胡蝶銀夢   作:てんぞー

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七匹目

 黒塗りの高級車が目的地に近づくにつれて速度を落として行く。そこへ近づく前に一度自分の姿、灰色のスーツにボルサリーノ帽姿に何らおかしなことがないのを確認する。多少着崩してはいるが、それでも十分フォーマルという範疇に入る恰好だ。横へと視線を向ければ同じように赤いスーツを着崩した世果埜春祈代の姿があり、世果埜春祈代とは逆側へと視線を向けると、そこには何時も通り無表情で無感情の摩理の姿があるそれを確認し終えたところで車がゆっくりと、その動きを止め、運転手席から何時も通りの恰好の”傭兵”が顔をのぞかせる。

 

「運転するだけでお給料貰えるからおじさん、このお仕事好きだわ」

 

「給料カットするぞオッサン」

 

 苦笑を漏らしながら世果埜春祈代が扉を開けて車から降り、此方も世果埜春祈代の座っている右側から降りる前に摩理へと視線を向け、軽く頭を撫でてから顔を寄せる。

 

「いいかい、摩理ちゃん。食べ過ぎは駄目だ。しっかり”傭兵”のオッサンの言うことは守る事。でもセクハラされそうだったら渡しておいた手榴弾で殺しておくこと。冷蔵庫の中に入れておいたドーナッツは三個までなら食べていい。あとアゾマンに新作のゲームとノベルをいくらか頼んだから、しっかり受け取っといてよ」

 

「なんか心配性の母親みたいだな」

 

 うるせぇ、と世果埜春祈代に応えながら摩理に一回だけ視線を送り、頷きを貰って満足する。車を降り、懐から”蛮族”として戦闘する時に着用する目元を隠すメタルマスク、それを装着する。金属質の鉄色に赤い文様の入ったそれは少々世果埜春祈代に影響されてのデザインかもしれないなぁ、なんてことを思いつつ運転手席の窓を叩き、”傭兵”にゴーサインを出す。サムズアップを向けた”傭兵”はそのまま去って行く。

 

 去って行く車を見送り、摩理を無意味にdレスで飾ってみたけどかわいかったなぁ、なんてことを思いつつ、視線を戻す。

 

 そこには巨大な客船があった。

 

 客船と陸地を繋ぐ乗降口の前には黒服のガードマンが存在し、その横にはほんのおいてある台が存在している。仮面を装着した世果埜春祈代を確認し、視線を合わせて頷いてからガードマンの前へと立つ。

 

「招待状をお願いします」

 

 懐から招待状を二枚取り出し、それを黒服へと渡す。サングラスで顔を隠している為表情は伺い難いが招待状を確認すると本に何かを書き込み、そして招待状を返却して来る。受け取ったそれを再び懐の中へと戻す。

 

「確認が完了しました。"蛮族”様に世果埜春祈代様ですね。基本的に仮面の着用は身分を隠すためのものであり、それを取って身元が判明した場合の責任を我々は取りません。なお船内での戦闘や窃盗、迷惑行為は強制排除にも繋がりますが宜しいでしょうか」

 

 手を軽く振って了承を伝えると、黒服が武器の持ち込みを行っていないか、簡易的なボディチェックを取り、漸く乗降口を通れるようになる。黒服の横を抜けて足場を渡り、そうやって客船へ、

 

 ”裏”のオークション会場へと到着する。

 

 船の甲板に到着し、軽く船内の気配を探り、人の集中している場所を把握しておく―――そこがパーティーの会場だろう。特にうろうろする理由もないため、そのまま言葉を交わさずに真っ直ぐ船内、パーティー会場まで移動する。船内はどこもカーペットが敷き詰められており、黒服やグラスを片手に歩き回る仮面姿の他の乗客たちが見える。誰もがきらびやかなドレスや、高級そうなスーツやタキシード姿から、相当な金が今、この船内で回っているのが解る。

 

 数十秒後、広いパーティー用の空間に到着し、漸く世果埜春祈代が溜息を吐くように口を開く。

 

「俺、こういう雰囲気苦手だわ。なんか背中がムズムズするわ」

 

「俺も基本的に路地裏人間だからなぁ、あんましこういう雰囲気は好きじゃないけど―――まぁ、メシとかは無料だしね?」

 

「それを早く言えよ!」

 

 はっはー、と叫び声を上げながら世果埜春祈代が邪魔な仮面を外してパーティーテーブルへ走って行く。世果埜春祈代の様なフルフェイスタイプの仮面は食べたり飲んだりするのに邪魔になる為、当たり前と言ってしまえば当たり前だ。小さく笑いながら歩き、パーティーテーブルの上に置いてある料理を根こそぎ取り皿の上に乗せ、自分も食べ始める。

