By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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決着

倫吾が1987年の扉を開けた先。

そこには真っ白な世界が広がっていた。

雪が何もかもを覆い尽くす世界。

まさに銀世界。

杜王町で生まれ育った倫吾にとって、おそらく過去に経験しているはずの風景のはずだが、この時代の倫吾はまだ生まれて間もなく、今の倫吾には全く記憶に無かった。

扉から一歩踏み出すと、雪に足を取られた。

一歩踏み出すたびにズボッズボッっと、膝のあたりまで雪の中に足が埋まった。

 

「さて……」

 

倫吾は、周りを見渡して目的のものを探す。

吹雪いた雪が目に入り、傷跡にしみた。

視界が悪く、目の前数メートル先も見えなかった。

倫吾が立ち尽くしていると、『ギュルルル、ギュルルル』という音が聞こえてきた。

この雪にタイヤをとられ、から回っているような音。

倫吾から、そう遠くない場所から聞こえるようだった。

 

「あそこか…」

 

倫吾が、歩みを進めようとする。

しかし、その時。

倫吾の背後から、音がした。

 

『ガチャリ』

 

 

倫吾にとって、聞こえてはならないはずの音だった。

倫吾が、聞こえるはずがないと思っていた音だった。

それは『扉』の開く音。

 

開いた『扉』から現れたのは、東方仗助と片平楓だった。

 

倫吾は絶叫した。

 

「どうしてだ…どうしてここにくることができるーーッ!!」

 

その絶叫から逃げ出すように、倫吾の抱えていた『片平楓の左腕』がスルスルと倫吾の手から離れ、楓の先が無くなった腕に元通りにおさまった。

仗助は、獲物をとらえる野生動物のような鋭利な視線を倫吾に向け、そして静かに言った。

 

「お前、言ってたよなぁ。俺たちのスタンド能力は似ているって。『治す能力』は、『時間を巻き戻す』みてーだってよ。ヒントはお前がくれたんだ。扉の向こうで『楓の腕を治せ』ば、腕を持っているおめーのところまで行けるんじゃねえかって。これは賭けだった。保証なんてなかったがよー。どうやら『賭け』には勝ったようだな。辿り着いたぜッ!」

 

互いのスタンドの射程距離内。

倫吾は距離をとろうとするが、身体のダメージと、雪に足をとられるのとで思うように動けなかった。

やるしかない。

倫吾は『覚悟』を決めた。

 

「【クレイジー・ダイヤモンド】!」

 

「おおおおおおッ! 【ワン・ホット・ミニット】!!」

 

ほとんど同時に繰り出される拳。

勝負は一瞬だった。

二人の目の前で、互いのスタンドの拳が交差する。

 

【ワン・ホット・ミニット】の拳は空を切り、【クレイジー・ダイヤモンド】の拳は倫吾の顎を砕いた。

 

『ドラァッ‼』

 

【クレイジー・ダイヤモンド】の一撃は、もう途切れかけていた倫吾の意識を、根っこから刈り取った。

 

「鞍骨よお。お前は俺たちのスタンド能力が似ているって言ったけど、俺はお前の能力はむしろ『時間を吹き飛ばして戻す』、あの男のソレに近いと思ったぜ。お前が最も憎んでいた、吉良吉影の能力によ」

 

仗助の最後の言葉は、意識のない倫吾には届かなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「今度こそ終わったね」

 

楓が自分に戻った左手を見つめながら言う。

握っては開きを繰り返し、先ほどまで無かった腕が戻った奇妙な感触を確かめていた。

 

「ああ、そうだな」

 

仗助の顔に当たった雪が、体温で溶けて流れ落ちる。

リーゼントには、雪が積もり始めていた。

 

「それにしても、杜王町にこんな大雪が降った日があったんだね。あいつは仗助くんを狙ってここにきたわけだから、きっと僕も生まれているはずなんだけど…全然覚えていないや」

 

「……俺はよく覚えてるぜ」

 

その時、今まで気にならなかった『ギュルルル』という音が、楓の耳に飛び込むように入ってきた。

 

「まさか、今日…いや、この日は」

 

仗助くんが『彼』に助けられた日。

 

仗助くんがリーゼントにしたきっかけである『彼』。

仗助くんが生きる目標としている『彼』。

その『彼』に仗助くんが出会った日なのではないだろうか。

 

鞍骨倫吾は弱り切った相手を始末するために、最も適したこの日を選んだに違いない。

そんな推理に近い予想が、楓の頭を駆け巡った。

だが、楓はそれらを一切口にせず、仗助に一言だけ言った。

 

「会いにいかなくてもいいの?」

 

