「ねーねー聞いた?また出たらしいよ『袋男』」
「何?『袋男』って?」
「あんた知らないの?最近この町に出る怪人のことよ。肩に袋を担いだ男で…いや、頭に袋をかぶっただったかな?」
「何それー」
「もうッ、どっちでもいいわよ。とにかく、その男が杜王町の不良やこわいお兄さんなんかを懲らしめてるらしいの」
「なんだ、いいやつじゃん!」
「それがそうでもなくて……このところは警察官からその辺の民間人まで、強そうな奴らは見境なく被害が出てるらしいのよ」
「ここのところって……どうしてそんなに目撃されてるのに捕まらないの?警察も動いているんでしょ?」
「そこなのよね。なんでも『袋男は絶対に捕まえることができない』んだって。『袋男』を捕まえようとした人はもちろん、襲われた本人でさえ、自分が何を追っていたのか、何に襲われていたのかを『覚えてない』んだって……」
「へッ?じゃあなんでその『袋男』ってのが噂になってるの?覚えてる人がいないんじゃ噂になりっこないじゃん!」
「そこが都市伝説の不思議なところなのよねぇ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕が耳にした『袋男』の噂はたしかこんなところだ…
「楓くん、君の話の通りなら、おそらく今僕たちが追っている男は……」
「うんッ!『スタンド使い』の可能性が高いだろうね」
『絶対に捕まえることができない男』
どんな能力かはわからないけど、僕たちなら……同じ力をもつ『スタンド使い』なら捕まえられるかもしれない。
何十メートルか先、僕らはようやくその視界に黒い影を捉えた。
「【エコーズ】」
「【ギヴ・イット・アウェイ】」
僕と康一くんが、同時に自らのスタンドの名を叫ぶ。
トカゲとテントウムシに足元をすくわれ、逃げていた男はその場に転がった。
「追いついたぞッ! 『袋男』! さあ、そのカバンを返すんだッ!」
息を切らしながら、康一くんが黒い影に向かってどなる。
それに反応して、男がこちらへと振り向いた。
振り向いたその男は、まさに『袋男』という呼び名にふさわしい格好をしていた。
頭に四角い紙袋をかぶり、袋に空いた二つの穴からは血走った目が覗いている。
小さな子どもが、ヒーローを真似て自作したかぶり物をかぶっているようだった。
しかし、男自身の体は鍛えられているようには見えず、ひょろひょろでなんだか僕でも倒せてしまえそうだ。
「もう、逃げられないぞッ!」
男を見て少し安心した僕は、袋をかぶる貧相な男を威嚇した。
走ったからなのか、緊張からか、心臓はバクバクと激しく脈打っていた。
男は袋に遮られた、くもった声で話し始めた。
「お前ら、なんだ『ソレ』は?」
袋男は僕らのスタンドを指さした。
「まさか、お前たちも俺と似たような『能力』をもっているのか?クックック!だけど、お前たちに俺の『復讐』の邪魔はさせないッ!……うおぉぉぉぉッ!」
男は立ち上がり叫び声をあげる。
それに呼応するように、『袋男』の隣に半透明の『小男』が現れた。
『小男』の頭部は、ジェット機のパイロットがかぶるヘルメットが変形したような形をしており、『袋男』と同じくその表情は見えない。
腕につけた手枷からは、つながれていたのを無理やりに引きちぎったような鎖が垂れてジャラジャラと音をたてていた。
本体の男とは対照的に筋肉質な体をしており、燃えるような赤い身体をしていた。
「やっぱり、『スタンド使い』!」
僕が叫ぶ。
強力なパワーをもっていそうな『スタンド』のヴィジョンに、再び緊張感が高まった。
「来るよッ!楓くん気をつけて!」
康一くんの声に合わせたように、『袋男』のスタンドは、「ウケケ」と不気味な声を発するとこちらに向かって突進してきた。
「速いッ!」
ガードする間もなく、康一くんの腹部に敵スタンドの拳が入る。
「康一くんッ!」
手練れの格闘家のようにステップを踏んだそのスタンドは、うずくまる康一くんの背中を踏み台にすると、続け様に僕の脳天にかかと落としを決めた。
「ぐぅッ!……ってあれ?痛くない」
攻撃を食らった。
しかし、全く痛くない。
血が出るどころか、こぶにすらなっていなかった。
そのダメージはせいぜい虫に刺された程度だ。
たしかにスピードはあるが……。
まさか、こいつ…弱い?
