携帯が鳴った。
時刻は夜8時を過ぎニャーニャー騒がしいのが帰った直ぐ後のことだった。
そろそろ風呂でも入ろうかと考えていた俺は少し悩んだ後、ディスプレイに表示された名前を確認してから通話ボタンを押した。
「あっ、もしもし……」と小さな声で女の子が言った。
少し不安そうな声で、こんな時間に迷惑かな? と聞かなくても分かる様な気遣う話し方だった。
電話の向こうでその子は「花陽です……」と自分の名前を自信なさげに名乗った。
「知ってるよ」と俺は答える。
「あ、うんっ、そうだよねごめんナオくん」
「どうした? 凛なら今帰ったばかりだけど」
「えっ、あ、うん。あのね……。ナオくんに話しがあるの。今大丈夫かな」
「俺に? 少し待って10秒でいい」
珍しく思い、付けていたTVモニターの電源をOFFにした。
パチン……。
………………。
花陽が俺に改まって電話とはいつぶりだろうか。
思い出せない。
少なくとも高校入学して携帯に変えてからは初めてだ。
「で? なに?」
「え? うんっ……あのね……その……」
なんとも歯切れが悪い。
花陽はいつもこんな感じで周りに気を使いすぎて困らせる。
「なんだ? もしかして愛の告白とかしてくれるのか?」
「えっ? ええぇ!?」
酷くビックリした声が聞こえた。
「冗談だよ」
「うぅ……。もぅナオくんのいぢわる」
凛じゃないが、花陽と話しているとなぜか少しからかいたくなってしまう。
「じゃなければなんでも話せるだろ?」
「う、うん。そうだよね。あのね、ナオくんは部活は何に入るのか決めたのかなって……」
「部活?」
話ってそんなことか?
「俺は入らないよ」と答えた。
「そうなの? どうして、なのかな?」
「ん〜、理由なんてないな。入りたい理由もないし」
「そう……なんだ」
少し間が空く。花陽の言葉を待つ。
俺は花陽の少し自信無さ気味の不安定でゆっくりとした話し方が割と好きだった。
声を聞いていると妙に落ち着く。
「あのね……、近々講堂で私たち1年生の歓迎会が行われるよね?」
「歓迎会?」
「そうなの……って、え? ナオくん知らなかったの?」
「うん」
「HRで先生言ってたよ?」
「そうか」
「もぉ。ナオくんも高校生なんだから、先生の話ちゃんと聞かなきゃだめだよ?」
「わかった」
花陽に怒られるのは何故か心地良い。
別に馬鹿にしているわけじゃなく、花陽が人に対して物を言えるのは俺か凛くらいだけなので、心を開いているのだと理解出来る。
「で、歓迎会がどうかしたのか?」
「うん」
と言って少し間が空く。いつもの花陽が作りだす、間。
「歓迎会の後なんだけどね、講堂でライブがあるらしいの」
「どんな?」
「それがね……。音ノ木坂学院の……、スクールアイドルのライブみたいなの」
「スクールアイドル? A-RISEみたいなのか?」
「そうそう! そうなの! 音ノ木坂学院にもスクールアイドルがいるんだってビックリしちゃって!」
「お前好きだもんな。よかったな」
「うん!! なんだかもう今から胸がドキドキしちゃって今日は眠れないかも……。まだまだ日にちはあるのに。おかしいよね」
「おかしくないよ」と俺は言った。
嬉しそうに花陽は声を震わせている。
高鳴った心臓の音まで伝わってきそうだった。
花陽は昔からアイドルに憧れを抱いている女の子だった。
TVの中でアイドルが歌って踊っているのを目を輝かせて見ている時の花陽は、誰の声も届かなくなる。
そう言えば小学生の頃に将来の夢はアイドルになりたいとよく言っていたことを思い出した。
「もしかして、スクールアイドルになりたいのか?」
と聞いてみる。
「えぇ!? えっと……その……、よくわからない」
と花陽は答えた。
「なんだ。なりたくないのか?」
「う、うーん …………だって私なんかじゃ、無理だよ……。踊れないし、歌だって……苦手だし。」
いや違う。本当は今でも。だから俺に電話を掛けてきたんじゃないのか。
俺は、花陽が陰で歌う声を知っている。
本当は上手だ。人前が怖いのか。
「凛は? 凛も一緒にライブ観に行くのか?」
「ううん。その日は部活動の見学も兼ねてるから、凛ちゃんはきっと陸上部見に行くんじゃないのかな」
「まだ凛には言ってないのか?」
「うん。凛ちゃんは陸上頑張って欲しいから……。だからこの事はまだ秘密にしておいて欲しいな」
と花陽は言った。
どれだけ気を使うんだろうな、と思った。
「そっか」
と納得した素振りを見せ、俺は言った。
「なあ花陽」
「え?」
「俺、花陽の歌う声、結構好きだからな」