手足のない体を強引に弾ませ跳躍し、頭上から三人に襲いかかった機神―スモルトは口から大量の砂を噴出させながら辺りを見回した。機神はこの「暴走」状態になったばかりでまだまだ勝手が解っていない。手探りの暴力をふるいながら徐々に己の可能性を見出している最中である。しかしその拙い原始的な暴力で既にヴァジュラを楽々と葬っている。
その力を目の当たりにし、おまけに自分達の部隊の最強個人を喪っている「ハイド」三人は即その本領を発揮する。
!?
砂塵を裂いて無数のオラクル弾が機神に炸裂した。
その弾に横っ腹をつつかれた様にのけぞりながら機神はその方向に目を向ける。弾着によって吹き飛んだ砂塵の中から
「…調子のんなよ?」
既に黄金のオーラを身に包み、不機嫌そうな眼をワークキャップの下から覗かせながらリグが躍り出る。同時、掲げられた彼の神機―ケルベロスのアサルト形態の銃口から牽制用のオラクル弾頭が立て続けに射出される。
普通の人間なら足を取られ、俊敏性が著しく落ちるはずの砂丘の上を全く問題無く、高速で投げられた石が水面を滑る様に切っていく様に駆け抜け、リグは弾幕をばら撒く。
一発の弾着ごとに僅かに体を揺らしながらも意に介することなくそのリグを捕捉したまま機神は獰猛そうに口を歪め、視線をリグの動きに合わせ、再び跳躍の溜めを作る。
「っ!!」
その機神の所作を確認するとリグは足を止め、重心をやや後ろに屈め、両足を踏ん張る様にして足場を固めた。これは移動を兼ねたアサルトライフルの軽連射では無く、重機関銃の為の構えである。
ガチャっ
リグはケルベロスの側面を開き、高熱化した軽弾幕用の弾頭を息を軽く吐くように排出、同時右手のそれぞれの指の間に既に挟んだ弾頭をほぼ時間差なく装填する。排出した弾頭がまだ煙を放ち、リグの視界周辺に浮いている間に既に装填は終了していた。
同時叫ぶ。
「飛べるもんなら飛んでみろや!!!オラァアアアアアア!!!!」
ガンガンガンガンガンガンガン!!!!
その言葉と同時、先程までの弾頭より遥か太い光弾が線を引き、空をひゅんひゅんと切り裂いて次々に機神に着弾。
…!!!!
一発一発の重み、そして撤甲製も増したリグの弾頭に機神は堪えるようにして体を丸める。着弾のぶれも確実に大きくなり、足元に筋を引いてじりじり後退、リグも同時に増した反動によって両足の二つの筋を砂浜に作りながら後退。
強烈な反動に歯を食いしばりながらもリグは更に
「まだまだァ!!!」
より連射の速度を上げた。しかし、連射の間隔が短ければ短いほど銃口のブレは大きくなり、照準は定まりにくくなる。強烈な弾幕の収束率は自然悪くなり、ロスが増える。
自らにかかる弾幕の負荷の減退を感じ、強引に機神は前に出ようとした、
が。
―――!!!???
前方の弾幕に意識を集中させ、強引に突っ込もうとした機神がそれを挫かれる強烈な衝撃を立て続けに感じた。それは全くの無意識、無警戒だった背後であった。
「ほらほらほら!!アナンちゃんの華麗なトスバッティング見ておくんなまし!!!」
振り返った機神の目に映ったのはリグの散乱した弾頭を盾形態によって反射させ、精確に機神に着弾させてくる少女―アナンの姿であった。
……!!
前からリグ、後方からアナンの反射攻撃の挟撃を喰らい、弾幕の中心で集中砲火を浴びながら機神は「固められる」。強靭な外殻によってダメージは限定的だが身動きが取れない。
しかしこれは長く続かない。
一見挟撃ではあるが所詮攻撃手を繰り出しているのはリグの、それも弾数の限られた比較的オラクル消費の激しい弾頭なだけなのだ。リグが解放中とはいえ限度がある。
機神は自分が「神機であった者」故それを当然知っている。今は耐え忍ぶ時なのだ。
反撃の機会は遅からずやってくる―
「…させないよ」
!?
ぞりりっ!!!
