寝起きにカーテンを開けて、思いっきり朝日を浴びたような清々しい気分だった。
この町のために僕の力を使えた、僕がこの町を守ったんだという実感が湧いてきて、僕は知らないうちにガッツポーズしていた。
もちろん、僕の力だけじゃあ、ヤツを捕まえることはできなかった。
『仲間』の助けがあったからこその勝利だ。
「それで、どうするの? そいつ」
僕は『袋男』を指さし、康一くんに尋ねた。
「ここからは警察に任せよう。その前に、救急車かな」
康一くんは、『袋男』の身体を揺さぶる。
「おい、大丈夫か?」
『袋男』は「うぐぁ」と唸ると意識を取り戻した。
康一くんがその頭から紙袋を取り上げると『袋男』はその素顔を晒しだした。
「君は!?」
「知り合いかい? 楓くん」
『袋男』の素顔には見覚えがあった。
おかしな仮面をかぶって暴れまわっていた男の正体は、ぶどうヶ丘高校の入学式の日、校舎裏で『眉なし』にカツアゲされていたあの新入生だった。
「ん……なに? 僕は…あんたのこと…なんて知らない…ですけど?」
仮面を剥ぎ取られた『袋男』はさっきまでとは打って変わって弱々しくなり、口調もすっかり変わってしまっていた。
「知り合いってわけじゃないんだ。僕が一方的に知っているというか……彼が入学式の日にカツアゲされているところを偶然見かけただけなんだけど……」
僕がそう言うと、新入生は「ククク」と笑った。
「ああ~アレ…見てたの? 僕が…はじめて強いヤツを退けた…記念すべき日を! あの不良、僕に手を出せずに…逃げてやがんの、ははッ! 思えば、僕が…この力の本当の使い方に気づいたのも…あの日だったなぁ。あの日を境に僕の『復讐』が始まったのさッ!」
少年は、たどたどしくもニヤニヤとうれしそうに話す。
「君、まだ反省していないのかな?」
康一くんが低い声で脅しをかけると、元『袋男』は「ウソウソ、もうしませんよぉ!」と涙目になってすがった。
僕は話を聞きながら、この少年が『復讐』とやらをはじめたのは、自分のせいかもしれないと複雑な気持ちになった。
彼がカツアゲされていたとき、僕が気まぐれで能力を使い、中途半端な『自信』をつけさせてしまったことが、彼を怪人に変えてしまったのではないだろうか、と。
「どうかしたのかい?楓くん」
康一くんが心配そうに僕を見つめる。
僕は、頭に浮かんだ小さな罪悪感を振り払って答えた。
「いや、なんでもないよ…… それより取られたカバンは?」
「ああ、ここにあるよ。どうもカバンの持ち主は、僕たちと同じぶどうヶ丘高校の生徒みたいだよ。彼と同じ新入生らしい」
カバンの中に入っていた学生証を見ながら、康一くんが親指で『袋男』を指す。
「きっとカバンがなくて困っているだろうね。住所も書いてあるから、これから返しに行こうと思う」
「僕も行くよ」
救急車が到着して『袋男』が運ばれていく。
去り際に、「もしまた『袋男』が現れたら、わかってるだろうね」と康一くんが念を押すと、少年は壊れたおもちゃのようにブンブンとたてに首をふった。
それが、この町の怪人『袋男』のあっけない最期だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから、僕らは学生証に書かれた住所へ向かって歩き出した。
「これで……これでやっと僕も胸を張って君たちの『仲間』って言えるような気がするよ」
僕は、いつもより大きく手を振って歩きながら康一くんに話しかけた。
「まだ、そんなことを気にしていたのかい?」
康一くんが目をパチパチさせる。
僕にとっては、大事なことだったのだけど、康一くんにそう言われるとなんだか些細なことにこだわっていたようにも思えた。
「でもこれからも、この町を守っていくための『自信』にはなったよ!」
康一くんが、少し複雑な表情をする。
「これからも……か。僕は、君が戦うのは何だか『危険』でたまらない気がしたけどね……」
「そりゃあまだ、危なっかしいけどさ。初めての戦いしては上出来でしょ?」
僕は不満げに、康一くんに意見した。
「ごめんごめん! そういう意味じゃないんだけど……」
そうこうしているうちに、僕らは古びたアパートにたどり着いた。
目的の部屋の前に立ち、少し錆びた扉をノックする。
ゴンゴンという鈍い音の少しあとに、ガチャリとドアが開き、中から髪の長い少年が顔を出した。
「何でしょう?」
少年は家についたばかりだったのかまだ制服姿だった。
きっとカバンを探していたに違いない。
億泰くんと違って筋肉質な体型ではなかったが、ボクサーのように研ぎ澄まされた鋭さを感じる姿だった。
細身ではあるが、なるほど、『袋男』が狙う『強いヤツ』という条件にも確かに当てはまるようだ。
爽やかな顔立ちとは対照的に、制服の襟元にはドクロのバッチがついており、そのアンバランスさが、少年から得体のしれない雰囲気を醸し出していた。
かと思えば、腕にはその雰囲気には似合わない、可愛らしい女物の腕時計をつけていた。
康一くんが、少年にカバンを手渡し事情を説明する。もちろん、スタンド能力については伏せながら。
「そうですか、広瀬さんたちが取り返してくれたんですね…… まさか、同級生があの噂の『袋男』だったなんて……」
「うん、でもまだ学校には内緒にしてあげてくれないかな。って、あれ? 僕、名前言ったっけ?」
「いえ…… たまたま知っていたんですよ。 なんせあの『東方仗助』と対等に話せる『普通の男子生徒』ってことでウチの学校では有名ですからね、先輩は。 それと……」
