G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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地獄で何が悪い 4

「レプリカ」

 

要するに「再生医療」の一つの行きつく先である。

かつて地球上に生息していた爬虫類―トカゲが切れた尻尾を一定期間の内に再生させる様に人体の本来は「再生しえないもの」、臓器や手足など人体の修復機能では限界のある部位を体外で培養、製造し、欠損した場所に新たに移植、機能回復を図るという元々アラガミ出現以前から世界中の科学者、医療関係者が研究に従事し、実現を目指していた注目度の高い一分野ではあった。

 

そもそもアラガミ出現以降―世界が混乱の坩堝に包まれた渦中で多くの多岐にわたっていた化学事業、開発事業等が見捨てられた中、ニーズを確立し、最も予算、時間をかけて促進された科学分野とは言うまでもなくバイオテクノロジー、遺伝子工学、細胞科学技術等の分野である。

 

世界を混沌の渦に巻き込んだ何よりの張本人―オラクル細胞の研究、そしてそれを利用した技術開発を急ピッチで進める中、それに類似性の高いこの再生医学、再生医療分野もまた完全に見捨てられることなく在る程度平行して研究開発が進められていた。

 

それが数十年に渡って続いた現在2060~70年代、二十一世紀当初、実現を嘱望されていた夢の技術は実用段階まであと一歩の所にまで達していた。

 

―しかし

 

 

「…その道の第一人者が研究を凍結…?」

 

「ええ。私はその方の研究資料、技術と知識を借りて秘密裏に貴方の右腕のレプリカ、そして貴方の血液を作った。貴方の死を偽装する為にね。だけど再生医療としてこの分野は今完全に研究、そして実用に向けてのアプローチ、プロジェクトは完全に凍結されているの」

 

「…?」

 

エノハの合点がいかない表情を見る事は無く、赤髪の美女―レア・クラウディウスははやや蒼い瞳を伏せ目がちに逸らしていた。どうやら彼女も納得がいかないらしい。

 

 

「…何故だ?このアラガミ隆盛のご時世でも決して軽視されるものじゃ…、いや、むしろ歓迎される技術の筈だろう?アラガミによって手足を喪う人なんてごまんといる。イロハだってそうだ。なのに…よりにもよって人を騙す為の『贋作』を作るぐらいにしか使われないのか…?こんな技術が」

 

そう言ってエノハは自分の右腕を見る。ここにある右腕。喪われていない右腕。ただ「要らない」もう「一個」を作られたオリジナルが。

アラガミによって家族を奪われ、命を脅かされ、生き残っても足や腕を喪った数多の人々にこの医療技術の庇護は届かず、ただエノハの健康な本来は必要のない腕が人を欺く為だけに生まれた。

 

「もっと他に使い道があるだろうが…」

 

「ええ。そうね。確かにバカらしい。でもこの世には…バカな話もまたごまんとあるのよ。……十年前の話よ。私がまだ十四歳のころね」

 

 

十年前―

 

とあるフェンリルの企業役員の一人息子がアラガミに襲撃され、かろうじて一命は取り留めたものの、両腕を喪う大けがを負った。彼は天才的なピアノの才能を有しており、将来は世界的なピアニストになる事を約束された「神童」と呼ばれる少年であった。が、当然両腕を喪った事でその道は断たれる事になる。

失意の息子を見かねたその企業役員である父親は何とかして彼に生きる希望、そしてまたピアノが弾けるように両腕を彼に与えてやりたかった。

 

「もう言わなくても解ると思うけど…そこでその父親が目をつけたのがこの実験段階で在った『レプリカ』プロジェクトだったワケ…彼の喪った腕を彼から頂いた細胞組織を素に培養し、彼の両腕を製造、それを移植手術したの」

 

「結果は失敗か…?」

 

話の流れからしてエノハはそう予想した。しかし意外にも―

 

「いいえ成功よ。完璧だった。彼の製造された両腕は施術後、拒絶反応もなく経過も順調、総合的に見てこの医療技術、プロジェクトが完璧に確立された瞬間だったわ」

 

―こんなひどい時代でも…その中で絶えず進み、受け継がれた技術、知識によって人類の夢がまた一つ叶った―そんな素晴らしい瞬間だったわ。

 

続けてレアはそう呟いた。

 

