幼馴染の凛ちゃんがうざすぎる   作:nao.P

12 / 21
その10 花陽と飼育係

四月が、終わろうとしていた。

 

十二ある月の中で最も新しい何かが始まる月。

 

桜が咲いて、桜が散る月。

 

新生活を祝福するには短すぎて、俺はまた、惰性に時を過ごしていると感じさせてくれる、月。

 

刻一刻と散りゆく桜を眺めながら俺は、校舎の中庭で花陽と二人で話をしていた。

 

たわいも無い、幼馴染みた会話。

 

「学校には慣れた?」と俺は聞いた。

 

俺は桜が降り積もるベンチに座り、花陽はアルパカに餌を与えていた。

 

アルパカ。この学校では何故か二頭のアルパカが飼育されていた。

 

白毛と茶毛をしたアルパカがそれぞれ一頭ずついて、少し駆け回れそうなくらいの割と大きめの専用の小屋の中に放し飼いにされ、やってきた花陽と俺を、とても愛嬌を秘めた瞳で見つめていた。

 

「えっ? うーん……。どうなのかな……」

 

と花陽は俺の問いに立ち止まって少し考えている様子をみせた。

 

それがあまり思わしくない表情で俺は聞く前に花陽の答えを想像してしまう。

 

すると二頭のアルパカは花陽の手の動きが止まってしまったことへの抗議に「フエエエエ」と差し出がましく鳴き出した。

 

「あっ、ごっごめんね、すぐあげるから待っててねっ」

 

と花陽は脇に積み上げられている干し草を決められた分をすくい取って二頭のアルパカに分け与える。

 

花陽はこの二頭のアルパカの飼育係だった。

 

もちろん最近始めたばかりで少し危なっかしいというか、「わわわっ」と焦っている花陽の表情は、まだアルパカの方に弄ばれているという感じだ。

 

それでも、餌やりという一仕事を終えた後の花陽は実に心の底から湧いて出たような溢れる笑顔をして俺を一安心させた。

 

「まだ、クラスの皆とお話しをするのは……、ちょっと緊張する、かな……」

 

と花陽は言った。

 

その後に小さく「まだ、お友達も出来て無いし……」と少し残念そうな顔をする。

 

「そんなの俺もまだ居ない」

 

作る気もあんまり無いけど、などと言い訳めいたことを考えていたが別に友達がまだ出来ないからと言って、焦っているわけでもないことも事実だった。

 

「はやく、出来るといいね」

 

「そうだな」と俺は一応うなずく。

 

「でも凛ちゃんと、ナオくんがいてくれるから花陽……、今の学校、凄く楽しいよ」

 

「それは、そうだな」と俺はうなずいた。

 

俺は膝の上に落ちた花びらを摘み上げ、目の高さでそれをそっと離した。

 

あっけなく、地に落ちていく。

 

……なんだか少し恥ずかしい会話をしてしまったようで俺は話題を変える。

 

「こいつら、名前はなんて言うんだ?」

 

「え?」

 

「アルパカの名前だよ。普通、小屋に名前のプレートとか貼ってある気がするけど、見当たらないからさ」

 

「実は、私も気になってたんだ……」と花陽は言った。

 

「じゃあ知らないのか?」

 

「うん。飼育方法を教えてくれた先生も、知らないって」

 

「なんていうか、薄情というか酷くないか?」

 

「でもここにくる生徒達がそれぞれ好き勝手に名前を付けて呼んでるみたいだよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。確か、ポチにシロって呼んでたかな」

 

「犬じゃないんだから」

 

「アルちゃんとパカ君」

 

「どっちがパカ君なんだよ」

 

「うーん……どっちだったかな」

 

と花陽は本気で悩んでいた。

 

酷くどっちでもいい。

 

「花陽は、名前を付けてやったのか?」

 

「あっ、うっうん。」と花陽はうなずいた。

 

「へえ。なんて付けてやったんだ?」

 

