By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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アザーサイド

「新しい能力だと?」

 

仗助が倫吾に睨みを利かす。

確かに、鞍骨倫吾のスタンドのヴィジョンは、先程までとはまるで変わっていた。

スタンド能力の成長。

広瀬康一の【エコーズ】を知る仗助にとって、それはありえないことではなかった。

また、仗助自身は知らないことであったが、かつての敵、最凶最悪な殺人鬼、吉良吉影もそのスタンド能力を成長させた一人であった。

どちらにも共通して言えるのは、成長のきっかけは「極限まで追い込まれること」。

 

鞍骨倫吾の状況は、まさしくその条件に当てはまっていた。

さらに、それに加えて片平楓のスタンド【ギヴ・イット・アウェイ】の能力で精神エネルギーを得た成長。

その進化した能力は未知数であった。

 

ただひとつ、はっきりしているのは、成長前よりも確実に強力な能力であるということだけだ。

 

倫吾は発現させた扉の前に立ち、語り始めた。

時計の針が、コツコツと時を刻むような語り口であった。

 

「俺の『時を戻す能力』。それは言うならば、俺の記憶や、精神だけが『過去に戻る』ということだ。だが、もし肉体ごと戻ることができたら?時を飛び越え、過去に戻ることができたら? 幼い俺にはできなかったことが、今の俺にならできる。『運命』を変えるなんてちゃちなもんじゃない、『運命』を支配できる。俺の能力は進化した! 俺は過去への『扉』を手に入れたぞッ! 」

 

「『過去に戻る能力』だって…?」

 

倫吾の言っていること、自信に満ち溢れた態度、そして、自分のやってしまったこと、楓はそれらすべてに恐れ、おののいた。

 

「そうだ、この扉の向こうに『過去』がある。俺だけが行き来することができる『過去』が。【ワン・ホット・ミニット・アザーサイド】、そう名付けようか。『こちら側』は、俺だけの世界だッ!」

 

ハイになっている倫吾は、高笑いをした。

決して気持ちのよい笑いではない。

チューニングの狂った楽器が奏でる音楽のように、頭痛や吐き気をもよおすような最悪な笑い声だった。

 

「さて本題に入ろう。俺は今から過去へ行き、自分の運命を変える。だが、その前に東方仗助、貴様だけは始末しなければならない。それが俺の『順番』だからだ。たしかに俺は、今のお前には勝てないのだろう。だが、『過去のお前』にならどうかな? 過去のお前を始末したなら、今俺の目の前にいる『東方仗助の存在』はどうなるのだろうな?」

 

「『過去』の仗助くんを殺すだって?」

 

楓の頭に、昔見たSF映画の内容が浮かんだ。

それは、主人公がタイムマシンに乗って過去に戻るというストーリー。

過去に戻った主人公が自分の父親と母親の出会いを邪魔してしまったために『自分の存在』を失いかけてしまうというものだった。

たしか、映画の中では『タイムパラドックス』とか言われていた。

つまり、過去の自分がいなくなれば今の自分の存在が消えてしまうということだ。

過去の「東方仗助」が消えれば、今の「東方仗助」の存在が消えてしまうということだ。

 

「さよならだ、東方仗助。過去のお前にあったら、よろしく伝えといてやる」

 

「そんなことは僕がさせない。お前のような卑怯者は僕が許さないッ!」

 

扉に入ろうとする倫吾に、背後から楓が飛びついた。

【ギヴ・イット・アウェイ】の篭手が倫吾の首を締め上げる。

だが、力のない楓は、ぼろぼろの倫吾を苦しめることもできない。

 

「卑怯? 卑怯者だと?」

 

倫吾は、新たなスタンド【ワン・ホット・ミニット・アザーサイド】の腕を、片平楓に向かって振り下ろした。

斧を振り下ろすような一撃は、倫吾を捉えていた楓の左腕を切り落とした。

 

「ぐわああああああああああああああああッ」

 

甲高いサイレンのような楓の悲鳴が、廃墟中に響き渡った。

 

「少し他人と違う力があるからといって自惚れるな。卑怯なのはどちらだ? 誰かに壊されてからしか守ろうとしない『対応者』のお前たちと、自らを率先して守るよう、町の人間の『意識』を変えようとする俺と。俺は『公正(フェア)』だ。命に『公正(フェア)』なのは俺の方だ!!」

 

倫吾は切り落とした楓の左腕を拾った。

左腕は、まだ篭手を纏っている。

倫吾はその腕をポンと上に放り投げてはキャッチをし、楓に吐き捨てるように言った。

 

「これがなければ、お前もただの人間だ。『町を守る』だなんて大それたことを考えずに、ちっぽけな自分の存在を必死で守ってろ。この腕は頂いておくよ。まだこの新しい能力が完全にはなじんではいないようだしな」

 

仗助は、楓の腕がぶった切られるのと同時に飛び出していた。

だが、【クレイジー・ダイヤモンド】の射程距離内に入る前に、倫吾は扉の向こうへと消えようとしていた。

 

「待ちやがれ、てめえがどこへ行こうと。必ず俺がぶっ飛ばす」

 

「ほう、ならば『扉』は開けといてやるよ、東方仗助。追ってくるか? 『こちら側』を自由に行き来出来るのは、能力を使える俺だけだ。時空の狭間を彷徨って死ぬのもいいだろう。どうせお前の『存在』はもうすぐ消える。死に様はお前に選ばせてやろう」

