町の街灯に明かりが灯り、闇が杜王町を包んでいく。
通りがかったコンビニ『オーソン』の前には、制服を着崩した不良たちがたむろしていた。
辺りを煌々と照らすオーソンの看板の周りに集まって、くだらない話をしたり、たばこを吸ったりしているそいつらの様子を見て、夏の夜に蛍光灯に集まる蛾と同類だと感じる。
あれが『普通』の幸せなのか?
俺は、一瞬立ち止まり、『スタンド』を発現させたが、思い直して歩き出した。
『順番』は変えてはならない。
俺は、目的地に向けての歩みを進めた。
小林玉美から聞き出した名前のうち、聞き覚えのある名前が一つあった。
『岸辺露伴』
数年前から、この町に住んでいるという噂の『漫画家』だ。
俺がよくつるんでいた友達も、そいつの漫画を読んでいたらしく、よく第何部が好きだとかいう話で盛り上がっていた。
「はじめは絵に抵抗があるんだけど、だんだんそれがクセになるっていうかさ。引き込まれるんだよなあ」
なんてことを言っていた。
俺は今、その漫画家が住むといわれている家へ向かっていた。
近くの住民に場所を聞くと、苦労することなく、その家の場所は分かった。
有名人だからといって、特に隠す気もないようだ。
まあ、その家を訪ねても大体居留守を使われるらしいが。
杜王町には大きな一軒家がたくさんあるが、その家も例に洩れず一人で住むには持て余すほどの大きさをしていた。
加えて、洋風をきどった趣味の悪い外観が俺をイラつかせた。
ご丁寧にも「岸辺」と大きく書かれた表札がかけてある。
どうやら間違いなさそうだ。
話によると、岸辺露伴は長期的な取材旅行中で、しばらくこの町には戻らないらしい。
ちょうどよかった。
小林玉美の話によれば、岸辺露伴は性格も、その能力もなかなか厄介な相手だという。
『人の体を一瞬にして本に変えてしまう能力』
さらに、その『本』に命令を書き込むと、その命令通りに相手を操れるらしい。
恐ろしい能力だが、俺にはいまいちイメージが沸かなかった。
小林玉美の話は、「実際に見たわけじゃないが」とか「人から聞いた話では」といった曖昧なものが多く、正確性を欠いていた。
岸辺露伴は漫画家だ。
小林玉美よりは、多くの情報を集めているかもしれない。
少しでも『スタンド使い』の具体的な情報が得られればとの訪問だった。
もちろん無断の訪問ではあるが。
立派な入口のドアから、堂々と家の中へと侵入することにする。
スタンドを発動させ鍵を破壊しようとしたが、ドアノブをひねるといとも簡単に扉は開いた。
鍵は掛かっていなかった。
普通の泥棒ならここで「不用心な奴め」とほくそ笑むのだろうが、俺にはなぜか「この家からものを盗むだって? フン、できるものならやってみるがいいさ」と家主が挑発しているように感じた。
屋内に並ぶ洒落た家具の数々を眺めながら二階へ上がると、そこには一部屋だけ明らかに雰囲気の違う部屋があった。
ここが『仕事部屋』というやつらしい。
部屋には、見たことのない種類のペンや、画材、膨大な資料が立ち並んでいた。
何かの賞に対して贈られたであろうトロフィーや盾も山ほどあったが、それらは部屋の隅へと押しやられていた。
まるで、そんなものには興味も価値も無いとでもいわんばかりに。
部屋にあるものは全て、家主が『仕事』をしやすいように機能的に配置されているように感じられた。
前もって情報を得るため、家を訪れる前に『ピンクダークの少年』というこの男の書いた漫画を読んだ。
漫画というものは、ほとんど読んだことが無かったが、この男の漫画には吸い込まれるようなストーリーと、人によっては嫌悪感を抱かれかねない独特かつ魅力的な絵、そしてなにより『リアリティ』があった。
自分の生きている現実と、漫画の世界観がごっちゃになってしまうような錯覚に陥るようだった。
それが、この男の実力なのか、あるいは『能力』によるものなのかは分からなかい。
だが、人を引き付ける力があるのは間違いない。
漫画を読んでどんな男なのかと気になってはいたが、なるほど、この部屋からは『岸辺露伴』のそこはたとない『プロ意識』のようなものを感じる。
小林玉美の言うように、敵にまわすと厄介なタイプの男だということは十分に理解した。
俺は目に付く棚から手をのばし、部屋にある資料の一つ一つにさっと目を通しては床に投げ捨てる。
部屋の床が資料で埋め尽くされていく。
「そろそろか…【ワン・ホット・ミニット】」
俺は『時間』が来ると、スタンドを発動させた。
するとあとには、訪れた時と同じように片付いた部屋と『記憶』だけが残った。