聞こえてくる『ギュルルル』という音の感覚が短くなる。

それは、雪から抜けだそうとする運転手の焦りを表しているようだった。

 

「……」

 

仗助は、突然おとずれた自分の理想の人物に会えるというチャンスと、会いに行くことへの恐れとの葛藤に答えを出せずにいた。

楓は仗助の背中を『左腕』でポンと叩き、そして言った。

 

「もし会うチャンスがあるならそれは絶対逃さない、でしょ?」

 

楓の左腕が光々と輝いていた。

 

楓のスタンド名は【ギヴ・イット・アウェイ】。

「他人に精神エネルギーを与え、『自信』や『勇気』を与える能力」

 

 

「楓、少しだけよお、待っていてくれるか?」

 

そう言い残して、仗助は吹雪の中へと消えて行った。

楓は、その大きな背中が見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

仗助と楓は階段を登っていた。

時空の狭間にある長い長い螺旋階段を。

元の時代、帰るべき杜王町に戻るために。

 

楓は戻ってきた仗助に、なにも聞かなかった。

本当は聞きたかったが、いつか仗助の口から話してくれる日が来るだろう。

その日を待つことにした。

仗助の大切にしている学ランは、仗助が帰ってきたとき何故かボロボロになっていた。

 

 

「楓よお、俺は置いてきてもよかったんだぜ」

 

仗助の背中には、鞍骨倫吾がおぶられていた。

意識こそ失っていたが、致命傷になるような怪我はあらかた仗助が『治して』いた。

 

「まあいいじゃない。康一くんや億泰くんも無事みたいだし。それに彼がいないと、きっと 『この空間』は消えて帰れなくなってしまうんじゃないかい?」

 

「チッ! 元の時代に戻ったらよー、こいつを叩き起こして康一たちの居場所を吐かせるからな」

 

楓はぼそっと呟いた。

 

「きっと彼はやり方を間違えただけなんだ…」

 

「ああ? 何か言ったか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

仗助と楓は、一歩一歩階段を踏みしめるように登って行く。

早く帰りたい。

楓には、いつもの杜王町がヤケに懐かしく、恋しく感じた。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

その時だった、

 

『ズンッ』

 

突然、先ほどまで音の無かった空間に、重低音の音と、体をぶらす揺れが襲う。

 

「なんだ?」

 

顔を見合わせる仗助と楓。

警戒する2人を再び、激しい揺れが襲う。

 

『ズンッ』

 

下をみると、今まで登ってきた階段がゆっくりと崩れ始めていた。

 

「まさか……やっぱり、時間切れか」

 

楓が何かに気づいたように言う。

 

「どういうことだ?」

 

「これは推測なんだけど……たぶん、僕の【ギヴ・イット・アウェイ】で成長した能力は一時的なものなんだ。能力の成長は完璧じゃない。それがわかったから、倫吾くんは僕の左腕を切り落として持って行ったんだ。そして、どうやら時間切れがきたみたいだね」

 

「おいおい、そんなことはもっと早く教えといてくれよ」

 

「僕にも確信があったわけではないんだよッ!」

 

「まあいい、走るぜ、楓!!」

 

二人は急いで階段を駆け上がる。

階段が崩れるスピードはゆっくりだったが、徐々に二人に追いついてきていた。

 

「早くしろ! 楓!」

 

仗助の後ろを必死で食らいついて行く楓。

だが、その差はだんだんと離れていく。

崩壊は、螺旋階段を蛇のように飲み込んで行く。

 

「楓ぇッ!」

 

仗助が振り向き叫んだ時、背中で倫吾が意識を取り戻した。

 

「クッ…」

 

その拍子にバランスを崩す仗助。

倫吾は仗助の背中から滑り落ち、階段の縁から落ちていった。

 

「危ない!」

 

仗助から遅れていた楓が、ギリギリのところで倫吾の腕を掴む。

 

「片平…楓ェ……」

 

倫吾はまだ意識がはっきりしないようで、うわ言のように呟いた。

 

「早く、僕の腕につかまれ!」

 

「片平…楓……お前さえいれば、まだ…やり直せる。『運命』を…変えられる」

 

「まだそんなことを言ってるのかッ! 早くつかまるんだ」

 

下からはだんだんと崩壊が迫ってきていた。

楓は握力を失い、つかむ腕が少しずつズリズリと滑っていく。

楓の指が倫吾のしている女物の小さな時計に引っかかり、楓はそれを掴んだ。

 

「もうもたない! お願いだから早くつかんでッ!」

 

「姉さん……」

 

