「左脇腹から右肩後背部まで」
これが先程大神―マルドゥークによって切り裂かれた少女―伊藤 エノハの負傷箇所である。袈裟がけ状に切り裂かれた背部からは遠慮無く血液が溢れ出、失血レベルで言えば意識を即失う、若しくは出血性ショックを引き起こしかねない程の重症である。
しかし―
美しい線を描く少女の右肩を伝い、彼女の手の甲にまで達した血液によって彼女の愛機―クロガネは紅く染まり、光り輝くと同時に少女の体から発せられる赤黒い放電現象も止むことなく迸る。
透き通るような白い肌のキャンパスの上に深く光る蒼白い瞳、やや白みがかった美しい金髪と完璧に調和された端正な少女の表情には似つかわしくない程好戦的な…「歪み」と表現するのが一番近いだろうか?そのような笑顔が張り付いている。
怒気でも殺気でもなく、歓喜に近い気色に見えるその表情が大神の行動を現時点封じている一因であった。
しかし―
「げくっ…!!」
びちゃびちゃびちゃびちゃ!!
不敵に神機を突きつけ、仁王立ちしていた少女の上体がその美しい姿にはあまりに似つかわしくない奇声を契機に糸が切れたみたいに崩れ、同時少女の足元に傷口から溢れた血と少女の口から溢れ出た血が混ざり、血だまりが拡がっていく。
「ぐぶっ…げっ…げっ!!」
…!!!ガァッ!
咳き込むと言うより嘔吐に近い吐血でがくがくぶれるその少女の姿に自身の逡巡を後悔した大神は反射的に攻撃を再開した。ぐわっと右腕を振り上げる。
「……いひっ♪」
その大神の姿に未だ血を顎から滴らせながらも嬉しそうな声を上げ、顔を上げてカッと蒼白い瞳を見開く。その不用意な大神の反射的攻撃を少女は「待っていた」。
わざわざ切り裂かれた自分の横腹の患部を自ら指先で「抉って」まで作った最早正真正銘演技無し、マジモノの痙攣で誘い込んだ大神の不用意な一撃の右腕に
トン…
少女は乗った。
軽い。まるで羽毛みたいな軽さだ。それもそのはず。同じ年代の女子と比べれば比較的長身とはいえ少女は細く、華奢だ。おまけに出血で明らかに体重は減っているはず。しかしそれを差っ引いても異常なほどの重みの無さに大神は奥歯を噛み締める。
この。
このチビ…!
完全に乗せられた事に大神が気付き、怒りの咆哮を上げた時には既に少女は全速力で大神の右腕を駆けあがってくる。大神が怒りの咆哮と同時の咬みつき攻撃を眼前に迫る少女に仕掛ける。
しかし―
びちゃあ!
―――!!?
大神の視界が真っ赤に染まる。少女が自ら抉った脇腹からの鮮血を大神の両目目がけて振り払ったのである。視覚を一時的に奪われた大神の咬撃は敢え無く躱され、
少女は今度は大神の頭の上に飛び乗り―
―…ワンちゃん?こんな『美刃』に背筋を沿わせられるなんてそうないよ?
「…堪能しぃ?」
ぞりぞりぞりぞりぞりっ!
……!!
大神の後頭部から神機の先端を突き刺し、背骨に沿って少女は地面に線でも引くみたいに駆け上がる。背筋を沿っていく怖気を覚える様な激痛に大神はまるで騎手を振り落とそうとする暴れ馬みたいに四足をバタバタとばたつかせて辺り構わず無茶苦茶に暴れ―
「キャッ!」
エノハをやや後方の空中に打ちあげて振りほどく。しかしこの程度で大神の中に宿った怒りの焔が納まる事はない。空中に浮いたエノハ目がけ自由になった左後肢を蹴り飛ばすみたいにエノハ目がけて思いっきり突き刺す。
ドゴッ!!
直前盾を構えて衝撃をずらされ、左後肢はエノハを捉える事は無かったものの、後肢は本棚を直撃、最早爆発したかのような衝撃波、クレーターを残し、粉々にされた蔵書のページが更に一面ばらばらと舞い、散乱する。
その爆風に蔵書と共に吹き飛ばされたエノハは大神の真上へ体勢の整わないまま放り出される。そんなエノハを目がけ、
ズズズズズ!
右腕装甲解放。地を抉って火炎弾を真上に向けて撃ち出す。
「!うわっ!!!」
開いたままの装甲を火炎弾に向けていなすが再びエノハは吹き飛ばされる。火炎弾はそのまま―
ドゴっ!!
