G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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第1話

・・ザァー

 

 

「・・・あ。すいません!」

 

すれ違い様に肩がぶつかる。

エノハもこう見えてゴッドイーター。常人より遥かに優れた筋力を持っている。今の様にぶつかられたのが例え自分より大きな相手だとしても下手すると簡単に怪我を負わせてしまう。

しかし―

「・・いや。こちらこそすまない」

ぶつかった相手―声からしてまだ若い青年らしい。フードをかぶって表情をはっきりと見せない男は全く揺らぐこと無くエノハに振り返り、軽く会釈する。風貌に比べると随分語気の物腰は柔らかい。常識と良識のある青年の様だ。

「・・・」

エノハは何故かその自分より高い背の青年の顔を覗き込むようにしてじっと見つめた。

「・・?何か?」

「・・あ!いえ・・失礼しました!」

ぶつかった相手をいきなりまじまじと眺める不敬に我を取り戻し、エノハは頭を下げる。

 

 

「エノハ~?何やってるの~?行くよ~?」

 

 

エノハを呼ぶ声がエノハの背後からこだまし、エノハも振り返って「忘れてた」的に僅かに視線を背後に向ける。そしてもう少しちゃんと目の前の青年に謝るのが先か、まず仲間に一声かけるべきかほんの少しの思案する。

が。

「ふ・・」

少し笑った目の前の青年はいかにも「お仲間が待ってるよ」とでも言いたげにエノハを肩で促し、助け船を出してくれた。

「全く気にしてないよ」とでも言いたげに。

 

「エノハ~?」

痺れを切らした様な声でエノハをせかす声が再び響く。

 

「あ―解った解った!今いくよ!!・・それじゃあその・・・本当に失礼しました!それでは!」

 

「・・」

 

青年はもう一度頭を下げ、すぐに踵を返して仲間の元へ走り出したエノハの背中を無言で見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ザァー

 

 

 

 

「誰!?」

 

リッカは声を荒げた。

無人であるはずの照明の点いていない神機整備室―そこに佇む一つの影を確認して。

 

 

「・・・・!!!??」

その瞬間猛烈なデジャヴがリッカを襲う。

 

この光景は。

この状況は。

確かこれは・・・

 

―・・君と初めて出逢った日と・・・おんなじ。

 

 

「・・エノハ・・!?ひょっとしてエノハなの!!!???」

 

 

思わずこう叫んでしまった。反射的に。衝動的に。

自分の指先の神機整備室の照明のスイッチを押す前にせっかちなリッカの衝動、情動が早く答えを出して欲しいと前に出る。そしてすぐに答えは出た。照明が点く前に。

 

影が答える。

 

「・・は、はい。そうですけど・・」

 

「・・・!!!」

 

―・・やっぱり!やっぱり!!・・エノハだ!!!

 

同時にリッカは照明のスイッチを押す。照らしだされようとしている光景を待ちわびる。

 

 

―ああ!なんて。なんてもどかしい時間!!

 

 

そんなリッカを前に尚も影は言葉を紡いだ。

 

「あの・・」

 

何とも他人行儀で遠慮がちに。

 

「・・・ん?」

 

こう言った。

 

 

「あの・・その・・どこかでお会いしたことありましたっけ・・?」

 

 

「・・・え?」

 

 

神機整備室の照明に光が灯るのとは対照的に、待ちわびた光景を目の前にしたリッカの瞳には影が暗闇の中で言い放った最後の言葉が残した困惑の色が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

ザザッ・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦2074年。

 

 

 

―中東。

 

 

 

 

 

フェンリル中東支部―通称「ニュードバイ」より約200㎞地点―

 

一面に広がる熱砂の砂漠地帯を砂煙の帯を引いて先頭を走り抜ける大形のトレーラーとそれに随行する六台の旧式の軍の装甲車やジープが砂塵を巻き上げ、三角形の隊列を敷いて目的地―ニュードバイへと移動していた。

 

21世紀初頭に置いて「砂漠」という言葉は意外に意味合いが広い。普通「砂漠」と言われたら典型的に思い浮かべやすいのが完全なる「砂の海」の光景を連想しやすい。が、実は「砂漠」というのは「荒涼とした岩や岩壁等に囲まれた乾燥地帯」がほとんどであり、一面「砂の海」の様な砂漠はほんの一部地域に限られる。

