やはり鋼鉄の浮遊城での奉仕部活動はまちがっている。 作:普通のオタク
その女性プレイヤーが目を開けたのは5時間ほど経過してからになる。
キリト曰く迷宮のほぼ最深部から連れてきたらしいので、脱出に単身一時間……いや、寝袋の中の人を守るために迂回し、戦闘を避け、護衛をしていたのを考えると倍かかってもおかしくない。
まぁなんにせよ、6~7時間ほど寝ていたことになる。
寝心地の良くない寝袋を使ってそこまで熟睡したのだ。内に積もった疲労の色が濃いことが伺える。
目覚めた瞬間に、電流を浴びたかのような勢いで上半身を上げるものだから俺がビビッタのは言うまでもない。
その女性プレイヤーは俺とキリトを見るやいなや、先ほどの雪ノ下のようにアイアンレイピアをストレージから取り出し、こちらに向けて構える。
「構ってくると思ったら……そういう狙い?」
その視線はキリトを一睨みしてから、俺の方へと移る。と、いってもチラリと視線を向けられただけだが……そこに乗った怒りの感情は、俺が今まで受けたことのないようなレベルであったため、思わず後ろに一歩下がる。
そのまま、俺の隣に視線を向けた女性プレイヤーは……表情を凍りつかせた。
怒りが抜けた……とは言わない。けれど、驚愕に目を見開いている。
その視線の先にいる人物……雪ノ下雪乃は、目を逸らすことなく口を開いた。
「久しぶりねアスナさん。顔を見た時には驚いたわ。些か、HNが不用心だと思うのだけれど」
「雪……あなたが、なぜここに? いえ、なんでこんな二人と一緒に」
こんなで悪かったな。
俺が悪態をつくのとは逆に、堂々と口を開いたのはキリトだ。
「俺は君の持つマップデータのロストが勿体無くて君をここまで運んできた。この二人はこれからあのダンジョンに挑もうとしてた行きがけのプレイヤーだ」
キリトの説明に少し戸惑ったようだが、アスナと雪ノ下に呼ばれたプレイヤーはそれを聞くと、自身の持つアイコンを開き、マップデータをオブジェクト化した。
「これで、いいでしょう? 私は行くわ……最後に知り合いと会えたのは、少しだけ嬉しかった。それだけは、礼を言うわ」
アスナは踵を返し、再び迷宮に潜ろうとする。
雪ノ下は何かを言おうとする物の、口を開けずに居た。
俺はそもそも彼女との接点がない。
どうしようもなかった。だが、そこで口を開ける存在が一人いる。
「待てよ、フェンサー……アスナさん、だっけ?」
俺の隣のキリトさんである。キリトさんマジカッケー。
ここで堂々と声かけられるとかボッチ仲間だと思っていたが、どうやら違うらしい。そこはちょい残念だ。
俺がキリトに関心を向けている間にも、アスナは奥へと歩くがキリトの交渉は続く。
「あんたも、基本的にはゲームクリアをするために頑張っているんだろ? 迷宮で死ぬためじゃなく。なら、<会議>には顔を出しても良いんじゃないか?」
「…………<会議>?」
会議の存在を今はじめて知ったのだろう。怪訝そうにアスナは口を開いた。
「ああ」
ようやく反応を見せた相手にキリトは堂々と言う。いや、別にお前の戦果じゃないけどな。会議。
「今日の夕方、迷宮区最寄りのトールバーナの町で、一回目の<第一層フロアボス攻略会議>が開かれるらしい」
俺達もボス攻略への参加目的ではないがそれに参加することを、この二人はまだ知らない。言ってないしね。
✕ ✕ ✕
ここからトールバーナまで4人で戻ることになった。
俺とキリトで先行し、アスナと雪ノ下が後ろをついてくる。
二人は何事かをポツリポツリと話しているが、あいにくこの世界での盗み聞きはそっち方面のスキルを取らなければリアル程上手くは出来なさそうだ。
俺は諦めて黙ってトールバーナへの道を歩くことに専念することにした。
「なぁ」
「お、おう。どうした」
そんなことを考えてたら隣を歩いているキリトがいきなり声をかけてきた。
喋る時は喋るって一言言ってね? びっくりしちゃうからさぁ!
そんなこっちの事情はお構いなしに、キリトは前を見ながら口を開く。
「ハイキー達は子供プレイヤーの保護と雇用をした。それによって人員を手に入れて金を稼ぎ、素材を集めた。ここまでは理解できるよ。リソースを持つってことはそれだけ生きやすくなるからな」
奉仕部の活動理念は簡単には説明した。このリソースを手札として切ることも理解されたのだろう。
「けど、装備を必要以上に貯めこむことに意味はあるのか? 何個同じアイテムが存在しても問題ないが、たとえばアニールブレード。これを欲しているプレイヤーからすれば、ある種の独占行為だぞ」
キリトの指摘はもっともだった。俺達が狩りを続けた影響からか、アニールブレードは……正確に言えばリトルネペントの胚珠は……ドロップ率が落ちているという報告も来ている。きっと俺達がただ蓄積目的でやるのなら潮時なのだろう。だが。
「……俺達は確かに装備を集めている。が、実のところ、集団として保管している個数はアニールは10本ちょっと。スノウの持っているウィンドフルーレは保管用が6,7本。他の分類の装備もせいぜいが5,6個程度しかこの一月で集まってないんだよ。何故か分かるか?」
一月でこの数を多いと見るか、少ないと見るかはわからない。が、キリトは理解が出来ないと首を振った。
たとえばアニールブレードは運も絡むが、時間がかかっても1日に一本は手に入る。
一月で個人所有分を差っ引いてはいるが10程度しか貯まらないというのが通りが通らないのだ。
そこに、俺の言いたい理由がある。
既に、奉仕部は活動を開始しているのだ。多くのプレイヤーが……少なくとも、ベータテスターに遅れる形で動き出したプレイヤーのそれなりの数が認知しているという自負はある。この自信の源はどこから来るのか。それは。
「入手した側から、ホルンカの村にクエストを受けに来たプレイヤーにアニールブレードを無償提供した。他の装備も同様だ。そのプレイヤーたちからすれば、時間をかけずにレア装備を手に入れれて、その空いた時間でレベリングや金策に励むことが出来た。その際、俺達のパーティーについて聞いてこないプレイヤーが居ると思うか?」
礼を言うため。単純に疑問に思い。なんの思惑があってか。
理由はそれぞれだろう。だが、聞かずに入られない。それが人の心というものだ。
そして。
「十分に仕込みはした。今日、俺達は本格的に名を売り、活動させてもらうつもりでいる。お前も攻略組なら、これからご贔屓に頼むぞ」
攻略会議にて俺達は貯めこんだ装備を無料配布し、これまでの貢献と今回の功績という盾を持って攻略組と対等の必要な存在と認めさせる。
これが、奉仕部としての「アインクラッド攻略手段」だ。