 

そう言い残し、鞍骨倫吾は扉の向こうの闇へと消えた。

 

東方仗助と片平楓は、扉の前で立ち尽くした。

 

 

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扉の向こう側は、真っ暗な空間だった。

風も音もない。

そこに、下へ下へと続く螺旋階段だけがあった。

 

倫吾は、東方仗助にやられた身体を引きずりながら。その階段を降りていた。

 

下へ下へ。

 

「仗助を始末したら、少し休もう。そうしてから、吉良吉影を殺しにいく。一度殺して、過去に戻ってまた殺そう。二度、三度、四度…何度でも殺そう。気が済んだら、姉さんを見に行く。会いに行くのではなく、見に行くだけ。今の俺には関わらないほうがいいはずだから」

 

倫吾は仗助たちの前では余裕をみせるよう振舞っていたが、身体には深刻なダメージを受けていた。

片平楓から奪った左腕を胸に押し当てると、少しは楽になった気がした。

だが、身体の傷が癒えるわけではない。

精神力だけが倒れそうな身体をつなぎとめていた。

これからの計画を独り言のように呟くことで、崩れそうな身体を支えていた。

 

「吉良吉影を殺せば、姉さんは死なないはずだ。姉さんは生き返る。姉さんには今度こそ幸せになってもらおう。俺は町を脅かす存在になるけど、姉さんだけは幸せにする。姉さんだけは俺が守る。自分の大切な人は、自分で守ればいいんだ。自分の大切なものだけでいいから。誰かに守ってもらうんじゃない。そんな、町にしなければならない」

 

ゴブゥッ!

倫吾が胃の中一杯ほどの血を吐き出す。

それを踏んでズルリと足を滑らせ、倫吾は前のめりに倒れた。

 

「ハアハア…『順番』は守るよ姉さん。まずは、東方仗助……」

 

倫吾は東方仗助を始末するための最後の計画に思考を走らせた。

 

 

この満身創痍な身体で東方仗助を始末する。

『いつ』の仗助を?

最近のでは勝ち目がない。

今の俺には倒せない。

結局は、また敗北の運命を繰り返すことになるだろう。

もっと、遡らなければ……

幼い仗助なら始末できるだろうか?

いっそ、身重の母親を…いやダメだ、無関係な人間を殺しては、未来にどのような影響が出るかわからない。

目撃者は出来るだけ少なく、東方仗助が弱っている時がいい。

 

 

倫吾には、心当たりがあった。

東方仗助の噂話に耳を傾ければ、必ず入ってくるであろう情報。

仗助がなぜあんな奇怪な髪型をしているのか、そして、『なぜ髪型をけなされると烈火の如く怒り狂う』のか。

その理由となったエピソード。

 

仗助は幼い頃に、死の淵を彷徨った経験があるのだ。

それも、周りに誰もいない大雪の、小さな車の中で。

 

倫吾の行き先は決まった。

倫吾は階段を下り、一つの扉の前に立った。

そして、鈍色のドアノブに手をかける。

 

行き先は、1987年の冬。

記録的な大雪が杜王町を襲った、ある1日。

 

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「ううっ…うっ…」

 

片平楓の流した涙が、廃墟の床を湿らしていた。

腕を失った痛みから涙を流しているのではない。

自分がよかれと思ってやった行為。

親友を救おうと思っての行いが、もう一人の親友の『存在を消そう』としていた。

 

「ごめん…ごめんよ仗助くん。『罠』かもしれない。そんなことはわかっていたんだ。でも、もし罠でも康一くんを救える可能性がほんのちょっとでもあるなら。僕はやらないわけにはいかなかった」

 

倫吾に過去へ逃げられ黙りこくっていた仗助。

だが、その言葉を聞いて楓のそばへしゃがみ込み、楓の頭を再びくしゃっと撫でた。

 

「おめーは正しいよ。俺がお前の立場でもおんなじことをしただろうよ。男がメソメソしてんじゃーねぜ、楓」

 

「でも、僕のせいで君の存在が……僕のせいで僕たちはヤツに負けたんだッ!」

 

仗助は自分の隣に、【クレイジー・ダイヤモンド】を発現させた。

 

「そいつは違うぜ、楓。たしかに、俺はもうあいつには勝てねえ。ぶっ飛ばしてやりてーけど、もう手出しもできねえよ。だがよお、『俺たち』はまだ負けてねーぜ。それはお前がヤツに『最後の抵抗』をしてくれたおかげだ。ヤツはやたらと『順番』にこだわってたけどよー。今俺たちが一番にやらなきゃいけないことは、めそめそ泣き言を言うことでも、あきらめて康一や億泰を探し出すことでもねえ。『お前の腕を治す』ことだぜ」

 

「何を言っているんだ、君は存在が消えようとしているんだよ? 僕の腕なんてどうでもいい、僕の腕なんて… …ハッ!」

 

楓は仗助が何をしようとしているのか理解した。

 

「なぁ? 『腕を治す』のが一番だぜ、楓。こいつは『賭け』になるかもしれねえが、付き合ってくれるか?」

 

楓が頷く。

 

「行こう、仗助くん」

 

仗助にはその時、楓の目に黄金の光が宿っているように見えた。

それを見て、仗助は楓に一言だけ言った。

 

「グレートだぜ」


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