を唾の様に撒き散らし、喚き散らしながら心からの侮蔑の感情を一切隠すことなくヒステリックにがなりたてる。

 

 

何故貴様が「その姿」をしている?

 

「人」にでもなったつもりか。ただの道具、ただの兵器が。

 

恥を知れ。汚らわしい。

 

もう死ね。

 

死ね。

 

死ね!!

 

 

 

そんな稚拙で品位の欠片もない罵倒が、例え言葉が話せなくとも伝わってくる狂った堕姫の声がジュートの心―「コア」に突き刺さる。

神機の精神体でありながら自分が「人間である」と誤認識するほど最早人間と変わらない感情を持っている彼女はその罵声によって打ちひしがれる。

 

自らの正体―記憶、そして己と言う存在を無意識のうちに改竄をしていた自分を再認識した彼女に追い討ちをかけるように堕姫は尚もがなりたてる。しかし―

 

「そうだな…そうであった…」

 

心からの自嘲の想いを込めて絞り出すようにジュートは目の前の堕姫に同意し、そう言った。

 

「妾はただの兵器だ…。記憶も兄上への想いも…妹として兄をこの手で楽にさせようとした事も全て…『人』であるそなたの真似ごと…この姿も…この思いも…すべてがっっっ!!」

 

 

ぐっと赤黒く変色した右腕、そして掌で神機「呪刀」―つまり己自身を握りしめる。仮初めの姿―かつての主がアラガミ化する直前の姿をただ具象化しただけの偽りの姿。

しかし、自身を握りしめるその力、そしてその言葉には強い意志が宿っていた。

確かに小さく、か細い。目の前で元人間の主が現在アラガミとしてその何千倍の力、何千倍の喧しい声量を有していると言うのにそれより遥かにジュートの小さな、今も昔も決して人間では無いはずの者の力、言葉の方が余程「人間」の意志、心が通っている。

 

 

「何故であろうな…?悲しいのに、苦しいのに、不思議と心穏やかだ…それが何故なのか…今の妾なら解る。」

 

 

「…例え真実を知っても、己が何者であろうとも何であろうとも変えられぬのだ…!!誰も…妾と言う物を。例え姿形、記憶が全て偽りであろうとも...!」

 

ジュートは美しい顔を上げる。その表情には恐れ、戸惑いなく尚も言葉を気丈に紡ぐ。

 

「主『達』よ。妾の役目はそなた達を屠る事―否。楽にしてやる事だ。それは決して変わらぬ…!!それが妾の責任―そなた達とかつて共に戦った妾の役目だ」

 

 

その為に―

 

 

「サクラ殿…」

 

 

 

ふわりとジュートの背後で「サクラ」は自らの神機を手放し、地に立てかけ、両腕で彼女を包み込む。ジュートは堕姫より眼を離さず、しっかり、真っ直ぐと見据えている。

 

 

……!?

 

 

思わずがなりたてていた堕姫が言葉を失うほどだ。

 

 

「ふつつか者だが…よろしく頼む」

 

 

ふっと微笑んで「サクラ」の右手に触れられた頭をくすぐったそうにしてジュートは瞳を細めてそう言った。

 

「…温かいな。そなたは」

 

己の正体、真実を知った落胆はある。それでも彼女には自分の果たすべき役目を見失うことなく見据えている。人間であることを諦めた目の前の嘗ての主より余程人間臭い。

 

 

―どうか兄上を…否。かつての我が「主達」を―

 

頼む。

 

…楽にしてやってくれ。そなたの「手」で。…サクラ殿。

 

 

 

―解った。…ジュート。

 

 

 

 

ただし、だ。

 

 

 

 

 

「…共に往こう」

 

 

 

 

 

 

(…承知した)

 

 

 

 

 

 

 

ザぁッ!

 

 

 

 

 

一陣の風と共に周囲を舞い散る雪を払い、地を強く踏みしめた青年は立ち上がる。赤黒い包帯が宙に舞う。まるで自分を閉じ込めていた檻鎖から解放され、空に旅立つ鳥の様に。

 

「…」

 

この地に佇むは最早青年ただ一人だ。剣姫の姿は最早どこにもない。

 

しかし彼女は居る。確かに在る。「サクラ」―彼の腕に。掌に。

 

呪われた運命、呪われた宿命、そして呪われた名を与えられようとも彼女の生き様は、心は、想いは、意志は曇りなく今―「サクラ」が携えた神機に余すことなく凝縮されている。

 

 

文字通りの剣姫―呪刀。何と美しい名か。

 

 

 

 

 

(…往くぞ…ついて参れ。サクラ殿!!)