 

しかしあくまでそれは21世紀初頭においての話である。

 

現在―2074年。

オラクル細胞の発見からアラガミ出現によって引き起こされた巨大な地球全体の気象変化はこの「砂の海」という砂漠を完全に一般化させた。

中東から寒冷地域であるロシアにまで広がった砂漠化はとどまる事を知らず、広大な地域が砂の海に覆われ、人間を締め出して乾燥地域に向いたアラガミの住処となっている。

主にヴァジュラ、ボルグカムラン、オウガテイル等のアラガミが出没するが餌に乏しい地理的条件によって数は少なく、おまけにあまりにも広大な砂漠地域なうえ遭遇確率は意外に低い。

 

 

その為中東、そして世界的にも経済の中心地点であったかつてのドバイをアラガミ装甲壁によって新生したドバイ―ニュードバイを起点に今でも頻繁な交易が行われている。

 

富と財が元々集まった地域であり、アラガミ出現後も発生するアラガミの種が極端な気候故に限られた地域であった為対策、対応も早く、また神機というアラガミ掃討の手段が確立された人類が選んだのがまずは中東地域に残された石油や天然ガスなどの資源エネルギーの奪還でもあった為、この地域はアラガミから領土と資源を奪還する拠点としての役割を成すために世界最先端の技術が集結した地域である。

 

砂漠に浮かぶ「エイジス」皮肉を込めて「アーク」と呼ぶ者もいる。

多様性と強力な個体が頻繁に現出する極東に比べれば「アラガミにおいては」比較的安全性の高い地域とも言えた。

 

 

 

「ふああぁあ・・は~ケツが痛い。ずっとアクセル踏みっぱなしって詰まんない仕事っすよね~」

 

先頭のトレーラーの運転席でまだ20代であろう男が申し訳程度に整えたリーゼントの様な髪型をサイドミラーでチェックしながら後続の車両を忌々しそうな目で見る。

六台の物々しい装甲車、軍用ジープにたむろしている連中の姿を見ると男はまた苛々した。

男は最近仕事にも慣れ、だんだんと自分の仕事の理不尽な所、納得いかない所、フェアじゃない所が見え始めてくる頃合いだ。運転席で生意気そうに頬杖ついて愚痴と悪態を吐く事も増えてきた。

 

「だいたい荷物一個に護衛六台ってなんなんスカ?第一あいつらの持ってる銃やらミサイルなんてあの化け物どもに効きやしないでしょう?着いてきてるだけでしょ!?アイツラ。そのくせきっちりと俺らの儲け分ピンはねしていきやがる・・」

 

彼らは所謂「運び屋」である。

何でも運ぶ。合法、非合法、武器、食い物、死体。本当に何でも運ぶ。グレーゾーン、ブラックゾーンに足を踏み入れている物品をこっそり運ぶ事も多い。

ただし「今回」のようにフェンリル正式の依頼であれば護衛をつけるのが慣例となっている。しかし当然万年人手不足のGEを雇って護衛に付けるなど出来る筈が無い。よって役に立つのかどうかも解らない傭兵を雇うしかないのだ。

しかしこの連中が結構にがめつい。不要だと言うのに直前になって余計にもう三台護衛として派遣してきた。料金はきっちり上乗せして。運転手の男の愚痴も解らないでもなかった。おまけに

 

「あ・・。あいつら酒飲んでやがる・・仕事中に」

 

サイドミラーに映ったジープの上でドンチャン騒ぎの連中の光景を見てさらに男は苛々した。宗教上酒をやらない男は宗教的観念も相まってさらに不機嫌になる。

 

「・・・」

 

若い男の愚痴を無言で聞いていた助手席に座る男も同様に信心深い男だった。戒律は宗教上の違い故に仕方が無い所もあるが流石に仕事に対する向かい合い方、節度も同様に持ち合わせて無い連中に対する怒りはある。が、立場上助手席に座る男はこの若造を諫めなければならない。

 

「いつまで愚痴愚痴いってんじゃあねぇマハ。一応今回の仕事の儲けは結構ある方だ・・さっさと終わらせて帰るぞ。あのアリンコどもはいつもの事だ。今更連中の事でイライラしても始まらねぇ」

