G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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剣姫 2

いつも一緒だった。生まれた時から。

 

何処に行くのも。何をするのも。

 

 

―兄上。

 

 

ジュート達兄妹は常に身を寄せ合い生きて来た。物心ついたころには両親はおらず、自分が一応装甲壁内というフェンリルの保護下に居ることから僅かながら神機適性を持つ可能性がある程度の存在であるということぐらいは理解できる。

当然両親もいない、記憶も無いやせっぱちの薄汚れた兄妹のすむ世界などまともな物では無かった。彼等はとある支部で最下層、貧民街で幼少期を過ごす。いつもお互いの手を握りながら体を寄せ合っていた記憶が鮮明に残っている。

 

しかし、ある日兄妹共々脈絡もなくフェンリルの役員に半ば連行に近い召集をされ、いきなり個室、着る服を与えられたと思えばいきなり「これを使ってあの化け物どもを殺せ」とヘンな武器―神機を与えられ、今までは逃げ回る他無かったアラガミ相手に今度は足を止めて向かい合うこととなった。

 

しかし。

 

彼等はあくまで双子である。そして対する対応神機は一つである。

 

適合した神機との初対面の印象はお世辞にもいい物では無かった。結構に禍々しく、佇むだけで殺気を放つ様な「妖刀」と呼ぶにふさわしい意匠の代物をいきなり扱っておっかない連中を殺せと言われるのだから当然とも言えた。

 

最初の議題はまず「どちらが神機を握るか」というものであった。

 

当初、兄は「自分だけが握る。妹には闘わせたくない」と言ってくれた。それは純粋に妹であるジュートは嬉しかったが、彼女は譲らなかった。

 

ずっとずっと共に支え合って生きて来たのだ。これからも二人で責と負担を分け合う事に戸惑いは無かった。

 

結果異例にもその神機を適合した二人―兄妹が「一本の神機を共有して交互、若しくは同時出撃する」と言う変則的な仕様を採る事をフェンリル側に要請。彼等もそれを許可した。

 

そもそものGE適合者自体が希少な上、いざという時の「替え」にもなり、おまけに適合してはいるものの二人とも神機適合率の数値がお世辞にも良いとは言えず、アラガミ化の進行がやや早めになるであろう特性を持った神機でも在った為、その負担が「半分」になるとするなればGEとしての「運用期間」も単純に長くなるとの判断から容認された背景が在ったらしい。

 

しかし、そんな連中の奸計など二人は知る由もなく、訓練期間を終え、GEとして正式に配備される。

 

彼等の戦闘スタイルは一本の神機をどちらかが持って同時出撃。そして状況、敵種、数に合わせて兄妹は神機を投げて交換。一方が時に攻撃、時に囮になり敵を撃破、時に誘導するというもの。

 

一方が無力を装い、敵を引き付けながらもう一方が背後より敵を狩る。若しくはいきなり神機を相方に手渡してもらって油断している無防備な相手に致命的な一撃を銜えて仕留める―そんな手法で兄妹は変則的でありながら普通のGE以上の戦果を上げるほどとなった。このペアの絶妙なコンビネーションは共に生まれ育った二人の絶対的な信頼関係から成り立っている。攻撃力、耐久力全てに勝るアラガミ相手に複数の同僚と共に連携で狩る事を必須とされるGEにとって神機適合率以上の必須適性がこの二人には備わっていたのだ。

 

この時を単純に二人の人生で最も幸せな時間だったとジュートは確信している。

明日をも知れぬ身などGEであろうと貧民街で在ろうと大して差は無かった。しかしGEは「自分達が努力すればするほどそれに対するリターンに関してはきっちりと返ってくる」というこの時代に於いては珍しい仕事でもある。平均生活水準を上回る兄との共同生活。「一本の神機を二人で扱う」という特性上、常に帯同しなければならない故に―

 

 

一切邪魔は入らない。

 

 

この兄妹は血の繋がった家族と言う垣根すら越え―

 

純粋に愛し合っていた。

 

 

双子でありながらも異性であった二人。しかし稀有な一卵性の異なる性の二人はまるで映し鏡の様な存在であった。ジュートの兄は女性的な美青年であった。周りの区別の為に髪型を変えてはいたものの、顔立ちは本当にお互い良く似ていた。

