G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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剣姫

ロシア支部

 

 

アラガミ出現後の異常気象による温暖化によって大半の土地が砂漠化の一途で在ったこの国であるが針葉樹林体の群生地―より日本列島に近い「極東ロシア」と呼ばれる地域はかつての厳寒の地、雪国のままである。

その地に現れた特殊アラガミの情報を素に訪れた「ハイド」―否、単独にて哨戒任務中の一人の青年は奇妙な出会いをはたした。

 

時刻は20時過ぎ。

 

一面雪に覆われ、今尚降りしきる雪の光景が幻想的な針葉樹林の森の中、ベットリ赤いアラガミの体液のついた白銀の刀身を払うと赤い血の帯が点々と真っ白い雪の上に斑に広がっていく。

 

「…ふぅ」

 

 

状況は終了。数体の小型アラガミの討伐をいつも通り淡々と終えた青年は周囲を軽く見回して安全を確認。辺りは既に暗闇で在るがGEの視力では充分状況の肉眼による視認が可能のレベルである。

 

在る程度の周囲の観察を終え、青年は程無く警戒をといた。そんな彼の背中に―

 

 

 

「いや~~助かったぞ。褒めて遣わす!」

 

 

 

 

何とも時代錯誤な語り口調の声が響く。まだ少女と呼んで差し支えない幼さを隠しきれていない声だ。声色から判断しても恐らく年齢的には「ハイド」のメンバーと同じくらいであろう。

まぁ今更ちょっと個性的な口調程度で驚いても居られまい。気を取り直し、振り返った青年に

 

「そなた強いのであるな…驚いたぞ!まさしく『鬼神のごとく』であったわ」

 

うんうんとこれまた古風な口調とそれに見合う動作で頷く。

 

だがそれだけではない。

 

―…何とも面妖なコだこと...。

 

そう青年が首を傾げるほど少女は口調、そして見た目すら生まれてくる時代を間違えてしまったかのようなこれまた時代錯誤な衣装に身を包んでいた。

 

「む…?如何いたした?」

 

ややピンクがかった白い肌、極東人独特の漆黒の長い髪は「ヒガンバナ」を思わせる複雑な意匠を象った紅いリボンを左右に誂えており、時代錯誤とはいえどうにか「女性」を思わせる出で立ちである。が、その華奢な体を包み込むのは明らかに極東―日本と呼ばれた国の更に前時代の男性―侍や武士がその身に纏う袴、裃であった。配色も薄い藍色と男性的精悍さ、凛々しさを感じさせ、女性的な花、華やかさは控えめな出で立ちである。

ただ「男装の麗人」と称するにはまだ少々幼く、あどけない。「元服したばかりの少年」にも見える不思議な少女であった。

 

―…別の時代にでも繋がったのかね?

 

思わずそんな少女と対面した青年―榎葉 山女は自分の携帯端末を覗きこみ、現在の時間、そして年代を調べる。

 

大丈夫だ。

 

確かに彼自身はちゃんと今この時代に居る。2070年代の現代に。第一さっきまで少女を取り囲み、亡き者にせんと襲いかかってきた連中は少女のこの時代にはあまりに乖離している姿に合わせた時代劇によくある様な黒装束の忍やら人相の悪い浮浪の武士でもない、れっきとしたアラガミ達であった。

流石に十五、六世紀には未だアラガミは出現していなかっただろう。もしそうだったとしたらまず人類は生き残ってはいまい。

 

GEであるエノハ自身もはっきり言ってこの時代を生きる大半の人間とはやや異なる出で立ちをしているとはいえ、それはGEという仕事に従事する人間の特権ゆえに許されたものであり、同時アラガミと言う敵に対処するための防護の意味も兼ねた意匠だ。それと比較してもこの少女の纏う衣装と浮世離れした雰囲気にエノハも閉口せざるを得ない。

 

「ふふ…そんな狐につままれたようなカオするでない。まぁその気持ちも解らないではないが…いつまでも呆けていても始まらぬであろう?見ての通り妾はこういう人間なのだ。理解してくれると助かる」

 

意外にも少女は戸惑い気味のエノハの心情を察して自分から助け船を出す。自分の出で立ちのこの時代における特殊さ、奇天烈さに関してちゃんと自覚はあるようだ。つまり彼女はちゃんとこの時代の存在である事は解る。

 

 

「では改めて礼を言わせてくれ。危ない所を助けて頂いてかたじけない。妾(わらわ)はジュートと申す。お初にお目にかかる」

 

 

少女―ジュートと名乗った少女は両手をきちんと前で組み、美しい規律正しい姿勢を崩さぬまま綺麗なお辞儀をする。流麗な動作だ。余韻が残る様にゆっくりと美しい顔をあげると左右に誂えた紅いリボンが揺れる。