 

 

 

 

 

「ふっ…」

 

 

「懐かしい」感覚に「サクラ」もまた眼を細める。

 

 

右手にはジュート―呪刀、左手には適合神機―スモルト。

神機二刀は久しぶりだ。リンドウがアラガミ化した時、エイジスで交戦した日以来である。

 

正し。

 

「あの時」とは違う。携えた神機も。そして―

 

 

対峙する「相手」の状態も。

 

 

リンドウは自らの意志でアラガミ化に抵抗した。そして新たに生まれたハンニバル侵食種の別人格―真帝が結果的に人間性を保つ楔になり、最後にリンドウの神機の精神体―レンがリンドウがシオによって預けられた右手の抑制コアと同化し、なり替わることであの奇跡が起きた。

 

しかし―

 

目の前の堕姫は違う。彼女は望んでアラガミになった。孤独で寂しい、自らを想う者達を全て捨て、この化物になる事を望んだ。そんな存在が人に戻る事など望むはずもない。己の中に遺る人間の意志の残滓に未練すらないだろう。

 

よって望みはない。既に彼女はアラガミとして生きる事を選んだ存在だ。

 

GEの敵であり人類の敵。…殺す他ない。

 

 

 

 

キャアアアアアアアアっっ!!!

 

 

 

敵意を剥き出しに襲いかかる悪夢の如き現実の存在。しかし、それを断ち切り、切り裂く刃を手に入れた「サクラ」を前にその巨大な体、醜悪な姿、強大な力すらも風前の灯に見えた。気圧され、足がすくむほどの生理的嫌悪感を煽りそうな怪物にゆっくりと、しかし確固たる自信と意志を込め、青年は一歩また一歩と歩み寄る。。

 

…!!!

 

堕姫もまた本能で「感じ取った」のか初めてその巨体が後ずさりする。

 

 

…キャアアアアアアア!!!!

 

 

堕姫は恐怖に慄く自らを奮い立たせるように虚空にけたたましいヒステリックな雄叫びを轟かせる。同時に冷たく乾いた空気、周囲一帯が眩く蒼く放電する。白銀の世界がその光を反射し、一帯が蒼のエネルギーフィールドに包まれる。そのエネルギーを自らの右掌中に堕姫は集中。それを人間臭い動作で雄叫びとともに地に突き刺す。

 

ブ.......ン!

 

すると同時地から空に延びる紫電の雷―否、竜巻ともとれるほど巨大な雷の柱が四つ、彼女を取り囲むように展開される。攻防一体。正真正銘アラガミ―ヴィーナスの最強の技である。

 

 

ハァッ!!!!

 

 

それを堕姫は扇動するように「サクラ」に向けて掌を拡げると巨大な電撃の竜巻はどれ一つ目標の「サクラ」を見失うことなく、意思を持っているかのように四方を取り囲むように展開、目標の「サクラ」目掛け、その距離をじりじりと詰め始める。

 

今の堕姫にとって彼女のかつての神機―呪刀を手にした「サクラ」こそ悪夢のような存在。その姿を見る事ですら恐怖そのもの。醒めない悪夢を打ち消すように、消し去るようにただ人を捨て、手に入れた圧倒的暴力を見境なしに振るう。

 

 

「…ジュート」

 

 

「サクラ」はそう呟き、重心を下げ、懐に呪刀をしまいこむように低姿勢で構えた。

居合の体勢である。

 

地面の雪をざりりと強く踏みしめる。美しい轍と共に更に「サクラ」の体の重心が地に下がると同時に―

 

 

―ジュート…「くれ」。

 

 

ズオっ!!!

 

 

「サクラ」―LV3解放。裂帛の金色のオーラが周囲に放射状に拡がっていく。

 

 

 

「段階」を上げた「サクラ」はそのままの姿勢で飛び上がる。四方を取り囲む蒼白い雷撃の暴威に全く逡巡することなく。

 

彼の中でジュートが叫ぶ。

 

 

(斬り裂け!振り抜け!―断ち切れ!!)