花陽はすぐに答えなかった。「ナオくん、きっと花陽が付けた名前を馬鹿にするから、あんまり言いたく無い……」と言った。

 

「いや、俺も人のこと言えないから馬鹿にしないよ」

 

俺は自分の犬に、しかもメス犬に戦国武将の名前を付けてしまったことを酷く後悔していた。

 

幼き頃の自分自身に説教をくれてやりたい程に。

 

「え? ノブナちゃんは可愛いと思うよ?」と花陽は言った。

 

「分かったから言うな」

 

「ご、ごめん」と、しかし花陽は笑った表情で言う。

 

こいつ、俺をからかいやがった。

 

花陽に、からかわれた。と俺は思った。

 

「で? 花陽はこいつらのこと、なんて名付けたんだ?」

 

「えっとね……。いぶきちゃんと、こまちちゃん」

 

由来など聞くまでもなかった。花陽の大好物だ。

 

「食べるつもりなのか」とツッコミを入れる。

 

「え? えぇ!?」

 

「なるほど。餌やりを買って出たのは与える餌を増やしブクブクと太らせてから美味しく食べるつもりなんだな」

 

「そ、そんなこと思っていないよぉ」と花陽は抗議する。

 

「アルパカの肉……どんな感じなんだろうって餌を与えながら想像しているんだろう。待っててね。丁度いい頃合いになったらぜーんぶ花陽が食べてあげるからねって」

 

「もぉ。ナオくん酷いよぉ。 花陽、怒っちゃうよ?」と花陽は頬を膨らませる。

 

全然怖くない。花陽が怒ったことなど見たことないからだ。

 

何故なら花陽は怒る前に誰かに助けを呼び、そしていつも駆け付ける奴がいるからだ。

 

「かよちんに!! 何してるにゃー!!」

 

飛んでくる。

 

中学時代に陸上部で鍛え上げらた脚力は、俺を勢いよく蹴飛ばすことなど酷く簡単だった。

 

「かよちん大丈夫? 」

 

と現れた星空凛は花陽の体をあちこち点検し無事を確かめる。

 

「大丈夫だよ凛ちゃん」と花陽は答えて凛は「よかったにゃ」というやりとり。

 

そして俺はいつだって蹴られ損をする。実際俺が花陽に何か少しでも手を上げたことなど一度としてないのに。

 

凛の手にはペットボトルが握られていた。中身は水道水。アルパカの飲み水だ。

 

今まで凛がいなかったのは、これが理由。花陽のお手伝いで水を汲みに行っていたのだ。

 

「かよちんに何言ったの!?」

 

凛は怒っている。花陽のこととなるとすぐに凛は怒る。

 

「別に。ただ花陽が付けたアルパカの名前が面白かったからさ。知ってるか?」

 

「え? 知らないけど」と凛は言う。

 

花陽は少し戸惑ってから「いぶきちゃんと、こまちちゃん……」と教えると凛は、

 

「かよちん、学校で飼われてる動物は食べちゃだめなんだからね?」

 

と言った。

 

そんなくだらないやりとり。幼馴染み三人の日常。

 

もうすぐ春が終わる。

 

 

そこを一人、渡り廊下を歩く女生徒の姿があった。

 

一人が似合う。誰かと一緒にいることを想像するのが難しい。

 

西木野真姫。

 

彼女も、未だ一人のようだった。

 

彼女は、余所見もせず俺と二人のやりとりにも気付くことなく、真っ直ぐにどこかへと向かっていく。

 

図書室だろうか。

 

「どうかしたかにゃ?」と凛が俺を見て言う。

 

「ん、なんでもない」とすぐに俺は二人へと視線を戻す。

 

しかし花陽は、凛とは違う表情を俺に向けていた。

 

「どうかしたか?」と俺は聞く。

 

「えっ……あっ、なんでもない……」と花陽は言った。

 

なんだか妙なやりとりを俺達はした。

 

 

 




実は今回が初めて三人が絡む回でした。

季節はいまだに春。ストーリーも進めていきたいと思います。

ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。