挟撃より全くの別方向から機神の半身ほぼ全体を削る一撃を受け、集中砲火の総火力が更に高まり、拘束は一層強まった。
「……ちっ…カッタイね…!!」
―おまけに…コイツ…!!
唯一自分の神機を通して機神の外殻の堅牢さを直接手で感じ取れる少女―『レイス』は同時、それ以外にも機神から神機を通して伝わる「何か」によって不機嫌そうに顔を歪めながらもそれを振り払う様に尚も長い銀髪を振り乱して咬刃形態を振りまわし、一定の距離から機神の側面を削る。咬刃形態の威力を最大限に上げ、反撃を受けにくい最適距離だ。
元神機であり、オラクル細胞の塊である機神の体からオラクル細胞を略奪しつつ、
「リグ!!」
「くれ!!」
彼女の神機「カリス」に便宜上つけられたアサルト銃身に回収、補充されたオラクル細胞のカートリッジをリグに投げつける。
オラクル細胞の充填が済み、度重なる弾幕とアナンの反射による援護、「レイス」の鎌の咬刃形態で削られた機神がよろけたのを見届けたリグは再び神機の側面を展開、また新しい弾頭を装填し、同時神機形態をアサルト銃身からスナイパー銃身に転換。
「アナン!『レイス』!」
「いいよ!!」
「バッチこ~い!」
同時に銃声。新しい攻撃の予兆を感じ取った機神がようやく上体を起こした際目の前に広がった光景に
!?
機神は驚きを隠せない。光の筋が無数に自分の周りを取り囲み、走り続けているのだから。同時光の筋は読み切るのが困難な軌道を描いて一斉に機神に降り注ぐ。
着弾した箇所が焼き切られている。レーザー弾頭だ。
それが機神の周囲を取り囲むように複雑かつ予測不能な動きで張り巡らされている。その現象の正体は同時に機神の体を切り刻む鎌と周囲を飛び回る一人の少女によって展開されていた。
『レイス』の鎌の刃、そしてアナンの盾「エロス」。それら二つがリグの放ったレーザー弾頭を乱反射させ、結界の様な空間を作り上げる支援ユニットと化しているのだ。
機神が動こうとするとそれに反応した『レイス』、若しくはアナンがレーザーの軌道を制御、レーザー弾頭を視覚外から機神は浴びせられ、反撃の糸口を見つけられず怯み続ける。
…ずるり
間断なく度重なる弾幕、攻撃を受け、再び機神が上体を崩した。解放状態のリグの目がこの好機を捉え、一気に彼の瞳孔がこの好機を逃さない為に目的一点に収縮、集中する。リグは眼前で崩れ落ちた機神に向かってスナイパー銃身を解放展開。これは銃形態のアラガミバレットを放つ直前の予備動作だ。LV4の運用実験の為にエノハに受け渡す用に事前に用意していた分以外の「予備」を彼はストックしていた。
ヴァジュラのアラガミバレットを貫通能力に特化させた一発を機神に正面からぶつける為照準を合わせ、同時トリガーを引いた。
その直前に機神は本能的勘で自分の危機を察知し、既に崩れた体勢ながらも回避行動に
入っていた。スナイプ銃身のアラガミバレット―弾着は発砲とほぼ同時だがアラガミバレット特有の銃身解放のタイムラグの際にその隙を利用すれば、照準から逃れる事も不可能ではない。
重厚な発射音とともに強烈な一筋の青い閃光を放つアラガミバレットが切りもみ状に電圧の帯を引いて放たれ、既に照準から逃れていた機神の側面を掠めていく。
機神の判断、行動は正しかった。
が、あくまでその解答は「三問中一問の答えを正解しただけ」にすぎなかった。
機神が逃れたリグのアラガミバレットの照準の先―そこには既にアナンが盾を待ち構えていた。
―いらっしゃ~「ぐぇっ!!」
着弾と同時に彼女は少々情けない声を上げ、盾と共にはじき飛ばされながらもアラガミバレットの弾頭を反射させた。弾頭は回避した機神の死角、丁度真上へ。
「…」
そこには既に「レイス」の神機カリスの刃がアラガミバレットの着弾を待ち受けていた。まるで断頭台の様に。
「「「……堕ちろ!!!!」」」
チュイン!!
