べつじんすと~む改 愛と愛と愛   作:ネコ削ぎ

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二話

 午前の授業の多くをサボったセシリアは怒られていた。お昼時というのに食事にありつくことはできず、空腹に唸る身体を必死に抑えつけながらガミガミと口うるさく叱りつけてくるマリを睨み付ける。

「何度も何度も口酸っぱく言ってきたが、どうして貴女はそうやって素直に聞き入れないのかしら。勉強をしなさい、授業に出席しなさい、ちゃんとしなさい!」

「うるっせ」

「うるっせ、じゃないでしょう。そこは『申し訳ありませんでした』でしょうが!」

 セシリアの態度が癪に障ったマリが、かけていた眼鏡を外して床に叩きつけた。パリンッとレンズが割れて散らばるのをセシリアは黙って眺める。彼女の眼鏡を割る機会が減っていることを思い出した。

 割れたレンズの破片が足元にまで飛んできたので、セシリアはとりあえず踏んで細かくしてみた。バリバリと音が鳴るのが心地よかった。

「先輩のサラ・ウェルキンを見習え。真面目でしょ、模範的でしょ、訓練の成果でしょ。ああ、眼鏡がまた駄目になったじゃない。もう、これで何代目の眼鏡が散っていたのかしら!」

「知らねえよ。自分で割ってんだから自業自得じゃん」

 ふてぶてしい態度で応じるセシリア。午前の授業をサボって備品室でのんびりしていたのはつい十数分前のことだった。昼食の時間まで居座ろうと考えていたところを、セシリアの授業の無断欠席を知ったマリが鼻息を荒くしてやってきたのだ。是っ清が備品の山に姿を消すほどの迫力を背負っての登場だった。そしてそのまま備品室の中で説教が始まったというわけだ。

 いまだに備品の山に埋もれて姿を隠し続ける是っ清が窒息しているのではないか、とセシリアの脳みそは説教を聞き流していた。現にあれから備品の山が微動だにしているのを見ていない。きっと備品の一部にでもなってしまったのだろう。

「いい? 貴女はそんな感じだけどね、ちゃんとした身分の人間になっちゃってるの。国家の威信を背負っちゃってるのよ。頑張んなきゃいけない系の人間なのよ」

 眼鏡を失ったマリの口調が現代風になっていく。セシリアはちょっとイラッとしたのだが、割るべき眼鏡が既にないために手を出すのは我慢した。

「あんさぁ。腹減ったけど」

「私だって減っているから我慢なさい!」

「なんだよ、その理論は。日本人かよ」

「郷に入っては郷に従う! でも従う必要のないところは従わない。それがプライドよ」

「都合を優先か。いい根性してるぜ」

「国の代表候補のくせに、平気で問題を起こしている貴女の方がよっぽどいい根性をしているわよ」

 それとこれとは話が別だろ、とセシリアは口の中で言葉を押し留めた。言ってしまえば火に油を注ぐのとなんら変わりがない。これ以上の時間の浪費は避けなければ。全ての原因はセシリアにあるのだが、同じく都合を優先する彼女にはそれは見えないものとして扱われていた。

都合の悪いモノは見えなくなるのが人間というものだ。

 腕時計を見ると昼休憩は半分も過ぎ去っていた。時間の経過にセシリアは溜息を吐く。溜息が空気に混じって溶けていく中で、マリはギロリと彼女を睨み付ける。

「溜息つきたいのはこっち。なんで貴女のお守りを任されたんだか。こんな極東なんかに来ちゃって」

 マリがぐちぐちと文句を言う。知らない、とセシリアは腕を組んでそっぽを向いた。子供っぽい姿にマリは深く溜息を吐き出した。

「どのみち、貴女一人を日本に送れない。誰かが目付といて同行する必要があった。他の人に任せても良かったんだけど、貴女を相手に仕事ができるかどうかを考えるとね。私しかいないじゃない。だって、貴方は一応私の教え子だし、放任して知らぬ間にもの凄い責任がのしかかってくるかもしれないし。だったら私がなんとかするしかないじゃないの」

「……全部自分の意志じゃん。文句を言う筋合いがないぞ」

 聞けば聞くほどに志願しました、と言っているようにしか聞こえない。それに若干の恩着せがましさが見え隠れしている気がしてならなかった。

「……それよりもブルー・ティアーズをもっと使いなさい。データ取りの為に来ているのよ。この際ちょっとの授業拒否はいいとして、せめてISの稼働データくらいは取ってきなさい。そして、あの織斑一夏に近づいて特異性解明のためのヒントでもなんでもいいから拾ってきなさい。いいわね。聞けば他国から代表候補生が送られてくるというじゃない。どう考えたって織斑一夏に関係することで動いているに決まっているわ。敵が増えれば情報の収集は困難になる。今の内に優位を得るのよ。そして、眼鏡の弁償をしなさい!」

「最後の部分にしか熱意が見えなかったけど。あれ全部前フリなのか」

「違うわ。公的な私と私的な私の違いよ。全部が全部熱意に溢れてる!」

 絶対に嘘だ。セシリアの動物的な感が指摘する。だが、本人に真意を語る意志がない以上は、セシリアも突っ込んでモノを聞くつもりはない。そんな暇があれば今は昼食を取りたい。空腹が限界まできている。腹がよじれそうだ。

 食事にありつけないのは、今も昔も変わらず嫌なことだ。空腹は不幸せな証拠。満腹は幸せな証拠だ。食事を得るためならどんな奴らだって潰してきた昔に比べれば、今の世界はけっこうマシなのだが、だからといって個人の食が完全に保証されているのではない。貧乏は咎人のように自由を知らず、また欲を満たすこともできずに生きていく。

 セシリアは数年前までは貧乏は無縁だった。両親の事故死を始まりの合図とした一般的にいうと転落が巻き起こり、両親の遺産は茶葉のひと摘まみまで持っていかれ、残ったのは成人するまでの学費代くらいだった。しかし、学費代もセシリアに使用する権限はない。彼女を押しつけられた親族が自分たちの為に使っていたのだ。

 セシリアには遺産は一銭も残らず、代表候補生となったことでもらえる僅かな給料だけが財産だった。

「飯でも食ってくる」

 その給料の使い道もほとんどが食費に消えてしまうのは、前世の世知辛い体験が食こそが金の使い道だと主張するからだ。

 セシリアはくるりとマリに背を向けて備品室から出ていった。


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