図書館の天井を直撃し爆発。大量の瓦礫が大神の下にがらがらと降り注ぐ。しかし破片の直撃など全く大神は意に介さない。が、その破片の直撃が僅かながらも大神の視界、行動を遮り執拗な追撃をほんの一瞬とはいえ緩和したのも事実であった。結果―
「かっはっ!」
火山弾によって再び吹き飛ばされ、図書棚に再び背中を強打していたエノハの意識が一瞬飛んだスキを突かれる事は無かった。
「ツキはまだ自分を見放していない」。それを糧にエノハはどうにか意識を保つ。
「んっ…!ぐっ!」
ドスッ!
エノハは歯を喰いしばりながら体勢を立て直し、本棚に神機を突き刺してぶら下がる。そのエノハを再び大神は横目でちらりと視認。振り向きざまの遠心力を目一杯利用した大ぶりの左フックを見舞う。
ズザザザザッ!!
その容赦ない一撃は突き刺した神機の柄を支点に躍りあがって垂直の壁に着地し、壁走りを始めたエノハの真下にくっきりと大神の前肢四本指の爪痕を五メートル以上に渡って残す。ズタズタに引き裂かれた本棚は最早体を成さず、大量の蔵書がバラバラになりながら宙を舞うか、崩れて雪崩のように大神の足元に転がり、乱雑に積み重なっていく。
―…。
ダン!
無数の蔵書のページが更に白い羽根の様に宙を舞う中で蒼白い瞳を爛々と輝かせながら対峙する大神を見、垂直の壁を走る少女―エノハは垂直の体勢のまま壁を蹴り、左腕を振り切った直後の大神目がけて滑空していく。
そんな彼女に今度は振り切った直後の左腕を裏拳にして大神は振り払おうとする。今度こそ急な方向転換の出来ない滑空中の少女は逃げ場が無い。
しかし―
「…ここや!!」
ぐばっ!
少女は神機の捕食形態を空中にて開く。そして同時、その開口部を今正に振り抜かれようとする大神の左腕に向け―受け止めた。
「ぐぬにっ…!にににににっ……!」
横っ腹を巨大な物で殴られた様に少女の華奢な肢体は半月上に曲がる。合間に入った緩衝材である神機の捕食形態もその衝撃を完全には緩和出来ず大半の衝突エネルギーを彼女の体は負担する。
彼女の傷口、そして彼女の体の各所からクレームの如き「過負荷」の報告が脳がパンク状態になるほどに届く。その混回線は「発狂」にも繋がりかねない程の情報量だ。傷口からは再び血が噴き出し、軋んだ少女の華奢な肢体は大神の背後へ力無く吹き飛ばされる―
が、
ズザザザザザ!!
!?
大神の目にはその華奢な体は地上に叩きつけられる事無く直前で反転、両手、両足で踏ん張りながら猫の様な姿勢で少女が着地する姿が映る。
対峙した両者は奇しくも共に四つん這いの姿勢となった。しかし両者の姿はあまりにも対照的でもある。
「巨大な狼と小さな小さな子猫」といったところだ。だが一方で両者の圧倒的な力の差は今少しずつ、しかし確実に埋まっていこうとしていた。
―…ようやくや…。
「…捕食完了」
ズオッ!!
四つん這いで大神に頭を垂れたまま少女の体が金色に輝くと共に大神が自分の左腕が僅かではあるが喰いちぎられ、体液を垂らしているのに気付いたのはほぼ同時であった。
ガスン!!
