By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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廃墟の決戦②

「俺が生まれ育ったこの町の平和が乱れるっつーんなら、たとえ誰も気づかなくても、何度でも守るだけだぜ」

 

時を戻した先。

東方仗助が、倫吾を真っ直ぐに見据えていた。

 

だが、もう勝負は決まった。

東方仗助は、もう間もなく奈落の底へと落ちていく。

今度は、たった『一人』で。

 

仗助はジリジリと距離を詰めるが、倫吾はそれに合わせるように身を引く。

 

あと、45秒。

 

実力者同士の格闘家が互いの出方を読みあって動けない、そんな硬直状態が続いていた。

倫吾にとって、その数秒は永遠のように長く感じられた。

 

(向かってこい…東方仗助)

 

あと、30秒。

 

重苦しい空気を破って、倫吾が口を開く。

 

「お前にはもう何も守れないよ、東方仗助。この町も、そのニワトリのトサカみたいな髪型もな」

 

その言葉を聞いて、東方仗助の中の何かが切れた。

自分の生き様、そして、恩人である「彼」の存在を侮辱された気がした。

気が付くと、弾けるように目の前の倫吾へと飛び出していた。

 

だがその瞬間、足元の床が崩れ、仗助はバランスを崩したまま地下へと落ちていく。

倫吾に意識を集中させていた仗助にとって、完全に不意を突かれた出来事だった。

倫吾が何かしたわけではない。

床が崩れる運命。

その運命通りに床が崩れ、仗助が落ちただけ。

ただ、それだけのことだった。

 

「何…ッ?」

 

「終わりだ、東方仗助」

 

あと15秒。

それで、東方仗助の命は終わる。

 

「仗助くん!」

 

楓が叫ぶ。

叫んでも無駄だ、運命には逆らえない。

 

運命に逆らいたければ、運命を乗り越えるしかない。

自分の運命を知り、それを乗り越える。

それができるのは、俺以外にはいない。

そんなことを考えながら、倫吾は串刺しになった仗助を確認するため、落ちていった穴を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そこにあったのは串刺しになった仗助の死体ではなかった。

バランスを崩して落ちたおかしな体勢のまま空中に浮かぶ東方仗助。

その姿だった。

 

「馬鹿なッ! 何故?」

 

運命を変えられるはずがない。

そこには、命の火が消えた東方仗助の姿があるはずだった。

顔面を蒼白にした倫吾に、仗助は言った。

 

「どうした? もしかしてお前には、俺が串刺しになった未来が見えてたのか? コンビニに売られているソーセージみてーによ。残念だったな。ギリギリだったがよー、壊れた床はすでに『直して』おいたぜ」

 

仗助の背中には、壊れた床の破片が敷き詰められていた。

それが、仗助の体を、鉄パイプに刺さる一歩手前というところで支えていた。

破片たちは、巻き戻し映像のように仗助の体を押し戻しながら、元の床へと『直って』いく。

そうして、再び鞍骨倫吾の前に東方仗助が立った。

 

「貴様ッ!運命を乗り越えたっていうのかぁーッ‼」

 

倫吾が、時を戻せるまであと5秒。

 

「俺の【クレイジー・ダイヤモンド】じゃあ歪んだ精神までは『治せない』からよー、このままぶちのめさせてもらうぜ」

 

『ドラララララララララララララララララララララララララーーーーーーッ‼』

 

【クレイジー・ダイヤモンド】のラッシュが倫吾に突き刺さる。

その一打一打が、倫吾の肉をそぎ、骨を砕いた。

倫吾は後方にぶっ飛び、背後の壁に叩きつけられた。

その全身から、血が噴き出した。

 

 

「やった、やったよ仗助くん!」

 

楓が、仗助の勝利を喜ぶ。

仗助は、その場にグラリと膝をついた。

それは、二人の戦いの激しさを物語っていた。

楓が仗助の方へと駆け寄り、その小さな肩を貸す。

 

「ごめんね仗助くん、僕には見てることしかできなかった…」

 

「気にすんな、奴は強かった…」

 

そういって、仗助は楓の頭をくしゃっと撫でた。

 

「さてと、それじゃあ康一と億泰を探すぜ、楓」

 

仗助が楓に向かって笑いかける。

楓も仗助に笑いを返す。

 

あとは、親友を見つければ、また元の平和な杜王町が帰ってくる。

いつもの日常が帰ってくる。

 

 

 

 

 

 

これで…終わった。

 

 

 

 

 

 

 

……はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン、ドン、ドン

 

薄暗い廃墟に、銃声が響き渡る。

 

「仗助くんッ!」

 

仗助は咄嗟に自分の腹部を抑える。

が、どうやら撃たれたのは自分ではないらしい。

仗助は、銃声のした方へと振り向いた。

そこには、拳銃を握りしめた鞍骨倫吾がいた。

 

「てめー、まだやるつもりかよ」

 

