やはり鋼鉄の浮遊城での奉仕部活動はまちがっている。 作:普通のオタク
デスゲームが始まった時から、俺は何を考えて行動していただろうか。
一番初めに思いつくのは広場でのことだろう。
雪ノ下と由比ヶ浜を探すために、他人を利用した一件だ。
なぜ見つけたかったのか。それの答えは既に出ている。
彼女たちが大切だったから――なぜ大切だったのか。
俺の求める物を、何を求めているのかを。彼女たちは知っているから。そして、本物に近しいからだ。
この観点ではここで止まってしまう。
では、奉仕部活動についてだろうか。
なぜ、奉仕部の活動を俺は模索し、提唱し、実現できる一歩手前にまで持ってきたのか。
俺と雪ノ下が攻略を望んだからだ。
現実へ戻りたかった理由はなんだ。その時は俺は考えていなかった。いや、考えてはいた。先ほど出した会いたい人などとか、そんな理由ではなかっただけだ。
ではなぜだ。このミナという少女のためではない。彼女は、プランを作るためのピースになった。だが、それは前提が成り立っている図式に後から組み込んだ要素に過ぎない。
振り返り、思いだせ。
ミナと出会う前、宿屋の一室での会話は俺が俺の理由で動くための理由をしっかりとくれていた筈だ。
メッセージの送信履歴を見る。より具体的に思い出すために。
見るのは当面の目標を送った一通。
・当面の目標:攻略組、始まりの街のプレイヤーの支援による擬似的な奉仕部活動。ただし始動までに相応の準備が必要
・実際の行動:レベル上げを近辺でしつつ情報収集。奉仕部の活動のためにもいろいろな武器を使って行うべきか
・前提条件:安全第一。絶対に死なないこと
この時には大まかながらも奉仕部として動く案を上げている。この後の狩りの帰りでミナと出会ったのだから、もう少し前だ。
振り返る。
そして、思い当たった。
俺達が平然と自分の命を危機に晒そうとして、由比ヶ浜は泣いたのだ。
だからこそだろう。俺が命を危機に晒さない手段を言った理由は……二人を危機から遠ざけたかったからだ。由比ヶ浜の涙の理由を、彼女から聞いたからだ。
即座に、俺は自分の言葉を訂正した。
由比ヶ浜の望みを許容するためだ。
お互いの自己満足を押し付け合い、許容できる存在を本物として望んだ以上、俺は許容できる範囲の彼女のわがままを許容したのだ。
そして、現実とそれを擦り合わせた。
僅かなリスクを妥協し、軽減手段として若いプレイヤーを利用しようとし、最大の攻略支援を行う奉仕部というスタンスの基礎を組み上げた。
それが俺の組み上げたプランの正体。奉仕部『のみ』を守りぬく。これが本物を求めた上での俺の答えだ。
ミナ達を巻き込み、危険にさらしていい理由などこれっぽっちもない、独善的で、人道など投げ捨てた理由だ。アルゴの否定を見ないふり、聞かないふり、無視してでも組み上げた今の俺の出せる答えだ。
これを踏まえた上で。もう一度俺は自分に問う。
利用しようとしてしまった彼女の恐怖心に俺はどう対処し、彼女に自分の意志で判断をさせるのか。
彼女の口から零れ出た感情は……欲求は、会いたいと死にたくない。
ならば彼女は外に出ること自体を拒否しているのではない。死ぬことを拒否しているのだ。その恐怖に抗うのは困難だ。
だれだって当然のように持っている感情だからこそ、それはより一層困難なのだ。
考えろ、比企谷八幡。
「……すまん、ミナ。俺は大分無茶を言った。いや、違うな」
言葉は、自然と口からこぼれた。
「俺は、利益だけ見てこの計画をお前に話していた。メリットだらけの提案になら、自分から子供は乗ってくるだろとな。メリットがあるから、無茶を言ったところで乗ってくると、お前たちを軽んじていたんだ」
「ヒッキー……」
「ハイキー君……」
二人は俺の名を呼びこちらを向き、ミナは顔だけこちらに向けた。その顔は涙で濡れていて、俺の心に確かな重みを与えた。
