夜の杜王町。
町の外れの山道を、一台のバイクが走り抜けていく。
轟音を撒き散らして走るバイクの運転手、虹村億泰はイラついていた。
突然姿を消した親友、広瀬康一。
一日中、仲間と手分けして探しているが、誰もまだ康一を見つけることはできていなかった。
「チキショウッ!康一、無事でいやがれよぉ」
康一を探す億泰の頭の中を、嫌な思い出がよぎっていた。
かつて、同じように仲間が突然姿を消したことがあった。
欲深いがどこか憎めない、その仲間の名は『矢安宮重清』。
通称『重ちー』。
そのときも億泰たちは、仲間と手分けをして重ちーを探した。
しかし、わかったのは『重ちー』が、胸糞悪い『殺人鬼』に殺されたという事実だった。
杜王町の仲間たちの心には、やりきれない気持ちだけが残った。
特に、仗助と億泰の心には。
最後に『重ちー』に会ったのは、仗助と億泰だったのだ。
「もうあんな思いはしたくねぇ」
億泰のハンドルを握る手に力がこもり、アクセルを全開に回す。
それに合わせて、バイクのマフラーからもくもくと煙が立ち上った。
バイクがスピードに乗りはじめたとき、ヘッドライトが照らす前方、急に何かが飛び出してきた。
飛び出してきたものがなんなのか、確かめる間もなく億泰はブレーキを力一杯握る。
二本のタイヤが地面に噛みつくが、スピードは殺しきれず、400ccのバイクは地面を滑っていく。
「チィッ!」
億泰はバイクから飛び降りた。
だが、勢いやまぬバイクは、飛び出してきた物体にそのまま向かっていく。
「【ザ・ハンド】!」
億泰のスタンドが右腕を振り下ろすと、バイクの一部が削り取られ、バイクはコースを変えて崖の下へと落下していった。
「おいおい勘弁してくれよ。2台目なんだぜぇッ!」
億泰は愚痴をこぼす。
かつて、ある敵スタンド使いとの戦いの中で愛用のバイクを失った過去をもつ億泰。
その時も、敵を仕留めるために、自らのスタンド【ザ・ハンド】でバイクを破壊したのだった。(結局仕留め損なったのだが…)
空間ごと削り取られたバイクは修理のしようもなく、そのまま廃車となった。
今回乗っていたバイクは、それからバイトをして貯めた小遣いでやっと買ったものだった。
文句の一つも言わなければ気が済まない。
億泰はバイクを失う原因となった、道路に飛び出してきた物体へと近づいた。
あたりが暗いのと、突然だったのとで、億泰には飛び出してきたものが何かはわからなかったが、近づいて見てみると、それはちょうど、人が一人くらい入りそうな大きさの『麻袋』ということがわかった。
億泰が近づくと、『麻袋』はモゾモゾと動いた。
袋の口を縛っている紐を乱暴にほどく。
すると、袋の中身がゴロンと顔を出した。
「おまえは… …小林玉美ッ!」
袋の中には、小林玉美がうずくまって入っていた。
「てめぇ、まだ懲りずにこんな当たり屋みてぇな真似してやがるのか」
そこまで言って、億泰は違和感に気づく。
「まて、おまえどうやって袋の口を縛った? それにおまえ、その怪我…」
バイクは袋に激突しなかったはずだ。
しかし、中の玉美の顔は腫れ、ところどころに血の跡があった。
手足は縛られ、身動きの取れる状態ではない。
顔面にこびりついた血は黒ずんで固まっており、怪我をしてから時間がたっていることがわかった。
なんとか死んではいないようだが。
「おい、おいッ!」
玉美の意識が無いことに気付いた億泰は、麻袋をぶんぶんゆすった。
意識を取り戻した玉美は、腫れた目をやっとやっと開き、枯れそうな声で言った。
「お…億泰か? 大変だ、康一どのが…康一どのが……」
「康一がどうしたよぉ、何か知っているのか? おい、おいッ!」
見た目以上にダメージの深い玉美は、それ以上しゃべれないらしく、代わりに山道の脇、森の方を指差し、そして、気を失った。
玉美が指差した先、そこには、白みがかった前髪を左に流し、億泰を真っ直ぐに見つめる少年の姿があった。
少年は、
鞍骨倫吾であった。
