By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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第1章
新学期①


4月、それは始まりの季節。

バス停が立ち並ぶ杜王駅前のロータリーから、僕はバスに乗り込んだ。

都市開発のアオリを受けて、昔に比べるとバスの本数がずいぶん増えたことは、この町の住人にとってはありがたいことだ。

駅前もずいぶんと賑やかになり、都会的な風景に変化しつつ合ったが、町長の意向で所々に自然が残されている。

ロータリーの中央にある溜池もその一つで、池の中にある岩の上では、大きな亀が甲羅干しをしていた。

 

気持ちのよい春風とともに、バスが桜並木をくぐり抜けていく。

この時間のバスの乗客のほとんどは、同じ目的地に向けてそのバスに乗り込んでいた。

 

目的地は、ぶどうヶ丘高校。

僕の通っている学校だ。

今日は、ぶどうヶ丘高校の始業式だった。

朝のこの時間のバスはいつも混み合うのだが、僕の目の前の席がちょうど空席になり、「ラッキー」と心の中でつぶやく。

しかし、僕がその席に座る前に、隣から割り込んできた男子生徒がドカッと腰を下ろした。

僕より年下に見えるその男子生徒は、どうやら今日からぶどうヶ丘高校へ入学してくる新入生のようだ。

通例、新入生の入学してくる日は新学期の始まる数日後であるのだが、僕の通うぶどうヶ丘高校では、それらの日は同日に設定されている。

つまり、始業式と入学式が、一緒くたになって行われるということだ。

これは、学校行事を減らしてそのぶんの時間を学習時間に充てるといった教育的な配慮などではなく、単に全校生徒を一箇所に集める機会を一度でも減らしたいという学校側の都合なのだろう。

 

その気持ちも分からなくはない。

僕は、目の前に座る新入生の姿を見てそう思った。

 

重力に逆らう髪型。

目がチカチカするような色の髪の毛。

ぶどうヶ丘高校にも一応決められた制服があるにはあるけど、その制服でさえ、それぞれの個性に応じてワッペンやバッチをつけてアレンジされている。

制服ってものがなんであるのか僕には分からないけど、もし『気持ちを揃える』とか『心を正す』っていうような役割があるのだとしたら、それは全く機能していないように僕には見える。

そんな連中が、小さなバスの車内を支配していた。

つまりぶどうヶ丘高校は、いわゆる不良の集まる学校なのだ。

 

新入生からしてこうなのだから、全校生徒が体育館に一同に会した日には、トラブルが起こらないほうが難しいってもんだ。

 

車外の清々しい雰囲気とは対照的な、殺伐とした車内。

身長が伸びて買い直した真新しい制服に身を包んだ僕は「どうせなら、始業式も入学式もやめちゃえばいいのに」なんてことを考えていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ぶどうヶ丘高校の体育館はそれなりに大きい。

バスケットボールコートが公式用の正式なサイズで丸々3面もとれる。

だが、そんな体育館も全校生徒が集まると息苦しさを感じてしまう。

みんながみんな統率の取れた軍隊のように、綺麗に整列するのならば広さ的には十分なんだろう。

だけど、不良たちそれぞれが所有している縄張り的スペースが大きいため、僕のようなそれ以外の生徒たちは肩身の狭い思いをしなくてはならないからだ。

まるで縄張りの大きさが自分の力の大きさをあらわすのだと言わんばかりにスペースの拡大を図る不良たちを見て、僕は「犬じゃあるまいし、みっともない」と見下していたが、口には出さずにおいた。

 

壇上では校長先生が誰も聞いていない話を長々と続けている。

少しだけ耳を傾けると、「希望が…」とか「目標に向って…」という言葉が耳に飛び込んできた。

おそらく新入生に向けての挨拶なのだろう。

 

それにしても、時計の長い針が12をさしていた頃からしゃべり始めたのだから、かれこれ30分はしゃべっていることになる。

長い校長の話は全国共通の儀式のようなものだけれど、流石に僕もそろそろ嫌気がさしてきたなと考えはじめた頃だった。

 

ガタッ

 

座っていた椅子を倒して何人かの新入生が立ち上がり、上級生に向かって叫んだ。

 

「こんな長ったらしい話、聞いてられないっスわ。先輩方はよく我慢してられますねぇ~」

 

その号令に合わせたかのように、いかつい新入生たちが次々と立ち上がる。

新入生たちは、まるで自分の力を誇示するように、周りの椅子を蹴り飛ばした。

どうやら僕と同じく校長の話に飽々していた人はたくさんいたようだ。

ただし、普段なら絶対に気の合わないであろう連中ではあるが。

 

新入生の安い挑発に『先輩方』も席を立ち、こめかみの血管をひくつかせる。

騒ぎが起こった時のために横で待機していた体育教師陣も、すっかり臨戦体勢だ。

乱闘騒ぎなんてこの学校じゃあ珍しいことじゃないけど、巻き込まれたらたまったもんじゃない。

僕はさっさとこの式が終わることを祈りながら、なかなか進まない時計の針を睨んだ。

 