 

 招待状を入手するのに数千万かかったのだから、その分は食べて取り戻さないといけない。

 

 結局使っているのは特別環境保全事務局の金なのだが。

 

 だから結局はタダメシなんだよな、と呟きながらパーティールームを見渡す。部屋には割と多くの人がいる。一般的なオークション会場と比べればその人数は少ないが、それでも少なくとも二十人以上はこの部屋に存在している。そして仮面でその素顔を隠す人物達は、仮面を隠していてもその声や、仕草、見えている身体的特徴から同化しておいたデータベースを通じて、どういう人物か、一体誰なのかを把握する事が出来る。少なくとも政治家と思えるような人物がこの会場には今八人以上いる事を確認できた。日本人、外人と区別はつけないが、

 

 割と腐っているな、とは思える。

 

 普段ならここら辺で問答無用の腹パン祭を開催するところだが、今回のイベントは目的があって参加しているのだ、ここで暴れて台無しにするわけにはいかない―――責任と夢は場合によって重い鎖になる事を再確認しつつ、世果埜春祈代に近づく。

 

「お前、ここの話は一体どこから聞いたんだよ」

 

「”司書”からだよ。アイツ、色々と情報を溜めこんでるしな。青播磨島をチラつかせたら色々と教えてくれたわ。まぁ、基本がギブ・アンド・テイクだし、アイツ結構色々と溜め込んでるからそこまで持って行くのがめんどくさいんだけどな。それでも今回のこれは使えそうだし―――利用させてもらう事にするぜ」

 

 ―――裏オークション会場。

 

 合法違法関係なく、多くの高額商品を取り扱うオークション。その中には絶滅危惧種とされる動物の他に人間を、奴隷までも扱うとされている。実際にこうやって参加するのは初めてになるが、それでも噂通りの場所だと認識する。政治家や有名なスポーツマン、お金の余った投資家や、マニアやコレクター、そういった人物達の為に開かれる腐ったお茶会、それがこれになる。そこに今回、

 

 虫憑きが出品されるという話があった。それを利用できる、と世果埜春祈代は判断した。

 

 脳筋で脳死してヒャッハーしている様に見える世果埜春祈代ではあるが、実際は頭のキレる男だ。そもそも世果埜春祈代は存在が自分や摩理と同じ”生まれた事が間違い”のジャンルに入る怪物だ。世果埜春祈代が暴れまわり、馬鹿の様に振る舞っている理由は自分と近い―――あまりに考えすぎると答えが出てしまい、楽しみがなくなってしまうから。

 

 生まれた時から強者が確定していた、故にやろうと思えば出来てしまう、そういう存在の一人。

 

 故に考えれば上手く行く方法は思いつく。それで思いついたのがこのオークションを利用し、花城摩理を―――モルフォチョウに眠る”ハンター”を呼び起こすという話だった。

 

 既に一度、記憶を探られてモルフォチョウの中の摩理が亜梨子を乗っ取る形で目覚めた時があった。その時は偶然発生してしまったが、似た様な方法で人為的にそれを生き起こす事を世果埜春祈代は狙っている。亜梨子の性格を加味し、”かっこう”の優しさを計算し、そしてこの場所、状況、虫憑きが売られているという状況を利用する。非常に賢いやり方だ。ここで亜梨子を追いつめれば、おそらく摩理が出てくるだろう。

 

 ―――それは自分にとっても、色々と確認する為にはちょうど良い事だ。

 

 と、そこまで思考した所で、船に近づく隠しようのない気配を、悪寒と共に感じ取る。”天敵”が近づいてくる感覚に怖い怖い、と内心で呟きつつ、壁の方へと移動し壁に背中を預けながら視線を会場の入口へと向ける。それで意図を理解したのか、ハルキヨが食べかけだったハンバーグを口の中へと放り込み、その上から仮面を被る。

 

「やべ、仮面の内側にソースがついた。すっげぇデミグラ臭い」

 

「笑わせるのはやめろ、それは俺の腹筋を殺す」

 

 笑わない様になんとか我慢しつつ、視線を会場へ入口へ向け続けていると、そこに入ってくる姿が見える。戦闘を歩くのは案内の黒服だが、それにつられる様に歩くのは正装している特徴という特徴のない青年の姿だが、その凶悪なまでの戦闘者としての雰囲気を隠さない存在、”かっこう”だ。それに続く様にドレス姿の少女を二人連れている。一人は外国人に見える金髪の少女で、もう一人が黒髪のポニーテールの少女だ。片方が”霞王”という虫憑きである事は事前の調査で知っている。

 