 

 

いつも二人で居る時は手を繋ぎ、向かい合い、語りあい、笑いあい、そして愛し合った。

 

 

 

 

周りもそれを黙認していた。元々今は短命の時代。前文明社会では遺伝子的欠陥、遺伝性の病、不妊と短命を招く故にタブー視されていた近親相姦を支部、お国柄によっては半ば黙認する地域も存在していた。何よりGE同士、その上兄妹同士の濃い血は「適性の遺伝した次世代のGE候補の誕生にも一役買うのでは」との迷信もあり、彼等に歯止めをかける者はいなかった。(いざ指摘でもすればこの二人は「それ」を容認してくれる別支部への異動をかけあうだけであっただろうが)

 

言い換えるならばGEになることで彼等はお互い、そして周りに気兼ねする必要が無くなったのである。初対面の時はいい印象をあまり受けなかった彼等の適合神機に対する印象もそれ故に変わっていった。愛着もわいてくる。

 

 

この神機はある意味自分達を結び付けてくれた存在なのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

運命がそれに「待った」をかける。

 

 

 

変則的な神機使用に伴う副作用か二人のアラガミ化の進行速度は他のGEの比では無かった。それに彼女達が優秀なGEであるが故に出撃回数が多い事も拍車をかける。おまけにこの兄妹、皮肉にも適合した神機は一緒でも適合率に関してはやや差が在ったらしい。アラガミ化の速度に明確な差が在った。

 

妹―ジュートのアラガミ化の進行速度が兄より早かったのである。

 

結果、妹のこれ以上のアラガミ化を防ぐため、ジュートの兄は単騎での出撃を要請する事が当然増えた。

 

ジュートはそんな兄にいつも追い縋った。生れてからずっと苦楽を共にしてきた最愛の兄の常に傍らに在る自分を奪われることなど許容できるはずもない。だがそんな彼女をいつも諫め、兄は出撃していった。

 

 

そしてあの日も。

 

 

新種アラガミ―ヴィーナスが彼等の居住支部周辺に現出。その特殊な配合比率のオラクル細胞はそれを攻撃したジュートの兄の体に異変をきたし、急激なアラガミ化の促進をもたらしたのである。

 

結果―

 

同行した数人の同僚GEを殺傷するほど理性を失って暴走し、兄は何処かに姿を消した。

 

生き残った兄の部下によればまるで討ち倒したアラガミ―ヴィーナスに内部から喰い破られた様に彼の体は今倒したばかりのヴィーナスの姿に変貌した。ヴィーナスの司令塔―つまり女神像の部分だけが兄と言う悪夢の様な姿で。

 

その姿のまま部下に「逃げろ」と最後に人間性を残した一言を言い残した後、完全に理性をアラガミ側に支配されたのであろう。容赦ない攻撃で副官を雷撃の一撃で蒸発させ、指揮系統を完全に喪い、混乱状態に陥った他のGEも蹂躙したとのことであった。

 

 

その報告に我を失い、唖然としたままの彼女の元に戻ってきたのは彼女、そして兄を繋いでいた適合神機のみであった。神機は兄の体に呑みこまれる事無く

 

それが意味することは解っていた。「お前の手であの裏切り者を殺せ」という他でもない兄への処刑通告。まるで自分自身が処刑宣告を受けたかのようにただジュートは涙を流すことしか出来なかった。

 

―最愛の人を殺せるのは自分だけ。

 

何故自分なのだ。

 

なんで、こんな…!?

 

繋いでくれたはずなのだ。この神機は。

 

越えられないはずだった兄と自分を。

 

なのに…。

 

お前は今更「殺せ」と言うのか。

 

兄を…。この手で。

 

 

 

 

 

 

彼女は神機と共に兄と同様、居住していた支部から姿を消した。

 

 

 

 

 

そして現在―

 

 

 

「…っ?」

 

 

―眠っていたのか。

 

 

少女―ジュートは神機を衝立にし、木の幹に背中を預けて眠っていた体をもぞもぞと揺り動かし、顔を上げる。漆黒の闇の中を彼女の「はぁっ」と吐く白い息が虚空に舞い、暫く消える事が無いほど辺りは極寒である。しかし、体のアラガミ化が進んだ影響か最近は寒暖の感覚が麻痺している。痛覚も鈍くなっているようだ。自分の体が徐々に化物になっていく感覚を覚えながらも彼女は不安に脅えたり、喚き散らす事は無かった。