にらみ合う新入生と上級生。

まさに一触即発の状態。

先頭に立つそれぞれのリーダー格であろう生徒は、互いの鼻先がくっつくような距離でメンチを切りあっている。

お互いに制服の襟首をつかみ合っているが、なかなか手は出さなかった。

その様子を見て、「本当はやめたいんじゃないの?」と思ったが、不良ってやつは一度出した拳を引っ込めることができないのだろう。

きっと、くだらないプライドが彼らを引き下がらせるわけにはいかなくしているのだと思う。

飛び交う怒声、煽る野次、集まる視線。

とうとう我慢の限界に達した二人が、振り上げた拳を互いの顔面に叩き込まんとした、その時だった。

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

体育館中、いや杜王町中に響き渡ったのではないかと思えるほどの大音量で、チャイムが鳴り響いた。

思わずそこにいた誰もが、あまりの音量に耳を塞ぎしゃがみこんだ。

にらみ合っていた不良たちが、身の危険を感じ防御姿勢をとったのは、さすがというべきなのだろうか。

時計の針は9時32分を回ったところだった。

チャイムが鳴るにはあまりに中途半端な時間のはずなんだけど……

 

「おい! 何だッ! この音は」

 

「バカにしやがってッ! さっさと止めろッ!」

 

不良たちは、口々に怒声をあげる。

しかし、チャイムは壊れたオルゴールのように、繰り返し、繰り返し、鳴り響くだけだった。

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

次第にパニックになる体育館。

教師陣は原因究明のため走り回り、女子生徒の中には悲鳴をあげるものもいた。

最初こそ活きのよかった不良たちの顔も段々と青ざめ、もう乱闘どころではない状況だ。

 

「もうわかったぁー! 俺たちが悪かったぁ! 勘弁してくれぇぇぇぇッ!」

 

最初に立ち上がった新入生が、床に膝をついて叫んだ。

その情けない様子を見て、悪戯な神様がスイッチを切ったかのように、タイミングよくチャイムが鳴り止んだ。

体育館を不思議な静寂が包んだ。

体育館の中で高まっていた熱情的ボルテージは霧散し、あわや大乱闘といった事態は回避されたようだ。

不良たちは気を削がれたようで、次々と捨て台詞を残して体育館を出ていった。

 

その後、教師たちが集まり2、3分の打ち合わせの後、また元の持ち場に戻っていった。

どうやら、残された生徒だけで式をやり遂げるつもりらしい。

だが、生徒たちはそんな式はもう全く興味がない。

僕の横に並んでいる女子生徒も、先ほどの不思議な出来事について議論している。

 

「ねーねーさっきのチャイムすごかったねー、ナイスタイミングって感じ!故障かなー?」

 

見た目、すっトロそうな女の子が言った言葉に、いかにも姉御といった子が答える。

 

「バカっ!そんな都合のいいことがあるかい。どうせ先公が鳴らしたんだよ。直接言えばいいのにさ、だらしない」

 

「えーでも先生達はみんな体育館に並んでたよー。あたし見たもん。絶対見たもん」

 

「あーうるさいね、なんだっていいさ。妹分が入学してくるっていうから、せっかく筋を通して式に参加したってのに、これなら中庭でサンジェルマンのサンドイッチでも食べてた方がマシだったよ」

 

「あーカツサンドでしょーおいしいもんねー」

 

……さっきのチャイムは故障だったのだろうか、それとも誰かが意図的に鳴らしたのだろうか。

女の子達の会話を聞いて、少し真相を知りたいって気分になったけど、それ以上に気になることが僕にはあった。

チャイムが鳴った時、僕はふと体育館の天井を見上げた。

なんで見上げたのかは分からない。

ただ、何かにつられるようにして見上げたような気がするのだけど…

僕はそこで奇妙なものを見た。

 

僕が見たのは『ひっくりかえったキーンコーンカーンコーン』

 

何を言っているのかわからないかもしれないけれど、そういうほかない。

漫画に出てくる擬音が、鏡文字のようにひっくりかえって天井にデカデカと貼り付いているようだった。

いや、文字が染み込んでいたといったほうが近い表現だろうか。

あれは一体なんだったんだろう……

 

長ったらしい形式だけの式は終わり、担任の先導で体育館に残った生徒たちは各々の教室へ戻って行く。

僕も目の前の僕より少し背の低い男子生徒について行く形で体育館をあとにした。

今までのクラスでは僕が先頭だったので、ちょっとだけ優越感に浸ることができた。

僕の前の男の子が、僕以外には聞き取れないような小さな声でボソリと呟いた。

 

「新学期早々勘弁して欲しいんだよなぁ、まったく…」

 

まるで、先ほどの出来事を自分が解決したかのような口ぶりで、僕にはそれが可笑しかった。

なんにせよ、僕はさっき見たものはきっと見間違いだろうと片付けて、それより新しいクラスに馴染めるかどうかを気にしはじめていた。

体育館の出がけにもう一度時計を見る。

 

9時59分

 

1分後、本来なるべき時刻通りにチャイムが鳴った。


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