 

「おやっさん・・」

 

つるりと禿げた額、白髪の顎髭、しかし妙に清潔感のある歯並びと愛想の良さそうな表情は「やり手」を伺わせる。

運び屋の頭領である助手席の男はこの道30年のベテランであった。それなりの修羅場や理不尽をくぐっている。アラガミに襲われて同業者が何人も犠牲になる中生きのびてきた「運」とアラガミの出現しやすい地点、地域の知識を長年の経験で持ち合わせた男である。

 

運び屋の頭領が有能であればその「アリンコ」どもは多く群がる。安全で尚且つ儲けのいい仕事が回される信用のある男に群がれば甘い汁も当然多く出るからだ。

有能な頭領―おやっさんを尊敬してるが故に運転席の男―マハは何も言えずに拗ねたように唇を尖らせてアクセルを強く踏み込んだ。

 

「踏み過ぎだ。燃料は大事に扱え」

「へいへい」

 

と、言いつつも不平は拭いきれずマハのアクセルを踏む右足は中々緩まない。

 

―あ~本当にもう~アイツ等に神の裁きでもくだらねぇかな~?この前俺らの同業者と積み荷見捨てて一目散に逃げ帰ってきた様な奴らになんで金払わなけりゃいけねぇんだ!

 

「あ~くそぉっ!!!神様よぉっ!!!!」

マハが天を仰いでまた悔しそうに声を張り上げた。

 

 

―時だった。

 

シュンッ

 

空を裂く音が聞こえた。のろまの砂嵐の類では無い。それよりももっと軽快で強く、早い。

 

「・・・?」

 

「なんだ?」

 

二人は異変に気付き、お互いの座席側左右双方のサイドミラーを見ると異変に気付いた。

後続の六台の護衛車両の姿が無い。

 

―・・?アイツラどこ行って―

 

マハのその疑問の答えはすぐに出た。

 

「空」からやってきた。

 

 

 

ゴッシャアァアアアアアアア!!!

 

 

「うおっ!!!!」

「・・・!!????」

 

目の前に一トンを超す装甲車がありえない真っ逆さまの角度で何故か頭領とマハの運送用トレーラーの眼前に「墜落」してきた。

慌てて本当に久しぶりに切ったマハのハンドルの巧みな捌きによってかろうじて衝突は避けれたものの動揺は計り知れない。

「な、なんだぁ!?」

ワケが解らない。後続していた車両がすべて消え、目の前に降ってくる。当然現実の光景とは思えないが・・

 

ゴスン!

 

ドシャアッ!!

 

幻想では無い。次から次に護衛車両が先頭の自分達のトレーラーを追い越し、次々に「墜落」していく。

 

「マハ!!とりあえずいったん減速しろ!俺が後ろを見る。振り落とすなよ俺を!」

「は、はい!!」

頭領はマハの動揺を一言で収め、自分は周りの状況の確認の為、助手席のドアを開け、背後を見る。

 

「・・・!??」

振り返って目に映った光景に頭領は言葉を失う。

 

そこには巨大な砂の「F4クラス」の竜巻があった。

巻きあがった砂漠の砂塵によって茶色く変色した竜巻により、後方はほぼ視界がゼロである。「墜落」した三台以外の残った三台の護衛車両の姿は見えない。

 

―・・何だってんだぁ?こりゃあ・・?

 

30年この仕事をやっているがまるでどうすればいいのか解らない。

アラガミの仕業と考えるのが妥当だがそれでも全くの想定外の光景に言葉も考えも浮かばない。

こんなことができる連中はこの辺にはいない・・はずだ。

 

頭領が算出した今回のルート。まれにボルグカムランに遭遇するが足の遅い連中の上、縄張りが狭く、待ち伏せしている場所に近づかなければ脅威は少ない。むしろそのボルグカムランを警戒して機動力のあるヴァジュラ、オウガ等のトレーラーを追いかける走力がある連中はあまり寄りつかない傾向にある為、このルートを選んだ。総合的にいえば的確な判断であると言えた。

しかし、何故か嫌な予感はしていた。今回ボルグカムランのよく待ち伏せしている要警戒地点が全くのフリーパス状態であったからだ。

幸運を喜ぶ半面、何かイレギュラーな匂いを長年の勘で頭領は感じ取っていた。しかし「ここまで」は聞いていない。

 

竜巻がさらに暴風を巻き上げ、頭領の薄くなった髪、髭を撫でる。

 

「・・・?」

 

その風に頭領は違和感を覚えた。体を包むその感覚に。昼間の最高気温が摂氏50度にも達するこの地域の人間がまず感じる事の無い感覚。

 

―さ む い ?

