やはり鋼鉄の浮遊城での奉仕部活動はまちがっている。 作:普通のオタク
トールバーナの街に帰ってきた。
キリトとはまた会場で。と社交辞令の挨拶をして一旦別れる。
少しアスナの方に視線を向けていたが雪ノ下……キリトからしたらスノウというHNでの認識だろうが……と一緒にいるのを見てか、特になにかいうこともなくこの場を離れていった。
ふと、街中を歩くプレイヤーの一人に目が行く。
全身を布と革の防具で覆った小柄な影。顔見知り、というか奉仕部と協力関係にある情報屋だった。
アルゴはこちらを一瞥して手を振り、そのままキリトを追いかけていった。
おそらくではあるが、キリトはフロントランナーだし上客なのだろう。
そんなアルゴを見送り、時間を確認する。
「……まだ少し時間はあるが、えーっと、アスナ……さんだっけか。あとスノウ。お前らどうする」
名前は覚えたが流石に関わりのない相手にいきなり完全なタメ口は出来なかった。
「……話すべきことは話したし、私も攻略会議まで休むわ。それじゃ、スノウさん」
凍てついた声で別れの挨拶を告げたアスナ。
「ええ、なにかあったらこの街の教会……は攻略までね。始まりの街の教会が拠点だから。そこに来てちょうだい。いつでも歓迎するわ」
心配しているが制止も出来ないと判断したのだろう。
雪ノ下もそう言って、アスナの背中を見送った。
「……お前、リアルに由比ヶ浜以外に友達いたんだな」
アスナを見送った後、仮住居の教会へと戻る道すがらに軽口を叩く。なんだかんだでボッチ同士。そんな相手はいないとどこかで決めつけていたが……全くそんなことはないらしい。少しばかりショックだ。
だがそんな俺の言葉を雪ノ下は首を振って否定する。
「友達じゃないわ。姉さんの代わりに出た会社とかのパーティーで、お互い居辛く思ってたから時間を潰しあっただけよ。互いに実家の規模が規模だから一緒に居る分には何も言われないの」
サラリと、俺の知らない世界の話が持ちだされた。いやまぁ、なに? 雪ノ下の知り合いだし? そっち系かとは薄々は思っていたけどね?
だが会社が地盤になっている県議会レベルの家柄と対等な規模……一体どこのお嬢様だ。千葉ではないとは思うが。
そこまで考えたが首を振る。知らない世界のことは分からないままにしておこう。関わりも持つことはないだろうし。
同時に、なるほど。と、別の要素では合点が行くことがあった。
「お前とアスナ……さんは俺と材木座みたいな関係か」
「ハイキーくん。流石に訴訟も辞さないわ」
解せぬ。
くだらないことを言い合いつつもだいぶ歩いた。気がつけば、もうこの街の教会が目に入るところだ。戻ったことを告げて、アイテムのオブジェクト化とか。俺達の計画の支度をしなければ。
✕ ✕ ✕
「あっ」
素材を一つ一つオブジェクト化し、箱に分類別に個数を数えつつ詰めるという、内職さながらなことをしながら俺は思わず声を上げた。
仕分けミスでもしたのだろうと見向きのしないのが数人居る中で、こちらに視線を向ける方が大多数だ。
「いや、だれが代表として挨拶するのか決めてなかったと思ってな。順当に行けばスノウなんだが」
仕分けをする手を止めないままそう言うと、今度は雪ノ下がピタリと止まった。
「待ちなさいハイキーくん。どうしてそこで私になるのかしら」
「いやそりゃお前、奉仕部の部長はお前だろ」
いまさら何言っちゃってるのこいつ。お前が部長でないならリアルでの半年ほどは何だったのかと。
俺が雪ノ下に視線を向けると、反対側で武器のオブジェクト化を終えた由比ヶ浜が納得したように声を上げながら会話に入ってくる。
「ゆきのんは外の奉仕部とここを一緒に考えてないんだね。ヒッキーは同じように考えてたみたいだけどさ、この世界での奉仕部を考えてここまで持ってきたのはヒッキーじゃん? だからさ、行動理念? とかも外のとはまるっきり違うじゃない?」
