By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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新学期③

翌日、僕の学校へ向かう足取りは、とても軽やかとはいえなかった。

考え事が長引いて少し寝不足だったこともあるけど、どちらかと言えばどんな顔をして教室に入ろうかという悩みが僕の足を重くした。

情けないことに、僕は昨日の自己紹介の失敗をまだ振り払えずにいたのだ。

まるで、誰かが背中にしがみついているような気だるさがあった。

(大抵こういう場合、気にしているのは本人だけで、周りの人はなんとも思ってなかったりするんだよなぁ)

なんてことを何度も自分に言い聞かせて見るものの、隣を歩く女の子たちが「ウフフ」と笑っただけで、まるで自分が笑われているような気になった。

 

そんなことを考えながら、なんとか高校のそばまでくると、何やら生徒たちがさわついている事に気づいた。

声のする方へ目をやると、校門のところで不良たちがたむろしているのが見えた。

5、6人はいるだろうか、校門を通りすぎる生徒を1人1人ご丁寧に威嚇する不良は、どうやら誰かを探しているようだった。

校門を通り過ぎる生徒たちの顔をジロジロと覗き込む姿は、まるで空港で麻薬かなんかの持ち込みを取り締まっている捜査官のようだ。

外見はどう見ても『クスリを持ち込む側』って風にしか見えないが。

僕はとっととこのくだらない検問を抜けて、なるべく人が集まる前に教室に入ってしまおうと歩くスピードを早めた。

しかし、僕の行く手はギロチンのように降ってきた、ペチャンコに潰された学生カバンによって遮られた。

危うく頭をカチ割られるところだった。

 

 

「見つけたぜ、こいつだッ!!」

 

怒声を上げた薄っぺらいカバンの持ち主は、昨日新入生をカツアゲしていた『眉なし』だった。

いや……そんなことより、今この『眉なし』野郎はなんて言った?

“こいつだ?”

 

「な、なんですか…!?」

 

まさか、探し人が自分だったとは露ほども思っていなかった僕は、声を裏返らせた。

こんな連中との関わりなんて一切ない。

またカツアゲでもされるのか?

そう思っていたけど、そうじゃなかった。

 

「すっとぼけんじゃねぇぞ! てめぇだろ! 昨日『ジョジョ』を呼びやがったのは」

 

何の事だかさっぱり心当たりがない。

『ジョジョ』を呼んだ?

一瞬、この『眉なし』の言っている言語が『理解不能』とさえ感じた。

 

「てめぇ、昨日の放課後校舎裏にいたよなあ!?自分のお仲間がカツアゲされてたんでヤツを呼んだのか?ジョジョはあんなナリしてるくせに、てめーらみてえなのとも仲良くツルんでるみてーだからな。ヤツに助けを求めたんだろ。ヒーロー気取りか?かっこいいよなあ」

 

どうやらこの不良は、昨日、僕がカツアゲを阻止するためにジョジョを呼び出したと勘違いしているらしい。

とんだ言いがかりもあったもんだ。

僕は一方的に『ジョジョ』のことは知っていたけど、話したことさえなかった。

それに、僕があの『東方仗助』に助けを求めるだって…?

ありえない。

 

僕は昨夜の考え事の中で、昨日出会った『東方仗助』についての恐ろしい噂について思い出していた。

「入学早々、髪型をバカにした先輩を顔面の形が変わるまで殴った」

「ヤクザっぽい身内と、空き地で銃を撃つ練習をしていた」

「バイクに乗って、アクセル全開で赤ん坊の乗ったベビーカーに突っ込んだ」などなど。

もちろん中には、彼の見た目のインパクトからくるファンタジーもあるんだろうけど、火のないところに煙は立たない。

その噂話を聞いて、僕が他の不良連中と同じように彼に近づかないようにしようと決めたのも、ごく自然な流れだろう。

僕にとっては、彼も『あちら側』の人間に他ならなかった。

 

