By the way(ジョジョの奇妙な冒険)   作:白争雄

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杜王町へようこそ②

サマーシーズン到来!

 

毎年、杜王町では7月1日に「海開き」や「川開き」が行われ、町の観光収入の約7割がこれからの2ヶ月に集中すると言われている。

主に、首都圏方向から観光客がどっと押し寄せ、、この期間の杜王町の人口は2倍にも膨れ上がるという。

「別荘での避暑」・「ゴルフ」といったお金持ちの遊びから、「キャンプ」・「フィッシング」・「ヨット」・「ウィンドサーフィン」・「海の幸や実り豊かな農作物を使った夕食」のような自然とふれあうようなお楽しみまで、この時期の杜王町には魅力がたっぷりだ。

僕が特に好きなのは、お隣のS市が中心となって行われる「七夕祭り」だ。

この祭りは、S市の周りの市町村を巻き込んで行われる大規模なイベントで、古くは江戸時代から続く伝統的なお祭りだと学校で習った。

町に立てられた竹には、大小様々な飾り付けがなされ、杜王町が鮮やかに色づいていた。

 

しかし、僕たち『受験生』と呼ばれる人種にとって、それらのお楽しみは別世界の出来事だ。

 

通称「茨の館」。

外壁に隙間なく茨が絡まっていることから、杜王町立図書館は町の人間からそう呼ばれている。

 

僕と康一くんは、2階の隅にある6人がけの机に並んで、忙しく受験勉強をしていた。

夏休みだというのに茨の館には受験生が溢れ、異様な熱気を発していて、その目はまるで、戦場にいる兵士のようだった。

そう、『受験』とはある意味「戦争」なのだ。

 

でも僕は、はっきり言って受験勉強には全く身が入っていなかった。

自分でも知らなかったことだが、僕は夢中になると他のことが見えなくなる性格だったらしい。

たしかに小さい頃、『FーMEGA』でなかなかクリアできないステージを徹夜でやって、父さんに怒られたことがあったけど……。

もちろん今、僕が夢中になっているのは「受験戦争」などではなく、『スタンド使い』の仲間についてだ。

 

「ねえねえ康一くん、あと一つだけ聞いてもいいかい?」

 

目の前の『図書館ではお静かに!』と書かれた貼り紙を尻目に、僕は声をひそめて康一くんに話しかけた。

 

「楓くん……君、そのセリフ、今日だけで何回目だい?」

 

さすがの康一くんも、僕のしつこさに少し呆れているようだ。

 

「あと一つだけ! お願い! …考えたんだけどさ、この杜王町には、最近できた奇妙な『新名所』がいくつかあるでしょ?康一くん知ってる?」

 

年間約20万人。

これは数年前までのこの町に訪れた観光客の数だが、その数は近年徐々に増えてきている。

地域柄、少々観光客に冷たいこの町の住民にとって、それがありがたいことかどうかはわからなかったが、観光客増加の理由は、杜王町の『新名所』にあった。

 

「例えば、この『茨の館』。この図書館のどこかに『生きた本』が寄贈されているっていう噂があるよね? 僕はそんな噂信じちゃいなかったけど、もしかして…もしかするとだよ? 杜王町の『新名所』には『スタンド使い』が関係しているんじゃないかい? それなら奇妙な噂も納得できる!」

 

康一くんは、開いた参考書に目を落としたまま、少しうっとうしそうに答えた。

 

「……そうだね。君の言う通りだよ。ただ、その『本』に関して言うなら、僕にとってはあんまりいい思い出とは言えないな…」

 

康一くんは、過去の苦い思い出を振り返るように呟く。

だが逆に僕は、自分の推理が的中したことに小さくガッツポーズをした。

『あと一つだけ』、そんな約束はどこへやら、僕は康一くんに矢継早に質問を浴びせた。

 

「やっぱりか! じゃあ、じゃあ『送電鉄塔に住む男』は?」

 

康一くんは、パラパラと参考書のページをめくる。

 

「ああ、僕は詳しく知らないけど、なんでも『鉄塔』自体が『スタンド』で、『住んでる』っていうより、『閉じ込められてる』って感じの男らしいけど…可愛そうだよね。鉄塔に囚われた最後の一人は鉄塔から出ることができないから、仕方なくそこに住み始めたそうだよ。今では秘密基地みたいな感覚で快適に過ごしてるらしいけどさ」

 

「だったら、これは本当に最近だけど、『袋男』は?」

 

康一くんがピタっと参考書をめくる手を止める。

 

「…『袋男』? それは初耳だなぁ」

 

「知らないのかい? 僕が聞いた話によると、袋を『担いで』いる小男で…いや『かぶって』だったかな? とにかく小さな男が不良やヤクザなんかを懲らしめているらしい。でも、『絶対に捕まえることができない』んだって! まあ、こっちは『名所』っていうより都市伝説に近いんだけどさ!」

 

「ふ~ん…」

 

康一くんは、あまり興味なさそうに再びノートにボールペンを走らせはじめた。

それでも僕は構わず続けた。

 

「あ~早くもっとたくさんの『仲間』に会いたいなぁ。康一くん、たくさんの『スタンド使い』と出会った君がうらやましいよ!」

 

バタンッ!

 

康一くんが、勢いよく参考書を閉じた。

しまった。あまりにしつこかったので怒らせてしまったか?