 

 

「して…そなたの名はなんと呼べば?流石に恩義を受けた者の名を知らぬのは…。…何。そなたの雰囲気、そして今アラガミ相手に見せて頂いたお手前からしておいそれと簡単に名を聞ける人物では無かろうことぐらい妾にも解る。だから仮の名でも一向に構わぬ。教えては頂けぬだろうか?」

 

少女は礼節を弁えていると同時、気遣いも出来る器量、そして観察眼を持っていた。

 

「気遣い痛み入るよ。...察しの通り俺は簡単には本名を名乗れない身なんだ。非礼を許してくれ。取りあえず…俺の事は『サクラ』。そう呼んでくれ」

 

彼はいつも通り偽名を名乗る。

 

「ほぉ『サクラ』殿というのか…。うむ…。うむ!良い名だ。妾の先祖の故郷にかつて咲き誇っていたと言う桃色の花の名…こんな所で先祖の同郷の者に出会う事が出来ようとは妾は嬉しいぞ♪」

 

にっこりと嬉しそうに微笑んだ少女は更にこう続けた。

 

 

 

「それに―

 

 

『同業者』と会うのは久しぶりであるな」

 

 

少女は自分の右手首をすっと惜しげもなく「サクラ」にさらす。

 

暗闇の中でも鈍く光る紅い腕輪―つまり神機使いの証。

 

そしてその右手には時代錯誤な彼女の出で立ちに相応しい細く、長大、そして万物を断ちそうな鋭利で毒々しい配色を施された日本刀の如き片刃の神機が握られていた。タイプはロングブレード。少女の実直さを表す様な美しい直線、妖しい魅力と狂暴さを併せ持った美しい刀で在る。

 

さらに―

 

彼女の右腕全体は大火傷の如く痛々しいほど赤黒く変色し、それを申し訳程度に覆う白い包帯すらも既に腐食臭を漂わしそうなほどに濁り、所々破れ、ほつれながら寒風のなか宙を舞っている。それだけではない。包帯の合間の間隔にはまるで鋭い岩山が隆起したごとき突起物が垣間見え、時代錯誤ながらも雪景色を背景に相応しい美しく、凛とした少女の佇まいを台無しを通り越して嫌悪感を煽るほどこのジュートという少女の存在を左右非対称に貶めている。

 

少女の面妖な出で立ち、独特な口調は元より何よりもこのアンバランスな異形さこそが「サクラ」を先程まで戸惑わせていた源泉であった。

 

この彼女の状態を指す適切な言葉はただ一つ。

 

 

 

アラガミ化だ。

 

 

 

正直最早手の施しようが無い程の。

 

 

 

「…妾のアラガミ化は既にもう引き返せぬレベルに達しておってな..。遅かれ早かれいずれ妾は意志を持たぬ化物に形果てるだろう」

 

自分の末路をまるで他人事のように笑みを交えつつからからと少女は微笑む。そして「サクラ」を見据えてこう言った。今度は微笑みを携えたままながらやや強い口調で。

 

「『サクラ』殿?そなたはフェンリルに頼まれ、妾を殺しに来たのであろう?だが済まぬな…。妾はまだ死ぬわけにはいかぬのだ。妾にはやるべき事がある。それが終わるまで死ぬまで死に切れぬ」

 

そう言って少女―ジュートは禍々しい神機の刀身の先端を「恩人」と呼んだ「サクラ」にかちゃりと突きつける。

 

「...」

 

その所作にある程度「サクラ」は反応するものの、義務的で反射的な構えである。殺気は薄い。

 

正直、先刻取り囲まれた複数体のアラガミを一瞬で駆逐した目の前の青年のGEとしての実力を垣間見た限り、ジュートは現状の自分の状態を差し引いても分が悪い相手であることを理解している。それでも尚も問答無用で自分を始末することなく、未だジュートの話を淡々と聞いてくれる青年の中途半端な対応に彼の人間性を大体ジュートは既に理解していた。「話せる人間だ」、と。

 

だから彼女は訴える。

 

「頼む。…今は退いてくれぬか?目的さえ達すれば妾はもう逃げも隠れもせぬ。その時はフェンリルにつきだすもその場で処分するも好きにするがいい。…だが今はダメなのだ。往かねばならぬのだ。妾は」

 

―こういう相手には偽らぬことだ。取り繕わない事だ。

 

自分には目的がある。命に変えてでも果たさねばならぬことが。

 

それまで死ぬわけにはいかぬ。

 

 

 

 

 

 

 

...在るアラガミを殺すまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣姫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ヴィーナス変異種か?君の標的は」

 

 

「…っ!?」

 

事も無げに「サクラ」はそう言い放つ。その言葉に少女―ジュートの瞳が驚きで強く見開かれた事から自分の指摘が的確であることを同時悟る。

 

「...そなた知っておったのか。全く人が悪いぞ…まぁならば話が早い。奴がどういう存在であるかも既に知っておろう?」

 

 

 

「奴は...