ボロボロになった倫吾には、どう見ても、もう戦闘能力はない。

だが、倫吾の瞳から『漆黒の殺意』はいまだ消えずにいた。

 

「ようやく『覚悟』ができたよ。命だけじゃない、『すべて』を失う『覚悟』が」

 

倫吾が不気味に笑う。

そうして、仗助に向けて銃口を向けた。

手に握られた拳銃は、杜王町の『ある若い警官』を殺して奪ったものだった。

 

「なんのつもりだ?」

 

鞍骨倫吾は、ゆっくりと、ゆっくりと、話し始めた。

 

「少し話をしよう、東方仗助。あんたは俺に『未来が見えたか』と言ったが、それは正確じゃない。俺には未来は見えない。俺が見えるのは今だけ、今を見て『時間を巻き戻す』。それが俺の『スタンド能力』」

 

「それで? また時間を戻してやり直すっつーのかよ。いいぜ、何度でもぶちのめすだけだからよぉ」

 

「いや、もう何度やっても無駄だろう。あんたの言うとおり、同じことを繰り返すだけだ」

 

「だったら」

 

仗助の説得を遮るように、倫吾が続ける。

 

「似てると思わないか? あんたの【クレイジー・ダイヤモンド】。『治す』というよりは、まるで触れたモノの時間を巻き戻しているようだ。DVDプレイヤーで言うなら、俺の【ワン・ホット・ミニット】がチャプターごと一気に戻す機能で、あんたの【クレイジー・ダイヤモンド】は巻き戻し…」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「まあ待て、話はこれからだ。だけど、それぞれのスタンドには弱点もあるだろう? あんたの【クレイジー・ダイヤモンド】は治せると言っても『命の終わったもの』つまり死んだものは生き返らせることはできない。俺の【ワン・ホット・ミニット】はただ『時を戻す』。生命の生き死には関係ない。実際に『さっき』の未来では俺もあんたも死んでたが、今は生きている。すごいだろ? だが、俺の戻せる時間は『1分間』までだ」

 

「話が見えねぇな、おまえのありがたいスタンド講釈を聞いている暇はないんだよ。さっさと康一の居場所を言え」

 

「そう! 実はその、広瀬康一の話なんだ。俺は『1分間』までなら、死んだ人間だろうと生き返らせることができるってことは理解してもらえたよな?」

 

「仗助くんッ!」

 

話を割って、楓が叫ぶ。

楓が指を指す方向、倫吾の後方には、麻袋が置いてあった。

その麻袋には銃で撃たれたあとが3発。

先ほどの銃声は、仗助ではなくこの袋を狙ったものだった。

ずいぶん時間がたっていた。

袋からはじんわりと血が滲み、赤黒い血が弾痕から流れ出てきている。

 

「おい、まさか…」

 

仗助の顔が青ざめる。

倫吾は、のそりのそりと麻袋のそばまで体を引きずるように歩いた。

そうして、麻袋を掴んで言った。

 

「そして、残念ながらその『1分間』も過ぎてしまった。俺にはもう救えない」

 

「まさか、まさか、やめろーッ!」

 

楓の叫び声が、廃墟内にこだまする。

倫吾が縛られた麻袋の口を開き、中身を床に放り出す。

 

 

中から出てきたのは、動かなくなった『広瀬康一』だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「康一くん! 康一くん!!」

 

楓の呼びかけ虚しく、康一はピクリとも動かない。

袋から顔を出した康一からは、生命の輝きが失われているように見えた。

まるで、抜け殻のように横たわる。

 

「てめぇぇぇ!! ぶっ殺す!!」

 

仗助は鬼の形相で、怒りに任せて倫吾に向かって行く。

そんな仗助に向かって、倫吾はぴしゃりと言った。

 

「俺を殺せば、広瀬康一は救えないぞッ!」

 

倫吾の言葉に、仗助の動きが止まった。

ハッタリだろう。

だが、康一を救う可能性が少しでもあるのなら、仗助にはその言葉を聞き流すことはできなかった。

 

「まだ方法はある。とはいえ、これは俺にとっても『賭け』になるが……取引をしよう」

 

倫吾が楓を指差した。

 

「あんただよ、片平楓。あんたの『スタンド能力』、『精神エネルギーを与える能力』がカギとなる」

 

楓は、倫吾を睨みつけている。

その楓の周りを、楓のスタンド【ギヴ・イット・アウェイ】が飛び回っていた。

 

「あんたのその能力、普通の人間に使えば『自信や勇気を与える』力があるのだろう。それが、『精神エネルギー』を注ぎ込んだ時、人に与える影響だ。広瀬康一を拉致したときに聞いたよ。あんたの名前を出して呼び出したらまんまと来てくれた」

 

「貴様ぁぁぁ!」

 

楓は今にもその場を飛び出しそうだった。

だが、康一を救うため、怒りの感情を押し殺した。

 