どうやら康一くんは知っていても、僕のことは知らなかったらしい。
「ああ、片平です。片平楓」
僕は後輩なのに何故か敬語で話していた。
口調はおだやかだが、彼の内面から感じるプレッシャーがそうさせたのだろう。
「『片平楓』さんですか……ありがとうございます。このご恩はきっとお返しします。」
そう言われて、僕は少し照れ臭くなった。
「いいよいいよ! 気にしなくてさッ! ええっと……」
僕は咄嗟に、カバンについたネームプレートを見た。
そこには、何と読むのか分からない漢字がならんでいた。
「くらぼねです。鞍骨倫吾といいます。ありがとうございました……先輩」
そう言って差し出された手は、血が通っていないかと思われるほど冷たかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
家を訪ねてきた先輩二人を見送り、俺は少しこれまでのことを振り返った。
姉はいなくなるその日まで、俺の幸せを願い、俺に『普通』の生活を送ることを望んでいた。
『復讐』に取り憑かれた今となってはもう、俺に『普通』の道を歩むことなんてできるはずもないが学校は辞めなかった。
それが、姉の夢に応えられなかった俺のせめてもの償いだと思ったからだ。
運命とは皮肉なものだ……
あの東方仗助と虹村億泰は、俺が進学したぶどうヶ丘高校の生徒だったのだから。
まあ、そのおかげで二人の情報は驚くほど簡単に集めることができたのだが。
二人は学校では名の知れた人間だった。
さすがに、スタンド能力についての情報は流れることはなかったが、人柄や性格、ちょっとしたエピソードなどは、噂に耳をかたむけるだけで知ることができた。
何が役に立つかわからない。
情報は多いに越したことはない。
また俺は、同時にこの町の『スタンド使い』の情報も集めていた。
『岸辺露伴のノート』に書かれているスタンド使いは、何日かかろうと全員見ておこうと思っていた。
それもたいした時間はかからなかった。
外へ出ればこちらから探さなくとも、まるで引かれ合うようにスタンド使いと遭遇することができたからだ。
順調すぎるほど順調に、『復讐』の準備は整いつつあった。
だが……
どれだけノートに書かれたスタンド使いたちの情報を集めても、どうしても俺の計画には「最後の1ピース」が足りないような気がしていた。
それがなければ、俺の計画がすべて失敗に終わる。
そんな漠然とした不安があった。
それでも……皮肉な運命は、どうやら俺の味方をしているようだ。
チャンスというものは、いつ訪れるかわからない。
大事なのは、それを逃さぬこと。
俺の計画に必要な「最後の1ピース」は、今日、俺の目の前に突然現れた。
『岸辺露伴のノート』に書かれていたスタンド使いの中で、まだ情報が不完全だったのが『広瀬康一』だ。
小林玉美の口からは名前が上がらなかったから後回しにしていたというのもある。
東方仗助や虹村億泰との親交があることから、こいつも『守る者』の一人であるのだろうが、なぜ、小林玉美が名前を言わなかったのかは分からない。
俺は、広瀬康一のスタンド能力はこの目で実際に確かめておきたかった。
なぜなら、その男のスタンドは『成長するスタンド』という未知数なものだったからだ。
そのスタンド【エコーズ】のことをもっと詳しく知りたかった。
そのチャンスは思わぬ形でやってきた。
偶然、俺のカバンを盗んだ『スタンド使い』。
そして、その場に居合わせた『スタンド使い』広瀬康一。
『岸辺露伴のノート』に書かれた、「『スタンド使い』は引力のようなもので引かれ合う」という言葉を俺に信じさせるには十分な、はかったかのようなシチュエーションだった。
俺は『袋男』と広瀬康一の戦闘を通して、そのスタンドを目の当たりにすることで、成長するスタンド【エコーズ】をこの目で見ることができた。
それだけではない……
「『片平楓』か……」
俺の収穫はむしろ、もう一人の男『片平楓』の方だった。
『岸辺露伴のノート』に情報がなかった『スタンド使い』。
「片平楓の『スタンド能力』。あの光……あいつの能力が俺の想像通りのものなら、おそらく、その能力が俺の計画を完成させる『最後の1ピース』になる……あるいは俺の『復讐』すら根底から覆す『力』かもしれない……」
俺は『運命』を乗り越える必要があるようだ。
『順番』は決まった。
まず、俺が始末するべきなのは……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
家に帰ってベットに横になると、僕の身体を動けないほどの疲労感が襲った。
でも、僕の心は達成感や充実感で満たされていた。
「よかった…」
まだ、鼓動が早い。
思いっきり息を吸い込み、そして吐き出す。
すると、少し鼓動が落ち着いた。
「康一くんは、僕の戦い方が『危険』だなんて言っていたけど……それでも、こんな僕でも人の役に立つことができたんだ……」
そんなことを考えながら、僕は静かに、深い眠りへと落ちていった。
僕はこのとき思いもしなかった……
僕がこの町の運命をかけた戦いに巻き込まれるなんてことも…
康一くんが『危険』と言った本当の意味も…
そして、僕の『能力』が仲間を追い詰めることになるなんてことも…
僕は思いもしなかったんだ……
数日後……
康一くんがこの町から姿を消した…
TO BE CONTINUED ⇒