By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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新学期②

「僕の名前は…えっと……片平楓です。趣味は別に…ああ、得意なことは、そうだな…ゲームです!特にFーMEGAっていう…」

 

最悪だ。

新しいクラスでの自己紹介は、ものの見事に失敗した。

別にクールに決めるつもりはなかった。

ただやっぱり、僕の心中にどこかよく思われたいっていう気持ちがあったことは否定できない。

その卑小な欲望が僕の緊張を底上げし 、結局、名前を言うだけのことに、しどろもどろになってしまった。

 

「高校生にもなって特技がテレビゲームだってー?」

 

周りの女の子たちがクスクス笑う声が、うつむく僕を追い打ちした。

最悪だった。

 

担任は若い男性教師で、新学期だからか肩に力が入り、一つ一つの仕草にやたらと気合が込められている。

そんな担任に促され、僕の暗い気持ちをよそに、自己紹介は楽しげに進んでいく。

僕のクラスは、入学式で活躍した男子生徒達とは違って、比較的「普通」な人が多いようだ。

そもそも、やんちゃしてた奴らは例の「チャイム事件」のあと、そろって学校を自主早退していたから、残った人たちがそう見えるだけかもしれないが。

クラスの座席には、ぽつぽつと空席が残っていた。

 

新しいクラスメイトたちは、実に上手に自分をプレゼンテーションしている。

得意なスポーツを紹介する者、好きなアーティストを紹介する者、中には最近流行りのギャグを披露して笑いを取る者もいた。

どちらかというと、趣味嗜好が偏っている…世間では「オタク」と呼ばれる部類に属している僕にとって、彼らはとても眩しく見えた。

社会に求められているのは、彼らのような人材なのだろう。

僕は、自分みたいな人間は一生部屋に引きこもって出てこなきゃいいっていう、なんとも大げさな自己嫌悪に陥っていた。

 

うちの学校の時間割は、1コマ50分で1日6限授業である。

15:30に放課となり、それからは、教室に残って世間話に花を咲かせる人や、部活動に精を出す人、バイトで小遣い稼ぎをする人など、時間の使い方はまちまちだった。

僕はそれらの例にはどれも当てはまらず、真っ直ぐに家に帰ることがほとんどだった。

今日は、新学期初日ということもあって、授業らしい授業はなく午後は放課だ。

もっとも、この学校での授業らしい授業というのもたかが知れているんだけど……

自己紹介で散々な目に合い、一秒でも早く帰宅して、ゲームでもして気分を切り替えたいと思っていた僕にとってはありがたいことだ。

 

―――

 

 

終業のベルが鳴った。

「またねー」や「バイバーイ」という明るい挨拶が教室に飛び交う。

僕は誰とも顔を合わせたくなかったから、普段は通らない校舎裏を通り抜けて近道をしようと心に決めていた。

靴を履き替え、カバンを肩に担いで、校舎裏まで急いだ。

3階から階段を駆け下り、人と人との間を早足ですり抜ける。

玄関でさっさと内履きから外履きのスニーカーに履き替え、かかとを踏みつぶしたまま校舎を出た。

 

しかし、校舎裏までついたとき、僕の目に飛び込んできたのは、最悪な気分にさらに泥を塗るような光景だった。

カツアゲだ。

入学初日だというのに、新入生が先輩に、早速カツアゲされている。

 

「だからよぉ~入学金がまだ払われてねーんだよなぁ」

 

「で、でも、きちんと学校には納めましたし…」

 

カツアゲされている新入生は、おどおどと体を震わせて縮こまっている。

今日の式で上級生を挑発した元気のよい生徒とは明らかに違うタイプ、どう見ても『こちら側』の生徒だ。

 

「それはそれ。こっちにも払ってもらわないとよぉ~この後の学校生活を安心して過ごしたいよなぁ?」

 

ガタイのいいその不良は、わざわざ腰を折って、 見上げるような体勢で新入生を睨みつけている。

床屋に間違って眉毛まで剃られたのかって感じの顔面が、なおさら威圧感を醸し出していた。

 