 

未知の事象に対する恐怖がこの感覚を引き起こしたのだろうか?

 

いや違う。

 

頭領はマハを見た。

今の二人には共通点がある。

 

「・・・!」

「え・・?」

 

2人ともが白く凍っているお互いの呼気に驚愕の目を開いたと同時、まるで太陽が覆い隠された様に二人が座る運転席が影に覆われた。二人同時に見上げる。

 

―・・・!!!!!

 

 

 

「助けてくれ」

 

 

まるでそう言っているかのようにこちらに向かって落ちてくる四台目の護衛車両のフロントガラスに映った傭兵の男と二人は目があった。

当然二人に何も出来る事は無い。受け止めてやる事はおろか声をかけてやる時間すらない。

頭領が声を出す間もなく、マハは左にハンドルを切った。

 

墜落地点から間一髪で逸れた頭領の背後で四台目が破片と轟音を巻き上げ、ほか三台と同じ末路を辿った。

 

同時に

 

グ・・・ォガアガアアアアアアアア!!!!

 

咆哮が辺りに木霊する。

同時、背後の巨大な竜巻は四つに分かれ、文字通り四散していった。

 

「・・!!くそったれ!!」

 

頭領は傭兵の哀れな最期の感傷に浸る間もなく仕事に入らなければいけなかった。再び助手席から身を乗り出し、後方を見据える。

 

巨大な竜巻が四散し、残されたのは捲きあがった僅かな砂、そして明らかに人口のいくつかの物体。

銃、砲塔、ガトリングガン、RPG、座席、シート、紙類、酒瓶、タイヤ・・そして・・人。

恐らく五台目は暴風の中心に晒され粉々に分解されたのだろう。

はらはらとまるで木の葉が舞う様に回転しながらそれらが堕ちていく中心に―「それ」はいた。

 

「・・・!」

 

声が出ないのは当然だった。見た事も聞いた事も無い。悪夢のような光景ながらも息を呑むほど優雅で美しい姿であった。

 

 

さしずめ深紅の甲冑を纏った騎士。

その背には蒼白く美しい羽が生えたような炎が光り輝き、その全長は20メートル以上あろうかという物体を苦も無く宙に浮遊させている。

体長を上回る長い尾を浮いた肢体に絡ませ、「それ」は静かに佇んでいた。

 

灼熱の如き深紅の肢体。美しい完全なる個体。

 

・・しかし、一点だけ左右非対称の部分がある。その赤い騎士の右肩には何か楔の様な、まるで墓石の様に何かが一つ立てかけてある。

それが唯一、ただただ完ぺきな存在のハズの「それ」を貶しめる様な物に感じた。

そしてそれがその騎士をこれ以上なく怒りに震えさせ、荒ぶらせる根源であるようにも思える。

 

明らかにその赤い騎士―竜騎士は荒ぶっていた。目の前の物をすべて喰らい、破壊する衝動のままに。

 

最後の護衛車両・・六台目が落ちてくる。騎士の目の前に。

騎士はそれにはまるで興味が無い様に見えたが

 

カキン・・

赤い騎士の右手は「収納」してあった片刃のナイフを開くと同時、太陽に照らされた眩い一閃が何の抵抗も無く堅い装甲車を真っ二つに切り裂いた。

いざという時の弾避け程度に考えていた傭兵部隊がほんの数十秒で全滅した瞬間であった。

 

 

「・・・」

 

畏怖すら覚えるほど。自分が生きた、培った経験、修羅場を鼻で笑い飛ばすほどの強烈で圧倒的な存在が今目の前に居る。頭領はトレーラーの天井へ身を乗り出してその光景をただ眺め、

 

―くそ。

舌打ちした。

 