 

兄を喪った時から彼女は自分を捨てていた。自分の半身、否、それ以上の存在を喪った上にそれを殺さなければならない自分をまともに見る事など正気なら出来る事ではない。その諦観がより彼女の感覚を鈍らせているのだろう。アラガミ化の進行による激痛すらも諦観、物事への頓着の無さは緩和させてしまっているのだ。これが幸なのか不幸なのかも解らない。それすらも今の彼女には興味が無かった。

 

 

「…ふぅっ…ふふっ…」

 

 

再び少女は神機に額を預け、思い出―彼女の人生を反芻した様であった夢をまた懲りずに見てしまった自分に苦笑する。

 

 

光と闇。余りにもコントラストが強過ぎる半生である。一際輝きを放つ自分の映し鏡の様な存在―最愛の双子の兄の姿だけを瞼の裏に浮かべてもう少しの眠りにつこうと再び額を神機に預けた―

 

 

 

が。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 

 

音も無かった。気配も。

 

 

殺気すらも。

 

 

気付けばそこに「居た」。「在った」。

 

 

 

「彼」は。

 

 

 

ジュートはさすがに驚いた。

一応それなりに修羅場を超えて来た自信、自負は在る。感覚も鈍くなっているとはいえそんじょそこらのアラガミ連中に不意をつかれるほど耄碌したつもりはない。追手なのか自分を保護しに来たのか解らない元同支部に所属した同僚連中、追跡隊を簡単に煙に巻く位の鋭敏な感覚、そして瞬発力は持っている。

それでも全く知覚出来なかった。僅かな違和感に「動く」という反射的行動も起こせなかった。

 

 

「…サクラ殿か」

 

 

自分の額周辺に突きつけられた巨大な砲筒を見る事も無く、ジュートは目を閉じながら薄く微笑む。「参ったな」とでも言いたげに。そして澄んだ瞳を開いて上目遣いに「彼」を見上げた

 

 

「…お休みの所すまないね。ジュート。だけどあんまりこっちもモタモタしてられないんだ」

 

 

その言葉、その瞳に殺気も怒気もない。ただ淡々と作業をする様にジュートの目の前に居る青年―「サクラ」が白銀の神機―スモルトの銃身を一切の逡巡も無く彼女に突きつけていた。

 

「…左様か」

 

 

「何せここは…」

 

「ここは…?何だと言うのだ?」

 

「余りにも寒過ぎるんでね。あまり部下を長くここに居させたくない。風邪をひかせたくないんでね」

 

 

「…ははっ」

 

 

 

 

 

 

ターン…

 

 

 

 

軽快なのか重厚なのか曖昧なほど痛烈な、澄み、乾いた空気を引き裂く一発の銃声が辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…ぐっ…痛っ!?」

 

 

久しぶりに感じるほどの妙な激痛が少女―ジュートの右腕を迸る。まるで神経が繋がった瞬間の如き痺れを伴った激痛に顔をしかめながらアラガミ化した右腕を左手で抑える。左の掌にやや生温かい液体の流れを感じることから彼女は右腕を撃たれたという事だけはどうにか解る。

 

ただし予想以上に痛覚の復活に彼女は面を喰らっていた。

 

 

「さ、サクラ殿っ!?そ、そなたっ…!一体妾に何をしたのだ!?」

 

 

質問と非難を込めたジュートの言葉に「サクラ」は満足そうに頷いて

 

 

「…う~~ん。どうやら効果は在ったようだな。…ノエル。相変わらず君はいい仕事をする」

 

 

「何をしたかっと聞いておるのだっ…!あっ!…痛っうううう!!うぅ…痛いん…」

 

ジュートの疑問の答えになっていない「サクラ」の反応に更に語気を強めて反論したがその反動でより彼女の痛覚が鋭敏に反応する。思わずジュートは彼女らしくない可愛い口調で蹲るように右腕を抱える。

 

 