カツアゲ自体はこの学校では少ないわけではないし、実際、僕も被害にあったことがある。

たとえ、僕以外の被害者がカツアゲされていても、「お気の毒」と思うくらいで、僕はいつもそれを素通りしていた。

助けに入ろうとは思わない。

僕なんかが助けに入ったところで、返り討ちにあうことは目に見えているってことも理由の一つだけれど、根本的には、誰かに助けられてその場をしのいでも、何の解決にもならないと思っているからだ。

誰かが助けに入ったところで、人目につかないところで加害者・被害者の関係が続いていくか、助けに入った勇気ある偽善者が次のターゲットになるかだ。

結局、自分でなんとかするしかない。

自分が変わるしかない。

 

ただ、この時はちょっとだけ手を貸してやろうって気になった。

助けはしない。

文字通り「手を貸す」だけ。

ほんの気まぐれ。

いやそれは、僕の速やかなる帰宅を邪魔した不良に、仕返ししてやろうという醜い悪戯心だったのかもしれない。

 

僕はゆっくりと左の拳を握りしめ、自分の『能力』を発動させた。

 

―――

 

握りしめた左手が、温かいエネルギーに纏われるような感覚。

そのエネルギーは形を成して、うっすらと、しかしはっきりと僕の左手を包んだ。

手袋というよりは戦国時代に武士が、あるいは西洋の騎士が、身に纏ってい鎧の篭手に似たフォルム。

がっしりとした重量感のある見た目ではあったが、僕が感じる重さはない。

僕が篭手を纏うのは左手だけで、はたから見ると、スキー場でグローブを片方無くした子どものような、マヌケなアンバランスさがある。

その篭手のちょうど甲に当たるところには、拳大の生き物がくっついていた。

赤いボディに七つの黒い斑点。

テントウムシといって違いないだろう。

これが僕の『能力』のヴィジョン。

 

僕がすっと左腕をあげると、テントウムシは頑丈そうな羽を広げ、薄羽を羽ばたかせて飛んでいく。

そして、不良の威嚇に震えている、新入生の肩に止まった。

 

「さーて、それじゃあ払ってくれるよなぁ?」

 

「…いません」

 

「あぁん?」

 

「払わないって言ってんだよ!このビチグソがぁぁぁ!」

 

先ほどまでなよなよしていた新入生は、まるでスイッチが入ったかのように豹変し、不良に対して反抗した。

実は、そのスイッチをONにしたのは僕の『能力』なのだが……

 

きっと、彼は殴られる。蹴られる。虐げられる。

なんにせよ無事では済まないだろう。

僕には助けることはできない。

でも、彼が『勇気』を振り絞って不良に立ち向かった経験は、彼を成長させてくれるはずだ。

僕はその手助けをしただけ、『手を貸した』だけ。

不良は見るからに怒っている。

きっと彼は乱暴される。

そのことについては謝る。

ごめん。

 

そう思っていたが、現実にはそうはならなかった。

不良は彼を殴らなかった。

いや殴れなかったのか。

僕の予想を裏切った原因は、不良の視線の先にあった。

眉毛のない不良は、新入生に反抗された怒りをぶつけんと飛びかかろうとした時に気づいたのだろう。

自分が『彼』に見られていることに。

 

不良の視線の先に『彼』はいた。

胸元の大きく開いた学ランにバッチをつけ、ぶかぶかのズボンにピカピカの靴を……いや違う違う、彼を形容するならもっと特徴的な部分があるじゃないか。

髪型だ!