何だと言うのだ。

今までまじめにやってきた。辛い事もキツイ事もやばい事もそれなりに頑張って乗り越えてきた。家族も出来た。同僚も、自分の子供ぐらいの部下も何人もいる。例えどれだけ絶望的な状況でも或る程度の対応は出来る―それほどの経験をした自負もある。

 

しかし。

流石にこれは。

 

―・・これも神の思し召しか。

 

「受け入れろ」と言うのか。これが神の御意思なら抗うことは無意味だ。

 

自分が積み重ねた物をすべて否定され、何の抵抗も出来ず、まだ先のある部下も守る事も出来ずあんな規格外の化け物に殺される事。これが俺の与えられたさだめなのか。

 

 

 

 

紅い騎士と頭領は目が合う。

いや「狙いを定めた」というのが適切な表現だろう。その証拠に騎士は再び機械音の様な音を立て、その右手を凶刃に変えた。触れるもの全てを切り裂く凶刃に。

 

 

・・ズオッ!!

 

騎士の背の蒼い羽根が一層増した強い光を纏い、それをブースターに一気に巨大な騎士の体はトレーラーに迫る。小回りの利かないトレーラーなど到底かわしきれる様な速度では無い。

 

 

―・・・神は偉大なり。

 

 

頭領は覚悟し、祈り、目を閉じた。

 

猛烈な振動と轟音が頭領の男を振り落としかねないほどに車両を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・?」

 

―・・・生きてる?

 

 

トレーラーは何事も異常が無かったかのように未だ走り続けている。もう二度と見る事も無いと思っていた灼熱の太陽の光が目に眩しい。

 

「おやっさぁん!!???何があったんだぁ!!!???何だよ今の振動はよぉ!?答えてくれよぉ!?」

運転席からマハのうるさい声が聞こえ、徐々に頭領の意識を死への覚悟から現実の生に引き戻していく。

 

 

―うるさい。俺だってわかんねぇんだ!

 

内心そう愚痴りながら頭領は辺りを見回す。奴は・・いた。まるで突っ込んできた事が無かった事の様に未だ空中で佇んでいる。しかし、その所作はどことなく先程までに無かった「警戒」を含んでいる様に見えた。

しかし未だこちらを狙っている、標的にしている事は間違いない。

 

―・・・俺が目を閉じている間に一体何があったんだ?

 

混乱しながら大事な商売道具のトレーラーの様子を見る。軽快に走っており、運転手のマハがうっとしうしい位元気な所を見ると車両に特段大きなダメージは・・・

 

「・・げ」

 

・・・あった。

 

トレーラーの積み荷のハッチ周辺にまるで内部から破裂したように大穴が空き、煙が上がっていた。

 

―おいおい。これ補填してくれるんだろうな?俺の可愛いトレーラーが・・。

 

と愚痴りたくなった。

 

なんて一日だ。災難な一日だ。この道30年の経験で大抵の事には驚かないと思っていたが勘違いだ。まるで今日が初出勤日みたいに愚痴りたい事、解らない事が多すぎる。何から手をつけたらいいのか解らない。

それでもすっかり後退した頭を頭領は働かせる。

 

とりあえずまず今知りたい事はあの大穴の原因は何かと、命が風前の灯の状態の今でも仕事人の悲しいサガなのか「積み荷が無事であるか」を確認する事に決定。

走行中のトレーラーの積み荷の上で四つん這いになり、振り落とされない様にそろりそろりと近付く彼の仕事人魂を流石に見かねたのか神は答えを出してくれた。

 

 

ガン!ガン!

 

内部から強引に何かを蹴りとばす音が聞こえたかと思うと次の瞬間

 

バガン!!!

