「ねぇ楓くん。そろそろ帰らないかい?」
目の前の親友の一言にうながされるように、僕は時計に目をやった。
「ああ、もうこんな時間か…全然気づかなかったよ」
いつもの図書館で、僕と康一くんは受験勉強の追い込みをかけていた。
参考書の束をトントンと直し、僕はそれをカバンに詰め込んだ。
窓の外をみると、日はすっかり沈んでしまって杜王町は暗闇に包まれていた。
…………
あの日から数日たつ。
康一くんも億泰くんも、体の方はもうすっかり回復した。
ついでに言うと、康一くんと一緒に捕らえられていた間田さんや、鉄塔に住む男も。
何事も無かったかのように時はたち、また当たり前な日常が繰り返される。
今日も相変わらずな、杜王町の一日が終わろうとしている。
あの日の戦いは、誰も知らないし、知る必要もないのだろう。
あの戦いの中で鞍骨倫吾は、『この町は眠っている』と言っていた。
だけど…
あのとき倫吾くんに捉えられた億泰くんや康一くんを、見つけ、助け出してくれたのは『この町の住民』だった。
杜王町に住む人々が、彼らを救い出してくれていたのだ。
ちゃんと自分の周りの異変に気づいて、行動しようとする、そんな人たちだってこの町にはたくさんいたのだ。
鞍骨倫吾……
彼は、この町の悪い部分だけを見過ぎてしまっていたのかもしれない。
そんなことを考えると、僕は少しやりきれない気持ちになる。
「そういえば楓くん、最近ヤケに勉強を頑張っているみたいだけど何かあったの?」
交差点の信号待ち、隣を歩く康一くんがそう僕に問いかけてきた。
「ああ、ちょっとね……」
僕は、自分の胸の内を康一くんに打ち明けることに少し戸惑って、返事にならない返事を返した。
倫吾くんとの戦いの後、僕がずっと考え続けていたこと。
目の前の親友にそのことを打ち明ければ、きっと理解してくれるだろう。
笑ったり、バカにしたりせずに、真摯に受け止めてくれるに違いない。
だけど、僕は自分に自信がもてず、まだ話せずにいた。
その様子を励ますように、僕の【ギヴ・イット・アウェイ】が僕の頭上を飛び回る。
だけど、その能力は、僕自身には使えない。
「そうだ、康一くん、ちょっと付き合ってくれるかな?」
もう遅い時間にもかかわらず、そう言って僕は、康一くんを連れ出した。
訪れたのはあの廃墟だった。
「ここで倫吾くんと戦ったんだね」
「うん……」
僕がうつむいていると、康一くんが話し始めた。
「あの後、露伴先生に頼んで、彼のことを少し調べてもらったんだ。彼には鞍骨恵っていうお姉さんがいたみたいなんだ。数年前に行方不明になってるんだけど…」
「そういえば、あの日の戦いの中で、姉さんが殺されたって…それに吉良吉影って名前も」
「彼は、復讐する相手をずっと探していたのかもしれない。だけど、その相手がこの世にいないことを知って、何かが壊れてしまったんじゃないかな」
僕は、康一くんの話を聞きながら、あの時仗助くんが直した不思議な時計を探したが、やっぱり見つからなかった。
「ねぇ康一くん、彼は…倫吾くんは間違っていたのかなぁ?」
「どういうこと?」
突然の質問に、康一くんはキョトンとして僕を見た。
「もしかしたら、僕のスタンドが彼に長く触れていた影響かもしれないんだけどさ。なんとなく、彼の精神エネルギーが、彼の考えが僕に流れ込んできたような気がしたんだ。そして、僕も思ったんだよ。たしかに、この町を守るっていうのは素晴らしいことだよ。でもそのせいで、誰かに守られるのを期待して、待っている人ばかりの町にしちゃいけない。他人に任せっきりにして、自分から何もしない町にしちゃいけないんじゃないかって」
「楓くん?」
康一くんは心配そうにこちらを見つめる。
僕はそんな康一くんに微笑み返した。
「わかってる。もちろん彼のやり方は間違っていたし、この町にもそうじゃない人たちがたくさんいることは知っているよ。でも僕は、彼の精神を正しい形でこの町に広げたいんだ」
康一くんは、僕の話を黙って聞いてくれていた。
そうして僕は、あの日からずっと考えていたことを打ち明ける決心をした。
「康一くん、僕にもようやく夢ができたよ…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これは『出会い』の物語。
『出会い』は人を成長させてくれるものだと僕は考える。
『出会い』はその人の魂のステージを引き上げてくれるものだと僕は考える。
その『出会い』は偶然なのか、はたまた何か目には見えない引力のようなものによって引き起こされる必然なのか、それは僕にはわからない。
もし僕が、康一くんや仗助くん、億泰くんのような『黄金の精神』を持った仲間たちに出会っていなかったらどうなっていただろう。
もし倫吾くんが、もっと早くに彼らと出会っていたら、もっと違う未来があったのだろうか。
そして、今の僕があるのは倫吾くんとの出会いがあるからに他ならない。
僕もいつか、出会うことで誰かを変えることができるような、誰かを正しい道へと導いていけるような、そんな人間になりたい。
そんなことを考えながら、この物語の幕を閉じたいと思う