「…俺の部下が作ってくれた神属性の特製弾丸だ。君のアラガミ化の一時的な抗がん剤の役目を果たしてくれるだろう。ちょっと手荒な緊急措置だけど勘弁してくれ。ジュート」

 

「え…?あ…」

 

右腕が軽い。撃たれた故に当然痛いが不安を感じさせる痛みでは無い。自分の体が僅かながら正常側に傾いた事を知らせる独特の痛みである。

 

「痛みを感じる」と言うのは本当に大事なものなのである。

 

「サクラ殿…一つ聞いていいだろうか?」

 

「ん?」

 

「…何故…妾を殺さない?」

 

「…。利害の一致している相手をわざわざ殺す必要もないだろう?俺は君と同じ目標を追っている。そして君はその目標に対して有効な攻撃手段を持ち、同時に―確固たる意志を持ってる。『自分がアレを止めなきゃいけない』という、ね」

 

「…!!」

 

ジュートは痛々しく眉を内側に曲げた。ついさっきまで夢の中で揺らいでいたと言うのに。本当は殺したくない、と。誰が好き好んで最愛の人を殺せるものか、と。頭では理解していたのだ。でも殺さなければならない。

 

それを「サクラ」は解っている。かつて自分もそのような経験をしたのだから。

 

 

「…誰にも本音、建前は在るさ。どれだけ強く決心したつもりでも、揺らがないと思っていてもふとした拍子にあっさり本音と建前が入れ替わることなんてしょっちゅうだ。でも結局はそこからどうするか、だ。…決めろ。ジュート」

 

「サクラ」はかつて「あの子」に背を押された。最愛の「あの子」に。だから今度は自分が押す。そして決めさせる。かつての自分と同じ境遇に立たされた者の背後に立って。

 

 

 

「先程ヤツを捕捉した。ここからすぐだ。…だから俺は行く。君はどうする?」

 

 

 

「…『利害の一致している相手を殺す必要もない』か…同感だ。そして今や完全に兄上と妾の利害は衝突している。…そうだ。その通りだ。妾の『思い』は変わらない」

 

 

 

そう。『思い』は変わらない。かつて愛した者への『思い』は。

 

それ故に。

 

殺さねばならない。

 

 

 

「妾はそなたと共に往く。いや…付いて参れ」

 

 

 

風に靡く血に塗れた右腕の包帯を口で銜えながらしっかりと巻き直し―

 

 

 

「剣姫」は踏み出した。結わえた紅いリボンを揺らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「…ジュート」

「うん?何か?サクラ殿」

「…覚悟はいいか?」

「何だ…案外そなたの方が臆病風にでも吹かれているのか?…心配するな。妾はもう迷わん。妾が兄上を止めるさ」



ジュートは気付いていない。そう問いかけた「サクラ」の言葉の本当の意味を。


「…ジュート…き―」


尚も何かを紡ぎかけた「サクラ」の言葉を―



――――!!!!!!


ヒステリックな女が甲高い声で叫び、喚くようなヴィーナス原種の物とは対照的な低く、重々しい声が辺りに響き渡ったかと思うと―


ずん


地響きと共に象のような巨大な前足でばきばきと樹林を引き裂き、白銀の世界に蒼白く輝く雷光と雷鳴を轟かせ、アラガミの中でも有数の巨大さを誇るであろう醜悪な体を晒す。歩くたびに多数のアラガミを融合させた結果、各々のアラガミの部位を利用した攻撃形態への流動的な形態変化を起こしやすくする為、常に液状化している体組織がさながら失禁でもしたかのように足元にずぶずぶと拡がっていく。その姿は「ヴィーナス」という美の極致とも言える名が冠せられながらも実際は正常な人間であれば生理的嫌悪しか浮かばない醜悪で悪夢の様な姿の怪物である。
そんな化物を前にしながらも―

「……ああ兄上。お久しゅうございます」

少女―ジュートは頬を染め、今までにない程美しい微笑みを湛えてそう言った。遠く離れ、ただ只管に会いたかった愛しい人と再会した少女の顔であった。


――――!!!!


例えその怪物の頭部―中心に人身御供のように据えられた人間の頃のままの姿の兄が何も答えず、ただ己の前に立つ只の獲物に歓喜した様な奇声だけを上げる事が解っていても。

















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