 つまり、もう片方の黒髪の少女、彼女が一之黒亜梨子になる。写真を通しては知っていたが、こうやって生を見るのは初めてだった。つまり生亜梨子―――何故か響きがエロイ。

 

「生摩理……!」

 

「ついに狂ったかお前。喰いすぎたか? 色々と」

 

「まだ大丈夫。偶に自我境界を見失いそうだけど摩理ちゃんを思うだけで私は元気です」

 

「末期じゃねーか。本当に大丈夫かよお前。色々と不安になってくるぞ」

 

 夢を、記憶を同化するという事は”混ぜる”という事であり、自分の意思の力が、心の力が同化したものに抵抗できないと、そのまま侵食されて逆に体を乗っ取られてしまう。なのであまりに大量に同時に同化すると、文字通り自分を見失ってしまうのだ。今の所、自分に匹敵する精神力の相手というのに出会ったことないからまだ平気だが―――自分の様な精神的怪物相手に同化は無理かもしれない。

 

 そんな事を思っている間に、此方と世果埜春祈代に気付いた亜梨子一行が視線を向けてくる。さり気なく”かっこう”と”霞王”が迎撃姿勢に入るのを認識しながら、両手を持ち上げて交戦の意思がない事をポーズだけでも無言で伝えておく。その間に、世果埜春祈代が仮面を取ってようこそ、と口を開く。

 

「お前なら誘いに乗ってくれると思ってたぜ一之黒亜梨子」

 

 長身故に世果埜春祈代が若干、見下すような位置形で視線を三人へ送っている。その姿に、亜梨子は少しだけ汗を浮かべているような表情を見せ、小さく”かっこう”がやっぱりと呟くのが聞こえる。その手には銃が握られてはいないが、何時でも同化出来る様に、待機済みであるのはその気配から理解できる。

 

 亜梨子の額に汗が流れる。流石に緊張しているか、と思いつつ視線を向けると、亜梨子が此方へと視線を向けていた。

 

「ご招待に預かり光栄だわ。で、此方の方は―――」

 

 壁から背を離し、大きく腰を曲げて礼を大げさに取る。

 

「初めまして一之黒亜梨子ちゃん。本名は鉄比呂、職業は虫憑き、コードネームは”蛮族”。蛮ちゃんとも比呂君とも比呂とも好きな風に呼んでくれ。摩理ちゃんの友人なら俺にとっても友人だかんな。あとそろそろ”かっこう”の視線がマジで怖いからどうにかして。いや、ホントマジで。”かっこう”と戦うと蛮ちゃん即死する運命だからマジ戦いたくないの。止めてください」

 

「お、おう」

 

 自己紹介からの捲し立てるマシンガントークに亜梨子が若干引け腰になるが、そこで一旦動きを止め、そして此方がどういう存在なのかを思い出したのだろう。そしてそれが、”かっこう”と”霞王”が問答無用で此方を殺しに来ない理由。

 

 アリア・ヴァレィが殲滅されたと思われている今、花城摩理、”ハンター”という虫憑きに関して一番情報を多く持っているのが俺だから。

 

 故に最優先抹殺対象でありながら、”かっこう”も”霞王”も殺気を当ててくるだけで動かない。

 

「”かっこう”さんもそんな殺気チラチラしてるとモテねぇぞ! 無個性を厨二系殺気キャラで埋めようとか最悪にも程があるぞ」

 

「亜梨子、こいつを殺させてくれ。頼むから」

 

「待ちなさいよ大輔。こいつ情報持ってるんでしょ? 持ってるのよね?」

 

 亜梨子の視線が此方へと向けられ、そしてそれを受け止めてから世果埜春祈代へと視線を向ける。そこで世果埜春祈代視線を合わせ、そして同時に口を開く。

 

「たぶん! 持ってるといいなぁ!」

 

「かっこ―――」

 

「ストップ、ストップ!」

 

 青筋を浮かべ、迷う事無く虫との同化を始めようとする”かっこう”を亜梨子がチョップで止め、そしてそれを”霞王”が背後からげらげらと笑いながら見ていた。意外と亜梨子一行の団結力は低いのかもしれないなぁ、なんて思っていると、世果埜春祈代が愉快な状況に笑いを零し、言う。

 

「―――ようこそ、最悪のオークションパーティーへ」

 

 こうして、役者を揃えた豪華客船”天鳥”が動き出した。




 亜梨子
  摩理ちゃんの日常の象徴。蛮族はちょっとだけ嫉妬している模様

 ”かっこう”さん
  ヒーロー属性の塊。絶対虫憑き殺すマン。絶対生還するマン。

 ”霞王”ちゃん
  DQNの波動を感じる。

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