 

 

 

ジュートの力強い鼓舞の言葉と共に居合一閃―鋭い閃光が真一文字に迸る。

 

 

 

 

……!!!!!

 

 

 

 

「サクラ」を取り囲んでいた四つの雷撃の竜巻は一瞬で中ほどより真っ二つに切り裂かれ、掻き消された。それを目の当たりにした堕姫は人間性を喪った眼を見開く他無かった。彼女にとっての悪夢は消え去らない。確固たる現実として尚健在である。

 

悪夢のような存在を消し去る為に、もう一つの悪夢は生まれた。悪夢を終わらせる為に。

 

 

(サクラ殿…)

 

 

―ああ。もう終わらせる。

 

 

「サクラ」は切り裂いた雷撃の蒼い帯を、刀身に纏ったままジュート―呪刀を投擲。それは自分の最大最強の技をあっさりと砕かれ、自失状態で完全無防備の堕姫の胸に深々と突き刺さる。

 

 

……!!!

 

 

堕姫の体の力が抜ける。がくがくと震える両腕に力が入らず、必死に抱いていた既に動かない兄の体を取り落とす。

 

…!…!

 

その時初めて、堕姫の人間性を喪っていた表情に初めて感情の灯が灯る。

堕ちていく愛する兄の体に縋るように右手を延ばした、が…

 

 

ばくん!!

 

 

その兄の体を真下から白銀の神機の捕食形態がまるで深海から獲物の群れを呑み込む鯨の如く喰い上げる。

 

神機捕食形態―昇瀑。

 

最愛の兄を目前で掠め取られ、自らの右腕が空しく虚空を掴んだ感触に茫然自失のままに堕姫は力なく空を見上げた。そんな彼女を脆く見下ろす「サクラ」の視線に―

 

ウ…アァアアアアアアアッッッッ!!!!

 

再び堕姫は怒りで我を失い、怪物に立ち戻る。 

 

 

 

―そう。

 

怪物は怪物らしくしててくれ。そうじゃないと。

 

…鈍りそうになるから。

 

 

 

 

堕姫―狂乱状態で両手掌内に巨大な電球玉をこね回しながら形成。直径が瞬時に四メートルほどに膨れ上がった高電圧の雷球を上空に居る「サクラ」に向け撃ち放つ。

 

返せ返せ返せ!!!!!!

 

―...もういいだろ?いい加減兄さんを解放してやれ。そして―

 

自分自身もな。

 

 

っくん…!

 

神機スモルトは変異体の一部―兄の亡骸を奪って喰らい咀嚼。

 

今。「サクラ」は条件を満たした。

 

 

LV3後の捕食―「Lv4 ff フォルティッシモ」解放。

 

 

白銀のオーラが放つ閃光が暫時一帯を昼の様に眩く照らし出す。

さらに圧倒的に開いた彼我戦力差。「サクラ」は白銀となったスモルトの捕食形態をLv4の研ぎ澄まされた感覚の中でスローモーションの如く鈍い雷球に向け開口。突っ込んできた雷球に―

 

ガッ!

 

喰らいつかせた。まるで犬の口内で変形するゴムボールみたいに圧倒的なスモルトの咬筋力が堕姫の雷球を彼女の淡い希望とともに―

 

バチュン!!

 

難なく噛み砕く。

 

 

....! ~~~...!

 

すべての詰め手をかつての神機、そして想定外の敵の戦力上昇とその神機の圧倒的、理不尽とも呼べる暴威の前に封殺された堕姫の両手がガクンと落ちる。

 

 

…何故だ。

 

何故。

 

お前らが私達を引き離す権利などないのに。

 

何故お前らは邪魔をする?

