べつじんすと~む改 愛と愛と愛   作:ネコ削ぎ

7 / 13
三話

 放課後、セシリアは青色のISスーツに着替えて、第三アリーナ内の外周に突っ立っていた。青いレオタード風のISスーツ姿にオールバックにした金髪がよく似合っているのだが、セシリアからしてみれば、どうしてこんな恥ずかしい格好をしなければならないのかと言いたくなる。

 ISスーツに対する少なくない羞恥心はけれども周囲の目を気にするほどでもない。見られて喜ぶような性癖もなければ、外を出歩けなくなるほど過敏になるということはない。

 胸を抱え込むように腕を組む。さっきから誰かの視線を感じるな。嫌らしいものじゃない。悪意的な感情は感じないんだが、こうも視線を感じると気になるな。

 アリーナにたどり着いてからいちいち肌が感じとる視線。セシリアはふむ、とあごに手を当てて思案する。視線の場所を突き止めて叩き潰すか。それともわざわざ相手にする必要はないから無視するか。

 前者なら恐ろしさを見せつけることができ、後者なら寛大さを示すことができる。足りない頭で考え抜いたセシリアは、とりあえず放っておくことにした。後々に牙を剥かれても叩き潰すことのできる力を持っているので、今は問題を解決する絶好のタイミングというわけではない。自分から出向くのが面倒だとは、心の内に仕舞っておくことにした。

 多少視線を意識せざるを得ない状況ではあるが、セシリアはあくびを噛み殺してアリーナで突っ立っていた。

「悪い。遅れた」

 ぼんやりとアリーナ内で行われている練習を眺めているセシリアに声がかけられる。ようやく来たか、と振り返ると一夏と箒、鈴の三人がどたばたと駆けてくるのが見えた。一夏を先頭にそのすぐ後ろを箒と鈴が引っ付いてきている。二人は時折視線を交差させて呻り声をあげていた。互いに敵対心を持っているのだろう。恋は戦争らしいが、まさしくその通りだ。

「遅いぞ。明日の昼飯を奢れ」

「うっ!? 分かった。明日の昼だな」

「よぉし。じゃあ、付き合ってやるからとっとと始めるぜ」

 セシリアは右腕を天へと突きだす。タダ飯を確保したことでテンションはうなぎ登りだった。

「ちょっと待て。どうしてセシリアなんだ? 私でも別に構わないだろう」

 セシリアの気分に水を差してきたのは箒だった。気に入らないと言いたげな表情を携えて、一夏を睨みつけている。睨まれた一夏は朴念仁という言葉が良く似合う顔をしていた。どうして睨まれているのかを理解できていない様子に、セシリアはくつくつと笑う。箒が目の前の鈍感男に恋心を抱いていることはクラスメイト全員が知っている事実であり、彼女の分かりやすい態度でありながら、それを恋する男に伝えられないジレンマもよく知られていた。恋に興味を持っていないセシリアでも理解できてしまうような簡単な態度は、しかしながら気がついてほしい一夏には一切通じていない。照れ隠しを暴力で誤魔化してしまうのが原因だろう、とセシリアはやりとりを見る度に思っていた。愛のやり方を間違えているから通じないんだ、と心の中で非難する。

「だったらアタシでも構わないってことじゃない」

 箒の言葉に、鈴が噛みつく。

 鈴も恋心を抱いている。織斑一夏という絶壁にだ。それも箒と並んで幼馴染を武器に必死に喰いついているようで、ほのかな恋心を抱いている生徒たちを上手く牽制して、箒との一対一状況に持ち込んでいる。彼女は箒とはちょっとだけ違い、気さくな態度で一夏と接しているために、親しみという部分では優勢を保っている。だが、その優勢も結局は照れ隠しの暴力でチャラになってしまう程度の小さいな一歩でしかなく、進展には成り得ていない。

 結局、箒も鈴も愛を間違えているために実らないのだ。セシリアは今の状態で二人の恋が進展を見せることはないだろうと予想していた。誰かが間違いを正さなければ、きっといつしかタイムリミットを迎えて一夏は他の誰かと添い遂げることだろう。そして後悔だけが残るに決まっている。

 ISを展開してふわりと浮きあがったセシリアは離れている地面に引っ付いた三人を見下ろす。仲が悪いようには見えないのだが、どうしても仲良し程度にしか感じられない三人だ。原因が誰にあるかと問われれば、全員だとセシリアは答える。朴念仁な一夏も悪いし、想いを正直に伝えられない二人も悪い。比率だけを言えば、二人の方が悪者かも分からない。

 とにかく、あの三人は見ていて飽きはしないことだけは確かだ。同時に呆れてしまうこともあるのだが。

「どうでもいいけど、早く上がってこいってんだよ。ギッタンギッタンに叩きのめしてやるからさ」

「調子に乗ってんじゃないわよ。こっちがギッタンギッタンにしてやるんだから! この前のことでアタシは腹が立ってんのよ!」

 ISを展開した鈴が誰よりも早くセシリアと平行に飛ぶ。その瞳に宿る怒りの生ぬるさに、セシリアは舌を突き出して応えてやった。

「……オッケー。バトルしようじゃない!」

「怒んなよ。アレは手助けなんだかさ」

 セシリアは悪びれもなく笑う。

「一夏がかつての約束を文字通りに受け取ったことで、鈴があまりにもショックを受けているようだったからな。アタシとしては出来る限り協力したいと思って、一夏に助言してやったんだぜ。日本の古来からのプロポーズってどんな言葉なんだい、てね。それなのに、鈴が照れ隠しで嘘つくから悪いんだぜ」

「ぐぬぬ!? あ、ああいうのは余計なお世話って言うのよ!」

「ちょっとだけ嬉しそうな顔してたくせに~」

「してない!」

「なんであそこで頷けなかったんだ、なんて後悔してたくせに~」

「してない! あと、その話し方ムカつくから止めろ!」

 おちょくるセシリアにキレた鈴が双天牙月を連結させて投げつける。豪快なスイングで投げられた巨大な青龍刀をセシリアは苦も無くキャッチすると、暫く弄んだ後に投げ返す。

 鈴の投擲を簡単に凌駕するセシリアの投擲は双天牙月のスペックを引き上げ、持ち主である鈴ですらキャッチすることができない魔物と化す。風どころか空間までも切り裂いてしまいそうな勢いで向かってくる双天牙月を、鈴は慌てて避ける意外にどうすることもできなかった。

「で、バトルすんだっけ?」

 セシリアが悪魔のような笑顔を浮かべた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。