ほんの少しの手傷と少女の存在の更なる「昇華」にほんの一瞬だけ我を忘れかけた大神をその音が現実に引き戻す。先程まで四つん這いだった少女がいつの間にか立ち上がって神機を地に突き刺し、両手を自由にしていた。
絶対的な力を持つ敵対者である己と相対しているのにもかかわらず、である。
…
しかし何故か今、大神は攻撃するつもりにはなれなかった。大神は僅かに喰いちぎられた左腕を大きな舌で舐めだす。
目の前の奇妙で大胆不敵な少女の姿に敵対心だけでなくどこか好奇心の様な物が大神の中で生まれつつあったからだ。それほどまでに今の少女の姿は圧倒的な力、優美なほどの理想的な捕食者としての機能美、威厳を兼ね備えた姿を持つ大神を以てしても…
美しかった。
「♪」
愛用の軍帽を両手で取り、パサリと美しい薄い金色に輝く髪を首を振って靡かせ、細くて長い指先を器用に使った手櫛で丁寧に整える。そして口もとの血を拭い、パタパタと体を叩いて制服についた埃をとり、身だしなみも整える。最後に大事そうに、愛おしそうに右手でもった軍帽を優しい蒼白い瞳で眺め、丁寧に左手でパタパタと軽く払った後、ゆっくりと噛みしめるように丁寧に頭に乗せる。
「…うっしゃ!」
少女の瞳、表情からは拍子抜けするほど毒っ気が抜け、年相応の明るい表情をしていた。
しかし同時に戦士として強い自信、そして自覚に満ちた眼差しをその蒼白い瞳が宿している事に疑いの余地はない。
「…ゴメンな?おまたせ❤」
少女はまるで旧知の間柄の相手に接する様に目の前の巨大な大神に向かい、言葉が通じない事などお構いなしにそう言った。彼女の周囲に砕かれた蔵書のページが彼女の発する金色のオーラによって天使の羽根の様に少女の周りに舞いあがる。その中心でまるで本当の天使の様に少女は微笑んでいた。
…
大神は犬の様にぶるぶると首を振り、こちらも修羅場の中で唐突に生まれたこの妙にリラックスした奇妙な時間を満喫していた。
全てはこれから生まれる「時間」に全てを賭ける為。
少女が神機を無言のまま掴む。その僅かな音を契機に大神もまた少女を睨み―
ピィイイイイイイン!!
天に吠えながら竜巻状の炎のオーラを纏う。周囲に舞い上がった蔵書のページが大神の頭上のあちこちで瞬時に燃え尽きる音が断続的に周囲に響く。
「…わお」
その熱風の暴威にその反応とは裏腹に全く怯むことなく爛々と蒼白い瞳を輝かせ、ただ少女―伊藤 エノハは対峙する大神の圧倒的な姿を見ていた。
フルルルル…
現時点己が出せる力の解放を果たした大神もまた少女を見据える。彼の利き腕は右腕。そこの装甲部を解放。全火力を集中している事に疑いの余地ない蒸気が吹きだしている。
「……。ん!」
対する少女は腰だめの姿勢、両手で神機を持ち、即頭部に掲げて刀身の先端を突き刺すように目標に据える。神機ロング刀身の始点となる基本姿勢であった。同時に彼女の赤黒い刀身に再び禍々しい深紅の放電現象が迸る。
金色のオーラを纏った状態でのあの不可思議な赤い放電現象―まさしくこの小さな獲物が現時点放てる最大火力を己にぶつけようとしている事を大神は確信。ならばそれを真正面から叩き伏せ、叩きつぶす―そんな大神の精神の高揚を反映するかのように一層、増した水蒸気と熱量が彼の右拳に集中する。
こんな膨大な熱エネルギーを前に正面から打開を図ろうとする等正気の沙汰ではない。人間が火山の大噴火を前にただ指を銜えて一刻も早い鎮静化を願う他無いのと同じ状況だ。
しかし少女は前に出る。
―「なんか」
なんか「ある」。
…いや、ちゃうね。
なんか「生まれようとしてる」。
私の中で。
そんな何の確証も後ろ盾もない「なんか」とやらがこの圧倒的な暴威を前にした少女がここに居座る根拠であり―
トン…
最早後には引けない一歩目を何の惜しげもなく少女が踏みだす起点となる。同時その少女の一歩を起点に大神の時も動き出す。
「迎え撃つ」と言うには余りにも酷過ぎるほどムダも、そして慈悲もないただ身の程知らずの愚か者を一撃の下に瞬時に叩き伏せるだけの冷酷無比な神々の鉄槌(スタンプ)が振りおろされ、早々と少女の頭上、間合い内に侵入、少女の剣閃(リーチ)が大神の主要部位、頭部や胴体に達することのできる遥か範囲外から一方的ともいえる暴力が迫る。
実際的な両者の距離の差は確かにほんの数メートル程である。が、その差は神々が雲の上から地上を這いまわる人間を雷で射抜くのと大差ない。
頭が高い。弁えろ。頭を垂れろ。
少女の頭上で灼熱の業火を纏った大神の掌がそう語る様に少女の頭を叩きつぶす直前に―
少女の愛機の先端が大神の掌に達し、「まった」をかける。
何の変哲もない袈裟切り。お手本の様な斬撃。
神々の無慈悲の鉄槌に対する対処、返答としてはあまりにも凡庸で退屈な回答。こと斬撃に悉く強い手甲を纏う大神に対して愚直の極みとさえ言える少女の解答に対して当然の結果が迫る。何の変哲もない回答に対する何の変哲もない結果のみが残される当然の帰結へまっしぐら。
しかし―
その愚直な回答を行った少女の蒼白い瞳は
「…」
真っ直ぐだった。どこまでも真っ直ぐに澄み渡っていた。確信がある。だからこそ自分の回答を「振り切る」。
……!!