当時まだ幼い科学者、技術者を志したばかりの駆けだしの14歳の少女だったレアがその瞬間に立ち会えた時の感動を彼女は今でも覚えている。しかしそれ故にその後、その夢の技術に降りかかった理不尽な運命には感傷を禁じえない。

 

 

「一体何が問題だったんだ?」

 

「さっき言ったわよね?貴方のケースとその子―イロハさんのケースは『事情が違う』って。この役員の息子は謂わば『イロハさん側』。既に両腕を損失―オリジナルが喪われている状態だと言う事。つまるところ神によって作られた『人体』と言う奇跡の産物をオリジナルを素に完全『複製』できた貴方の場合と我々人間が行う神の真似事―『製造』というものの差よ。…残念ながら贋作は贋作だった」

 

レアはつかつかと歩き出す。苛立たしそうに。

 

「確かにその企業役員の息子の為に作られた両腕は『両腕』と言う機能は十分に果たしたわ。でも…神から与えられた彼のピアニストとしての才能は新しい両腕には宿らなかった。彼の新しい両腕は生物学的、遺伝子学的には確かに彼の両腕。でもオリジナルじゃない。神からの才能を元にデザインされた両腕では無く、人間のロジカルの中で生まれた彼の腕の様な『何か』でしかなかった」

 

「その末路は…?」

 

「彼の才能ゆえの生来の完璧主義は思い通りにならない新しい両腕に我慢ならなかった。周囲の制止を振り切ってがむしゃらにピアノを弾き続けた。結果無理がたたり、彼の新しい腕は過負荷に耐えられず壊死を始め腐っていった。彼のいら立ち、焦り、絶望を繁栄するようにね」

 

彼の腐った新しい両腕は再び切り落とす他無かった。そして

 

「間もなく彼は自殺した」

 

「…!!」

 

「絶望から一旦は希望へ、そしてもう一度絶望の奈落に突き落とされた彼は完全に生きる望みを喪ったんでしょうね…」

 

 

ただ

 

納得がいかないのは彼の父親。

彼は怒り狂った。

愛する息子を一旦は絶望から救い上げ、希望を与えながらも同時にさらなる絶望の底へ突き落し、失意の中死なせた―否、殺したのだと。

彼の失意と絶望の矛先は全てこの再生医療―「レプリカ」に集束、予算凍結、開発部署の閉鎖、全研究員の解雇、主任研究員の全権益剥奪。

 

全プロジェクトを完全凍結させた。

 

「解る?エノハ君。人間はね?絶望から一度希望を見出した先で再び絶望に突き落とされると更に苦しむ事になるの。そして全てを諦める。そして怒りと憎しみに変えてしまう時がある」

 

その結果、どれだけ自分が理不尽で不公平な行為をしてもそれが許される、許されるべきと考えてしまう。

 

―俺は苦しんだ。死ぬほどに。それなのにお前らはお咎めなしなど許されるはずもない。

 

苦しめ。

 

俺と一緒に。

 

それでイーブンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「『レプリカ』の研究は完全凍結された。つまり十年前のピアニストの少年の新しい両腕の壊死の本当の原因も実はまだ判明に至ってない。移植事案はこれ以降無いし全くの手付かずの状態よ。『レプリカ』自体に何らかの本当の欠陥が存在していた可能性も否定しきれない。不確定要素だらけよ。もう一度言うけど彼女の両足の件と貴方の右腕の件とは全く状況が異なるの」

「つまり…」

「彼女―空木 イロハさんが十年前の彼の様にならない保証は全くない。下手をすれば私達も彼女に見せかけの希望を与え、さらなる絶望に彼女を突き落としてしまう可能性がある。もう二度と立ち上がれないような―」