だから、僕が彼を呼び出したなんてことは、絶対にありえないのだ。

だが、そんな説明を目の前の男にしてもおそらく無駄だろう。

こいつはもう僕が犯人だと決めつけてしまっている。

『ジョジョ』を呼び出したことに対する恨みだけじゃない。

カツアゲが失敗に終わった不満や、あのナヨナヨした新入生になめられた怒りまでもパワーに変えて僕を襲ってくるに違いない。

確かに、新入生になめられたことについては僕に一因があったけれど、その他のことについては、こいつが勝手にジョジョにビビった結果だ。

そんなんで殴られるなんて冗談じゃない。

まっぴらごめんだった。

 

【ギヴ・イット・アウェイ】

心の中でそう呟いて、僕はテントウムシを眉なしの顔面めがけて飛ばした。

僕の【ギヴ・イット・アウェイ】は、がっちりとした鎧の篭手のような見た目に反して、鉄板をぶち抜いたり、手すりをねじ曲げたりといったことができるような強力なパワーは無かった。

それは、篭手から飛び立ったテントウムシにも同じことが言える。

だから、たとえテントウムシが思いっきり顔面に突撃したとしても、眉なしにとっては、せいぜい見えないゴムボールが顔に飛んできたくらいの衝撃だったろう。

しかし、相手を怯ませるにはそれで十分だった。

【ギヴ・イット・アウェイ】は僕以外の人には見えない。

人間という生き物は、見えないものに対しては異常なまでに恐れたり、警戒したりする性質がある。

眉なしは目をぱちぱちさせながら、あわてて顔の前を振り払う仕草をとった。

 

僕は眉なしが怯んだ隙に、掴まれた腕を振り払い、今登校して来た方に向かって全速力で逃げた。

まともにやったって勝てるわけがない。

みじめだけれど、逃げるが勝ちだ。

 

「なんだ今のは? あの野郎何か隠し持ってやがったな。許さねえ。おいッ!!」

 

眉なしの号令に合わせて、先ほどまで麻薬捜査官をしていた不良たちが、ぬっ、とこちらに目を向けた。

そうしてから顔中のシワを眉間に集め、僕を追いかけてきた 。

どうやら眉なしの舎弟らしい。

 

僕はますます捕まるわけにはいかなくなった。

あの人数相手じゃただじゃすまない。

きっと僕も、真新しい制服も、ボロ雑巾のようにされてしまうだろう。

カツアゲなら、出すものさえ出せば被害は最小限に済ますことができるが、今回はただじゃすみそうにない。

昨日、いつもの様に大人しく家に帰っていればこんなことにはならなかった。

職場と家を往復するだけの生活を送るサラリーマンのように、言われたことだけを正確にこなすロボットのように、ただ『いつも通り』にしていればこんな目に合わなかったはずだ。

自己紹介が失敗したくらいで、イジケて近道をしようとした自分を呪った。

カツアゲ現場を見て調子に乗って『手を貸した』過去の自分をぶん殴ってやりたかった。

恐怖と動揺で喉の奥からこみ上げてくるものが、目の前にぶちまけられるのを必死にこらえながら、僕は走った。

 

僕の運動能力を紹介するなら、体育の球技で僕にボールが回ったとき、チームメイト全員ががっかりとしたため息を漏らすといえば、どんなものか大体想像していただけるだろう。

サッカーをすれば、ボールを蹴ろうとして地面を蹴りあげ足を捻挫し、バスケをすれば、僕が放り投げたボールが自分のチームのゴールネットを揺らした。

ラグビーをした時なんかは、勇気を出してタックルするものの、重機関車のような相手にしがみついたまま10m近く引きずられたこともある。

 

そんな運動神経がない僕も、持久走だけはそこそこの自信があった。

運動神経は関係なく、ただ走るだけのシンプルな運動だからだ。

何も考えずに足を前に出すだけ。

人並みの根性さえあれば、誰だってできる。

僕は、バイクに乗ってばかりで、自分で走ることなんてほとんどしない不良なんかに追いつかれないだろうと高をくくっていた。

正直ある程度走れば、すぐに諦めていくだろうと思っていた。

だが、その予想は見事に裏切られる。

眉なしの舎弟たちは、思った以上に食らいついてきた。

10代からタバコを吸ってるような連中のどこにこんな体力があるんだって思えるくらいだ。

僕は何度も振り返りながら、後ろを気にしつつ走っていた。

 