だが、今はそんな重みにかまっている暇はない。構わずに俺は言う。
「けど、そんなわけがないよな。当然だ。誰だって生きたい。誰だって家族にもう一度会いたい。誰だって、怖いんだ。その当たり前を、俺は軽視していた」
由比ヶ浜が涙していたのを見ていたのにだ。
「だから、すまん。だが、その上で頼みたい」
自分の失敗を、正しく精算できているという確証はない。これでは足りないかもしれない。間違っているかもしれない。
「俺達に手を貸して欲しい」
だがそれでも。俺が俺の理由で組み立てた俺のプランだ。責任は俺にある。
誰かを頼るのならば、俺は頼む必要があったのだ。
材木座のように利用しても心が傷まない相手ならまだしも、ミナは……子どもたちはそうではない。
ならば俺は、俺にできる精一杯をやるしかないのだ。
最初から、それしかなかった。そんな簡単な事にも気がつけなかった自分の愚かしさが嫌になる。
自己嫌悪と、謝意と、精一杯の誠意を持って。
俺はミナに頭を下げた。
ミナの嗚咽だけが、今オレたちが居るこの通りに響いている。
それが止むまで、俺は頭を下げたままで居た。
✕ ✕ ✕
思い返せば、初日から俺は全く睡眠を取っていない。
そんな状況で街の外に出ている俺は周囲から見たら愚か者以外のなんでもないだろう。
それでも、街明かりで見えなくなる星を見れる暗さを俺は望み、街の外に出ていた。理由なんてない。それこそ気分だ。
街の外壁を背にして座っているため、まれに通るモンスターも俺をターゲットにはしない。どうやらボアはこちらから攻撃しようとする意識を向けなければ攻撃には移らないようだ。
壁に身をまかせ、空を見上げる。
人工的に作られたものとは思えない、確かな輝きを放つ星々がそこにはある。
「いい夜空ね」
声がかけられ、そちらに目を向けるとスノウが居た。
「隣、いいかしら」
「ご自由にどうぞ」
俺が答えると、スノウは俺の隣に腰掛けた。近い。距離感がさっきも思ったがおかしい。
なにか言おうとも思ったが、なんと言えばいいのかもわからない。結局そのまましばらくの間、俺達は沈黙の時間を過ごした。
彼女が何を考えているのか。そんなこと、分かるわけもない。
それでも、部室で過ごす時間のように、自然とリラックスできる時間が過ぎているのを感じる。
寝不足もあり、ついつい眠気に負けそうになる程度には肩の力も抜けていた。
そんな様子を見てか、彼女が先に口を開いた。
「ずいぶん、いつもと違うやり方だったわね」
「ん……まぁ、な。あの時も言ったが、今回の非は全部こっちにあった。こっちは頼む側なのに、相手の気持を軽んじ、泣かせた。なら、やるべきことは人として当たり前の行動だ。シンプルイズベスト。理屈をこねるよりも、誠意が必要だった」
百の言葉よりも一の行動が答えになることもある。身を持って俺はそれを知った。今回の一件はそれだけの話しだ。
「……そこで全部俺に非があった。と言わないのだから上出来よ」
スノウはそう言ってクスりと笑う。
俺からしたら、お前の方が変わったと思うとか言いたくなったが、やめた。俺の知らない彼女の一面がまた出てきただけなのだろうし。
代わりに無難な言葉を投げる。
「二人はどうしてる」
「宿で寝ているわ。泣き疲れたのもあるのでしょうね」
「そうか」
会話はそこでまた止まる。元から、居心地のいい沈黙だったのだ。無理して喋る必要もない。
そうして俺はまた空を見上げる。遠い何かを、見えない星を探して。
第0部は次回で終わり、その次からは第一部、第一層ボス討伐編の予定です。
大分ゆっくり、じっくりな内容での更新なのは代わらないつもりなので、じっくりお付き合いください。
お気に入り、300件突破です。皆様、これからもよろしくお願いします