―「地獄」へ、ね。

















―現在


病室



「ん。こ、これは!?」

アナンが素っ頓狂な声を上げる。病室の窓の近くにあった一枚の封筒を天高く掲げながら。


「あ。あ。あ~~~~!!?アナちゃん!それダメ~~~いやぁ~~!」


現在イロハはさらなる「お仕置き」と「自殺防止の為」としてベッドにぐるぐるに縛り付けられて動けない。

「おお~~イロハちゃんのその拒む仕草!う~んそそるの~」

アナン平常運転。

「これは…俗に言う『遺書』ってやつか」

「…やっぱ律儀だね。イロハさんって」

リグ、「レイス」がアナンの手に光るその封筒にイロハの「らしさ」を感じ取って微笑ましく笑う。


「おっし…アナン。それ皆の前で大声で朗読してくれ。イロハにもしっっっかり聞こえるようにな」

「いえっさー!『サクラ』たいちょー!!」

「ええええ!?サクラさん!?」


書いた本人。死にぞこなった本人の前で遺書朗読。

―うぅ…どんな拷問ですか。








「え~~っと『リッ君へ。部屋の中でぐらい帽子は脱いだ方がいいと思うよ。そうした方がかっこいいし、行儀も悪くないですし。…あ。もしかしてリッ君て…ひょっとして禿げてるの!?そうだとしたらごめんなさい!』」

「うっせぇ余計な御世話だ!!!」

ぽかっ!

「痛!!リッ君!!騙されないで!うう…アナちゃんひどい…後半捏造しないで…」

「え。ご、ごめん!イロハねぇちゃん!…ってアナンてめぇ!!」

「ふへへ~このシスコンめ」





「え~っと次は『ノエルんへ』」

「アナン…また改竄して…」

「ん?いんや?これ改竄してないよノエル?」

「え」

「その…『ノエルん』って呼んでいいかな?ノエルん」

「おおおお願いします!!『ノエル君』って呼んで下さい!!」






そんな感じで進んでいく。

イロハの「遺書」が。本人を前に。


感謝と。

後悔と。

優しさと。

切なさを含ませた文面が。

最初はワイワイがやがや笑っていた「ハイド」の連中も徐々に押し黙り始めた。



「『アナちゃんへ。アナちゃんには一杯意地悪されましたね。でも同時に一杯笑わせてもらいました。同じ年くらいの女の子とこんなに一杯話して笑いあう経験って私あんまり無かったから…本当に楽しかったよ』」




「…『レイちゃんへ。お姉さんからたった一つの為にならないアドバイスを捧げます!もっと笑って!!可愛い笑顔を見せて!!』」




遺書は最後にこう締めくくる。


―もしこの先、私の弟に会えたならよろしくお願いします。仲良くしてあげて下さいね。
少し無愛想でやきもち妬きな所があるけど根は優しくて強い子です。

そして叶うことならば彼にこう伝えて下さい。


「この先もずっと貴方の事を愛してる」と。


それでは。

皆さん本当に。

本当にありがとうございました。


                                空木 イロハ。










「「「「「…」」」」」

本人がいる、傍で生きていると言うのに皆黙りこんでしまった。

「~~~~っ」

当の本人のイロハは恥辱で唸りながら顔と耳を真っ赤にして目を力一杯閉じ、顔を全員から逸らしていた。拘束されているので顔を覆い隠す事も出来ない。「穴があったら入りたい」状態である。






「さて…イロハ」

「サクラ」が歩み寄ってイロハの拘束を解き、目の前に座る。

「…?サクラさん?」

「生きてもらうぞ。んでいつか…紹介してもらうぜ。君の弟を君自身にね?で、俺らと君の隣に居る弟―レンカ君の前でちゃんと言え。彼に『愛してる』って」

「…」

「逢いたい、再会したい奴がいるんだろう?伝えたい気持ちがあるんだろう?なら…生きのびて見せろ」

「…サクラさん?」




―その時の私にはまるでサクラさん自身が自分自身にそう言い聞かせているように見えました。でも私に対する気遣い、激励の気持ちは微塵も損われていない事はバカな私でも解ります。


「もう一度君の足で立ってみろ。歩いていってみろ。立ち上がれないなら手を取ってやる。進めないなら背中を何度でも押してやる。だが前に進むのはあくまでイロハ―君自身だ」

そう言ってサクラさんは再び私の前に右手を差し出しました。「今度は偽物じゃないぞ」って一言添えて。思わず私はクスリと笑って少し泣き、その手を取りました。

今度こそ本当に温かで優しい気持ちが私の中に流れ込んできます。同時にレイちゃん、アナちゃんがしっかりと私に抱きついてくれました。


状況は変わらない。

私は未だ

家族無し。宿無し。適性無し。両足無し。文無しだ。

でも。

もう。

絶対に死にたくなかった。

生きたい。


生きたい。


例えここが地獄でも。





















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