これは『出会いの物語』。
By the way…
ところで…
By the way , Who is he?
ところで、『彼』は誰?
東方仗助は『彼』に出会えたのだろうか?
これは『出会いの物語』。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鞍骨倫吾を倒し、楓に見送られた後、仗助は一人雪の中を歩いていた。
かつて、幼い自分の命を救ってくれた恩人に出会うためだった。
自分がこれまで『生きる手本』としてきた『彼』に出会うためだった。
仗助はこれまで何度考えただろう。
「こんなとき『彼』ならどうするか」と。
困難にぶち当たったとき、何かに迷ったとき、こらえきれないくらい悲しいとき。
母親とけんかしたとき、仲間のピンチのとき、好きな女ができたとき。
仗助の心の中に焼き付いている『彼』を思うと勇気がわいた。
少しでも彼に近づこうと、髪型を真似てみた。
自分のことをけなされようが、ちょっとやそっとじゃ怒らない。
だが、髪型を侮辱されるのは、なんだか『彼』を馬鹿にされているようで我慢ならなかった。
『彼』に会いに行こう。
吹雪で視界は悪かったが、仗助はタイヤが雪をこする『ギュルルル』という音を頼りに進んだ。
音をたどって向かった先、そこには見覚えのある車があった。
車はタイヤにチェーンをしているにもかかわらず、雪道にはまり抜け出せずにいた。
それだけ、その日の杜王町は雪深かったのだ。
車を見つけて、仗助の鼓動の音が早まる。
仗助は胸を掴み、心臓を押さえつけた。
『もうすぐ、「彼」に会える』
聞きたいことは山ほどあった。
「あの日、どうしてあの場所にいたのか」
「どうして見ず知らずの俺を助けたのか」
「なぜあの後、自分の前に現れてくれなかったのか」
だがそんなことよりなにより、一言面と向かって礼を言いたかった。
「今の俺があるのはあなたのおかげだ」
そう伝えたかった。
たとえ、過去の『彼』には何を言っているのかわからなかったとしても。
………
だが、いつまでたっても『彼』は現れなかった。
「ああ、そうか……」
やっぱり…
仗助は、ここへ来た時点で『その』可能性もあるんじゃないかと思っていた。
『もしかしたら』と思っていた。
そして、仗助はゆっくりと車に近づいて行った。
運転席で、若かりし頃の母親が何かをわめいているのが見えた。
どうしてわめいているのか覚えている。
母は、幼い自分を救おうと必死なのだ。
その様子を見て、仗助の胸には熱いものがこみ上げてきた。
しばらく見ていると、母親の方から話しかけてきた。
「何の用? あっち行きなさいよ」
ずいぶんと警戒しているようだ。
当然だ。
今の自分は鞍骨倫吾との戦いで、そこら中から血を流している。
仗助はこみ上げる感情を押し殺し、精一杯冷静さを取り繕って、声を絞り出した。
「その子……病気なんだろう? 車押してやるよ」
「え?」
そうして仗助は、「あの日、『彼』がそうしたように」自分の学ランを脱ぎ、スッと車の後輪の下へと敷いた。
「さっさとアクセル踏みなよ。走り出したら止んないでつっ走りなよ……また雪にタイヤとられるからな」
仗助は車の後方に回り、エンジンがふかされるのに合わせて思いきり車を押した。
先ほどの戦いのダメージで、力を入れるたびに体が軋み、激痛が走る。
体から力が抜けるのを感じた。
ふと、顔を上げると、車の中の幼い自分と目が合った。
幼い東方仗助は、熱で朦朧としながらもジッと自分を見つめていた。
「そうだ……俺はあいつにとっての『彼』じゃなくちゃならねえんだ」
仗助は力を振り絞った。
車は少しずつ前進し、だんだんと勢いに乗って走り始めた。
仗助が言ったように、止まらずそのまま走り去っていく。
車の中の幼い仗助はまだ自分を見つめていた。
その目には、名前も知らぬ『彼』の姿が焼き付いた。
きっと車の中の少年は、その『彼』の姿を自分の生き方の手本とし生きていくのだろう。
仗助は、自分に問いかける。
今の俺は、あいつに誇れる『彼』でいるだろうか?
幼い仗助はずっとずっと『彼』を見つめていた。
東方仗助も、走っていく車が見えなくなるまでずっとずっと見送った。
こうして二人の東方仗助は、この日『彼』と出会った。