でも、もうそろそろ体力の限界だった。

 

「クソッ!しつこいぞ!」

 

僕はテントウムシを、一番先頭を走ってくるギョロ目の不良の足元めがけて飛ばした。

テントウムシは、僕のイメージ通りに不良めがけて飛んでいき、その小さな体ごとギョロ目の膝に激突した。

見えない障害物につまずいたギョロ目がすっ転ぶと、そこから連鎖するように、不良の集団は次々と地面にキスした。

 

「よしッ!」

 

これで奴らは何とかまけるだろう。

安心した次の瞬間、僕は宙に浮いていた。

必死に走っていたので、全く気づかなかった。

 

 

 

気づいたら……僕はトラックに跳ね飛ばされていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

死を直感した人間は、『時間がゆっくりと流れていると感じる』 そうだ。

これは誰かに聞いた話なのだが、それは脳が自身をフル回転させて、自分が過去に体験したことや見聞きした情報の中から『助かる方法』を探そうとするかららしい。

脳の情報を引き出そうという処理速度があまりに早いため、脳内と現実世界とで『速度のズレ』が生じ、周りがゆっくりと見えるのだそうだ。

そして、そのときに『助かる方法』を探そうとして脳が見る過去の映像が、俗に言う『走馬灯』なのだと。

つまり、それは『生きようという意思が起こす奇跡』なんだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんなロマンチックなことを、その話を聞いたときには考えていたけど、実際に体験してみると恐ろしくてしょうがなかった。

 

トラックに跳ね飛ばされた僕は空中にいる間、確かにゆっくりと流れる時間を感じていた。

今なら飛んでくる弾丸でも、回り込んでつかんでしまえるような気になった。

まるで『世界』を支配しているような。

でも『ゆっくり』ということは、これから襲ってくる死の恐怖や、痛みまでもゆっくりと味わうということだ。

それだけでショック死してしまうのではないだろうか。

地面との距離が近づくにつれ、僕の心臓を真っ黒な恐怖が包んでいった。

 

『覚悟』はできていなかったけど、僕は自分の死を確信した。

 

 

……

 

 

結果から言うと僕は死ななかった。

 

地面に激突したはずの僕は、なぜか再び空中にいたのだ。

何でこんなことになっているかは、自分自身にもわからない。

僕はアスファルトが僕の頭を砕き、そこらじゅうに脳味噌が飛び散るのをイメージしていたが、そうはならなかった。

硬いはずの地面は、トランポリンのように僕を跳ね返した。

 

『ボヨヨォ~ン』

 

音にすると随分マヌケだけれど、まさしくそんな感じに。

その勢いで、僕は地面わきの芝生に着地して、コロコロと転がされた。

地面に激突したはずの衝撃のほとんどが、その不思議な地面によって吸収されたおかげで、僕はどこから血を流すこともなく着地することができた。

僕はしばらく寝転がったまま、改めて自分が生きている奇跡を噛みしめた。

それから体中にくっついた芝をパッパッと払うと、ゆっくりと体を起こした。

僕が体を起こすと、そこには1人と1匹が心配そうに僕を見ていた。

意識は朦朧としていたが、その顔には見覚えがあった。

 

「大丈夫かい?」

 

そこにいたのは僕と同じ学校に通う生徒だった。

というか、僕と同じクラスだ。

その子のことは、印象的だったので覚えている。

なんたって、クラスで唯一僕より背の低い男の子だったから。

でも、体が小さいだけの僕とは違い、どこか『自信』に満ち溢れている男の子。

僕の『能力』なんて必要ないってくらいに。

自己紹介だって、笑顔なんか交えながら実にハキハキとしゃべっていたっけ?

 

たしか名前は『広瀬康一』くんだ。


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