鞍骨倫吾がそうつぶやくと、楓の手からフッっと体重が消えた。

倫吾は深い闇の中へと落ちていった。

楓が手を離したのではない。

つかんでいた倫吾の小さな時計が、焦げ跡のある花柄の時計が、自然と倫吾の腕から外れたのだ。

楓の手には時計だけが残った。

楓は慌てて下を覗き込むが、倫吾の姿はもう見えなかった。

 

「楓、急げ!」

 

上から仗助が呼びかける。

階段の崩壊は、倫吾を飲み込んでからそのスピードを増していた。

仗助は楓が追いつくと、二人は全速力で駆け上がった。

 

「あの扉だ」

 

楓が出口を指差す、が、そこまではまだ距離がある。

崩壊は二人のすぐ後まで迫っていた。

 

「クッソ! 間に合わねぇか?」

 

仗助が諦め掛けたとき、扉の向こうから声がした。

 

「仗助、楓、飛べ!」

 

その声に合わせて、二人は階段を蹴りつけて、上へと思い切りジャンプした。

 

『ガオンッ!』

 

空間を切り裂く轟音。

仗助と楓は、引き寄せられるように空中を飛び、そして扉の外へと吐き出された。

二人が扉の外へ出ると、扉はスーッと消えた。

 

扉の向こうには、二人が見慣れた青年の姿があった。

 

「変な扉があると思ったらよー。その中にも奇妙な階段があるなんてな。しかも、仗助が必死な顔で走ってるしよー。仗助、お前ダイエットでも始めたのか?」

 

飛び出した衝撃でぶつけた身体をさすりながら、二人が顔を上げると、そこにはニヤニヤと笑う虹村億泰が立っていた。

 

「億泰くん!」

 

「億泰、てめーよぉ、来るのがおせえんじゃねぇのか?」

 

仗助は憎まれ口をたたきながらも、涙目になって、その再会を喜んだ。

 

「勘弁してくれよ、こっちも大変だったんだぜ。もう少し見つかるのが遅かったら、フンニョーがかかった草を食わなきゃならなかったんだからよぉ」

 

仗助と億泰が拳を合わせる。

 

「で? あのヤローはどこだよ」

 

眉間にシワを寄せ尋ねる億泰に、仗助が答える。

 

「あいつは扉の向こうだ。そして、もう二度とあの扉は現れない。……終わったよ」

 

「そうか…」

 

仗助は一から十まですべてを説明しなかった。

どんな感情が仗助にそうさせたのか、それは仗助自身にもわからなかった。

だが、その短いやり取りで、気の合う仲間であり、信頼し合う相棒である東方仗助と虹村億泰の二人には十分だった。

 

「それよりよぉ、康一が病院にいる」

 

「康一くんも見つかったの?」

 

「おう、ケガはたいしたことないみたいなんだが、さっさと行って治してやってくれよ」

 

「ああ…」

 

仗助と億泰が、部屋を出ようとする。

 

「行くぞ、楓」

 

楓は立ち止まり、自分の手元を見つめていた。

何かを不思議そうに覗き込んでいるようだった。

その様子を見て、仗助が楓のそばまで歩み寄る。

 

「どうした?」

 

楓の手には、花柄の白い時計があった。

鞍骨倫吾の腕に着けられていたものだった。

 

「おかしいんだこの時計、ベルトの部分がどこも壊れていないでしょ。僕はあの時、この時計が『自分から』倫吾くんの腕をはずれた気がしたんだ。不思議だけど、そんな気が…」

 

「見せてみろ」

 

楓が仗助に時計を渡す。

仗助はその時計をまじまじと見つめた。

億泰も横から首を突っ込んで時計を見る。

 

「壊れてるぜ、この時計」

 

確かに、時計は壊れていた。

ベルトには焦げ跡があり、文字盤の上の針は、時を刻むのをやめてしまっていた。

先ほどの戦いで壊れたというよりは、何年も前から壊れているように古びれていた。

 

「なんで彼は、そんな時計をしてたんだろう?女物だし、壊れてしまっているのに」

 

仗助は、針の動かなくなった時計を【クレイジー・ダイヤモンド】でそっと触れた。

すると時計はカチカチと小さな音を立てて、再び時を刻みはじめた。

仗助は、さっきまで『扉』のあったところにその時計を置いた。

 

「きっとあいつにとってはよぉ、大切なものだったんだろうぜ」

 

そう言って振り向き、仗助は部屋を後にする。

億泰と、楓もその後に続いた。

 

楓は出がけに、もう一度だけあの扉のあった方へと振り向いた。

だが、そこにあるはずの時計はなぜか消えてなくなっていた。


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