べつじんすと~む改 愛と愛と愛   作:ネコ削ぎ

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六話

 凡庸な人間たちがこぞって視線を集中させている。視線の先には金髪を後ろで縛った少女が自らを男と偽って自己紹介をしていた。角の立たないつまらない挨拶と、形式を意識したような礼を見せた少女に、教室中が静まり返った。しかし、それも一瞬のことだけで、すぐに雷鳴のような声が響き渡る。そのどれもが新しい男子生徒の登場を喜ぶものばかりだった。

 おめでたい連中だ。男装女子の左隣で佇んでいるラウラ・ボーデヴィッヒは瞼を閉じて嘲笑った。IS学園はエリートの集まりだと聞いていただけに、男装の一つも見破ることのできないような連中しか存在していない。この教室の中で一番強いと目される織斑千冬でさえ、生徒たちの騒がしさに視線を走らせているだけで、とても男装女子の正体を見破れているとは思い難い。

 ラウラは落胆する。予想していたよりもレベルの低い学園模様に。これでは何のためにIS学園を訪れたのか。

 ラウラ自身の目的は達することができないだろう。そうなると、国からの指令をこなして、後は勝手にやるのが一番の道になるかもしれない。織斑一夏がどうしてISを扱うことができるのかを探り、可能であれば一夏のIS稼働データを入手する。 楽な任務ではないな。任務内容に欠片も興味のないラウラには、今回の指令は面倒以外の何物でもなかった。

 ラウラは視界を閉ざしたまま。外部から名前を呼ばれているのを理解しながらも、黙って聞き流していた。三回、四回とフルネームで呼ばれる。段々と語尾が消え入る声に根性がないと思った。

 不意に、頭上に敵意を感じ取った。ラウラは瞳を露わにして右腕を頭の上に持っていく。振り上げた腕に出席簿が打ちつけられ渇いた音が鳴り響いた。

 周囲が音をなくして静まり返る。何事かとラウラが教室に目を走らせたが、生徒たちが呆けた顔をしている以外では変化らしい変化はなく、ラウラは首を傾げた。

「名前を呼ばれたら返事をしろ。ここは学校だぞ」

 出席簿を掴む腕を引っ込めた織斑千冬が言う。彼女の振り下ろす力と、ラウラの振り上げる力を受けた出席簿はぐにゃりと歪んで使い物にならなくなっていた。

「知らない。私には関係のないことだ」

「郷に入っては郷に従え。どの国でも当たり前のことだ。それを覚えるのだな」

 それだけを言って千冬は背を向けて窓際へと移動する。

「それこそ知らないな」

 ラウラは溜息を吐き出す。この学園は面倒事だらけになるかもしれない。動きの鈍くなる息苦しさは避けたいのだが無理なのかもしれない。せめて、息苦しさを解消できるくらいの何かが待ち受けているのなら良い。

「あ、あの……ボーデヴィッヒさん。自己紹介をお願いできますか?」

 声を震わせる山田真耶。おっかなびっくりしているのは顔を見ても分かる。ストレスによって体調に変調しているのか、やたらと腹部を擦っているのが見て取れる。

 自己紹介、という言葉にラウラは首を傾げた。なにを自己紹介する必要があるのか。仲良くする必要もないというのに。

 しかしながら、ラウラは淡々と自己紹介を始めた。窓側の存在がちょっかいを出してくることが嫌だったから。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ、ガンバリマス」

 いい加減だった。自己紹介の意味を全く理解していなかった。しかし、教室内でそのことを指摘できる勇気ある人物は一人として存在していなかった。誰もが早死にしたいとは思っていなかったのだ。

 ラウラは自己紹介をパッと終わらせると、誰の指示を受けるでもなく空いている席に座った。

「……入ってるな」

 机の中に教科書やらノートやらが入っているのを見たラウラは、ひとまず隣の席に座っている妙にだらけた顔をしている少女に目で問いかけてみた。

 暫く視線を突き刺して見たが、隣人はのほほんとした顔を崩さずに見つめ返してきた。ラウラの視線の意図を読むことができないのか、それとものほほんとした顔に似合って察する力を持ち合わせていないのか。前者に違いないな、とラウラは仕方がなく声にして問いかけることにした。

「この席は誰かが使っているのか?」

「そうだよ。そこはせっしーの席だから使っちゃ駄目なんだー」

「せっしー? ネッシーの親戚か? ま、どちらにせよ使われている席ということだな」

 答えを聞くなり、ラウラは席から立ち上がって窓側の空いている席へと移っていった。今度の席は空席だった。席に座り込んだラウラは緊張感の欠片もないようで、席に座るなりゆっくりと視線を教室中に這わせた。副担任である山田真耶が何かを話しているのにも関わらず、教室内を観察したラウラはやることもなくなり机に突っ伏して視界を遮断した。


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