そんな情報収集と『片付け』を繰り返し、『スタンド使い』についての情報を探していく。
だが、ほとんどが専門的なことが書かれた知識書や、おかしなアングルのポーズを撮った写真集ばかりで、俺の期待するような情報は書かれていない。
「無駄足だったか……」
そう言って、ため息混じりに横の本棚に寄りかかる。
すると、その忍者のからくり屋敷のように本棚がスライドし、奥の壁から金庫が現れた。
「ほう、漫画家の家ってのは、なかなかおもしろいところだな」
金庫を破壊し中を見る。
すると、使い古されたノートが何冊か入っていた。
どれも表紙には何も書かれていないが、ずいぶんと使い込まれたノートだ。
ノートの中身を見て、俺はうっすらと笑みを浮かべた。
この漫画家にとって、金庫に隠すほど重要なものは金や通帳などではなく、漫画になりそうなネタということらしい。
ノートには、俺が欲していた『スタンド使い』についての情報がびっしりと書かれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『岸辺露伴のノート』によると、小林玉美の言っていた『空条承太郎』という男はこの町の人間ではなく、現在もこの町にはいないらしい。
もしも、戦うことになるならば『順番』は最後になるのだろう。
また、この町には、『スタンド使い』が数多くいることもわかった。
俺に『仲間』は必要ないが、何かの役に立つかもしれない。
調べておいて損はないだろう。
問題は……
「虹村億泰と……東方仗助……か」
アドレス帳のように見やすくまとめられたノートのそれぞれの項には、写真と簡単なプロフィール、岸辺露伴が描いたであろうスタンドのスケッチと、その能力について事細かに書かれていた。
まずは、虹村億泰の項を見る。
そこには初めに。
「スタンド能力は恐ろしいが、スタンド使いが間抜け。よって僕の脅威にはならない」
と書かれていた。
虹村億泰のスタンド【ザ・ハンド】は『空間を削り取る』という能力をもつという。
果たして『空間』を『削り取る』という表現が日本語的に正しいか。
そんな、概念は『スタンド能力』を説明する上では必要ない。
とにかく、【ザ・ハンド】が削り取ったものは空間ごと何処かにいってしまうのだそうだ。
どこに行くのは誰も知らない。
知る必要もないのだろう。
どうせ戻って来ることなどありえないのだから。
削ることができるのは『右手』だけ。
岸辺露伴は「脅威にはならないと書いているが」片手だけでも十分すぎる脅威だ。
なんとかしてその能力を『封じる』ことができないだろうか。
億泰の項をあらかた読み終わると、同じ名字の男が書かれていることが気になった。
『虹村形兆』
億泰の実の兄。
「こいつは…」
写真はなかった。
しかし、情報を見ると、この男『虹村形兆』こそが、スタンド能力を発現させる『弓と矢』を用いてこの町の『スタンド使い』を増やした元凶であり、俺を矢で貫いた男ということがわかった。
だが、自分の生み出した『スタンド使い』によって既に殺されているとも書かれていた。
俺の前に姿を現さなかったのはこういうわけだったようだ。
心中に、複雑な感情が渦巻いた。
そして、東方仗助。
仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】
とてつもないパワーと、ものを治す力を併せもつスタンド能力。
両極にあるはずの破壊と再生。
この二つが共存することなどありえるのだろうか。
いや、あるいは「破壊があるから再生があり、再生があるから破壊が生まれる」といった具合に、この二つはコインの裏と表のような関係なのかもしれない。
どちらにせよ、それらを一身に備えるスタンドに興味がわいた。
東方仗助の項は、そのほとんどが岸辺露伴による東方仗助への恨みつらみで埋められていた。
だが人間性こそ気に入らないが、その能力には一目置いているということが伺えた。
敵は思ったよりも手強いようだ。どちらもいっぺんに相手をするには、こちらに分が悪い。
ノートを見る限りでは、少なくとも岸辺露伴とこの二人は『仲間』というわけではないらしいが、虹村億泰と東方仗助には百戦錬磨のコンビネーションがあるようだ。
二人を同時に相手にするのは分が悪い。
一人ずつ、確実に仕留めなければならない。
まだまだ情報は必要だが、大切なのは『順番』を決めて、それを守ること。
そうすれば、俺が負けることはない。
さて、どちらを先に始末するべきか……