頭に軍艦でも乗せているかのような、あるいは「中にミサイルでもつまってるの?」と聞きたくなるような特異な髪型。

もう少し前の時代ならまだしも、現代では…いわゆる“ダサい”と言われるようなヘアースタイルだろう。

たしか、その髪型は『リーゼント』といっただろうか……

 

その彼も、カツアゲの現場を見ていた。

見ていただけだ。

僕と同じく、助けるつもりはないらしい。

ただ、こそこそと遠目から窺っていた僕とは違い、彼は真っ正面から、堂々と、そして真っ直ぐ不良の目を見つめていた。

 

『眉なし』はその視線に圧倒されてか、「チッ」という舌打ちと、ツバを吐き捨てるという小さな抵抗を一つすると、その場を去って行った。

新入生は不良が去って行った安心と、大それたことをやった自分への驚きで気が抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。

僕は新入生の肩から、テントウムシを呼び戻した。

テントウムシは、自分の巣に戻るように僕の手の甲へと収まった。

僕が自分の手元から視線をあげると、彼と目が合った。

彼は去っていった不良から、僕へと視線の先を移していた。

彼が、僕を見ていた。

 

僕は『彼』のことを詳しくは知らない。

でも、『彼』の名前は知っていた。

特徴的な髪型抜きにしても、この学校内での彼の存在感は大きかったからだ。

 

『彼』の名前は東方仗助。

 

たしか、こう呼ばれていた。『ジョジョ』と。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

結局、その日は帰ってから何もする気にはならなかった。

部屋の明かりを常夜灯だけにして、ベットに横になる。

僕は天井を見上げながら、今日あった出来事を思い返していた。

式で鳴ったチャイムと奇妙な文字。

散々な自己紹介。

不良のカツアゲ。

そして『ジョジョ』。

蛍光灯の下をぐるぐると飛び回るテントウムシが、視界に入っては消える。

それを見て僕は、久しぶりに発動した自分の能力に思いを馳せた。

 

僕は、自分の能力が目覚めてからこんな風に考えるようになった。

『人間が行動を起こす時は3つのエネルギーが必要』だと。

 

1つは身体エネルギー。

これは読んで字のごとく、体を動かすために必要なエネルギー。

栄養や休養によって生み出され、その人の健康状態に大きく左右される。

生物に備わる、最も純粋なエネルギー。

 

1つは生命エネルギー。

行動を起こすための活力。

元気と言い換えることもできるだろうか。

元気があれば、人間はより複雑で、より多様な行動を取ることができる。

 

この2つがあれば、人間は最低限度の生活を送ることができるだろう。

だが、人間が人間らしくあるためには、3つ目のエネルギーが大切なのではないだろうか。

 

それが精神エネルギー。

行動を起こそうとするエネルギー。

身体の疲労はない、元気もある、だけどなかなか行動にうつすことができない、やる気がでない、ためらってしまう、そんなことはないだろうか。

特に、新しいことに挑戦するときや、困難にぶち当たったときなんかに。

何かに立ち向かうには、3つ目のエネルギーが必要なときもある。

そんな精神のエネルギーは、『自信』や『勇気』、あるいは『覚悟』と言い換えることができるだろう。

 

僕の左手は『触れたものに精神エネルギーを与える能力』をもっている。

触れるのは、直接僕の左手でも、テントウムシででも構わない。

まあ簡単に言えば、他人に『自信』や『勇気』を与える能力だと僕は解釈している。

『他人に』と言ったのにはちゃんと理由がある。

この能力は僕自身には使えないのだ。

使えるなら今日だってもう少しマシな自己紹介ができたはずだ。

とにかく自分以外にしか効果はない。

今日、あの新入生に精神エネルギーを注入し、『不良に立ち向かう勇気』を与えたときのように……

 

別に、他人に対してしか使えないということに関しての不満はなかった。

確かに今日の自己紹介のように、自分に使えればいいのにと考える機会は何度もあったが、そのことに怒ったり、悲しんだりといったことはしなかった。

むしろ、僕は逆にこんな能力『あげちゃってもいいさ』くらいに考えていた。

こんな能力でよければ、欲しけりゃくれてやるって感じに。

 

だから僕は、自分の能力をこう名付けた。

【ギブ・イット・アウェイ】

名前は、僕の好きなバンドの曲名からいただいた。

『あげちゃえよ』って意味らしい。


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