べつじんすと~む改 愛と愛と愛   作:ネコ削ぎ

8 / 13
四話

 アリーナで汗を流した後、セシリアは夕食や入浴を済ませて、寮の自室でゆっくりとしていた。授業で出された宿題もせずにベッドの上でごろごろとしているだけで、今日の内にやることはもうない。セシリアは思考回路を緩めて極力考えることをしないでいた。

「ねみーぜ」

 力なく呟いたセシリアは胸に抱いた熊のぬいぐるみの頭を撫でる。色褪せてあちこち縫い直した跡のある熊のぬいぐるみは不気味な存在だった。少女趣味の似合わないセシリアにはぬいぐるみなど似合うわけはないのだが、かと言って継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみなら似合うわけでもない。熊のぬいぐるみの場違い感は見る人全員が感じ取れてしまうものだった。

 セシリアはごろりと寝返りを打つ。熊のぬいぐるみを手放すことはない。

「……お前は眠くねーのか?」

 ぬいぐるみを撫でながら覗き込むように問いかける。ぬいぐるみが返事を返すことはない。当然のことだ。しかし、セシリアは気にすることなく優しく抱きしめて頬を擦りをする。

「夜更かしはよくないから、もう寝ちまうか」

 再びぬいぐるみに問いかけると、部屋の明かりを消して布団の中に潜り込む。胸元にぬいぐるみを抱いたまま、セシリアはストンと眠りに落ちた。

 

 

 

 

 セシリアが目覚めたのは早朝というべき時間帯だ。ようやく太陽が昇り始めた頃に起床すると、抱いたままだったぬいぐるみを枕元に置いてシャワーを浴びに行く。サッと冷水で眠気を吹き飛ばすと、セシリアは早々に制服に着替えた。

 二度三度身体を捻ったセシリアは部屋を出ていく。向かうところは寮の食堂だ。

 食堂にたどり着くと、生徒たちの朝食の準備をしている調理師の女性たちが出迎えてくれる。

「おはよう、セシリアちゃん。今日もかい?」

 調理師たちのリーダー格である中年女性が、早朝からの来客を笑顔で招き入れる。セシリアは中年女性に背中を押される形で調理場へと足を踏み入れると、誰に言われるでもなく鉄の大鍋をヒョイと持ちあげてみせた。大人二人でようやく持ち上がる大鍋も所詮はセシリアの敵ではなかった。

 セシリアが目線だけで指示を求めると、中年女性は「こっちこっち」と調理場の一ヶ所を指さす。セシリアは指示に従って大鍋を指定の場所へと下ろした。

「これくらいか? だったら今日も邪魔するぜ」

 調理場の壁にかけられた黒いエプロンを身に着け、念入りに手を洗ったセシリアは調理場の一角を陣取って料理を始める。手つきは荒っぽいが慣れた様子で包丁やフライパンを振るって二枚の皿に料理を乗せる。

「今時の子なのにちゃんと料理ができるのね。最近はコンビニとかあるから、わざわざご飯なんて作らなくても生きていけるから料理できない子が多いのに」

「別に。あっちでいつもやってたからできるだけ」

「そうなの。でも相変わらず癖が抜けてないみたいよ。二人分用意しちゃってるわ」

 セシリアが作り上げた朝食は二人分。彼女一人しかいない状況で用意する量ではなかった。

 またやってしまったか、とセシリアは思った。前世の頃は二人分の食事を準備するのが当たり前だったのだが、その癖がいまだに抜けきっていない。セシリアになって十五年が経つのに習慣が抜けきらないのは、一人分だけを作るという意識がないからかもしれない。

「ま、いつも通りに食べるさ。食べきれない量じゃないし」

 皿二枚を持って調理場を出ていく。

 テーブルに腰を下ろすと、セシリアはその容姿からは想像できないほどの匠な箸使いで、二枚の皿に乗った料理を平らげていく。自身の料理に対する感想はなく、黙々と口の中に放り込んでいく様は、不味い料理を食べていると勘違いしてしまいそうになる。

 僅か数分で食事を終えたセシリアは使った食器を洗うと、そそくさと食堂から立ち去る。世話になっている調理師軍団と雑談をすることもなく、風のように消え去る。

 食堂から出たセシリアは行く当てがなかった。孤独と言ってもよかった。前世の頃に感じていた幸せを失い、今は必至に幸せを求めて足掻いている。

「今日もサボるか」

 昨日の今日でサボるのはマリが五月蠅いが、セシリアにはそんなこと関係なかった。幸せは歩いてこないから、自分から探しに行く。でも、そもそも幸せが存在しなければ歩くだけ無駄ではないか。なら、テキトーに生きるしかないだろう。僅かに希望を持ちながらも、それを捨てられずにいるセシリアは中途半端に幸せを求めて怠惰に生きていた。

 寮を出て校舎へと向かう途中。部活動をしていると思われる生徒とすれ違ったが、時間帯が時間帯だからか、それ以外の生徒とはすれ違うこともなかった。

 校舎へとたどり着いたセシリアはいつも通りに外壁を昇って屋上へと向かう。本日も晴天、陽の光が段々と地上を温めていた。石造りの洒落た床に座り込んだセシリアは暖かい陽気に瞳を閉じた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。