既にこの三人の中でこの「絵」は完成し、その完成図と寸分違いの無い光景が映し出される。放電現象を纏った一筋の雷光が脳天から機神を射抜き、轟く雷鳴を一瞬遅れて響かせた。
ズドォン!!!
…!???
完全な知覚外からの一撃に一瞬何が起こったのか解らず、混乱の中機神は真上から射抜かれた衝撃と自分の体を迸る強烈な電圧を同時に受け、満足に着地の衝撃を和らげる事も出来ずに地に叩きつけられ、同時に水中で強力な電圧を喰らって気絶し、白い腹を見せて浮かんでくる魚の様に力無くその銀色の体を横たえた。まるで「のされた」獣のように口を開き、その中にある神機の刀身を舌の様にだらしなく出して見せている。
「はぁ~~はぁ~~どうだ!…こんにゃろ…」
役目上一番機神に接近し、動き回る仕事をしたアナンが肩で息しながらそう呟く。
強烈な先制、連携攻撃で瞬時に目標を沈黙させた三人であるが脇目も振らず火力を解放した為に消耗は激しく、おまけに到底この程度で仕留められたとは思えない相手ゆえに警戒は怠らない。同時に「喰われた」エノハがどうなっているのかもこの状態では判断がつかず、迂闊に手を出せないのも影響し、三人は近付いて調べる事も追い打ちをすることにも若干の迷いがあった。
これは神機解放Lv4の再生能力の前には痛すぎる躊躇であった。
「!?」
機神の側面の銀色の鱗の様な棘が規則正しく、まるでドミノ倒しの逆再生のように逆立った光景に自分達の躊躇を後悔した三人が追い打ちを仕掛ける前に機神は再び活動を再開。
リグと「レイス」の同時の追撃を跳躍でかわして宙に舞い―
「え」
「?」
「い~っ?」
呆気にとられる三人に背を向け、機神は海にダイブ。その姿を水中に没し去った。
「あの野郎…逃げた…?」
「は~~よかったねぇ~~?きっと母なる海に帰っていったんだよ~~うんうん。めでたしめでたし。ほら~~昔の極東の特撮映画よろしく『終』のテロップだして~~」
「……アナン?」
「じょ、冗談ですよぉ~~~」
「でも…どっちにしろお手上げには違いねぇぞ『レイス』…流石に海に逃げられたらどうする事も出来ないのは一緒だぜ…」
「…アンタ達は神機通して直接『アイツ』」に触ってないから解んないだろうね…」
「…?」
「神機通して直接攻撃した私だからこそ解んの。アイツから伝わったのは際限ない食欲、闘争の喜び。面白そうなオモチャとご馳走いっぺんに見つけた子供みたいなもんだった」
「…」
「ひぃ」
「逃げる気なんてさらさらないし、私達を逃がす気もさらさらない。…死にたくなけりゃ気ぃ抜かないで二人とも。一人でも誰か欠ければあっという間に喰い破られて全滅すると思―!!!」
「レイス」の言葉はすぐさま裏付けられた。
ザアアアアアアアアッ!!!!
いきなり三人の眼前の海が隆起し、巨大な波が三人の足元を浚っていく。三人は最大限の警戒を引っ提げたまま機神の姿を探して目線だけ動かす。いついかなる奇襲があってもいい様に。
しかし機神は姿を現さない。恐らく機神の差し金であろう大波の海水もすぐに引いていき、海浜は奇妙な沈黙に包まれる。大波によって流されたヴァジュラの死体が波打ち際で揺れる。
「…にゃろう…一体何がしたいんだ?」
「う~ん」
「…」
「ん?…あ」
「?」
「アナン?」
「私解っちゃった~~二人とも※ASAPでこっちへ~~」
※as soon as possibleの略。「出来る限り早く」という意味。
アナンにほんの少し遅れ、二人も気付く。
「波打ち際で揺れる事切れたヴァジュラ」
「海水で水浸しの足元」
それが意味する物に。
強靭な耐久力、肉体を持つGEすら気絶、戦闘不能、若しくは最悪即死させる強力な電圧が海水で濡れた地面を伝ったのはそのほんの一秒後であった。