 

両開きのコンテナのドアが両方強引に壊され吹き飛んでいく。

 

 

 

「よっ」

 

 

こじ開けられたドアの上部を掴む手が見えた。

 

 

「ほっ」

 

同時、身軽かつ軽快に躍りあがり、ガコンと音を立て頭領の立つコンテナの上にふわりと着地する。その軽快な動きに常人ではありえない程の運動能力が垣間見える。

 

人間であった。

 

当然頭領はこんな人間をコンテナに入れた記憶は無い。積み荷に手を出すバカもいるので雇った傭兵は絶対にコンテナの中に入れない。

 

要するにこの人間は

 

・・・今回の「積み荷」だ。

 

 

 

 

今回の仕事―

いつも通り頭領はクライアントから何も聞かず、これを所定の場所に運べばいい、それだけの仕事と判断。余計な詮索はいつもの様にしなかった。

しかし内心法外と言えるほど妙に金払いのいい依頼者に内心訝しげだったものだ。

 

本能的に察する。これはヤバイ品だと。

 

縦2メートル横1メートル位の長方形の物体。

 

一応フェンリル傘下の人間の依頼人であり、渡された書類等のサインも正式なもので信用はそれなりにあったが絶対に中身は知ってはならない類のもんだと直感。新型の神機か部品、その類の物かと考えていた。

手付金と成功報酬の過分さが意味するものは口止め料だ。

触らぬ神に祟りなし。淡々と運んで後はさいなら。それが今回の対応で最良だと頭領は長年の勘で直感した。

 

しかし同時に妙な違和感のある積み荷だと思った。

 

妙に軽い。

 

どこかでこんな物体を運んだ経験が何度かある様な気がしたがその時は答えが出なかった。

しかし頭領は今合点がいった。思いだした。

 

 

人だ。

 

死体だ。

 

棺桶だ。

 

しかし今回入っていたのは生きている人間だった。

 

「積み荷」は今解き放たれ、今頭領の目の前に居る状態だ。

 

 

ああ。

 

見てしまった。

 

ヤバイものを。

 

 

 

 

「・・あ、あんたは?」

頭領はおそるおそるそう尋ねた。即処分される可能性も無きにしも非ずだ。自然声も裏返る。

 

でも

 

よくよく考えてみると大して今の状況と変わらないので頭領は悩むのをやめた。どうせ死んで元々だった。

それを恐らくはこの積み荷のお陰でその危機を一度は脱したことはまず間違いない。

 

頭領は開き直った。さらに「積み荷」に近づく。

 

すると「積荷」は答えた。

 

 

「・・。このままのスピードを維持して欲しいと運転手に伝えてください。アイツの相手は俺がします」

 

 

流暢とは言えないアラビア語だが努力が伺える綺麗な発音である。そして何よりもその柔らかな口調、声色は一瞬で頭領にこう確信させる。

 

 

―味方だ。

 

と。

 

 

 

「・・?俺の言葉ちゃんと解ります?」

 

 

返事をしない頭領に心配そうに「積み荷」は少し視線を向ける。

積み荷の性別は男。そしてまだ若い。白く長い外套を羽織って頭にはターバンを巻いており、外見こそこの地域のものだ。しかしサンドホワイトの外套から覗く亜麻色の肌、少し水気が強い漆黒の髪、茶色の目。輪郭沿いの無精髭はまだ柔らかそうで清潔感を損なわない。

 

オリエンタルな雰囲気を醸し出す魅力的な横顔をした青年であった。

 

この国、この地域の人間ではない。

 

「いや大丈夫だ。・・・積み荷の兄ちゃん。良かったら・・」

 

「・・?」

 

「・・俺は英語は話せる。他にもある程度話せる。話しやすい言語で話してくれ。正し運転手はアラビア語以外話せない。指示があれば俺に伝えろ。それでいいか積み荷の兄ちゃん?」

 

「・・・I’m counting on you.」

 

 

 

 

 

そう言って横目で軽く会釈した後、「積み荷」の青年はしっかりと前を向く。

 

 

 

 

2074年中東。

 

 

2072年―極東から姿を消した少年―榎葉 山女。

 

それから二年の歳月が経ち、彼は少年から青年となってやや精悍になった物腰、眼差しを中東の空に向ける。

 

 

 

 

対するは紅い竜騎士。灼熱の如き真紅の体に絶対零度の冷気を纏った竜帝。

 

熾帝―ルフス・カリギュラ。

 

 

 

 

 

「・・・スモルト」

 

エノハは呟く。

 

外套に覆い隠されていた「それ」の高揚を解放するように。

 

中東の風に晒され、靡いた外套から刀身、銃身、盾に至るまで全てが白銀の神機が躍り出た。

 

 

 

 


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