「大丈夫かい? 康一くん」
「ああ……」
康一くんにもダメージはないようだ。
噂では、強い人間ばかりを狙っていたということだったから、危険な『スタンド使い』なのだと想像していた。
しかし、実際こうして対峙してみると、スタンド使いもそのスタンドも、保育園児くらいのパワーしかないようだ。
こちらを睨む男を見ると、クオリティの低いヒーローごっこに付き合わされている気分になった。
きっと、この『袋男』は今までスタンドが普通の人には見えないことをいいことに悪さしてきたのだろう。
だけどその程度にすぎない。
スタンドが見えるぼくらには通用しない。
「康一くん、この『スタンド』たいしたことないよッ! これなら『スタンド』が見える僕らなら何とかなる。さぁ、捕まえようッ!」
僕は嬉々として康一くんを見たが、彼は必死な表情をしていた。
袋男を睨みつけ、額からはダラダラと汗が流れていた。
「ああ…わかっているんだ、こいつを捕まえなきゃってことはッ! もう『すで』に何度もそうしようとしている!でも……できないんだッ! こいつに攻撃をしようって気が全くおきないんだよぉッ!」
汚れた紙袋の中で、『袋男』の目がギラリと光った気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
はじめは康一くんが何を言っているのか全くわからなかった。
しかし、その兆候はすぐに僕にもおとずれた。
「なんだ…?こいつを捕まえなきゃいけないってことはわかっているのに、攻撃をする気になれない……」
自分の身体なのに自分の身体じゃないような感覚だった。
僕の身体は僕のコントロールを外れて、全くいうことをきかない。
脳から発信される命令を、身体が完全に無視しているみたいだった。
男のかぶった紙袋が小刻みに揺れる。
笑っているのか?
「くっくっくっ! 俺の攻撃はもう終わった。お前らはもう俺を捕まえることができない」
「どういうことだッ?」
僕は、不敵に笑う男につっかかった。
「なぁ~お前らよぉ? 今、俺のことを『ナメた』よなぁ? 俺のこと『弱い』って思ったんだろぉ? 海岸に打ち上げられたイルカを見るような憐れんだ目で俺を見やがってよぉ~」
康一くんが握った拳から汗がたれる。
「だが、それがいいのよぉ。たしかにお前らの思ったとおり俺は非力な人間さ、ご覧の通りよ。でも、おかげで俺は逃げ切ることができる」
男は、可愛がるように自分のスタンドの頭を撫でた。
「俺の能力は【マーシー・マーシー】(おお慈悲よ) 。俺のことを『憐れんだり、同情したりしたやつは、俺に危害を加えることができなくなる』 攻撃はもちろん、追いかけることもなぁ!」
「そんな…能力があるなんて…」
スタンド能力は多種多様。
スタンド使い同士の戦いでは、スタンドの単純なパワーやスピードよりも、『能力』が勝負を決することがある。
そのことは、仗助くんたちから話を聞いていて知っていた。
僕はそれを今、身をもって実感していた。
「はぁ~お前もチビのくせに俺のことをナメやがってよぉ~。まあ 大概の野郎は、俺の姿を見ただけで『ナメ』てくれるがなぁッ! だが、そっちの金髪のチビは俺を『警戒』していたぜッ!」
康一くんに目をやると、康一くんはギリギリと奥歯を噛みしめていた。
「でもよぉ~『コイツ』の攻撃を受けて…ハデな姿をしているわりに、全然痛くねぇ攻撃を受けて『油断』しちゃったんだよなぁ。あれ、たいしたことないんじゃないか?ってよぉ~。見下してくれちゃったわけだ~。惜しかったな、『緊張と緩和』ってやつだぜ。どうやら、戦い慣れしているようだが、今回は俺の能力が見えることが仇となったなぁッ!」
『袋男』の隣で、【マーシー・マーシー】と呼ばれたスタンドは空手の型のような動きをした。
『袋男』は、はりきるスタンドをなだめるよう頭をポンポンとたたいた。
「さて、俺はこのまま逃げさせてもらうぜ。この能力は、こう見えて『戦闘向き』じゃなくて『逃走向き』だからなぁ。ああ言っとくが、このあと俺を探そうとしても無駄だぜ。俺を探すって行為は俺に『危害を加える』ってことだからよぉ。このまま俺を見失えば、俺のことはキレイさっぱり忘れちまうのさ。まぁ他の連中に見られてもいいように、保険でこのマスクをかぶっているわけだが……どうよ?イカすマスクだろぉ~?」
そう言って、『袋男』は僕らに中指を立てると、振り向いて走りはじめた。
「クソッ!待てッ!」
僕の叫びは虚しく響くだけで、身体はピクリとも動かない。
しかし、隣の康一くんはただ冷静にこう呟いた。
「楓くん、スタンド使い同士の戦いでは、敵がどんな相手でも『決して油断しちゃいけない』よ! まぁ、今の僕が言えたセリフじゃないけど……。これは僕の尊敬する人の受け売りなんだけどね、注意深く観察して行動することが大切なんだ。『見るんじゃなくて観る』『聞くんじゃなくて聴く』んだよ。【エコーズ ACT2】!!」
康一くんが発動した先ほどとは少し姿を変えたメカメカしい爬虫類型のスタンドは、自らの尻尾を『ツルンッ』という擬音に変えると『袋男』の足元向けて投げつけた。
すると『袋男』は、まるでそこが氷でできたアイスリンクであるかのように足を滑らせ、初心者のアイススケーターみたいに派手に転び、豪快に頭をぶつけた。
「やったッ!」
「ヤツに『直接』攻撃しなくても逃がさない方法ならいくらでもあるさ。これでもう逃げられないよ! あとはこのまま……」
康一くんの言葉が途切れる……
かと思うと、康一くんの頭からはダラリと真っ赤な血が流れ、そのまま前のめりに倒れてしまった。
「康一くんッ!?」
あわてて康一くんの身体を支える。
目の前の『袋男』が袋の上から頭をさすりながら立ち上がり、康一くんに向かって『慈悲』のない声で言った。
「あ~あ~やっちまったな…」