 

 

忌々しそうに唇を噛みしめながら堕姫は対峙した「サクラ」、そして次に自らの胸に突き刺さっているかつて己が扱っていた神機を睨む。

 

 

ジュートは応えた。ほぼ大半が喪われた元主の人の心に「直接」語りかける様に。

 

 

 

(…主達が。

 

どれ程愛し合っていたか、どれ程お互いを必要としていたか。そなた達と共に闘い、そして、そなたに「成っていた」妾には痛い程解ります。

 

でも人としての道を違えたそなたに...最早人の道理を語る資格等在りはしませぬ。)

 

 

 

―今度こそ―

 

 

さらばです。

 

 

我が主達。

 

 

 

 

 

 

 

元々人ではない自分が人の道理を語る等おかしな事だと内心ジュートは笑う。理不尽かつ蒙昧も良いところだと。

 

でも。

 

そんな不都合もいいだろう。

 

そもそも我が名は「呪刀」だ。「呪い」と言うもの自体が何時の世も理不尽、不都合なことに変わりはない。しかしそれは常に共に在り続ける。時代、人と共に形を変えて。

 

 

呪い、恨み、憎しみもまた―人の証。

 

 

 

 

(良き名を与えてくれた事を心より―

 

 

「御怨み」申し上げます。

 

 

主よ…)

 

 

 

堕姫の胸に突き刺さった神機を再び「サクラ」が握り、接続する。しかし堕姫の眼に映ったのは「サクラ」では無く、一人の少女が神機に手を取る姿であった。

いや、最早己よりより遥かに人間としての心を持った人間では無い者の姿だ。

 

神になろうとした人間と人間になろうとしたた神。

 

全く対照的な道を選んだ両者の姿は完全に道が分かたれた今でも奇しくも映し鏡であった。

 

 

 

 

剣姫と堕姫。二「人」は向かい合う。

 

 

 

 

 

―共に。

 

 

 

往きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ本当に事切れ、夜空に向かって霧散化するヴィーナス変異体の中でぽつりとった一つの神機が浮かび上がる。

 

その姿はすぐにピンと背筋を正した一人の少女の後ろ姿に「サクラ」の眼の中で切り替わる。微笑みながらその少女は振り返る。

 

 

 

 

―終わったか?

 

(ええ。今度こそ。そして―…妾の役目も)

 

少し困ったように眉を潜めて少女―ジュートは笑った。呪刀の中心―オレンジのコアが鈍く力なさげに光るのと同調するように。

 

 

(元々…妾の限界は近かったのだ。その上少々放置された期間が長過ぎたようだ…最早喰らったオラクル細胞を己の生命維持に変換する事も出来ぬ程…)

 

 

剣姫の腕は既に向こう側が見えるほど透いてしまっていた。そこに神妙な面持ちの「サクラ」が映る。

 

―…。

 

(主と共に妾はここで朽ちようと思う。…これ以上そなたの手を煩わす事が無い事が唯一の救いと言えようぞ。サクラ殿)

 

―…ジュート。

 

(そなたには頼み事ばかりで悪いがこのまま…妾をここで眠らせてくれ。所詮このままそなたに回収され、フェンリルで新たな神機として生まれ変わっても今の妾ではない別の存在になってしまっているのだろう。…また全てを忘れ、ただ何かを殺し、そして妾を手に取った者をまたアラガミにして不幸にしてしまいとうない…)

 

ジュートは歩き出す。

 

(人も時代も変わっていく。その中で神機は徐々に人に適合していった。そなたとそなたの神機を見れば解るぞ。人と神機の垣根は着実に狭まっておる。もっと神機は人と寄り添い、適合した主をアラガミ化させる不幸を減らしていくであろう。その時に妾の様な出来そこないの時代遅れの存在はもう…不要なのだ。)

 

 

 

…。

 

 

ジュートの言葉を聞いている際、「サクラ」だけでなく妙にスモルトが静かであった。戦闘後、そしてLv4後の異常な興奮状態に陥るはずの自分を抑え、「同族」の言葉に静かに耳を傾けているようだ。

 

 

 

そんな彼女の一言一句を噛みしめるように眼を閉じていた「サクラ」が頷いて、戦闘時とは異なるやや幼い瞳で微笑み、消えかかる剣姫―ジュートを見てこう言った。

 

 

 

 

 

 

―ジュート。

 

 

 

(…うむ?)