「あー」
由比ヶ浜の言葉に今度は俺が納得の声を上げた。
なるほど。たしかに俺がネトゲの経験を3人の中で唯一持っていたから必然的にそうなっただけだが、理屈は通っている。
だが。
「今回の場で挨拶するのは代表が好ましい。が、俺が大多数の前に立ってスピーチするだけならともかく、質疑応答まで出来ると思ってんの?」
部屋の各所で吹き出した声が聞こえる。お前たちにも関わる問題だからね? 笑うところじゃないぞ。
「いや、ヒッキー生徒会選挙の時スピーチしようとしてたじゃん!?」
「スピーチなんて一方的に言うだけだからな。一方通行の発言は楽だ。作業だからな」
「あなた、よくそれで問題ないとあの時思ってたわね……」
呆れた様子の二人に、俺は理屈を立てることにする。
「スピーチでヘイトを稼ぐ手段なんて言うのはいくらでもあるんだよ。要領を得ない内容。同じ内容の繰り返し。ダラダラ長い紹介。あと明確な悪意を持った批判、嘲りを適宜混ぜればヘイトスピーチの完成だ。そこに対抗馬がいれば完璧だな。ちなみに俺はボッチだから緊張から自動的に4条件の内2つは発揮できる」
「発揮しちゃだめじゃん!?」
よし、由比ヶ浜。そのツッコミを待っていた。
「じゃ、ウイから制止が入ったので俺は必然的に代表候補から除外ってことで」
「あっ……これ、そういうわけじゃないのに! ゆきのーん!」
由比ヶ浜が雪ノ下にすがりつく。この部屋にいる男衆よ、見慣れておけ。これが百合ップルだ。色々と眼福で目の保養になるだろ。
同時に周囲の女性陣の冷たい視線を浴びることになるが雪ノ下は由比ヶ浜をなだめているので絶対零度の視線は存在しないぞ。良かったな嬉しいだろ?
由比ヶ浜をなだめた雪ノ下が口を開く。
「話を戻すけれどいいかしら。私がスピーチした方がいいのは納得したけれど……問題点として私……いいえ。私達の中で専門の用語に詳しいのはあなただけよ。質疑応答で適した答えを出せるとは思わないのだけれど」
「あー……」
言われてみればその通りであった。一月も立てばある程度の用語は身につくが、専門となると話は別だ。ある程度遊ばなければ分からない言葉はいくらでもある。
「んじゃぁ、俺がやるしかねぇのか……」
仕方がない。そう思って話が一区切りかと思った時。
「あの……」
おずおずと、手を挙げる声がある。シリカだ。
「どうかした? シリカちゃん」
由比ヶ浜が声をかけると、首を傾げながら可愛いシリカは疑問を口に出す。
「えっと。どうして分担しないのかがよく分からなくて。代表をわざわざ決めなくても、役割分担してイベントやるのが普通だと思うんです」
奉仕部はこれまででも実際に役割分担をしてここまで成長させてきた。今回に限って代表を決める云々が問題になるのはおかしい。
シリカが言いたい疑問はそういうことで、なるほど正論だ。
たしかに現実での組織運用や行事対応であれば、ここまで難しく考えない。むしろ俺が裏方に慣れるように率先して動くまである。
だが、今回はイレギュラーが入ってくるのだ。
「いいか?」
あー、そっかー。といった仕草をしている由比ヶ浜も恐らく理解していないだろうし、
ここはしっかりと説明をすることにする。
「人は見た目が9割。という言葉がある。これは初対面の印象における現代の解釈だが、見た目のインパクトだけというのはこの世界では通用しない。なぜなら、プレイヤーはレベルが上がれば上がるほど、独特な服装をしたり、レアな装備で身を包んだりする。そして、ゲーマーであるあいつらはどうしてもそっちに目を配る。見た目ではなく、スペック……中身でな」
そう、ネットゲーマーの面倒なところはその嫉妬深さだ。
