やはり鋼鉄の浮遊城での奉仕部活動はまちがっている。   作:普通のオタク

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これからも、このような作品で良ければ見ていただければ幸いです。


らしくもなく、ハイキーは手を差し伸べる

夕方頃、前日と同じように狩りを切り上げて街に戻る。

どうにか由比ヶ浜と雪ノ下のレベルが2に上がったので目標は達成と言ったところだろうか。

その道すがら、由比ヶ浜がステータスタブを眺めながらウンウン唸っていた。

どうやら、レベルアップボーナスの振り分けに悩んでいるようだ。

「ねぇ。二人はこの3ポイントどう割り振ったの?」

「私は筋力1の敏捷力2よ。筋力も上げていかないと装備可能な範囲が広がらないみたいなのよね……」

「俺はその手の心配とは暫く無縁だから敏捷力3だ。3レベル時点で筋力に1だけ割り振って1:5の割合で伸ばすつもりだな」

「なるほど……」

そう言ったきり、再びステータスタブとにらめっこを再開する。

うんうんとか、でもなー、とか悩む声がこのままだと街まで続きそうだ。まあ悩むのは楽しいが、こんなところで躓かれても困るんだよなぁ。

そう判断し、口を開く。

 

「ま、片手直剣ってレイピアより重そうだし筋力2の敏捷力1でいいんじゃねぇの」

「そうね。このゲームの公式サイトをダイブする前に確認したのだけれど、基本的にもう片方の腕には盾を持つのが主流みたいだったから……少し多めに筋力に割り振っておくと良いかもしれないわね」

雪ノ下。さんそんなこともしてたんすね……。

相変わらずたとえゲームでもやるとなったら本当にとことんやる奴だ。

「そう、なんだ……じゃ、そうしよっかな」

由比ヶ浜も雪ノ下の言葉に納得したのかそう割り振ってステータス画面を閉じた。

「お前、スキルスロットも悩んでたしな。結局何で埋めたんだよ。あれ」

俺の質問に由比ヶ浜は笑顔を浮かべて目をそらす。

どうやらまだ決めていないらしい。

「……ま、何でもいいが、決めなきゃ伸ばせないってことは頭に入れとけ。時間は有限だし、伸ばせる間はスキルを伸ばすのが効率的だ。昨日も言ったが、趣味スキルでも伸ばせば金取れるレベルになるしな」

かなり先の話ではあるが。

由比ヶ浜はそれを聞くと少し迷った後メニューウィンドを操作し、少ししてからそれを閉じた。会話の流れからして恐らくだがスキルを決めたのだろう。

「何にしたの? ウイさん」

雪ノ下が興味を持ち訊ねた。スキル等の詮索はマナー違反なのを後で教えておくとして、由比ヶ浜が何を選んだのかは気になるので俺も視線を向ける。

由比ヶ浜は、エヘヘ、と少し照れたように笑いながら言った。

「料理スキル!」

 

暫く後になるが、雪ノ下にこの時の互いの表情についてを尋ねる機会があった。

雪ノ下曰く、俺の目はいつもより1段階ほど濁り腐っていたという。

 

× × ×

 

始まりの街に戻ってすぐ、俺は二人を連れて昨日の少女……ミナの元に訪れる。

幸いなのか律儀なのか、ただ単に昨日から動いていないのか。彼女はそこに居た。

「よっ」

簡単な挨拶をしながら俺は昨日掴んだ距離感を取りつつ、彼女の右側に腰を下ろす。

一緒に居る二人は少し悩んだ後に俺の右側に並んで座った……のだが。

近い。距離感近い。もう少し距離を置いて欲しい物だ。

「……異性を集めるのが答え?」

そんな様子を見てか、軽蔑したような視線とともにポツリとミナから覚めた声が飛んで来る。雪ノ下級の冷たさまである。

「待て、違う。誤解だ。こいつらはリアルの知人だ。他意はない」

ミナの間髪入れない指摘に即座に反論した。ホラ見なさい。誤解されちゃったじゃないの……言い訳を信じてないような視線を向けられてるが気にせずに話を進めることにする。

俺は今日の収入から幾らかのコルをオブジェクト化した。

 

「いつ開放されるか分かったものじゃないからとことん節約する。お前は昨日そう言ったな。だが、節約しようと浪費されることに変わりはない」

そう言いつつ、300コルを俺達の間に置く。

「これは契約金だ。活動内容はこれからまた説明するが、お前が俺達の活動に参加するならこれを渡す。給料は月額1000コル前後。昇給あり。そこに追加でモブを倒した時の自動分配される分もお前の給料だ」

