幼馴染の凛ちゃんがうざすぎる   作:nao.P

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その11 西木野真姫と音楽室

何かが始まった日。

 

特別な日と決めつけるならば、今日なんだと思う。

 

先日、凛がつぶやいていた「特別なこと」とするならば今、思わぬ形で始まったのかもしれない。

 

読み終えた小説。

 

それは俺を少しだけ変えさせた。

 

どのように変わったかなど、他人から見たら絶対に気付く筈もない、きっかけになるかならないかの些細な物だったとしても、それは繋がりを見せる。

 

偶然は、偶然のままでは終わらないんだと、俺はそう思った。

 

 

 

 

俺はその日の昼休みに、校舎の別棟にある音楽室にいた。

 

なぜ別棟の、しかも三階にある用事がなければ来ることもない誰も居ない寒気すら覚える辺鄙な処へ来ることになったのか。

 

それは、簡単に言ってしまえば西木野真姫がそこにいたからだった。それで間違いなくこと足りることになる。

 

彼女は、西木野真姫は音楽室で奏でる繊細なピアノの音色と艶のある歌声を、誰に気付かれることなく一人で興じていた。

 

今日知ってしまった俺だけを除いて。

 

俺は、図書室へ行くフリを装い学校の隅々の構造を調べ歩いていた。

 

「なるほど……」と一人つぶやきながら、自分だけの空間を求めていた。俺はそういう人間だった。

 

体育館裏、体育館ギャラリー、校庭、中庭、屋上、理科室、美術室、そして音楽室。別棟3F奥に隠された様にあるその教室。

 

階段を登った時、ほんの少しだけ聴こえてきた彼女の旋律に俺は引き寄せられた。

 

扉一枚隔てても、お構いなしに湧出する彼女の歌声に、俺は足を止め耳を傾け、目は彼女の表情、楽器や鍵盤の香る匂い、それら持ち合わせている俺の五感は丁寧に刺激されていった。

 

俺は、何故自分がここにいるのかも忘れ、ただただ聴き入った。

 

演奏が終わると共に、はたと気付いた時には彼女は扉を開けていて、蔑みの様な羞恥の様な入り混じった瞳を俺に向けていた。

 

「……な、なにかしら?」と西木野真姫は言った。

 

「ご、ごめん」

 

「え……? いや、そうじゃなくて、何か用でもあるの?」

 

ゆるやかに巻かれた髪先を、先ほどまでピアノを弾いていた細く長い指でいじりながら西木野真姫は俺を見る。

 

目が合ったのはこれで二回目。まだ、二回目。

 

容姿端麗、頭脳明晰、博学多才。

 

彼女を形容する四字熟語を思い浮かべて、どれもこれも彼女に合致する言い過ぎることのない物だと感じ取る。

 

「えっと……」と俺は学校の図書を手に持ち説明しようとするも言葉を詰まらせる。

図書室はこの別棟の一階だからだ。なぜ三階に、わざわざ上ってきたかを説明しなければならない。

 

「貴方……」

 

俺が迷っていると西木野真姫は、後に疑問符を添えて俺の名前を口にした。

 

俺の名前を、驚くことにフルネームで、呼んでいた。

 

「うん。そう……って俺のこと知ってたんだ」

 

思わずそんな言葉を漏らしてしまった。

 

「そんなの、当然じゃない。貴方とはクラスメイトなんだし……」

 

と彼女は言った。少し怒った表情にも見えたが、元々に彼女はやや釣り上がった目尻をしていたので、実は普通なのかもしれなかった。

 

しかし正直、意外だった。教室ではほとんど誰とも話さずにいる彼女は、クラスメイト全員の顔と名前を覚えているなんてことなど無いと思っていた。

 

しかも当然。と言った。覚えていて当然。俺は彼女のことを少し誤解をしていたのかもしれない。

 

俺のことをちゃんとクラスメイトとして理解してくれていたことに少し安心したのか、俺は先ほどのここに来た説明を始めることに成功する。

 

「えっと、図書室へ行こうって思ってたんだ。それで、ついでに校内を探索って言うか……寄り道って言うか、まあそんな感じ。そしたらピアノの音が聴こえてきて、来てみたら、その……に、西木野さんだったってわけなんだ」

 

と言った。初めて面と向かって俺も彼女の名前を口にした。少々噛んでしまったが、しょうがない。

 

「そう……」と西木野真姫はそれで納得したらしかった。

 

「…………」

 

少しお互いに、言葉を模索したのか間が空いた。

 

いや、正確に言えば俺は緊張していたから、言葉が、なかなかに出てこなかった。

 

「図書室ね……。そう言えば貴方、図書室で一回会ったわよね?」

 

確かめるように、西木野真姫はそう俺に訊ねた。

 

「うん」と俺は答える。もしかしたら嬉しそうにして答えてしまったかもしれない。

 

「手にしてるその本、読み終えたの?」

 

「うん。読んだ」

 

「どうだった?」

 

「えっと……難しかった」と俺は正直に答えた。

 

「そう……」

 

「でも、」と俺は言う。頑張って続ける。「面白かった。なんて言うか、終わりが見えなかった。終わりを見出せなくて、結局変わることなくそのままで。今の、俺みたいだった」

 

と言った。傍から見たら意味不明だが彼女も本読みだったから、きっと今ので解ると思い、俺はそう答えた。

 

しかし「何それ。意味分かんない」と彼女は言った。

 

そう言ってほんのちょっとだけ、笑った。

 

「けどそうね、貴方の言いたいこと分からなくもないわ。私もそれ読んだことあるから」

 

初めて見た彼女の笑顔。俺の中で何かが跳ねる。

 

なんだ。彼女も笑うんだ、と思った。

 

少し、打ち解けられたのかもしれない。

 

「この人の他の作品は読んだことあるの?」と西木野真姫は訊いてきた。

 

俺は「無い」と答える。

 

「そう。それ実は三部作なの。題名も内容も全く違うけど、読んでみることをお勧めするわ。題名は確か……」

 

と、ここで予鈴が鳴った。鳴ってしまった。

 

「あっ! いけない! 午後の授業に遅れちゃうわ。教室へ戻りましょう」

 

「あ、うん」

 

と言って俺は、返却し忘れた小説をまた手にして、彼女の背中を追う様にして歩いた。

 

ふわりとした彼女の後ろ髪が揺れる度、ほんのりと漂うシャンプーの匂いを俺は感じていた。

 

歩きながら、彼女は振り返り思い出したように小説の続きの題名を教えてくれる。

 

「ありがとう」と礼をすると「別にいいわ」と返ってくる。

 

俺は、「あの……これから、よろしく」と言った。

 

「えっ、あっ、うん。そうね。こちらこそ、よろしくね」

 

彼女は僅かに頬を赤らめた表情を見せ、それから前を向いて歩いていった。




ありがとうございました。

ようやく物語は動き始めそうです。

文字数も少しずつ増えてきて、いい感じです。ではまた。

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