女ルシェに転生して2020年の東京で運命ごと『かえる』!! 作:エマーコール
さまざまな理由が挙げられますが、やはり一番の理由は「自身のやる気のなさと気合のなさ」ですね。書こうと思えば書けるけど、それでも書く気には起こらず、ずっと見て見ぬふりをしていました。
そしてやっとやる気を取り戻し、始めるか、と思って書きましたが……実は構想段階より大きく変わっているのは内緒です。その話はどこかでお伝えしようかと。
では、56Sz、新年最初(2月じゃないか)の「ルシェかえ!」の話、どうぞ!
「………ドラゴンクロニクル」
深夜の研究室。キリノはただ、パソコンに面と向かって作業を行っていた。そんなキリノに、一人が、この戦いで重要となるキーワードをつぶやく。
「実験台にした……あいつのことだ。到底、予想はつく」
「……あなたはちゃんとベッドで休んでください。ここは僕の仕事ですから」
キリノは振り返らず、そう告げる。その人物は息だけ吐くと、さらに続けた。
「完成して、どうするつもりだ? 自分だけが犠牲になればいいとか、そんなことじゃねぇだろうな?」
「………」
答えられず、キリノは沈黙する。手の動きがどことなく遅くなっているようだ。
図星か。その人物はその行動にそう思い、トンっとキリノの背中を叩く。
「なんでオレに言わねぇんだよ。お前だって知っているんだろ? オレの命はもうオンボロだ。使ってやってくれよ」
「……バカなことを言わないでくれ」
作業を中断し、キリノは振り返る。そこには、タケハヤがいた。
……分かってる。自分だってそこにいた。自分は止められなかった。ナツメさんが正しいと思って、ずっとナツメさんについてきてしまった。その結果、こうなってしまっている。だから―――
「その命……まだ幸せな時間に使える。この作戦なんかに使っちゃいけない。……僕が言えることじゃないけど、でも……」
でも、取っておくべきだ。そう言おうとした。
ロナ達の話や、今日の出来事で予想していた。タケハヤは『SKY』として、空のように自由であって、空のように幸せだったと。あの実験より、何千倍何万倍と幸せだったんだと。そんな幸せを『ムラクモ』のために使ってはいけない。そう言おうとした。
けど、言えなかった。それよりも早く、タケハヤがつぶやいたからだ。
「幸せねぇ。お前はどう考えているか分からないが、俺はそれなりに幸せ
「……タケハヤ……」
「ハッ。とんだアマちゃん司令官だ。変わらないな。あのオッサンも、お前も、あの時からな」
言わないでくれ。そういうよりも早く、タケハヤは答えた。
「知ってるぜ? あの日の晩……ネコとダイゴを逃がしたのも、おまえだろ?」
「……違います」
「バカ言ってんじゃねぇよ。確信してんだこっちはよ」
「……僕じゃないんです。僕がやらないと、被害を被るかもしれない。だから、やったんです」
一瞬、途切れてしまったが、言わないとまた圧される。タケハヤよりも早く、キリノは答えた。
「やったのは僕だ。でも、提示してくれたのはヒカイさんだ」
沈黙。意外なのか、それとも、やはりなのか。分からないが、キリノは過去の事を思い出しながら語る。
「あの日の数週間前……キミたちの体調チェックの後、僕はヒカイさんに呼ばれたんだ―――」
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「……あの、どうしましたか? ヒカイさん」
「オジサン、もしくは呼び捨てで良いと思うんだがな。まぁいい」
あの日、僕はヒカイさんに呼ばれてボク達以外誰もいない医務室に来た。なるべく、ナツメさんにバレないように、と念を押された状態で。僕も予想していたけど、ヒカイさんはそれ以上だった。
「……あの子たちの体調管理の事についてだ。これを見てくれ」
「………」
机の上に置かれたカルテを僕は受け取り、読み始める。……やはり、『実験体』にされている子たちの体調についてだ。
「……おっと。私は少しばかり席を外すよ。その間見ておくれ」