睨み合う虹村億泰と鞍骨倫吾の間に、地響きが起こりそうなほどの緊張感とプレッシャーが走った。
口火を切ったのは、億泰だった。
「オイッ! おまえその制服、『ぶどうヶ丘』のモンだな? 玉美をやったのはおまえか?」
返答はない。だが、億泰は構わず続ける。
「康一がいなくなったのにも、何か関係があるのかよッ!」
鞍骨倫吾は億泰の質問には一切答えず、黙って森の奥へと姿を消した。
億泰にはそれが、「追って来い」といっているように見えた。
「そうかよ!!」
億泰が、倫吾を追って森の中へ入っていく。
雲が月にかかり、杜王町の夜から明かりを奪った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
月明かりのない夜の森は、静まり返っていた。
億泰は、鞍骨倫吾を追って森の中へと足を踏み入れた。
木々が生い茂るその森は、ぶどうヶ丘高校の裏山の中に位置している。
商店街や住宅地から距離を置き、あたりに農地が広がるその場所は、この時間、不気味なほど音も光もなかった。
それは、虹村億泰にとっては都合が良かった。
本人は気づいていないが、視界が悪く閑散とした森は、億泰の集中力を高めていた。
彼は元来、頭を使って、冷静に、その場の状況を把握しながら戦うといった戦法は得意ではない。
むしろ苦手としているだろう。
戦いとは本来、選択の連続であるのだが、人生で大切な選択のほとんどを兄である形兆に任せてきた億泰は、選択を迫られると混乱してしまうことが多い。
そんな億泰は、自分でも知らぬうちに自分なりの戦闘スタイルを確立していた。
億泰が得意としているのは、『己の感覚に従い戦う』という戦法。
それはもはや戦法と呼べるものではないかもしれないが……
状況を読み取って、己の能力を応用し、勝利への道を切り開いていく東方仗助とはまた違う戦い方。
この二人がコンビとして抜群の相性を見せるのは、この違いゆえなのかもしれない。
野性的な『戦いのセンス』に限っていうならば、東方仗助を上回っている億泰にとって集中力をフル稼働させられるこの状況は好都合だったのだ。
鞍骨倫吾は、闇に紛れて億泰を狙っていたが、この場では、億泰の感覚の方が獲物を狙うハンターのように研ぎ澄まされていた。
億泰の後方から、拳大の岩が、風を切って飛んでくる。
死角から投げられたその岩を、億泰は振り向きもせずに削り取った。
「かくれんぼはヤメにしたのか? ならさっさとかかって来いッ! てめぇをブチのめして、康一の居場所を聞き出さなきゃならねぇんだからよぉッ!」
億泰が岩の飛んできた方向に向かって言うと、鞍骨倫吾は木の陰から姿をあらわした。
「かかって来いだと? おまえの能力を知っていながら、ノコノコと近づいていくマヌケがこの世にいると思うか? 虹村億泰!」
億泰はそこではじめて、鞍骨倫吾と正面から対峙した。
垂れ下がった目尻、分厚い唇、まだ幼さの抜け切らない整った顔立ちは、日本人離れした作りをしており、男ではあるが『美しい』という印象をあたえるものだった。
ボタンを外して大きく広がった学生服の胸元には、ドクロ型のバッチが左右対称についており、それが目のようになって、倫吾自身が大きなドクロに見えた。
制服の上からでもわかる引き締まった肉体は、だらりと脱力して自然体だった。
「俺の能力を知ってるっつーことはよぉ、やっぱりてめぇも『スタンド使い』かッ!」
言いながら、億泰はジリジリと倫吾との距離を詰める。
しかし、倫吾もそれに合わせて後ろに下がる。
その距離はきっちり2m圏外を保っていた。
億泰のスタンド、【ザ・ハンド】の射程距離である。
「チッ!俺らのことよ~く調べてくれてるみたいだな。何が目的だ? おめーのようなガキに因縁つけた覚えはないんだがな」
「俺の目的を教える意味があるのか? おまえのちっぽけな脳ミソで理解できるとは、到底思えないがな」
「言いたくねーってか? それならよぉッ!」