席を立ち、参考書をカバンに詰め込み始めた康一くんに、僕は慌てて頭を下げた。

 

「ごめんよ康一くん! 勉強の邪魔だったよね? …でも僕は、この『テントウムシ』が『見える』友達に出会えたことが本当にうれしくて…それで…」

 

発動させたテントウムシが、僕と康一くんの間を飛び回る。

 

「……違うんだ、楓くん」

 

康一くんは、悲しい眼差しを僕にむけた。

 

「君についてきてもらいたい場所がある。付き合ってくれるかい?」

 

さみしそうにそう呟く広瀬くんに連れられて、僕たちは、『茨の館』をあとにした。

外はいつの間にか雨が降っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

商店街のアーケードには、色んな形をした「吹き流し」が所々に飾られている。

「吹き流し」とは、七夕祭りを代表する飾り付けで、くす玉にたくさんの長い紙テープのようなものが付いている飾りだ。

普通の家庭の七夕飾りに比べると、何倍も巨大で、それがたくさん町に飾られるものだから、なんとも言えない美しさと迫力があった。

立ち並ぶ吹き流しが、風に揺られてサラサラと音をたてる。

この町に暮らす僕にとっては見慣れた光景だったが、今の僕には、僕らを見下しているそれらが、巨大な『スタンド』のように見えた。

その姿は、この町を守っているようにも、この町を襲おうとしているようにも見えた。

 

僕が康一くんに連れられてやってきたのは、杜王町の『新名所』の一つである巨大な岩の前だった。

 

「これは……『アンジェロ岩』」

 

僕たちの目の前には、おどろおどろしい威圧感がある岩があった。

その岩は不気味な外見とは裏腹に、道しるべとして、ときには恋人たちの約束の場所として、町民から愛されている。

だが、人の顔のように見える気味の悪さからか、ときどきうめき声をあげるという噂まであった。

それは、まるで誰かを呪うように、ちょうど今日のような雨の日に聞こえるのだという……

誰が呼び始めたかは知らないが、町民はその岩のことを『アンジェロ岩』と呼んでいた。

 

「この『アンジェロ岩』がどうしたっていうんだい? もしかして…」

 

「そう、この『アンジェロ岩』も、とある『スタンド使い』が関わる杜王町の『新名所』だよ……。そして、その『スタンド使い』に、警察官をしていた仗助くんのお祖父さんは……殺されたんだ」

 

「えっ……?」

 

雷が鳴った。

傘にあたる、雨の感触が重みを増す。

同時に、『アンジェロ岩』が大きなうめき声をあげたような気がした。

 

「楓くん、君は『スタンド使い』みんなが同じ力をもつ『仲間』だと思っているかもしれない。…たしかに、この能力を悪用しようなんて考えたこともない人にとっては、それが普通のことなのかもね」

 

康一くんが語気を強める。

 

「でも、もし能力をもった人が君のような考えの人間じゃなかったら? 吐き気をもよおすような邪悪な存在だとしたら? この能力を悪用しようとする人間。そいつは君にとっても、この町にとっても…『敵』だよ。それも、とてつもなく危険な…ね」

 

そう言われて、僕は『出会いの日』を思い出した。

あの時、仗助くんと億泰くんは、僕が『スタンド使い』と知って明らかに『警戒』していた。

あれは、彼らが今まで幾度となく、そうせざるをえないような…『スタンド使い』を警戒せざるをえないような修羅場をくぐってきたからなのだろう。

そして、目の前のこの青年もおそらくは……

 

僕は何も言うことができなかった。

ぼくはやっと出会えた自分と同じ力をもつ人との出会いにすっかり舞い上がってしまっていた。

勝手に自分と同じだろうと決めつけていた。

だが、『同じ』ではなかった。

『孤独』という水の中からようやく顔をあげることができたのに、「グイイッ」と再び水中に引きずりこまれたような気になった。

何が『仲間』だ。

浮かれていた自分がひどく恥ずかしい。

 

「もう1カ所、いいかな?」

 

康一くんは、うなだれる僕を引き連れてゆっくりと歩きはじめた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そば屋「有す川」

 

薬屋「ドラッグのキサラ」

 

コンビニ「オーソン」

 

観光客向けの町内地図の看板には、それらの店がたち並んで表記されている。

しかし、実際に目の前にある風景では、「ドラッグのキサラ」と「オーソン」の間に、せまい『小道』があった。

 

「あれ?こんなところに道なんてあったかな?」

 

見覚えのない小道に足を踏み入れようとしたところを、康一くんに引きとめられる。

 

「待って! これ以上は行かない方がいい。…念のため」

 

『小道』のさきには、変わり映えしない風景が広がっていたが、まるでこの先に危険なものがあるかのように康一くんは言った。

 

「僕は昔、ここである『少女』に出会ったんだ…」

 

康一くんは、神妙な顔つきで話し始めた。

 

「1999年、81人そのうち45人が少年少女。……楓くん、何のことだかわかるかい?」

 

僕は黙って首を振る。

 

「この町の『行方不明者』の数だよ、2年前のね。町の規模から考えた全国平均と比べても、7~8倍多い。……異常な数字さ」

 

康一くんが、拳を握りしめる。握った拳が、怒りに震えていることがわかった。

 

「楓くん、この町には『殺人鬼』がいたんだよ。この町が生みだした『殺人鬼』がね。町に溶け込み、忍び寄るように次々と人々を殺していった。……恐ろしいヤツだった」

 

僕はゴクリと唾を飲んだ。

 

「その『殺人鬼』の名は…」


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