そういってヒカイさんは席を外し、部屋を出る。その間に僕はカルテに記載されていたものを読み進めていた。
「……」
……その時の僕は愚かだった。ナツメさんはずっと正しいと思っていて、今回の実験も、何ら間違ってはいない。そう思って、いや、そう思うしかなかったんだ。
読み進めていくうちに、僕の気持ちや思考が少しずつ傾いてきた。当時の自分としては、分からない方向に。
扉が開く。誰なのかは分かっていたけど、僕はあわててカルテを裏にして机に置き、振り返る。その人……ヒカイさんは扉を閉めながら、質問した。
「……どうかね?」
「えっと……」
僕はその時思っていたことをただ論理的に答えた。そのことは、覚えていない。おそらくはショックだったのかは分からないけど、もしかしたら、ずっとナツメさんが正しいと思っていたからこれが間違っていると思っていたのかもしれない。
僕が言い終えた後、ヒカイさんは黙読するかのように穏やかに目をつぶり、ひとりでに頷いた。
「……そうか」
それだけだった。それだけだったから、思わず聞き返してしまった。
「あの……?」
「個人的にはどう思っていたか、だが、そうか……」
「……」
……何か間違っていたのだろうか? いや、それより……。
「あの、ヒカイさん? どうしました?」
「……ん? いや……こっちの事情だ」
「……?」
……その時の僕には、ヒカイさんの顔はなぜか穏やかなように思えた。理由は結局分からないままでね。……今には関係ない話か。
………その後の数日間、僕はただ、実験を見ていた。
確かにカルテに書いてあった通りだ。身体能力は少しずつ上がっていった。でも、その分体調については下がる一方だ。
命を落とした子もいた。
それは実験の時でもあったし、実験外の時でもあった。
それは、日にちを重ねるごとに多くなっていった。
僕は……その時の僕は耐えられなかったんだ。
でも、同時に否定していた。ナツメさんは正しい。ついていけばいい。って。
どうすればいいのか分からなかった……いや、それは言い訳だ。どうすればいいのか分かっていた。分かっていたけど、分からないふり……違う。言わなかったんだ。
あの時、僕が何か声をかければよかったんじゃないか? あの時、僕が何か示せば、変えられたんじゃないか? 前の……池袋の作戦のように。
僕はずっと、それを抱え込んだままだった。それが少しずつ錘になっていった。
そして、それを変えてくれたのは………
「キリノ殿」
「は、はい……」
「……これを読んでおけ。ナツメ総長のいないところでな」
すれ違った僕に、ヒカイさんは書類を渡してくれた。僕はそれを受け取ると、急いでボクの部屋に行って、必死に読み進めていたんだ。
この時の僕は頭が狂っていたように、今思えば、ただ必死に助けようと思って。
無我夢中で、その時の僕らしくないように読み進めて、そして痛感した。
助けなきゃって。
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「―――その時のことがあったからこそ、あの時、逃がすことができたんだ。……感謝するなら、ヒカイさんだよ」
キリノはそう話し終える。その間ずっと、タケハヤは言葉を差し込まずに聞いていただけだった。
やがて、感想を言うようにタケハヤが言い始める。
「……なるほどな。そういうことがあったのか。でも、それでもお前さんは立派だと思うけどな」
「……」
「でもな? それでも、オレの信念は変わりはしねぇ。もうこれ以上、アンタは過去にとらわれず、心を痛めなきゃいい。……せめて最後ぐらい、ヒーローにさせてくれよ」
タケハヤは調子よく、でも、その裏にはキリノでは読み取れないぐらいの覚悟と強さがあった。
おそらくは、この中では一番大きい。
でも、なぜそこまで……? どうして―――
「ガラじゃねぇと思うけどさ、あこがれてんだ。『正義の味方』ってヤツによ―――」
タケハヤは、そう答えた。
キリノは……ただ、何も言わず、その言葉の強さを受け取っていた―――