迷いなく「振り切られた」少女の剣閃は不変のはずの結果に介入。僅かに逸らされた神々の鉄槌は少女の頭を捉えることなく地に達する。この間、全く以て音が差し入る隙が無い。それ程圧縮された時間の中での攻防はあまりにも意外な結果を「序章」に。
そしてあまりにも平凡で呆気ない「幕切れ」を果たそうとしていた。
確かに少女は神々の鉄槌を逸らした。それは「奇跡」と言ってもいい。しかし「奇跡」の先に勝利が保障されていないのも事実だ。「奇跡」とは結果が伴ってこその物であり、結果に至らなかった物はその過程で起きた些細なノイズ―「偶然」として扱われる。
振り抜かれた神々の鉄槌が逸らされた程度で終わりの筈が無い。何故ならその鉄槌に宿った膨大な行使力は微塵も喪われてはいないからだ。
地を突き刺した大神の鉄槌は瞬く間に地を浸食、地に宿り、地を震わせ―業火を解き放つ。
先程に比べれば範囲は限定的。だがその分凝縮された「ヴォルケイノ」が噴出。その赤黒い噴火が一気に少女を覆い隠す。
地震、雷、火事―
大神。
大地をマグマ化し液状化させる為に必要な温度は約1000度。それが強烈な爆風と熱波と共に突き刺さるわけである。
人体が持つわけがない。
ボッ!!!
遅ればせながら辺りに音が響き渡る。少女が起こしたほんの僅かな奇跡の立役者―鮮烈、痛快なほどの真っ直ぐな剣閃が残すはずの快音を握りつぶすかの如くの湿り気のある轟音。
少女の蒸発した音など差し入る隙も無いほどの轟音。
しかし―
その轟音を。
更なる快音が切り裂くのはゼロコンマ一秒後。
それより先に大神がその目の前の光景を今から「喪われる」左目で映し取り、脳裡に灼き付けた。
蒼い。
まるで少女の瞳を映し取ったかのような蒼白い一筋の閃が走る。それが自らの左目に走っていた事を大神が自覚するのは随分後の事だ。
痛みも、「何が起きたか」という認識、自覚もすべて後。今はただただその光景を大神は無心で眺める。
神々の鉄槌を逃れた人間は。
雲の上の神に手を届かせる為に―翼を手に入れた。
そして。
翔んだ。
蒼い瞳を宿した金髪の少女―天使は翔ぶ。その蒼い剣閃の先に在る全て、神すら切り裂きながら。
無数に舞う蔵書の白いページが少女の剣閃の筋道を教えるように舞う。剣閃自体があたかも天使の羽根になったかの様に帯を引いて。
ズドォン!!
「痛い!!」
先程天翔けた美しい少女は轟音と共に間抜けな叫び声を上げた。神速の勢い余って本棚に体を直撃させたのである。ずるずると再び本棚を伝ってずり落ちる。
―ううっ…あっか~~ん。後の事考えてへんかった~~私のあほ~~。
ずり落ちた先―山々と積み重なった蔵書の上でエビ剃りで仰向けに大の字になった少女―エノハは
―上手くコントロールできひんかった…正直…
「…浅い、わ」
新しく自分の中に生れた「力」の感触の余韻に浸りながらも口惜しそうにそう言った。
その証拠にエビ剃りに反りかえって逆さまの視界の中、ゆっくりと身を起こし、少女の顔を覗きこむ大神の姿があった。その左顔面は吹き飛ばされたように抉られ、鮮血が滴り落ちている。
「…ご飯の時間か~?ワンちゃん」
満身創痍、勢い余っての本棚への激突による呼吸困難、バースト状態解除直後の反動、倦怠感、そして未知の力―ブラッドアーツの初使用に伴う心身両方の酷使、全ての要素が少女の体を一時的な完全行動不能状態に陥らせていた。
さっきまでと打って変わってぼやけた表情をし、戦意の抜けた少女の顔を大神は眺めながら…
パンっ
少女の神機を軽く払い除ける。
「あ。バレてました?いやん怒らんといて?こ~~いうコやねん私」
…油断ならないガキだ。体が動かない状態でもきっちりと今の全身全霊を右手の神機に静かに込めていた。あのぼやけた諦めたような表情でさえフェイクか。
「なんでやろね?」
…?