その装備が羨ましい。そのスキルはどこで手に入る。そういった手合が大多数を閉めるのだ。そして、その興味、好みの評価基準は見た目ではなくスペックとレア度に向く。
そこにデザインという希少性はあまり大きく関わってこない。
「今回も同じだ。俺達は自分たちという利益を売り込む。だが、攻略組の連中の思考や需要はそうじゃない。一人でも戦う仲間が欲しい、だ。そういった需要を超えるインパクトを植え付けなければ、奉仕部という存在を攻略組と対等に見せることは出来ない」
故に。
「まず、代表となる人物が必要だ。それは特徴的であればあるほどよく、強くこちらの意見を通せるだけの我が必要な役柄でもある」
そこまで言って雪ノ下を見る。
「この世界において、女性プレイヤーという希少性は大きい。ましてや、奉仕部の女子陣は見た目はいいからな」
「ハイキーくん。あなた、中身について言明避けてないかしら」
「常日頃から言ってるだろ。ボッチは優れている人間だ。だが、俺は中身が良いとは言ってないぞ」
雪ノ下の言及を避け、説明を続ける。
「なら、後の条件は我の強さ。意見を如何に押し通すかだ。その点で俺はスノウなら確実だと判断していた」
負けず嫌いで語彙が広く、常に冷静。躊躇もなく遠慮も妥協もしない。抱え込みすぎて無茶することもあったがそこは組織でカバーするところだ。
だが。
「スノウの言った通りでもある。質疑応答をどうするか、補佐役で俺が動くのもありだがそうなると必然的に矢面に出るのは俺になる。それは奉仕部という印象を薄くしかねない」
沈黙。唸る声や、ほー。と感嘆する声はあるが、意見を出す声はない。
現状、詰んだかもしれないなこれ。俺がまた動く必要がありそうだ。
そう思い、目線を上げた時。
一人。手を上げてる奴がいた。
「……だったら、部長。私がやる」
それは、3人という選択肢しか視野に入れていなかったから思いつかなかった……いや。考えもしなかった手。
こいつがそんなことを言い出すなんて俺は思いもしていなかった。
だが、それは。いや。これは……どうなんだ。
俺は雪ノ下、由比ヶ浜に視線を向ける。二人は当惑したように、視線を挙手した奴と交わしている。
どうなるか未知数。印象は少なくとも良くないのではないか。
だが、子供がリーダーなら知識不足という穴を自然とサポートする用意も出来上がり、印象効果も絶大だ。なにより。
本来、奉仕部は裏方に徹する組織だ。であれば、やると言った人間を手伝うのが俺達の在り方だった。
「……俺は異議はない。任せる」
俺がそう言ったのを聞いて、雪ノ下は驚いたようだが。
「……そう、ね。それも、いいんじゃないかしら」
同意の声を出した。
由比ヶ浜は最後まで困惑していたが、何も言わない。流れがそうなっているのを察してしまったのだろう。代案もない状態では口に出せないのかもしれないが、快くの賛同はしていないという感じだ。
またあとでしっかりと話す必要があるが、その前に今の攻略会議だ。
「……他に反対する奴は?」
他の子供達に聞いてみるが、何も意見はない。
男子が面白くなさそうにしているが、俺の説明を聞いていた以上は女性がリーダーをするという必要性を理解しているのだろう。不満の解消手段を考えなければ。
問題点や今後の課題は山積みのようだが、最善だと俺は判断し、そいつに目を向ける。
「任せたぞ。ミナ」
「うん。頑張る」
ミナは、力強く頷いた。
思いつきでの路線変更しつつも更新。
だって、こっちのほうが面白そうだもの……原作名有りモブ→ほぼオリキャラの流れは仕方ないとはいえ、個人的にオリキャラは(正確にはオリキャラ無双が)好きじゃない。
まぁようするに、考えているプロットの中で一番ハードなコースにすることがほぼ当確しましたことを書き添えて置きます