俺の説明にミナは反応こそしたものの、まだ契約金に手を伸ばすには至らない。むしろ、内容を反芻したのか少し距離を取られた。

「……私も、外に出て戦わないといけないの?」

「少し給料下がるが別の仕事も用意してある。……だが、人数が集まらないうちは近隣には出てもらうことになるだろうな」

そしてそのまま配属替えを言わずにズルズルと素材集めの業務に配属されるまである。 やだ、思ったよりもブラック企業かも。

俺の返事にミナはそう。と呟くだけだ。このまま、拒否の言葉を言わせてしまえば、そこで話が終わりになってしまう。一度断ると決めたらもう一度踏み出すのは中々に難しい。

俺はそう判断し、これ以上の反応を待たずに即座に話題を口にする。

「説明だけはとりあえず聞いてくれ」

そして、いつものようにインスタントメッセージを利用しての仕事内容を説明した。

 

俺が説明を終えるとミナは首を振り、ポツリポツリと言葉を漏らす。

そこには先程までの冷たさも、鋭さも無い。

年齢相応の不安に揺れる声色だった。

「お兄さんたちが色々考えてるのは分かったよ……けど、怖いよ」

ミナは膝を抱え、俯く。

「生きて帰りたい。お母さんに会いたい。お父さんにも会いたい。おじいちゃんにも、おばあちゃんにも友達にも先生にも!」

 

それを聞き、俺は思う。

ああ、また間違ってしまったのだろう。と。

アルゴが道徳的に間違っていると教えてくれたのを。

それでも進んだ結果がミナの慟哭だ。彼女の叫びは恐怖から生まれる本物だ。

負の心理のサンプルはいくらでも俺の中にあると、平塚先生との会話で自覚していたはずなのに。恐怖という感情を軽視して良いわけがなかったのに、俺は進めてしまった。

俺が求めている本物は、こういう意味の物ではないのに。

関係性を示すような何かが一番近いはずなのに。

この世界に来てからは恐怖からくる本物ばかりと関わってしまう。

だからだろうかと、自問する。

だから俺は目の前の本物に一番近い何かだけをひたすらに考慮して、他を捨てるようなことをしていたのではないだろうか、と。

ならば、今俺がするべきは、己の間違いを正すことだ。そのために、今度こそ正確に間違いを把握しなければならない。

そうしなければ、ミナに俺達の出した答えは届かない。

視点を少しずらせば、別の失敗も目に映る筈だ。

思考速度を上げろ、比企谷八幡。彼女が一度無理といえばそこまでだ。時間はない。ボッチの深い思考力をフルで活用する時が今だ。

己が潰した可能性を、急いで考慮する。

俺達が干渉しなくてもいずれ、許容量をオーバーして彼女は弾けたかもしれないが、逆に整理を終え、別の結論に辿り着いたのかもしれないのだ。

その可能性を奪ったのは俺だ。

ミナが、理性で恐怖を必死に抑えこんでいたところを俺達が干渉してこじ開けてしまった。その結果、彼女だけのではなく俺達自身の本音もを開く展開になっていないだろうか。

自分を例に考えるのは傲慢だが、俺が参考にできるのは俺の心理だけだ。

ならば、そこから推論を作る。

小町や戸塚。平塚先生。一色。母さんにも会いたい。川崎も、何なら葉山のトップカーストグループも入れてやろう。普段は割りとどうでもいいと思っている材木座。あとついでに親父にも。ボッチの俺がここまで会いたいと思える相手がいるとは、自分でも驚きだ。

雪ノ下は家族をよく思っていないかもしれない。よく分からないのが正直なところだ。だが、俺であれだけ居るのだから彼女もそうだろう。

雪ノ下とは逆に推測しやすいのは由比ヶ浜だ。彼女は俺以上だろう。トップカーストの横のつながりや、彼女自身の交友関係の幅が存在する以上、こんな状況下で不安にならないはずがない。

他にないかと、自分の心に問いかける。

生きたい、と。思い浮かんだ。だがこれは死にたくないと既に言っている。他にはないか。自分に問いかける。

出てこない。極限状態で人が思うのは誰かに会いたいという思いなのだろうか。

俺だけかもしれないが、他の答えは物欲やアレやってないなどの後悔だ。後回しにできる感情だ。

 

会いたいと、生きたい。この2つからどう発展させれば、俺は自身の間違いを正せるだろうか。

感情の爆発から涙を流し始めたミナが目に映る。由比ヶ浜が彼女の隣に座り、泣き止ませるために背を擦り、抱きしめている。

簡単に他人を利用し、頼ろうとした自分に腹が立って仕方がない。

ならばどうする。比企谷八幡。


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