 

 

元神機使いの成れの果て。つまりアラガミ化した元ゴッドイーターだ」

 

 

 

「…左様。つまり非常に通常の神機の効きが悪い厄介な性質を持っているアラガミということ。つまり対抗するには―」

 

「奴が人間―ゴッドイーターであったときに使用していた神機を使い、葬るのが安全かつ確実な方法」

 

エノハは「その事」に関しては誰よりも既に精通している。何せ経験があるのだから。

 

「…しかし、これも知っているであろうがそれ自体大きな矛盾をはらんでおる。神機は基本適合した者にしか扱えぬ。しかし適合した当の本人は既にアラガミ化し、最早人の意志を忘れて野に放たれておるのだからな。当然その神機を扱うにはまた別の新たな適合者を探す他無い」

 

「...」

 

「その間にも奴は人を食らい続け、嘗ての仲間すら襲って喰い殺す。―それが神機使いが不幸にもアラガミ化した際に世界中で起こっている悲劇であり現実。同時期に二人の適合者が都合よく現れる幸運を易々許してくれるほど現代の神は人間に優しくはあるまいて」

 

「...」

 

 

「しかし、だ」

 

少女は自分の半アラガミ化した右手人差し指を立て微笑んでこう続けた。

 

 

「この世には例外と言うものが常に存在しておる。同じ神機をほぼ同時期、同じ時間に扱える人間が複数存在する事は決してあり得ない話では無い。―その複数の人間の体構造、血液組成に至るまで完全に同一、またはそれに限りなく近いのであれば―『分身』とも言える存在が居る場合比較的高い確率で一つの神機の適性が複数の人間に与えられている事がある。端的に言うなれば―

 

 

 

 

『双子』だ」

 

 

 

 

 

血の繋がった兄弟が双方神機適性を持っている事はままある。雨宮姉弟、フォーゲルヴァイデ兄妹。極東だけでも二組の兄弟の神機使いが既に存在している。しかし、そんな彼らでも適合した神機は全く別の物だ。かつて雨宮 ツバキが用いていた第一世代神機に彼女の引退後―後発のGEで「サクラ」の同期でもある極東支部の神機使い―藤木 コウタが適合したケースもあるがかなり稀な事例である。(神機適合試験のレギュレーションがペイラー榊、ソーマの父親の元支部長ヨハネスの努力によって大幅に緩和されたのも背景に在る。)

 

しかし、双子であれば生まれた年代、体組成の同じ複数の人間が同時期に存在し、尚且つ家族である故に共に行動している可能性も高いことから「一つの神機に複数の適合者が同時に見つかる」と言うレアケースも在る程度現実味を帯びる。

 

 

 

そして同時に。

 

 

「アラガミ化」が複数の人間に同時に起こりかねないと言う事でもある。

 

 

 

 

 

「ヴィーナス変異体...あれは妾の双子の兄が変わり果てた姿。アラガミ化した物。そして...今妾が握っているこの神機こそ嘗てあれが人間、ゴッドイーターであった頃に扱っていた物…。ここまで言えばわかるであろう?」

 

 

さくさくと雪を踏みしめながら美しい異形の剣士―否、「剣姫」はしっかりと「サクラ」に向き直りこう告げる。

 

 

「妾のみがこの世で唯一あれを、…兄上を完全かつ確実に殺すことのできる存在と言うわけなのだ。だから『サクラ』殿。…後生じゃ。妾を止めてくれるな」

 

 

 

 

「ではこれにて。御免…」

 

 

最早大半が異形と化した右半身を持ちながらも強い人間性を保ち、そして揺るがぬ決意の表情のまま少女は降りしきる吹雪の中、右腕に覆われた包帯を靡かせながら暗闇に消えた。

 

 

「…」

 

 

それを無言で見送りながら「サクラ」は徐に通信端末に手を延ばしてこう呟いた。

 

 

「…こちら『サクラ』。目標アラガミは現時点で発見には至らず。引き続き哨戒任務を続行する。…もう時間も遅い。皆無理をせず2100を以て今日の所は一旦終了としよう。寒いからカゼひかないようにな?」

 

 

エノハのインカムから次々と「は~い♪」、「子供扱いすんな」等とそれぞれ「らしい」反応が次々と帰ってくる。

 

最後に一拍置いて「レイス」の「…了解」という言葉を契機に再び吹き荒ぶ極東ロシアの吹雪が木々をざぁざぁと薙ぐ音だけが辺りに響き渡る。

 

 

「…」

 

その音、光景を無言のままひとしきり眺めた後、青年は音も残さず風の様にその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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