「もし……もし、その能力をスタンド使いに使ったら? スタンド使いに精神エネルギーを与えたら? スタンドは『精神エネルギー』のヴィジョンだ。精神エネルギーの成長は、『スタンド能力』の成長を意味するのではないか?」

 

『ではないか?』

そう言ってみたものの、倫吾にはほぼ確信に近い自信があった。

袋男との戦いの中で、袋男のスタンドが見せたスタンドの成長。

それは、楓のスタンド能力の影響に他ならない。

そう思っていた。

 

そして、その思いと同じものが今、倫吾の話を聞いた楓の頭の中にもよぎっていた。

楓にも、心当たりがあった。

 

「楓……」

 

『本当なのか?』そう問いかけるように視線を送る仗助に対して、楓はゆっくりと頷いた。

 

「それで、僕にどうしろっていうんだ?」

 

「鈍いんだな。あんたの能力で俺の【ワン・ホット・ミニット】を成長させるんだよ。もし、『1分』以上時を戻せるようになれば、広瀬康一を救うことができる」

 

不気味な提案だった。

楓にも心当たりがあったにせよ、自分のスタンド能力が、スタンド使いにどのような影響を与えるのか見当もつかなかった。

 

「そう都合よくお前の能力が成長する保証はないだろ」

 

「かもな、だから『賭け』だと言った。だがお前は協力するだろう? 他に選択肢はない」

 

その通りだった。

これは、選択権のない取引き。

親友の命を救うためには、答えは一つしかなかった。

楓はもう一度、康一に目を向ける。

命を失った親友の姿を見て、楓は『覚悟』を決める。

 

「わかった…だが約束しろ! 必ず、康一くんを救うと」

 

「俺は『順番』と約束は守る」

 

「…ごめんね、仗助くん」

 

「……」

 

仗助は何も言わなかった。

楓は、倫吾に向かってテントウムシを飛ばした。

倫吾の肩に止まった【ギヴ・イット・アウェイ】は光々と黄金色に輝いた。

倫吾に、どんどんと精神エネルギーが注ぎ込まれていく。

 

(計画通り……これで、最後のピースは手にした)

 

ここまで、事前に考えていた倫吾の計画通りにことが進んでいた。

東方仗助に敗北することさえ、倫吾の想定の範囲内であった。

むしろ、倫吾は仗助に敗北して『覚悟』を決める必要があった。

失う可能性があっても、『成長』しなければ仗助には勝てないと思える『覚悟』が。

片平楓の能力による『スタンドの成長』には、不確定な要素が多すぎる。

下手をすれば、『スタンド能力』を失いかねない。

倫吾のセリフ通り、これは『賭け』だった。

 

倫吾はこの賭けに勝つ可能性をあげるため、自分が『どんな能力を身につけるべきか』を繰り返しイメージしていた。

倫吾が『時間を戻す能力』を得たのは偶然じゃない。

『姉と暮らしていたあの頃に戻りたい』そういう強い意志があってこその能力だと考えていた。

スタンド能力は、その本体の人間の強い意志が決定づける。

ならば、もっと強く願おう。

『あの頃に戻りたい』と。

 

そして、鞍骨倫吾は……

 

 

 

 

賭けに勝った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

倫吾のスタンドが、姿を変える。

顔面を覆っていた無数の目玉は中央に吸収されるように大きな一つ目となり、6本の腕は左右で絡み合い2本の太い腕となった。

幾分かシンプルとなったその見た目は、シンプルさゆえの強力なパワーを秘めているように思われた。

 

「いいぞ最高だ! 最高に気分がいい。気分がハイになっている!」

 

倫吾は自信に満ち溢れているようだった。

その姿には、高貴なプライドと下劣な感情をごちゃまぜにしたような禍々しさがあった。

しかし、楓は物怖じせず倫吾に言い放つ。

 

「さあ、約束だ! 康一くんを救え!」

 

「救う? ああ、そのガラクタを救って欲しいのならいくらでも救ってやるよ」

 

倫吾が、楓に麻袋を蹴ってよこす。

楓は麻袋に駆け寄った。

 

「これは、そんな…」

 

麻袋の中の康一だと思っていたものは、木偶人形に変わり果てていた。

 

「間田さんのスタンド、【サーフィス】」

 

「言っただろう。『順番』は守る、と。広瀬康一も、そのスタンド使いもまだ殺してはいない。まず始末するのは東方仗助、貴様からなのだからなぁ」

 

倫吾とそのスタンドは仗助に向き直り、臨戦体勢をとった。

 

「康一たちがまだ生きているっつーならよ。ありがてぇ。これで、遠慮なくおめーをぶっ潰せるんだからなッ!」

 

仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】も、倫吾に向かって構えをとった。

 

「どうかな?」

 

倫吾のスタンドが地面を叩きつける。

今度は床が崩れ落ちるのではなく、そこに『扉』が現れた。

重々しい、真っ黒な『扉』だった。

 

「これが俺の『新しい能力』だ」


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