 

 

 

―人は人として生まれたから人になるんじゃない。

 

 

 

 

(サクラ殿…?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―例え人とは違う者として生まれようとも人になろうとした、そして人と関わり、労り、想いあった人の「心」を持った存在は「人」であると俺は今までの経験から思っている。俺はそんな奴に逢ってきた。

 

 

 

 

君も間違いなくその一人だ。ジュート。

 

 

 

 

…胸を張れ。前を向いてくれ。俺は君と共に戦えた事を誇りに思う。神機として、人として君を尊敬する。

 

 

 

 

―心から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…かたじけない。

 

 

 

いや。

 

 

 

ありがとう…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「…おかえり」

「…!まだ起きていたのか?『レイス』…」


ロシア支部郊外―「ハイド」の仮設居住区にて音もなく戻ってきたつもりの「サクラ」―否、エノハを「レイス」が腕組みしながら迎え入れる。確実に何か物言いがありそうな視線がエノハに突き刺さる。


「で、何してたの? お兄」

「…いや…いつもの通りちょっと高い所から支部を眺めてたんだ。昔のままの原風景のロシアの街って凄い綺麗なんだな。極東支部にいた頃にアリサにもっと話を聞いとくんだったよ」

「ふ~~~ん」

「…」

「私らもうここに用はないね?は~~良かった。相変わらずアナンが『ここ寒過ぎ。外出たくな~~い』ってグダグダいい加減うざかったから丁度良かったけど」

「レイス」は「ここ」での自分達の任務が終わった事を既に理解していた。確かに「ハイド」の目標―ヴィーナス変異体をエノハが仕留めたことでこの僻地にもう用はない。エノハの口から直接聞かずとも「レイス」は既に理解していたのだ。

「…気付いてたのか」

「…お兄さ。普段インカムで自分の事『サクラ』って言わないでしょ。傍に誰か身分を隠さなきゃいけない人が『居る』、若しくは『居た』時以外は」


エノハは驚いて眼を見開き、そんな断片的情報のみで看破した聡明な「レイス」を誇らしげに見る。

「…成程ね。初っ端から俺はミスっていたわけだ」


「おみそれしました」とでも言いたげにエノハは両手を掲げ降参のポーズをしつつ、室内に入り、仮宿に設置されたソファにぼすっと顔を埋めた。

「…」

「レイス」はもうそれ以上彼を問い詰めなかった。彼の真意を知っているからだ。

エノハはきっとアラガミ化した「元人間」とは言え自分達ハイド・チルドレン四人に「人を殺す」手伝いをさせたくなかったのだろう。


曲がりなりにも彼は既に経験している。元人間、しかし化物に形果てながらも「人の心」が通った存在を。
ソーマ―親友の父―ヨハネスを殺した経験を。
それも彼が最も人間臭く、自分の本音、自分達子供らの未来を心より想う言葉を聞かされた直後にだ。
確かにあの時生物学的には彼は最早人間では無かった。しかし、ジュートと同じように自分以外の誰かを心より想う存在―それは即ち紛れもなく「人」であると認識していた存在を生きる為に自らの手で葬ったこと。これを「人を殺した」と言わず何と言おう―と彼は考えている。

この経験を彼等に背負わせたくはなかった。そして今回の特殊なケース、該当アラガミを葬る為の唯一の手段の神機、そしてその精神体が悲しき運命故に背負ってしまった業を自らの特殊能力で垣間見たエノハは自分一人だけで出撃することを決めたのである。

そんな彼にかける言葉を失った優しい死神の少女はうつ伏せになったエノハの背中に耳を添え―



「…一人で抱え込まないで。お兄」




そんな健気な言葉を紡いだ少女の銀髪を優しくエノハは撫でる。











翌朝―


ロシア支部は快晴だった。「ハイド」は支部より少し離れた小高い丘にてナルの迎えのヘリが快晴の青空の下、ゆっくりと降下し、着陸する。アナンは嬉しそうにこの極寒の地から逃れられる事を喜びながらいち早くヘリに飛び乗り、迎えに来たコクピットに座るナルの首元に縋り寄って猫の様にゴロゴロと喉を鳴らして暖を取る。それを見てリグがうんざりと、そして苦笑いの表情のノエルがそれに続く。


「お兄」


「レイス」が未だヘリに背を向け、快晴の空に映える眼下の真っ白に雪化粧した樹林帯を見下ろすエノハに声をかける。


「行こう」


「…ああ」


「レイス」の言葉に頷きながらエノハは左手を背後に居る「何か」に向けて手を振る様に軽く掲げた。






―じゃあ。…ジュート。






…おやすみ。












…ありがとう。



サクラ殿。いや―





エノハ殿。





そなたの事は決して忘れぬ。








…然らばだ。











剣姫の髪に誂えられていた桜色のリボンが風に乗って空高く舞う。








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