【ザ・ハンド】が豪速球を投げる投手のようなモーションで、右手を振り下ろす。
その手にはなにも握られてはおらず、一見すると空振りしたように見える
しかしその動作は、億泰と倫吾の間の空間を削り取っていた。
削られた空間がどこへ行くかは億泰にも分からない。
無くなった空間の隙間を埋めようと、空間同士が磁石のように引き合い、それによって億泰と倫吾の距離が一瞬にして縮まった。
はたから見れば、億泰が『瞬間移動』したように見えただろう。
「何ッ!?」
「おめぇが貝みてーに口を閉ざすっつーんならよぉ、『削り』とって開かせるまでだぜッ!」
倫吾のすぐ目の前で、【ザ・ハンド】の「コオォォォォ」という不気味な呼吸音がした。
不意に目の前に現れた億泰と距離をとろうと、倫吾は後ろにステップする。
「遅ぇよ」
【ザ・ハンド】が右腕を振り下ろす。
倫吾は、反射的に体をひねって避けようとしたが、かわしきれなかった。
「ガフッ…」
倫吾の脇腹は、発泡スチロールのようにいとも簡単にえぐられ、ポッカリと空洞ができた。
「命まではとらねぇ…さっさと康一の居場所を吐けばなぁ!」
倫吾は足に力が入らず、よろよろと木にもたれかかった。
億泰に『瞬間移動』があることは知っていた。
しかし、少し目の前の男を舐めすぎていた。
【ザ・ハンド】の脅威は空間ごと削りとる『右手』、そして、弱点は短い射程距離にある。
億泰は『空間を削りとる』という能力を応用して、自らが『瞬間移動』する、あるいは『相手を引き寄せる』ことで、その弱点を克服していた。
『瞬間移動』して『削りとる』。
それが、虹村億泰と【ザ・ハンド】の基本戦術だった。
倫吾は、警戒していた。
警戒していたはずだった。
だからこそ、障害物が多く『瞬間移動』しにくい、森の中を戦いの舞台として選んだのだから。
想定外だったのは、虹村億泰の思考回路だ。
倫吾はスタンド使い同士の戦いである以上、相手の能力がわからない状態では、迂闊に手を出してこないだろうと高を括っていた。
しかし、億泰は自分の姿を見るや否や、イノシシのように向かってきたのだ。
倫吾にはない考え方だった。
億泰にとっては『ごちゃごちゃ考えるのが苦手』というその性格が、良い方向に作用した結果となった。
「ガハッ!【ワン・ホット・ミニット】!」
倫吾は、息も絶え絶えにスタンドを発動させた。
隣に顔面を無数の目が埋め尽くし、腰から触手のようなものがウネウネと伸びた人型のヴィジョンが現れた。
しかし、人と明らかに違うのは、左右に3本ずつ、計6本の腕をもっていることだ。
阿修羅の如くたくましいその腕の一本一本には、時計の文字盤のようなものがくっついていた。
「ほう、それがおまえの『スタンド』かよ。コソコソ隠れて戦うような、情けない野郎にふさわしい、醜いスタンドだなぁ!」
「甘くみていたよ…… だが、『覚えた』ぜ!」
「フン!何を言ってるのかわからねーが、まだやろうってんなら、まずは、そのスタンドで反撃しようって気が起きないくらいに痛めつけさせてもらうぜ!」
億泰の拳が、倫吾の顔面めがけて伸びる。
倫吾は【ワン・ホット・ミニット】の『能力』を発動させ、時を『数秒』戻した。
―――――
倫吾が脇腹をさする。
そこには、『さっき』失ったはずの脇腹が確かに存在していた。
億泰が叫ぶ。
「言いたくねーってか? それならよぉッ!」
【ザ・ハンド】が、右腕を振り下ろそうとをした瞬間、倫吾はスタンドを発動させた。
そして、億泰が『瞬間移動』してくるであろう場所に、スタンドの腕を『置いて』おいた。
空間が引き合い、億泰の体が超スピードで移動する。
だが億泰の移動した先には、倫吾のスタンドの拳が待ち構えていた。
億泰は自分から当たりに行くように、【ワン・ホット・ミニット】の拳に突き刺さる。
「なにぃ…?」
億泰の口から、「コプゥッ」と血が噴き出す。
倫吾のスタンド、右側3本の腕が、それぞれ、億泰のアゴ、みぞおち、腹部を捉えていた。
「もう、油断はしないぜ。 虹村億泰」