「もうどうしようもないのに、やれることも無いのに何でやろ。怖さが無い。でも死にたないって思てる。…私」
当然大神に少女の言葉は解らない。
しかしその蒼白い真っ直ぐな眼差しが大神を見据える。彼の残された片目である右目がその光景を映し取る。
大神は今「喰う」という本能に従うよりもその不思議な少女の姿を暫く眺める事を優先させた。あまりにも捕食者として非生産的な行動である。しかし同時これこそ今己が出来る最も優先順位の高い行動であると確信もしている。
そんな大神に向かってにっこり少女は微笑んだ。
「ありがとな。迷うてくれて―
『また』会おな?
ワンちゃん?」
!!
大神は反射的に飛びのいた。そこに―
チュインチュイン!!!
頭上から無数の銃弾が降り注ぐ。
「エノハ!」
「エノハ~~」
「ちょっエノハ!?大丈夫か!?おい!」
三者三様の姿をした個性的な面々が天井の開けた図書棚から少女の元へ飛び下りてくる。
長身痩躯、そして長い髪をなびかせる神機―スピアを構えた青年。
ぴこぴこと耳の様な特徴的な髪型を揺らしながらエノハに心配そうに駆け寄るブーストハンマーを抱えた少女。
巨大な眼前の大神に少し気圧されながらもエノハを介抱する少女の前に立つ金髪の小柄な少年。その手にはその体格には似つかわしくないオレンジの装飾を施されたバスターソードが握られている。
そして最後に
「……よく耐えた。待たせて悪かったな…エノハ」
茶色い髪を揺らし、他の三人の更に前に降り立った青年が鋭く、しかし均整のとれた女性的な吊り目を光らせ、大神を牽制する。
…
流石に分の悪さを感じ取りながらも大神は残された片目で新たに現れた人間達を視線で一人一人を抉っていく。
それに対する反応は様々だ。
「ひっ…」
「ちっ…」
「うっ…!」
気圧される者。身構える者。倒れた仲間を庇おうとする者。そして
「…」
微動だにしない者。
大神はその反応で「大体の事」を知った。
これから己と敵対する事となる強力な力を持った集団―特殊部隊ブラッドのことを。
ズンっ
壁を伝い、その巨体に似つかわしくない程の跳躍力で大神は先程自らがぶち破った天井を抜けて外へ躍り出、そこに立ちつくし、再び彼等を静かに暫く見下ろすと―
ズン…
ゆっくりと踵を返し、去っていった。
その後ろ姿を全く油断も緩みも無く、暫く見ていた一番前に出ていた青年―ブラッド隊長ジュリウス・ヴィスコンティがようやく鋭い警戒の目を解き、ふうと一息ついた。
それを契機に大神と相対していた背後の各隊員達からもようやく安堵の息が漏れる。
「な、なんだよアイツ~~威圧感半端ねぇ~~」
金髪の少年―ロミオ・レオーニがどっかと腰を下ろし、やれやれと言いたげに大袈裟に息を吐く。
「…威圧感だけじゃねぇ。あの冷静な戦況の読み方…自分が不利だと瞬時に判断して撤退しやがった。ただのアラガミじゃねぇ」
痩身痩躯、そして長髪の青年―ギルバート・マクレインが「油断すんな。立て」とも言いたげにロミオに起立を促しながら歩み寄る。それを面白く無さそうに邪見に手でしっしとあしらいながらロミオは渋々ボトムスをはたきながら立ち上がる。
「…ナナ」
「は、はい!」
暫く思慮に耽っていたジュリウスから背中越しに唐突に声をかけられ、エノハを介抱していた少女―香月 ナナはぴょこんと猫の耳の様に不思議なセットをされた髪を揺らして
返事をする。
「エノハの様子は」
ジュリウスは警戒状態を解いた嫌味なほどに整った女性的な目尻を緩ませて振り返り、ナナにそう尋ねる。
「あ、はい!その、それが…」
「どうした?」
「…寝てます、です…」
「…フッ」
ジュリウスは軽く鼻で笑い、他の二人も呆れた様な顔をして無垢な寝顔をした少女―
伊藤 エノハの顔を眺める。
「す~っ……」