べつじんすと~む改 愛と愛と愛   作:ネコ削ぎ

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八話

 不意の感じ取った気配に、セシリアが顔を歪めたのはちょうど午後の授業が終わり、疲労を背負ったクラスメイトたちが教室内になだれ込んできた時だった。女の集まりであったとしても人間であることには変わりなく、汗の臭いが鼻につく。その中であっても、セシリアには無視できない気配だけに意識が向かってしまっていた。

 なんだ、この苛々させるムカつきは。身体の内側からゆっくりと溢れ出てくる不愉快な気持ちに、セシリアは舌打ちをした。近くにいた生徒たちがびくりと肩を跳ねあげさせるのを尻目に、自身を不愉快にさせる根源を視界に収めようとする。

 果たして、疲れ切った生徒たちの中にその姿を見つけ出した。疲労の色と臭いを漂わせる中で、唯一全く疲労感を感じさせない涼しげな表情を浮かべている少女。銀色の髪は性別を間違えそうになるくらいに短く、右に赤色、左に金色と左右に違う色を垂らした瞳を見せつけていた。眼光は一般生徒たちと比べて鋭く、場所の雰囲気に馴染もうとしていないことが分かる。

 その色違いの瞳が、セシリアの瞳とぶつかり合う。僅かに驚きを浮かべて凝視してくるのを感じ取ったセシリアは、身体の内側から溢れ出ようとする粘ついた不快感を意識した。目の奥が沸騰して世界がふやけて見えてくる。その中で銀髪だけが鮮明に視界に映り込む。

 顔面が変形するまで……いいや、頭蓋骨が粉砕するまで殴らなきゃいけない敵だ。アタシが全身全霊で叩きのめしてやらなきゃいけないような生き物だ。ボロ雑巾になるまで殴って、引き裂いて捨てなきゃ苛立ちが収まりそうにない。

 それでも、とセシリアは大きく息を吸いこんで、身体の芯から絞り出すように深く息を吐き出して冷静さを呼び戻そうとする。ここで理性をぶっとばして暴れたら、おそらくもう自分自身を止めることはできない。

 前世とは違って、この世界では殺人は許されない罪だ。善人のように振る舞うつもりはないが、低俗の屑にまで落ち込む気も彼女にはなかった。かつては大企業の令嬢として必要な教育を無理矢理叩き込まれてきた思考回路と、メディアで得てきた情報によって、この世界で生きていくための最低限のルールを知った以上は、わざわざ逸脱し過ぎる必要もないと判断を下したからだ。

 だからセシリアは自身の内側で肥大していく気持ちを理性を総動員して抑えつける。この希望の見つからない世界で生きていくしかないのだと。

 歯を食いしばるセシリアを見つめる銀色の少女ことラウラ・ボーデヴィッヒは、音もなくゆらりとゆらりと接近してくる。色違いの瞳からは何かが見え隠れしているのだが、生憎なことに今のセシリアには判断できるだけの観察力がなかった。

「誰だ、キサマは?」

 向かい合って初めて口を開いたのはラウラだった。

「……お前こそ誰だよ?」

 冷静さを維持しながらセシリアは質問に質問で返す。彼女の知る限りではクラスメイトの中で場違いな雰囲気を醸し出す人間はいなかった。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツだ」

「セシリア・オルコットだ。場所はイギリス」

 こうして顔を合わせてみれば、全ての部分が鼻につくとセシリアは思った。生理的に受け付けない。同じ空間に存在していることを嫌悪した。

「イラつくな、お前みたいなの」

「私もキサマを見ているともやもやとして鬱陶しくなる」

 売り言葉に買い言葉。一切装飾に頼ることなく言葉を放った両者に、周囲の緊張感は極限まで高まっていた。

 噴火寸前の山の上にいる気分を味わう生徒たちに気がつくこともなく、セシリアとラウラは睨み合っていた。その時間は数秒が数分になるほどの錯覚を与える威圧的なもので、誰も何も言えずに短くも長い時間を過ごす羽目になった。

 緊迫した状態を打破するものはいるのか。誰もがそんな無謀な勇者の存在を待ちわびた。そして彼女たちの願いを聞き届けたかのように救世主がやってくる。

「おーい、セシリア。何やってんだ?」

 救世主の名前は織斑一夏。朴念仁としてクラスから恐れられている男子生徒であり、物怖じしない性格をしているために、話しかけ辛いと言われるセシリアにも平気な態度で接する強者だ。

 その強者はセシリアとラウラの間から発せられる一触即発の雰囲気を打ち破った。誰もがなしえなかったことをやってのけたのだ。

 最初に正気に戻ったのは以外にもセシリアだった。彼女は身体の奥底からゆっくりと首をもたげた危険な思想に囚われる寸前だったために、一夏の出現は救いだった。

「いいや。別になんもしいてないぜ。ただ、このちんちくりんが因縁つけてきたから付き合ってただけだ」

 本当だけど嘘だ。因縁をつけられたわけじゃない。ただ、本能レベルで嫌悪しただけだ。理由も分からない。ぶっ殺したいって思っただけなんだよ。

「それはキサマの方だろ。弱い犬ほど良く吼えるとは言ったものだが、キサマはまさしくそれだな」

 ラウラは色違いの瞳に敵意を乗せて囀る。挑発していることが見え見えで、セシリアは目の前に置かれた罠に身を翻すことで応じた。


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